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シーズン6とかそのへん

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ForbiddenGraveFruits第二話「ZYX」1/4?

 全然できてないけどさすがに時間が空きすぎたので書けた分だけ。後ほど修正したりするかも。するだろうな。


 全身が濡れていた。寮の二段ベッドの下段で仰向けに寝転がって、汗と唾液と愛液と疑似精液にまみれていた。むせるほどの女の臭気がした。股間の上に女がまたがっていた。幼い顔に凹凸の少ない身体つき。腰を振り長い金髪を乱れさせながら、明るい翠色の瞳は淫蕩にとろけていた。女の膣は貪欲にうごめいてからみつき、ペニスをむさぼらんばかりだった。女が噛みつくように口をふさいできた。薄い舌が口腔に侵入し、歯の裏や粘膜を蹂躙していった。耳に唇が寄せられた。「――」ささやき。「――」聞き取ることはできなかった。あるいは言葉自体が意味を成さないものだった。顔が離れた。女が笑んだ。頭の上に乗った、鋭角的な狼の耳が多幸感をあらわすように動いた。再び口が開かれた。犬歯が覗いた。白く鋭い――狼の牙。そこで唐突にヴィヴィレスト・ミスレスは覚醒した。飛び起きはしたが、声を上げることだけはなんとか踏みとどまれた。辺りを見回す。ヴィヴィレストが眠っていたのは軍の寮ではなく、隠れ家の一室だった。夢か。ベッドから降りようとして、下着がぐっしょりと愛液を含んで重くなっていることを発見した。軽く舌打ちして下着を脱ぎすて替えを探した。悪夢だった。過去に観た景色。過去に体験した擬似的な男女の性行為。悪魔のような女との。一度でも愛を約束し合った女との。急にこみあげるものを感じ、トイレに駆け込んで一気に吐瀉した。ヴィヴィレストに憑いた悪魔は有機物を恣意的に操作するものだ。嘔吐感は抑えようと思えば抑えられたが、全部出してしまいたかった。ひとしきり吐きつくすと、エネミアが一糸まとわぬ姿でシャワールームから出てきた。
「……なんだ、つわりか?」タオルで艶やかなブルネットを拭きながらエネミアがいぶかしげに言った。
「いえ……いやな夢を見ただけです」
 エネミアはそれだけで悟ったような顔をした。「あァ、お前のおねえさまの、か」それから言葉を選ぶように、「……なァ、その、なんだ、わかってるとは思うが、いずれ――」
「わかっています」ヴィヴィレストは皆まで言わさじと遮った。「弁解はしませんが、ちゃんとやれます。誰が相手でも」
 エネミアは肩をすくめた。「なら何も言わんさ。ところで考えたんだが――」冷蔵庫を漁ってミネラルウォーターの封を切り、「標的をとりあえず、黒兎に絞ろうと思う。無理にとは言わんが、可能ならば仲間に引き入れるつもりで」何食わぬ顔でとんでもないことを言いきった。
「……失礼ですが、正気ですか?」
「正気も正気さ。考えてもみろ。今、あたしたちには武器がない。あたしやお前の悪魔は迎撃や防衛には向いているが、攻めに転じるとなると圧倒的に火力が足りなさすぎる。そこで、黒兎の悪魔に頼ろうって話さ」
「そう簡単にうまくいく話とは思えませんが」
「PPPの報告からして黒兎はまだ新人。介入の余地は大いにアリ、だ。お前も知っているだろうが、今まで軍や教会に火器を流してたのはとある古い銃工房だ。調べたところ、黒兎はそこの人間なんだ。そして驚くなかれ、あの情報屋――アマタ・ブルー・チャーチの娘だったんだよ、あいつは。過去に黒兎は教会と、親殺しの件でドンパチやってる。一度嫌疑がかかってるんだ」
「ですが……兎は仇でしょう。それに教会のミスに見せかけて情報屋を、あの胡散臭いブロンドの殺し屋、フーに殺させたのは我々です。露見すればややこしいことになる気がしますが」
「利用できるもんは利用する。軍を潰した後で、兎を殺せばいい。バレれば、殺せばいい。もはや手段は選んでられないんだよ。それに、言っただろ、無理にとは言わんとな。仲間にしようがしまいが、あの悪魔を敵にまわすのは厄介にすぎる」
 ヴィヴィレストは唇をかんだ。エネミアのことだ、一度兎を仲間にしてしまえばきっと殺すことをためらうことになるだろう。しかし教会に打撃を与えるための、他に策があるわけではなかった。それに、とヴィヴィレストは思った。自分なら兎を殺せる。エネミアになんと罵られようと、仇は取るつもりだった。ヴィヴィレストは渋々といった体で頷いてみせた。「それが隊の方針というならば従います。努力はしませんが」
「ま、今のところはそれで好しとしよう」エネミアはにやりと笑んでラッキーストライクに火を灯し、「ところで……漏らしたのか」床に放り出された下着を指差して言った。
 ヴィヴィレストは憮然として黙殺した。



 フーがその新聞記者だと名乗る男と会うのは二度目だ。一度目はひとりでスポーツバーで飲んでいるときに、声をかけられたのだった。その日はスーパーボウルの話で意気投合し、週末にダイナーで昼食を取ろうと言う約束をして男は帰って行った。男はよく言えば健康的だった。がっつくところがなかったり紳士的であるとは言い切れないが、フーに対して害意のない爽やかな好青年だった。それゆえ、「ところで今のクォーターバックはキレがなさすぎると思わないか? ガッツが多少なりともあるところは評価するけどさ」チリバーガーを片手にこんなことを言う傍らで、"さっさとヤラせてくれねェかなこの女"などと思われていてもフーには何ら疑問はない。
「そうかしら?」フーは男との会話が楽しくて仕方ないといったていで身を乗り出す。「実際のところ、彼のおかげで勝ったのは事実じゃない? MVPにも選ばれたことだし」
「いやいや、歴代ジャイアンツのクォーターバックに比べれば、やつはまだまだケツの青い甘ちゃんだよ」男は笑ってちらりと強調されたフーの胸を見、"こいつはたまらん谷間だなァ、狙ってやってんのか?"と心のうちで舌舐めずりをする。
「スーパーボウルで優勝すること以上に名誉なことはないと思うんだけどねェ」フーはプラチナブロンドのようにも見える鈍い色の灰髪を耳にかけた。
「結果は確かに重要さ。でもスポーツってのは見せ物なんだ。過程で観客を喜ばせることも必要だ。それにつけて、やつの判断はちょっとばかしやきもきさせられすぎるよ。仕事柄、おれにはそこが許せないね」"この生意気さはベッドの上じゃどこまで保ってられるかね"。「ところできみの仕事を訊いてなかったな。何をしているんだい?」
「なァに、わたしのことが気になるの?」まなじりを下げて困ったような顔を作って見せる。
「いや、話したくないならいいんだよ、おれはべつに……」"まずったな、地雷踏んだか?"
