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シーズン6とかそのへん

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ForbiddenGraveFruits第二話「ZYX」2/4?

 続きは当分未定。このまま四分割でいくかも未定。


 熱い、熱い熱い熱い身体が熱い。ぐらぐら視界がゆらぐ。ぶるぶる手足が震える。ずきずき頭が痛む。どくどく自分の心臓の鼓動でふらつく。あえぐ。息が苦しい。はらわたが締め付けられ、先ほどから涎や尿がとめどなく溢れていた。空っぽのはずのスーツケースが重い。やはり心臓を五つも破壊されたのは致命的だった。薬がもう切れかけている。薬。薬。薬。薬がほしい。ストックは残り少ないが、確か、部屋にはまだ一瓶あったはずだ。三日ぐらいはもつだろう。苦しい苦しい苦しい。部屋まであと十メートルもないのに、どれほど時間をかけてもたどり着ける気がしない。ぜんぶあのガキどものせいだ。怒りのあまりか、薬の効力が失われているからか、脳髄が煮立っているようだった。クソったれ。あのガキども。一週間も息をひそめ逃げ隠れるようにして生き延びてきた原因は先週、客のアパートに忘れたパイプ――ZYXというイニシャルの刻印入り――を取りに戻った際に、服を交換してやった黒髪の四つ目女に心臓を五つも貫かれたからだし、今こうして薬を求めてみじめな様をさらしているのは昨晩、金髪の赤眼女にスーツケースの中の薬瓶を銃弾で割られたからだ。それにあの茶髪に緑眼のガキ。一番業腹なのはもちろん四つ目女だが、あのガキの悪魔のせいで殺せるものも殺せない。もともと殺したかったのは先にちょっかいをかけてきた四つ目女だけだったのだし、黙って四つ目女の頭が爆発するところを見届けていればいいものを……でももう許さない。殺す。邪魔するなら殺す。金髪女もガキも殺す。もうちょっとだったのに。約束の日まで、あと一ヶ月か二ヶ月だったのに。あのガキどものせいで。theed――ヅィードは三年間の眠りから目覚めた。これで、生き残るには、十人以上殺さなきゃいけなくなった。今さら一人二人増えたところでどうってことはない。むしろ、本来返り討ちにしなくちゃいけないヅィードの実力は悪魔憑き程度じゃ足元にも及ばないのだから、練習相手にはちょうどいいかもしれない。あのガキどもにも勝てないようではヅィードにはどう足掻いても勝ち目はない。それは身をもって知っていた。テロがあってから戦争が終わるまでの間、嫌というほど殺し合った仲であり愛し合った仲であり姉妹――どころか、自分自身なのだから。
 部屋に着いた。倒れ込むようにしてドアを押しあける。数日ぶりに戻った、散らかり放題の自室。ワンピースや化粧道具、ぬいぐるみを蹴っ飛ばしつまずきかけながら、テーブルの薬瓶に手を伸ばす。指先が震えて何度も取り落とすがなんとか四個、五個とカプセルをかみ砕いて嚥下する。生臭さと甘みと苦み。不快ではあるが慣れた味に気分が少し落ち着く。だがのんびりはしてられない。ヅィードは必ずこの周辺にも張っている。ヅィードは必ず一人で監視をするが、必ず複数で狩りをおこなう。たぶん、ヅィードは今にも中国人みたいにぞろぞろ列をなしてここにやってくるだろう。必要なものを持って、すぐに出なくては。真っ先に掴んだのは机の上の写真立てだ。中身を取り出して、スーツケースに放り込む前に写真を眺めた。背が低く童顔の日本人が写った写真。ママ、ママ。愛しいママ。もう三年も会ってない。恋しさで頭がおかしくなりそうだった。ママは初めて出会った八年前からお仕事で忙しい人だったから思い出はあまりないけど、なんでも買ってくれるし優しくて大好きだった。パイプ煙草だって、ママが買ってきてZYXと刻み込んでくれたものだ。ヅィードは大嫌いだけど、ママがヅィードを作ったのはお仕事だから仕方ない。注射をいっぱい打たれたり苦い薬をしこたま飲まされたり手術をたくさんされたりヅィードと毎日セックスさせられたり食い合わされたり殺し合わされたり嫌なことは数え切れないほどあったけど……ママは大好き。写真をかき抱いて祈るように目を瞑った。もうすぐ。もうすぐママに会える。ガキどもを殺し、ヅィードを殺せば、ママが帰ってくると約束した日はきっと訪れる。その日までは我慢。我慢、我慢――。