「冗談よ。仕事が溜まってて、ちょっと考えたくなかっただけ」くすくすと笑みをこぼし、「今は、外国のパンフレットを作ってるわ。結構、めんどくさいのよ」
「へェ、たとえば?」"めんどくせェ女だな"。
「そうね、たとえば――街の縮図とか」
 "――"。男はそのフレーズを耳にしたとき、顔に表すこともなかったし心の中でさえ何を告げるでもなかった。ただ一秒の半分にも満たない時間だけ思考を止めた、それだけだ。フーには十分だった。一瞬、フーと男が挟んでいるテーブルの上で何かが煌めいた。男が胸の前でかかげていたチリバーガーに穴が開き、男の胸板、心臓の真上に当たる位置には銀色の柄が生えていた。フーがパンケーキを切り分けていたナイフだった。フーはすぐに無言で席を立ってダイナーを後にした。スーツのポケットから携帯電話を取り出し、短縮ダイヤルで電話をかけた。相手はワンコールで出た。
『もしもし?』若い女の声。
「仕留めました」先ほどとは打って変わって感情のこもらないフーの短い報告。
『あら、存外早かったのね。もう少しかかると思っていたのだけれど、さすがは最強の殺し屋ねェ』関心したような口ぶり。
「いえ……あちらもかなりやり手でした。エージェントというやつはなかなかどうして厄介ですね。完全に自分の心をコントロールしきっている」
『そうね、だからこそ、あなたに依頼したのよ。あなたにしかできない仕事だったわ。ところで先日のご飯の調子はどうかしら?』
「姉の方はなかなか便利ですね。先ほど男を仕留めるのにも有用でした。妹の方は、使い勝手が悪いように思えます。本当に必要だったのですか?」
『もちろん。いずれ必要な時が来るわ。それともうひとつ仕事があるのだけれど、頼まれてくれるかしら?』
「ベビーシッター以外ならなんでも承ると最初に申し上げましたが」
『そこは心配しなくてもいいわ、むしろその逆だから。――あたしの娘を殺してほしいのよ』
「それは――」フー本人は意識していなかったかもしれないが、冷たかった声音がはっきりとわかるほど高揚していた。「縮図計画を実行に移す、そう考えてもよろしいのですか?」
『そうね、邪魔な駒はおおかた排斥した。まだ面倒な子たちはいるのだけれど……もう完成させる頃合いね――theManedを。あなたとの契約も、終わりに近づいて来たということだわ』
「了解しました。ご希望通り、食らいつくしてみせましょう。アマタ、あなたの娘も、そのtheManedも」
『後者はべつに期待してないわよ。あたしとしては最終的にあなたが死んでくれないと困るもの。じゃ、任せたわ』
 フーはアマタ・ヤーカーシャ・サリスとの電話を切り、男が死んでいることにウェイトレスが気付いて騒ぎ始めたダイナーを振りかえりもせず路地へと消えていった。



 キャッスル・チャーチはいらついていた。狭いヘイク・ハンナの部屋に充満している煙草の臭気が嫌いだったし、wiiのマリオカートでヘイクに三十連敗している状況にも不満が溜まっていたし、何よりコースから外れて画面が暗転する度にいちいち煽ってくるマーチ・オシアスに腹が立っていた。そしてまた、キャッスルの操作するルイージは路面に捨て置かれた緑色の甲羅に激突し、制御を失って水の中へと墜落していった。
「おいおい、何度言やァわかるんだよお前は」馬鹿笑いする低い少女の声。「甲羅は避けろって言ってんだろ。現実の車でもお前は亀を踏みつける気なのか?」
「……ッさいわね。ちょっと手元が狂っただけだから、黙っててちょうだい」
「まァ、実際に人を轢いちゃう前にわかってよかったじゃない。キャシーは運転に向いてないって」難なくマリオをゴールさせて、マルボロの灰を灰皿に落とすヘイク。
 ふいにこんこんと戸をたたく音。「いい御身分ですね」眼鏡の下の見下すような冷たい眼つき。「ブリーフィングをさぼってゲームですか」キャッスルとヘイクの上司であり教会の幹部、テスティト・デスティアマト。その静謐な怒りを感じ取ってキャッスルは慌てて取り繕った。
「えッ、いや、そんなの初耳ですけど――」
「ヘイクには伝えたつもりですが」
 ぎろりとヘイクをねめつけると、栗毛の少女は何食わぬ顔で肩をすくめ、「だって教えてたら、遊んでくれなかったじゃない?」いけしゃあしゃあと抜かしてみせた。
「どなたの所為だろうと、遅刻は遅刻です。今日は他にも予定があるのですから、早く着替えて食堂にいらっしゃい」テスティトは長い黒髪をなびかせて部屋を後にした。
 途端にキャッスルの胸の内に暗くて苦いものがこみ上げて来ていた。キャッスルはまだ覚悟を――自分の身の振り方を決め切れていなかった。また、人を殺すのか。確かにキャッスルはこの一週間、あの恐ろしい軍人崩れの姉妹に対する罪悪感だけに専念できた。おかげで次に自分が殺すだろう人間への罪の意識はほとんど感じることはなかった。これは慣らしであり、きっとヘイクなりの気づかいだったのだ。複雑な気持ちで、寝巻を脱ぐヘイクの小さな尻を目で追いかけていると――
「……ちょっと待ちなさいよ」キャッスルはいぶかしげな声を上げた。
「なァに、キャシー? わたしのお尻になんかついてる?」
「なンだ? 尻フェチなのか?」
「ちッがうわよ! その下着、この前あたしが買ってきたやつじゃないの? なんでヘイクが穿いてるのよ」
「べつにいいじゃない。キャシーだって、服を買いに行くまではわたしのを穿いてたでしょ?」
 現在、キャッスルは家なき子だ。厳密にいえばあるにはあるが、テスティトの不手際により教会に盾突く者であるパージャの仲間たちに住所が露見してしまっていたため、衣服などの荷物はすべて放置して教会のヘイクの部屋に転がり込んでいた。
「そういう問題じゃないわよ! あのねェヘイク、たしかに先週、服を貸してもらったことには感謝してるわよ。でもね、それとこれとじゃ全く違う問題で――」