 開けっ放しにしていた部屋の入口から飛び込んできたナイフが写真の上からズィーの心臓を貫いたのはその時だった。



 投擲したナイフが狙い過たず赤毛の少女の胸に突き刺ささるのを確認してから、なるほど確かにアマタの言う通り、昨晩仕留めたtheBoxedと瓜二つだとフーは思った。軍でもお目にかかったことのない暴力的かつ無差別的なあの機械仕掛けのグローブと、その巧みな白兵戦能力の所為で手を焼かされたtheBoxedとは違い、今回はひどくあっさりしたものだったが、ごぼごぼと血液を胸からあふれさせながらゆっくりとくずおれる赤毛を見て、フーは違和を感じずにはいられなかった。こいつの武器はどこに? 何故わたしのことを警戒していなかった? 昨日は他の赤毛とあれだけ派手にやらかしたのだから、アマタの話が真実ならば――到底信じられない眉唾なものだが――わたしは警戒されてしかるべきでは? そしてナイフは心臓を完全に貫通し停止させているはずなのに、血溜まりができるほど血を噴出させているのは、何故?
 "――"。にわかにフーの悪魔が、赤毛が放つ意味を成さない怒りの意思を読み取った。まだこいつは絶命していない。すぐさまナイフを抜いて赤毛が右手を掲げかけようとするや肩目がけて投げつけた。"叫――"。よろめきながら息を吸い込むのが見えたので喉にももう一本。膝をつく赤毛。左手を意図的に床に触れようとする思考が読めたので右肩にも投げた。赤毛の出血は激しかった。シエルブルーのカーペットは血を吸ってどす黒く変色していた。もう長くはないはずだったが、赤毛の頭の中から苦痛の意識はいつまで経っても消えなかった。"熱い熱い熱いどうしてどうしてどうして苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い"。耳障りなとりとめのない苦しみの信号。"痛痛痛痛痛痛"。あまり長く接続していると、こちらまで気がふれてしまいそうなほどの。"痛痛痛痛痛痛"。死ぬに死ねず、常人が味わうことのない長き死の痛み。"痛痛痛痛痛痛"。甘受できるのは悪魔憑き、あるいは悪魔祓いでしかありえない。"痛痛痛痛痛痛"。こいつがアマタの言っていた当たり? "痛痛痛痛痛痛"。ならば確実に息の根を止めるべきだった。"痛痛痛痛痛痛"。最後の一番丈夫なこしらえのナイフを抜き払った。"痛痛痛痛痛痛"。近づいて振りかぶり、真っ赤に染まった華奢な首に叩きつけた。"痛痛痛痛――"。
 だが異様な感触。金属のような硬さ。刃は赤毛の眼前で半透明の壁に阻まれていた。悪魔の力。だが悪魔を発現しようとする思念はなかった――すなわち子宮ではなく無意識に、脳そのものが悪魔を使う器官である、悪魔祓い。距離を置こうと飛び退く。すぐに背中も硬いもので押し返される。そこではじめて自分が箱のようなものに閉じ込められていることに気がついた。内臓に響く低い音。肌に掻痒感。そして激しい熱。見れば皮膚に次々と、沸騰した水面のように水疱が生まれていた。悪魔の作用だ。閉じ込めるだけではないらしい。毒――いや、物理的なもの……電子レンジの一種だろうか。赤毛は痛々しげにナイフを引き抜いていく。喉に空けた傷口はみるみるうちにふさがっていった。悪魔祓いならば想定の範囲内だった。