「あーはいはい、わかったわ、あなたのパンツに対する情熱はよくわかったから、次からは気をつけるわ」げんなりしてみせながらも、ヘイクはおもむろに下着に手をかけた。
「わ、ちょ、なななななにやってんのよ!? 今ここで脱げだなんて一言も――」耳まで赤くなるキャッスル。
「はァ? それならわたしにどうしてほしいのよ? あなたのパンツ穿いててほしいの? 脱いでほしいの?」
「脱……いや、穿……じゃなくッて! 好きにしなさいよ、もう!」羞恥を怒号でごまかしながら、キャッスル自身も着替えに取り掛かった。



「今回のターゲットはこの人物です」そう言ってテスティトはファイルから一枚の写真を抜きとってテーブルの上に置いた。ショートカットの異様なまでに赤い頭髪の少女。青い瞳。表情はないがそれとわかるほど整った顔つき。どこかで見覚えが――テレビ? 映画? 否――テスティトは続ける。「名前はズィー・ヤーカーシャ・サリス。職業は、表向きは娼婦。ですがその実、複数のレジスタンスとつながりを持つ敵性のスパイで――」
「ちょ、ちょっと待ってください」キャッスルはテスティトの言葉を遮った。ただでさえ時間が押しているのに、とでも言いたげに、幼い上司は機嫌を損ねたように見受けられたが、疑問は払拭しておきたかった。「この子、先週の――作戦のときに、服を交換してもらった子じゃないんですか?」記憶違いか、写真の少女はやや大人びて見えたのですぐには気付かなかったが、写真うつりの問題だろう、ここまで鮮やかな赤毛と碧眼の女の子はそう多くはいない。
「そうですが、それが何か?」
 あっさり返されてぐうの音も出なかった。無論、何かあるわけでもなかったが、前回の標的とはわけがちがった。本当に同年代の子。ひょっとすれば同い年で、しかもほんの少しとは言え顔見知りだった。「悪魔は……悪魔はもっているんですか?」
「娼婦をやっている以上、悪魔憑きではありえませんね。軍のデータベースにも彼女の名前はなかったので、悪魔祓いでもない。悪魔はもっていないでしょう」
 八年前のオリンピックテロ事件――あの悪夢を契機に、連邦内陸に産み落とされたのが悪魔とここウォルト独立軍政州だ。悪魔と呼ばれるウィルスの感染者は二種類に分けることができた。処女たる悪魔憑きと、それ以外である悪魔祓いだ。前者は一般的に駆逐される傾向にある。それどころか連邦ではそういう取り決めだった。子宮に巣くうウィルスとその感染者は、今は亡き敵国の兵器であるからだ――キャッスルとヘイクは悪魔憑きだが偽っていた――。一方悪魔祓いのウィルス、DreadfullGateVirusは連邦軍が開発したものだった。悪魔憑きのウィルスももとはといえば連邦軍が研究していたものだったが、こちらはプロトタイプにすぎず、悪魔祓いのそれと比べると悪魔の出力は落ちる。
 今回のターゲットであるズィーはそのどちらでもない。パージャやポーラのときと違ってこちらに命の危機はない。ないが、それゆえに、キャッスルは良心の呵責じみたものを感じずにはいられない。相手は無力な少女だ。同年代の、ともすれば友達にだってなりえた子。
「よくある話さ」テスティトの隣に腰かけた神父が穏やかに言った。「本当によくある話さ。べつにこの州だけの話じゃない。他の州、他の国だって日常的にありえることだ。かけられているものの差はあれど、な。命か金か、地位か、そのぐらいの差しかない。奪うか奪われるか。正当化する必要なんかない。そいつらだって正当化しちゃいないんだからな。ただ、なすべきときになすべきことをやらなきゃ、そのかけてるものは失われる。そこだけは気をつけたほうがいい。どこでも一緒だからな」諭すように、しかしどこか諦観にあふれたその台詞は決して神父たる者が口にしていい言葉ではなかった。
「結局、結果論じゃねェか」マーチが鼻で嘲笑う。
「経験だよ、俺のな」神父が鷹揚に笑う。
「ともかく」テスティトが細い指で机をこつこつと叩いた。「キャシーがやろうがやらまいが、ブリーフィングはさせてもらいますよ」テスティトは続ける。
 今回も前回同様、基本的にはあなたたちに作戦を実行してもらいます。相手は悪魔憑きでも悪魔祓いでもない少女一人――ですが、前回情報戦において辛酸をなめさせられたので反政府側のツールは一つでも確実に潰しておきたいのが心情です。実際に手を下すのはヘイクにやってもらいますが、万が一のことを考えて、キャシーには前線でのバックアップを命じます。くどいようですが、今回は確実に、一度きりの機会で始末するように。パージャたちのときのような泥試合は危険です。作戦開始日時は明日の二十時。神父様が電話をかけて客を装い、市内にあるホテルの六○六号室にズィーを呼び出します。ヘイクはその六○六号室に十九時半から待機。キャシーは階段を封鎖して隣室に。六○六号室の様子を探れる各種機器と連絡手段の確保を忘れずに。あたしたちはロビーで待機していますので、ズィーが現れ次第連絡します。ズィーが六階に到着すると同時に、キャシーはエレベータの制御系を奪ってください。できますね? それから――。
 異様な用心深さだった。まるである程度目論見通りいかないことを見越しているかのような、あるいは相当な手練れを相手にするかのような。パージャたちのときとは大違いだった。それほどまでにあの少女を墓の下へ送り込みたいのか。それは先週、あたしたちが接触したからなの――? 思いいたってキャッスルは後ろめたい感情にとらわれる。たぶん、そうなのだ。少女――ズィーがパージャやその仲間と繋がっていたのなら、自分たちの素性が明らかになっていてもおかしくはない。教会に属するキャッスルやヘイクは殺し屋だ。神を大義名分に、州にあだ名すものを打ち滅ぼすウェットワーカーだ。教会が汚れ仕事を請け負っていることはこの州では周知の事実だが、何もキャッスルたちは殺し屋のバッヂをつけて街中を歩きまわってるわけではない。命を狙うということはまたその逆もあるわけだから、あくまで行動は隠密に、だ。軍の情報統制もある。だが、とキャッスルは不安に駆られる。おそらく、自分たちが州の、教会の走狗であることはズィーによって暴露された。間違いなく反政府組織が持つブラックリストに名を連ねただろう。もはや夜道もおちおち歩けたものではない。蛇の道は蛇。母の復讐を誓い飛び込んだ道だったが、退路は完全に断たれていた。この道に終わりなどあるのだろうか。終着点は。ヘイクが言ったとおりだった。母の仇を取ったところで何も終わりなどしない。死ぬまで殺し続けるしかなくなっていた。