赤毛は、血まみれの写真や何らかの薬の入った瓶、その他もろもろをたどたどしい手つきでスーツケースへ詰め込んでいく。赤毛の思考はもう読めない。回線は断ち切られてしまったらしい。箱の壁面は悪魔で構成されているようだった。水疱が弾ける。四肢に痛みが走る。ナイフが指からこぼれた。……これはちょっとまずい気がする。現在のフーの装備では、悪魔を破壊する手段をとるのは危険にすぎた。かと言ってこのままでは自分がポップコーンになるところを披露するはめになるだけだ。大気振動ならば――電磁波の類には無意味だが――発現させるだけでそもそも攻撃を防げるし、三秒か二秒だけなら全身火傷程度で済むかもしれない。
 逡巡し、決断したのは一瞬にも満たない時間だ。精神を集中させるように瞼を閉じて片膝をついた。ふっとフーを取り巻く音が消失する。圧力差で末端の血管が破裂し内出血を起こし、ひいては破れた水疱から血が噴き出していく。ふいにカーペットに落ちたナイフがゆっくりと浮き上がった。フーの身体から流れ出る血液も球体を形作って宙に漂い始めた。そうして環境を整えたフーが悪魔を顕現させようとした瞬間、何の前触れもなく箱が霧散した。急遽悪魔を停止させてフーは背後のドアを振りかえった。栗色の髪にアップルグリーンの瞳の少女と、金髪に浅黒い肌をした少女。栗毛は確か教会の――。
「お食事中に失礼だけど」栗毛が薄い唇を開いた。「もう堅気な人間も食べ飽きたんじゃない?」手には鈍い煌めきを持つ分厚いナイフと小型拳銃。
「おまえ……また……」赤毛が唸るように言った。
 フーにとって赤毛を仕留めるチャンスだった。教会の犬どもは、フーが一般人だと思い込んでいる。でも――とフーは案じる。ここで赤毛をやれば犬どもはわたしを敵とみなす。この赤毛は当たりだ。だから、ちゃんと食べなきゃいけない。負傷している今、赤毛の死体を担いで犬どもを殺すあるいはやり過ごすという二つの目的を達成させるのは至難の業だ。ここはいったん引いて装備を整えるべきだった。栗毛が引き金を絞った。見かけに似合わない轟音。窓ガラスが木っ端微塵に破砕される。赤毛は寸前でかわす、と言うよりは銃に臆してしゃがみ込んでいた。栗毛がさらに撃つ。耳障りな音を立てて銃弾は空中で弾かれた。悪魔の箱――否、壁だけだ。栗毛がナイフを投擲すると同時、赤毛はスーツケースを引っ掴んで壊された窓の桟に足をかけて身を投げ出した。おいおいここは五階だぞだから狙撃できなかったのにというフーの思惑をよそに、赤毛のワンピーススカートは視界から消え、あとを追うスーツケースは、悪魔の壁を消去して飛来する栗毛のナイフに穿たれたことにより空中で半ば分解され中身を撒き散らし落下した。
「逃げ足だけは満点だな」くくりつけたワイヤーでナイフを引き戻しながら栗毛が先ほどよりだいぶ低い声で毒づいた。
「おねえさん、大丈夫――なわけないわね」金髪が怪我の具合を見ようとフーの目の前でかがんだ。「救急車呼ぶからちょっと待ってて」
「……どうも」フーはなるべく苦しげに絞り出すように言った。
「しかしなんだってローストビーフにされかかってたんだ?」栗毛が部屋に転がっていた手鏡を拾って窓に近づく。「あのきちがい女に家賃の催促でもしたのか?」
「……えェ……まァ、そんな……ところね」
「それはご愁傷さま」今度は最初と同じ高さの、年相応の声で、「でも気の毒だけどわたしたち、どうやらゆっくりしてられないの」鏡越しに窓の外を窺いながら、栗毛が言った。「あの子、どんな身体してるのかしら……走ってるわ。追っかけるわよ、キャシー」
「え、あ、うん」電話を終えた金髪がちらちらとこちらを見やり、「えーと、その、お大事に」栗毛と連れだって部屋から立ち去っていった。