「以上ですが、何か質問は?」ありませんね? と付け足したそうにテスティトが作戦概要の説明の終わりを告げた。先ほどからやたらと時間を気にしているようだった。幸いにして今回は呆けることなく真面目に耳を傾けていたので、キャッスルが問うべきことは何もなかった。「ないなら、ブリーフィングは終わりです」資料をファイルに片づけ、「ちなみにこの後ですが、五分以内に各自支度をして車に乗り込んでください。神父様が運転してくださいます」
「いつものお店でしょうね?」ヘイクが伸びをしながら念を押すように言った。
「俺はあんまり好きじゃねェんだがな、あの店の雰囲気は。肩が凝って仕方がねェ」マーチがぶつくさと不平を唱えた。
「何事もいい面と悪い面があるもんだ。あそこほどミートローフとスコッチがうまい店はそうない。諦めるんだな」神父が席を立った。
「あの……もしかしてこれからみんなで食事にいくんですか?」寝耳に水だったが、会話の流れから察するにどうやらそうらしいのでキャッスルはおずおずと訊ねてみた。
「ヘイク……あなたこのことも黙っていたんですね」テスティトの軽いため息。「今日はヘイクとマーチの誕生日なんです。毎年、同じ店で全員で食事をとるのが習わしなんです」
「俺の奢りで、な」神父が懐を拳で叩いた。
「えッ!? どうして教えてくれなかったのよ!?」
「そりゃお前、聞かれなかったからに決まってるだろ」マーチの怪訝そうな声。
「だいたい恥ずかしいじゃない? もうすぐ自分の誕生日があります、だなんて」
「……テッサも神父様もひどいです。何もヘイクを通さなくたって、あたしに直接一言言ってくだされば――」
「いやまァ、俺は今日思い出したから無実だな」言い逃れをする神父。「テッサが悪い、うん」
「では次からそうしましょう」気のない返事で軽く流すテスティト。「もう予約している時間ですから、二人とも早く準備をしてください」
 釈然としなかったが、キャッスルは渋々頷いて部屋にひっこんだ。道すがら、前を行くヘイクの背中に恨めしげに声を投げかけた。「何の準備もしてないわよ」八つ当たりじみたものだという自覚はあったが、他にぶつける相手がいなかった。
「べつに気にしちゃいないわ」振りかえりもせずヘイクが答える。「それに、プレゼントなら先週素敵なものをもらったじゃない? ちゃんと二本、わたしとマーチに」部屋に戻るとヘイクは長い銃剣とナイフを手に取った。二振りの刃は、しなやかで細いワイヤーロープで柄が繋がれていた。銃剣もナイフも、マーチの特性――時空間の結晶化の効果を十分発揮できるよう、特別頑丈にキャッスルが作ったものだ。特にナイフはタングステンカーバイド製で、狼の牙とマーチが呼ぶこの刃で貫けないものは何もないことを先週証明したところだった。
「そんなモノ、プレゼントなんて呼べないわよ」
「そうか? 俺は大いに喜んでるがね。お前さんの腕は確かだよ」
「だ、そうよ。ま、いいんじゃない? この子のおかげで助かったのは紛れもない事実なんだし、死ぬはずだった命をもらったと思えば」投げやりに言いながら、ヘイクはワイヤーの一端を――銃剣側をほどきにかかった。
「ちょっと、それ持っていくの?」
「さすがにこっちだけね」とナイフの柄にワイヤーを巻き付けてブーツの中に差し込んだ。「備えあれば憂いなしってね。さ、テッサがうるさいだろうから、早く行きましょ」キャッスルには一瞬だけ、ヘイクの明るい緑の瞳がはにかんだように見えた。そしてその台詞はずさんなヘイクらしからぬもので、キャッスルを珍しく急かしていたのは照れ隠しのためなのだと後から考えて気付いた。プレゼントと言うには武骨に過ぎたが、肌身離さず持つ程度には気に入ってくれているらしかった。



 そのレストランのミートローフは確かに絶品だった。スコッチの方は、なぜかヘイクにやめておけと釘を刺されていたしもとよりアルコールに興味はなかったから飲んではいなかったが――神父は飲酒運転をも辞さないつもりらしい――、キャッスルは食事に満足していた。「そういえば、ヘイクはともかく、マーチの誕生日が今日っていうのは、どうしてなの?」悪魔の誕生日――考えたこともなかったが、そんなものがあるとすれば五年前のテロがあった日だろう。
「あァ、それはだな、七年前の今日、俺が教会の前でヘイクを拾ったからだよ」神父はこころなしか上機嫌だった。「こいつはテロでそれまでの記憶を失ってた。覚えてたのは名前だけさ。だから、聖職者として新たな人生を歩むこととなった今日この日を、誕生日にしたってわけだ。正確な誕生日じゃァないさ、二人ともな」
「聖職者、ね」スコッチをあおる神父を見てテスティトが呆れたように呟く。その小さな手に握られているのは同じスコッチだった。テスティトは一見、両手の指で数えられる年齢の容姿だが、実年齢は三十代後半だった。
「……それって本当なの?」
「まァ、神父が言うんだから嘘じゃねェだろうな」マーチの揶揄。
「同情ならいらないわ」ヘイクは涼しい顔で一口大に切った肉片を口に運ぶ。「テロがあってから一年近くも、わたしの家族だと名乗り出る人はいなかった。たぶん、みんな死んじゃったのよ。だったらむしろ、この世にいない人に依存して生きていくよりかは、すっぱり今までの自分を捨てて生きていける分だけ、不幸じゃないとは思わない? 記憶をなくせなかった人は、ずっと苦しんでるわ、きっと」