 フーはゆっくりと身を起こした。少々厄介なことになってきた。赤毛とともに、犬どもも殺す必要がでてきた。赤毛を狩るには遠距離からの狙撃が必須だし、反撃を受けることなく確実に三人ともを屠るにもやはり狙撃しかない。確か近所に便利なところがあったわね、とライフルを拝借するためにアマタの工房へと向かった。



「さっきの美人大家、たぶんレズね」階段を駆け下りながらヘイクは弾倉を交換した。
「どうしてそんなことわかるのよ」キャッスルがPDAを確認しながら返した。発信機を取り付けたのはズィーが後生大事にしているスーツケースだ。狼の牙でそのスーツケースが粉々となって発信器が外れたためか、キャッスルはさっさとPDAを仕舞った。
「どうもという女は、えてしてそういうものなの」
「へ、へェ、そうなんだ……」
 表に出た。今やお役御免となった発信器に誘われてたどり着いたのは、それなりに大きな通りに面したマンションだ。真昼間に銃声、そして五階から人間が落ちてきたとあって、野次馬が部屋の真下にあるBMWの周りに集まり始めていた。ヘイクは野次馬をかき分けて車に近づいた。BMWのボンネットは無残にも潰れ、血やスーツケースの中身らしき衣服などがあちこちに散乱していた。
「この上に落ちた……のよね」キャッスルが眉をひそめて言った。
「どこに落ちようが、あの高さなら走ることはおろか無事じゃァいられんと思うがなァ」マーチが呆れたような声を出した。「まァおかげで、匂いで追跡ができるな」ヘイクと同じ肉体をもつはずのマーチの鼻は、ヘイクの平凡なそれとは違い獣並みによく利く。
「キャシーが呼んだ救急車が、間違ってあの子を拾っちゃう前に追いつきましょ」点々と続く血の道を進もうとするヘイクは、しかしキャッスルに腕を掴まれて引きとめられた。
「ちょっと待って、スーツケースの中に何か手掛かりが……」
「ねェ、あのね、キャシー?」ヘイクは半ばかりかりしながらため息をついた。「いい加減に決めとかないと、死ぬわよ」
「そ、そんなこと言ったって、調査が」キャッスルは食い下がる。
「そうね、調査はすべきだったわ、事前にね。あなたのおっしゃる通り、ズィーにはおかしなところがある。テッサの対応もなんか変だった。疑問を抱いて、慎重になるのは、たぶん悪いことではないんでしょうよ。でもね、それはコトが始まるまでの話。ズィーはわたしたちだけでなく一般人にも意思を持って悪魔で殺人を行おうとした。正直、わたしにとってどこの誰が殺されようが構わないけど、教会にとってはそうでもないの。狩りを始めるには十分すぎる理由で、狩りはもう始まっちゃってるの。始まった以上、立ち止まっちゃいけないし、立ち止まったら殺されるのはわたしたちなの。ここでのんびりおしゃべりしてる時間も、ないの」そこまで言いきるが早いか、ポケットに振動。携帯電話だった。次々と水を差されたことに軽く舌打ちしてヘイクは電話に出る。
『もしもし』幼い声。『仕事は捗っていますか?』テスティトだ。
「テッサの用件さえ済めばすぐにでも捗るってとこね」
『そうですか。あたしたちは今、州軍の基地にいるのですが、知り合いに頼んでエシュロンがここ三ヶ月で溜めこんだデータを解析してもらいました』
 マーチが口笛を吹く。「おいおい、そんな大人のオモチャが存在するのは映画の中だけだと思ってたぜ」
『基地にあるのは、ウォルト州が送受信する情報に限定されてはいますがね。子供にはまだ早いですから、この先は教えられませんよ。もちろん、マーチ、あなたも御多分に洩れません』
「それで、どんな大人の土産話が聞けたの?」ヘイクは先を促した。
『ズィー・ヤーカーシャ・サリスは、先月あなたたちをまんまと罠にはめた情報屋の娘です。ズィーが悪魔祓いで、情報屋と軍の一部が繋がっているという事実がある以上、軍から直接、悪魔ウィルス――DGVを横流しさせていた可能性が濃厚です』血まみれた悲劇の州が生まれた発端でもある軍は、未だ最悪の兵器を抱え込んでいたらしい。ウィルスにきちんと名札をつけて鍵をかけ、机の奥にしまっているかどうかはいざ知らず、星条旗から星を一個消すほどの大人のオモチャを、大人の取引に使っていたのだ。