 レストランは繁盛しているようで、夕食どきであるのも相まって多くの家族連れでにぎわっていた。あるいは友人同士。あるいは仕事仲間と。あるいは恋人と。これらを失ってヘイクは何でもないことだと言う。ただ生きていられればそれでいいと。キャッスルは母を――アマタを殺した殺し屋に復讐するために、修羅道へと身を落とした。パージャやポーラは州そのものに牙をむいた。結局のところ生き残ったのは、諦念にひたるヘイクと、私怨にとらわれたキャッスルだった。義などなかった。情などは、これっぽっちも。
「――見つけた」消え入りそうな抑揚のない声音だったが、それはキャッスルにははっきりと聞きとることができた。気付けばレストランが張りつめた糸のような緊張感に包まれていた。他愛ない話し声で満たされていたはずの空間が、しんと静まりかえっていた。「許さないから」声の出所を探った。レストランの出入り口。小柄な人影。白と黒のストライプのスーツケース。豪奢なワンピースドレス。つばの広い帽子。異様な赤さの頭髪。ディープブルーの瞳。その左手が突き出される。呆然とするキャッスルの襟首をヘイクが引っ掴んで地面に引き倒した。テスティトが即座に立ちはだかった。幼い体躯をかげろうのようなもの――悪魔が覆い、襲撃に備えた。だが予想していた来るべきもの――銃弾、刃、悪魔――はいつまで経っても飛来することはなく、代わりに数人の一般客を含むキャッスルたちの周囲が半透明な水晶のような壁で囲われた。箱。キャッスルは真っ先に連想したものはそれだった。腹腔に響く、大気と床の振動。全身の肌をちくちくと突き刺すような掻痒感が襲った。そして炸裂音。隣接したテーブルでつい三十秒前まで、父親と談笑していた五歳くらいの女の子の眼球、次いで頭部が爆ぜて血と脳漿をぶちまけてミートローフを赤く飾った。途端に恐慌に駆られ一般客が我先にと出口を求めはじめた。だが半透明の壁に阻まれ次々と皮膚を焼けただれさせ、頭部を弾けさせるだけだった。ガラスか何かと思ったのか、椅子で叩き割ろうとした客もいたが、壁はその見事な完全平面を誇るだけで傷一つつかず、客はその頭を石榴のように弾けさせた。これは悪魔だ。キャッスルは直感した。
「悪魔で身体を覆いなさい」テスティトが痛みをこらえるように命じて自分と神父の身体を細長い悪魔でくるんだ。「多少は進行が抑えられるようです」その滑らかだった肌の表面は、まるで沸騰した液体のようにぼこぼこと泡立っていた。
 キャッスルが悪魔の腕を展開し全身を守るがはやいか、隣で様子を窺っていたヘイクがブーツからナイフ――狼の牙を抜いて赤毛の少女に一直線に飛び出した。ヘイクはマーチの能力である自己の結晶化を発動させているだけで、悪魔の物性を得る。この場で保護を得ながら攻撃に転じることができるのは、ヘイク唯一人だった。悪魔の壁に接近するや牙を一閃。壁はあっさりと切り裂かれ霧散する。タングステンカーバイドの物性と、マーチの物性。双方が混じり合いそのどちらでもなくなった狼の牙は、この世のすべての兵器を受け付けないはずのパージャを貫いて、あらゆる物性に打ち勝つことを確たるものとしていた。赤毛――ズィーは青い目を見開くが、すぐさま今度は右手をレストランの床に押し付けた。ズィーへと一直線に駆けていたヘイクが前につんのめるようにして立ち止まってうずくまる。否、どういうわけかその場から動けないのだ。両足と、転倒しまいと突いた手が床に縫いとめられたかのように。懸命に立ち上がろうとするヘイクの姿は、まるで滑稽なパントマイムでもみているかのようだった。ズィーが再びヘイクへと左手を伸ばす。展開される箱。そして振動。閉じ込められたのがヘイクだけだからなのか、明らかに出力が上がっていた。マーチの力を使用し続けているだろうというのに、みるみるうちに皮膚に水膨れが現れ弾けていく。ヘイクがナイフの柄に巻き付けていたワイヤーをほどき、カウボーイよろしく頭上で振り回した。あたかも同時に複数存在するかのように時空間を結晶化されたナイフかワイヤーに触れた悪魔の箱が、テーブルが、柱が、分け隔てなくずたずたに解体されていく。ヘイクを中心として、牙の嵐が吹き荒れる。さながら殺人ミキサー。悪魔の箱が出現できる余地はなくなった。
「ズィーを撃ちなさい!」テスティトの鋭い命令。「今手が空いているのはキャシー、あなただけです」
 キャッスルは我に返る。罪悪感。そして躊躇い。耳元でささやかれるイメージ。それはポーラの可憐な声だった。まだ人を食い足りないのか、と。だが、今最も死に瀕しているのは、友であるヘイクだった。キャッスルは悪魔の腕を顕現、ハンドガンを一瞬で作り上げて引き金を引く。乾いた銃声。危機を察したのかズィーが身をすくませる。銃弾はヘイクの脇を通り抜け、スーツケースに突き刺さる。次弾を叩き込もうとするも、ズィーはきびすを返してスーツケースを引きずり、レストランから脱兎のごとく駆けだしていった。――逃げたの? まさか、そんなはずはない。相手は堂々と人の眼がある場所で、しかも他人の犠牲をいとわずに自分たちを殺すつもりだった。こんなにあっさりと引き下がるわけがない。はっとする。「ヘイク、外よ!」叫ぶ。「外からこの店ごと、やるつもりなんだわ!」
 ヘイクがズィーを追って外に飛び出す。キャッスルも後に続く。レストランの敷地が巨大な箱におさまっていた。ヘイクが壁面に牙を投擲する。箱は音もなく消え去る。辺りを見回すが、ズィーの姿はどこにもない。再び箱が形成される気配もない。どこかに隠れて狙っているの? キャッスルは銃弾を警戒して掩体となるものを作り上げようと悪魔の腕を地面に伸ばすが、「その必要はねェ」マーチの渋い声。「匂いがしねェ。バニラの……オリエンタルっつーのか? 赤毛の、甘ったるいコロンの匂いがな。マジで逃げやがったんだよ」
 にわかに信じられなかった。一体何の目的があってこんなリスクの大きい手段に出たの?
「我々も帰りましょう」テスティトと神父が連れだって出てきていた。「被害者とは言え、騒ぎを起こした原因はこちらですし、ここに長居するのはまずいでしょうから。それとキャシー。わざと外しましたね?」
 言い当てられてキャッスルの心臓が早鐘を打つ。キャッスルの悪魔の本質は、物を作ることよりも動作の精密さにある。悪魔の力をもってすれば、棒立ちになっている人間相手にキャッスルが銃弾を外すなどということは本来ありえない。「それは――ちょっと気にかかることがあったからです」しっかり言葉を選んでゆっくりと打ち明ける。「あの子の行動はどう考えてもスパイらしからぬものでしたし、悪魔をもってました。テッサは、あの子は悪魔憑きでも悪魔祓いでもない、って、そう言いましたよね?」
「情報ではそうですね」あっさりと認めるテスティト。「でも、だからと言って、明らかに我々の命を狙っていた者を逃すだなんて、甘過ぎるのではありませんか?」
「いえ――調査する必要があると思うんです」キャッスルは口惜しげな独白とともにハンドポーチの中からPDAを取り出す。できれば黙秘しておきたかった。「弾丸に仕込んでおきました。少なくともあのスーツケースの行先はわかるはずです。……もちろん、許可があればですが」発信器。先週、パージャたちから盗んだ技術。軍事拠点でもあるために地図や通信機器の大幅な制限があるこのウォルト州では所持しているだけで電気椅子送りにもなりうる代物。
「仕方ありませんね」テスティトが小さく吐息を漏らす。「そういえば教会のテレビの映りが悪くなってましたね。ニュースも満足に観られないので、あとでアンテナを修理しておいてください」白々しくも言って見せるが、テスティトも正確な情報を欲していた。
「あー、今のでちょっと醒めたな」神父がぼやく。「スコッチを瓶でもらってくるから、お前たちは先に車に乗ってなさい」
 テスティトがさすがに閉口した様子でもう一度だけため息を吐いた。



 熱気と土ぼこりと鉄錆を思わせる濃い臭気。深夜だった。モールの人気のない地下駐車場に息苦しさを覚える空気が充満していた。足元に横たわる赤毛の少女の絶命を確認するや、フーは戦闘の昂ぶりが覚めていく中で、自分がひどく劣悪な環境にいることに気がついた。どこもかしこも血まみれだった。冷静になると潔癖症のきらいが顔をのぞかせるのは、おそらく軍にいたときの、特に妹に影響を受けた所為だった。眉をひそめながら、己が流した血だまりに身を沈める少女――の死体――が身につけている意匠の凝ったワンピースの胸元を引き裂いた。発育のいい身体を探ってフーが引っ張り出したのはドッグタグだ。首からかけられていたその金属板をちぎり、タグに刻まれた文字をあらためた。theBoxed。フーは地上へと通じる出口に向かいながら、ケータイを取り出した。「仕留めました」
『あら、早いわね。さすがだわ。で、どの娘をやってくれたのかしら?』若い女の声。アマタだ。
「赤毛の娘です」
『あっはははは、あなたがそんなジョークを言うなんてね』
「一応、読心術には長けておりますので」抑揚なくフーが言った。「タグにはtheBoxedとありますが?」
『あら、外れね。ま、一発目で当たり引いちゃったら面白くないものねェ』楽しげなアマタの口ぶり。
「正直なところ、この娘は期待外れだったので自分としては可及的速やかに終わらせてしまいものですが」
『そりゃそうでしょうね。あたしの娘じゃあなたに敵うはずがない。――心を読む悪魔を持つあなたにはね』開き直ったような同意。『じゃ、別の娘も頼んだわよ。ばっちり息の根を止めちゃって頂戴』通話は切れた。



 夜更け。神父を除く一同は再び教会の食堂に集まっていた。帰りの車内では誰もがだんまりを決め込んでいた。キャッスルは心やましく思いながらも、論理的に赤毛の少女の悪魔を分析していた。同時に、キャッスルは戸惑いとらわれていった。テッサはあたしたちに、何かを韜晦している。それも、とても大事な何かを。
「ズィーには対策を考えなければいけませんね」テスティトが言った。教会に着くなり寝室にひっこんでしまった神父と違って、酔っている様子はない。「軍のデータベースを確認したところ、該当する悪魔はありませんでした。ズィーは悪魔憑きでしょうね。ズィーの悪魔に関して、キャシー、何か言いたいことがあるのではないですか?」
「えっと――」突然名指しで問われてどきりとする。「ないではない、ですが……」
「我々が最も欲しているのは情報です。あなたが見たこと思ったこと、なんでもいいから話してください」
 ――いけしゃあしゃあと。一度疑念を抱くと何もかもが白々しく感じられた。それでも今は、その茶番につきあうしかなかった。「あたしが思うに、あの悪魔は電子レンジのようなものです」
 電子レンジの原理は、マイクロ波で対象の誘電率の虚数部を増加させ、その虚数部に入射し減衰したマイクロ波が、あたかも摩擦熱のようにエネルギーを熱として消費することにより物質を温めるものだ。あの悪魔の挙動を鑑みるに、照射していたものは、マイクロ波かどうかはわからないがそれに準じるもの。あるいは、悪魔で防御が可能であることと、人間以外に被害がなかったことを考慮すると、人の肉体にのみ作用する悪魔的なものを放っていたのは間違いない。そう考えるとヘイクの動きを止めたのも、悪魔振動を用いたものだとわかる。
「それで、箱を破壊できるヘイクはともかく、あなたやあたしたちがあの箱に閉じ込められた場合はどうすればいいんですか?」テスティトが続きを促す。
「それは……わかりません。たぶん、打つ手なしです。でも、電子レンジに使われるマイクロ波は進行波じゃなく、定在波です。あの悪魔も同じで、振動のポテンシャルが高いところと低いところのむらがあるみたいでした。悪魔で肉体の転移を抑えながら振動が弱いところを探して、そこで大人しくしておくのが賢明ですね」
「そうですか。ではなおさら、ズィーのことはヘイクに任せるしかありませんね」
「別にわたしがあの子をやるのは構わないけど」ヘイクがラッキーストライクに火を灯した。「あの子が本当にズィーなんとかって子なら、の場合でしょ。悪魔なんかよりも、もっと話し合うべきことがあるんじゃない?」
「ヘイクの言うとおりだ」マーチが煙を吐いて同意する。「無駄な殺しはしたくねェぜ。生まれるのは無駄な労力と無駄な恨みだけだからな。あんたらだって、無駄な賃金は払いたくねェだろ、テッサ?」
 キャッスルはしめたとばかりに食いつく。「あたしも、ヘイクに賛成です。パージャとポーラの件もありますし、ズィーに変装した他の人間という疑いも持ってしかるべきです。スパイにしてはいろいろとずさんに過ぎましたし、ズィーがスパイだという、情報は確かなんですか?」先週、キャッスルたちは寝返った情報屋に売られ、危うく命を落とすところだった。あれ以来、件の情報屋は煙のように消えてしまい、行方知らずだという。おおかた、雇い主――教会を快く思わない軍の一部の連中に身を寄せたか、あるいはもう用済みと始末されたかだ。
「それはあなたたちが気にすべき事柄ではありません」テスティトはぴしゃりとキャッスルの訴えをねじ伏せた。「正体はもはや関係ありません、ズィーであろうとなかろうと、彼女は悪魔憑きであり、我々教会に、引いてはこの州に盾突く存在であることは変わりません。殺す価値はあります。お金はちゃんと出しますよ」
「でもですね、もし――」
「キャシー、架空の敵を作り出すのはやめなさい。いもしない相手のことを考えるのは無意味です。あなたの仕事は目の前の敵を殺すことです。それ以上でも、それ以下でもありません」テスティトが席を立った。「事情が事情ですし、もともと計画していた明日の作戦は中止です。あなたたちは、発信器を追ってください。明日は、あたしたちは軍に直接赴きますので、フォローはないと思ってください。準備は万全に」テスティトは一方的に言いつけて、食堂をあとにするかと思いきや、「姿のない者と戦い、あなたたちを守るのは、あたしたちや神父様の領分です。あなたたちが首を突っ込んでしまっては、守れるものも守れません。では、おやすみなさい」こちらを見もせずに、どこか穏やかな口調でそう言い残して部屋へと戻っていった。
 キャッスルは困惑する。疑念はある。だが、その疑念に意味はなかった。テッサがあたしを騙したところで何になるの? 自分はただの兎にすぎない。この州でも、州の外でだって、ちっぽけな十四歳の子供でしかない。テスティトの主張は正しい。あたしはきっと、被害妄想に囚われてるんだ――。そう自分に言い聞かせないと、襲いくる漠然とした不安に押しつぶされそうだった。
「なんだかデジャヴね」眠気からか、ヘイクがぼんやりとしながら言った。「先月あなたとごたごたしたときも作戦がおじゃんになって、まともに情報も集められないまま、あなたと衝突したんだったわ」
 一ヶ月前。キャッスルの母であるアマタ・ブルー・チャーチはウォルト州でもっとも恐れられる殺し屋に誘拐され、殺害された。殺し屋の名はフー。本名ではない。どこの誰だかわからないから、ただWHOとだけ呼ばれていた。顔、性別、年齢、殺しの手口、悪魔の有無。すべてが謎に包まれあられもない噂だけが飛び交い、本当に存在するかもわからない都市伝説じみた殺し屋だ。誰が殺したかわからない殺人はあらゆるが、フーの仕業だと吹聴されるたぐいの。最初は、その場に居合わせたヘイクたちの仕業だと思い込んでいた。だが悪魔を交えて戦っているうちに、ヘイクたちはアマタの殺害を企てるどころか、軍の命令でアマタを救出しようとしていたことがわかった。銃火器を流していたアマタが営む工房と、軍と、教会という、ウォルト州の三大勢力を仲違いさせようという魂胆で、何者かがフーを雇ったのだ。今回もまた、似たような事例であるという。
「裏で糸を引いてる人間なんてわからなかった。結局、すべての陰謀を暴くことなんてできないんだわ。すべてが陰謀とは限らない。現実は、映画じゃない」
「あァ、考えるだけ無駄だ。無駄な思考は、動きが鈍るだけだ。俺たちの仕事は本来、馬鹿みたいに突っ立ってるやつらを墓に案内してやることだろ。立ち止まったら、やられるんだ、俺たちは目の前に立ちふさがる人間だけ始末すればいいんだ。俺たちの前にその人間を連れてくるのが、テッサや神父だ」
 目の前のこと。赤毛に青い瞳の少女のこと。ズィーのこと。あたしたちは、あの子と殺し合うしかないの? 先月、キャッスルはヘイクたちとの死闘の末、互いが互いの息の根を止める寸前で、すれ違いが氷解するに至った。今度はどうなるのだろう。何も分からないまま命を奪い、あるいは奪われるのか。今、キャッスルは自分を殺そうとしていたヘイクと同じ状況に立たされていた。レストランでズィーは、自分たちを許さないと言った。州に恨みを抱いている少なくない人間のひとりなのだろう。呪いのような連鎖の根源は間違いなく、軍や教会だ。悪いのはこちらだというのに、何の慈悲もなくただ金を得て食っていくためだけに、自分は罪を重ねようとしている。母の仇を取りたいと願ったがために、あまりに傍若無人なまわり道をしていた。殺すための殺し。憎悪のための憎悪。進めば進むほど深みにはまる最悪の道筋だった。そんなの、むなしすぎる。息苦しかった。得るものなどなにもなかった。目的にも、その手段にも意味などなかった。逃げ場も、怨嗟を断ちきるすべさえも。……いや、ひょっとすると。キャッスルは思う。自分のときと、同じならば。ちゃんと、こじれたものを解くことができれば。ズィーもまた、引きこめるんじゃないの――? 甘ったれた考えであることはわかっていた。ヘイクに打ち明けるのもはばかられるほどの甘さだ。だが、その妄想はとめどなく膨らんでいった。煙草をふかすヘイク、そしてマーチは眠たげで、ズィーについてどんな意見を持っているかは、わからなかった。



「随分と質素な部屋ですよね」注文書や発注書の類、工学に関する専門書が薄く埃をかぶった書斎で、ヴィヴィレストがあちこち物色しながらこぼす。「あの悪魔があればいくらでも豪遊できそうなものですが」
「そいつはえらくオス臭い妄想だな」エネミアがにやりと笑む。「そりゃ無理な相談だ。出る杭は打たれる。ここで酒池肉林を築こうものなら、それは悪魔憑きか悪魔祓いですって公言してるようなもんだ。その二つは、州に悖るか、州の手足になるかのどっちかしかない」
 アマタの工房は繁華街の隅に位置し、教会や軍に流出させている火器量と比較してかなり小規模なものだった。従業員もおらず、アマタと娘であるあの黒兎の二人で切り盛りしていたようだ。その二人がいなくなった現在では、工房は無人だ。罠も警報もなく、侵入はたやすかった。
「あたしが知ってる限り、悪魔が唯一作り出せないものがあるとすれば、それは人間だ。社会を構成する一番のリソースは人間だ。物資じゃない。人間を生み出せるのは神と、その子供である人間だけだ。我々の神が我々の神たらしめられる理由は、その一点だけだ。そして、子供を産めないってのは、神から遠ざかることだ。故に生きてちゃいけない。今の教会の教えだな」
 黒兎を仲間に引き入れる目的のために、エネミアたちは地道に情報を集めていた。PPPがいなくなったことで隊の人員は最初の半分以下になったが、もともと情報収集や作戦の立案はエネミアとヴィヴィレストの区分だったために今までとやることは変わらない。仮に黒兎の勧誘がうまくいったとして、実際のところ、シトロエン小隊の戦闘能力に大した向上は見込めないだろう。どれほどの銃火器を生み出せても、悪魔がもつ特殊な物性――魔性とでもいうべきか――をまとう悪魔祓いや悪魔憑きを打ち破るのは難しい。トロエとパージャ亡き今では、悪魔を使う者の息の根を止めるにはエネミアの悪魔しか有用と言えない。それすらも、防御に特化した使い手相手ではなすすべもない。魔性は通常の物質に対し恣意的な接触能力と形状を壊されない性質を持つが、パージャのように魔性と物性の両方を備えたものに対しては極端に弱い。魔性と物性をもつ物質はたとえ人間の骨だろうと重機関銃さえしのぎ切る堅固さがあるが、ぶつかり合う二つのものが魔性と物性をもつ場合、物性が弱いほうの破壊が甚大になる法則がある。爆散したパージャの骨の中には切削工具でえぐられたような瑕疵が認められた。それは、魔性を有しながらパージャの骨の特殊な結合を破るほどの物性を秘めた悪魔を、教会が所有している事実に帰結する。パージャはその悪魔との戦闘で瀕死の傷を負い、せめて刺し違えようと己にため込んだ運動エネルギーを一度に開放して自爆したのだ。そして、エネミアの傘は魔性と物性を兼ねる悪魔だが、パージャよりも物性は弱い。つまり現段階では武力という点で、エネミアたちは教会に遥かに劣れをとっている。
「何もないですね」
「教会との結託を示す証拠すら見つからんとはな」
 エネミアたちが銃工房に忍び込んだのは、黒兎の情報と、その後の教会や軍との戦いに繋がる何かを探るためだ。教会を取り巻く人間、組織は多ければ多いほどいい。ほころびを見つけてそこに付け込まなくては、勝利はありえない。面倒臭くなって乱暴に本を払い落す。本棚の奥。金属の扉があった。金庫だ。扉にテンキーがはめ込まれた電子錠の金庫。「ヴィヴィ」エネミアは短く部下の名を呼んだ。「すまんがまた、盗人の真似事をしてもらえんか」
 ヴィヴィレストは金庫を見てため息をついた。「あまり気乗りしないんですが」長い指でキーを軽く撫でた。かちりと音がしてあっさりと解錠される。ヴィヴィレストの悪魔は有機物を恣意的に操作するものだ。微弱だが、化学反応を利用してイオンによる生体電流を流すこともできる。
 金庫の中には一枚の鏡が入っていた。小さな手鏡だ。宝石も札束も権利書も、計画書だってなし。たった一枚の鏡だけだ。「どう思いますか」ヴィヴィレストが鏡を手にとって矯めつ眇めつ注意深く検分した。「高価なものとは思えませんし……」
 エネミアも手鏡を覗きこんだ。あめ色の瞳をしたハイティーンに差し掛かった自分の顔が映り込んでいた。「思い入れのある品なら、こんなところにしまい込んだりは――」ふいに、ぐにゃりと鏡の中の顔が歪んだ。色彩が意味を失くして渦巻き、何か別のものを生み出そうとしていた。鏡が次に像を結んだ時、エネミアでもヴィヴィレストでもない人間の顔が浮かび上がっていた。灰髪の女だ。見知った容姿でもあった。フレデリカ・ナット・スリーヴ。究極の人類。人食い狼。フー・ドン・スリープ、あるいはFD3と軍内で畏怖された強力な悪魔祓い。そしてトロエのお姉さま。トロエを追い詰め、殺した人間の一人。この手で心臓を貫いたはずの女。視点が手前に引く。鏡のフレデリカはこの工房で、声までは聞こえないが、誰かと会話しているようだった。黒髪の背の低い女。堀が浅く幼く見えるアジア人の顔。アマタ・ブルー・チャーチ。エネミアたちが罠にはめ、教会に殺させたはずの女情報屋でありこの工房の主――。喉がからからになっていた。唇を舐める。「どういうことだ……?」言葉を失っていたエネミアはようやくそれだけ絞り出した。
「FD3が映っているということは……少なくとも三年以上前の過去の映像、でしょうか」ヴィヴィレストが眉間にしわを寄せた。
 何事かを話していたアマタがやおらフレデリカの額に触れた。途端にフレデリカの輪郭が崩れ――先月エネミアが雇った殺し屋、フーの風貌が現れた。灰髪もすっかりブロンドへと色を変え、フレデリカの見る影もなかった。エネミアの背中を冷たいものが滑り落ちた。アマタは悪魔祓いだったのか? いや、そんなことよりも――
 映像が切り替わる。被写体はまたしてもフー――否、殺し屋に扮したフレデリカとアマタだ。フレデリカは建物の屋上にて完璧な伏射姿勢でライフルを支えていた。狙う先は先月、アマタを捕えて閉じ込めておいたはずのホテル。引き金が絞られ、ホテルの窓が破砕された。ねぎらうようにアマタがフーの肩をたたき、立ち去る二人。エネミアは自分がとんでもない失態を演じた気分になっていた。まさか、そんなはずは……。
 今度は随分と粒子の荒い映像だった。撮影者の手ぶれがひどい。見覚えのあるアパートの一室だった。ポーラの最期となった、爆弾によって半壊した部屋。ポーラの遺体は、エネミアとヴィヴィレストが別れを告げたときのままだった。四肢をもがれ、首をねじ切られた無残な姿。そのポーラの身体に近づく者があった。灰髪の女。フレデリカだ。ナイフを片手に、ポーラの傍らで膝をついた。――おお、ポーラ、おお――やめろ、やめてくれ、頼む。これ以上、あたしの仲間を侮辱するな。軍にいたとき、そういう揶揄を耳にしたことはあった。だが、そう、単なる揶揄だと信じていた……フレデリカが人間を食らうということを。エネミアの祈りは通じなかった。フレデリカがポーラの腹にナイフを突き立てた。皮と肉を引き裂き、脂肪と内臓をえぐり出し、そして、子宮を引っ張り出した。フレデリカはポーラの瑞々しさをたたえた子宮に犬歯を突き立て――おお、ポーラ。エネミアは自分が涙を流していることに気がついた。フレデリカへの怒りの涙。仲間を汚された涙。自分の過ちを見せつけられた涙。直感じみたものだったが、フレデリカとアマタの目的が、この異常な猟奇行為にあると確信していた。エネミアやヴィヴィレストを操り、仲間を差し出させるために狡猾な罠にはめたのだと。三年前と同じように。フレデリカ。トロエを殺した女。トロエのお姉さま。生きていたのか。戦争が終わる直前に、殺したはずだった。あの腐れメス狼は、まだあたしの人生に噛みついてくるのか。トロエだけでは飽き足らず、まだあたしの仲間を、あたしに片棒を担がせて命を奪い、愚弄する気なのか。トロエ・シトロエンのときと同じように、あたしに罪をかぶせる気なのか。
「つまり……してやられたってわけだ」平静を務めて言ったつもりだったが、声は震えていた。「アマタとFD3は一枚かんでた――おそらく軍も。ならばアマタの娘もクロってことだ……なおさら目的の意味が強化されたな?」屈辱の味。懐かしさを覚えるほどの苦み。
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