「ズィーが悪魔憑きで、情報屋は娘を守るために教会を売った、とも考えられるんじゃねェのか?」面倒はごめんだとマーチが反駁する。
『ありえませんね。ズィーが娼婦だったのは真実です。悪魔憑きに大人の仕事はできません』テスティトはばっさりと切り捨てた。『それならもっともらしく普段の仕事をできたので、教会としては大助かりだったのですが』
「それじゃァ、どうするってのよ。悪魔祓いを殺しちゃったら大人的にはまずいんじゃない?」
『えェ、本来ならばそうです。が、ちゃんと裏を取って良い大人たちと話をつけてきたので心配はいりません。幸いにもズィーは現在、州軍が管理する悪魔祓いのリストに載っていない、いわゆる国籍不明の兵器です。我々をおとしいれた一部の悪い大人をあぶり出すために、ズィーには生贄羊となってもらいます』
「なんだ、おれたちはいつも通り仕事をすればいいってことか」得心がいったとマーチが笑う。
『あたしたち大人の仕事は増えましたがね』それから、とテスティトが付け足す。『フーと呼ばれる謎の殺し屋――あれはズィーであるかもしれないという話もあります』
「なに……なんだって? ズィーがフーだって?」聞き違いかと言わんばかりにとマーチがオウム返しに訊く。
 散らばったズィーの荷物を探っていたキャッスルの肩がびくりと震えた。
『えェ。昨日、フーに依頼が出された通話記録がありました。ズィーが動き出した時期を見ても信憑性は高いです。アマタを殺したのも、ズィーでしょう』
「兎だと思っていた相手が狼だった――かもしれない、ってわけね」とは言いつつもヘイクにはほとんど納得ずくだった。
 ズィーの悪魔は確かに強力だ。悪魔憑きや悪魔祓いでも、相性が悪ければ――マーチのような悪魔を身に帯びる能力でもなければ、手も足も出ない。ましてや悪魔を持たない者では赤子の手をひねるように殺戮できるだろう。最強の殺し屋と噂されるのもうなずける。アマタの死因は銃殺だが、なにも悪魔祓いは銃を使えないというわけではあるまい。
『つまり我々は先月の一件から、手のひらで踊らされていたのです。アマタを殺し、州軍と教会と工房の仲たがいを画策したのも情報屋というわけですね。この三つ巴になれば、最終的に州軍が勝ち残るのは必須。悪い大人はウォルト州に再び独裁を敷こうとしています』
 ウォルト州は独立軍政州だが、戦争が終わり州に反する悪魔憑きがほぼ駆逐された現在では、自治団体やマフィアなどが都市単位で実質的に州を活動させていた。それはひとえに武力がモジュールごとに絶妙なバランスで分配されていたからだ。社会の表と裏が薄皮一枚でしか隔てられないこの州で、晩飯時にレストランでのうのうとミートローフを食べていられるのはマフィアが睨みを利かせてくれているからだ。教会という軍の手足が切り落とされ、民間の武力である工房が潰れるとなると、軍は悪魔憑きの残党狩りの名のもとに統制――魔女狩りを始めるだろう。それは八年前の悪夢の再来を意味していた。戦争よりも、悪魔憑きの反乱よりも、あのホロコーストで死んだ人間のほうがよっぽど多い。ウォルト州で息をひそめている悪魔憑きはまだ数千人いると、数理物理学者は唱える。軍がその数に合わせて武力を展開し、もう一度統制が行われば……州は崩壊する。
『昨日のレストランの元締めであるマフィアも相当にお冠なようで、現在神父様がクレームの対応に当たっています。来年からもあの店でミートローフをごちそうになりたければ可及的速やかにズィーを始末し、死体をあたしたちのところへ持ってきてください』
「ようやくもって危機感を覚えたわ」試験でAを取らなければ外出禁止だと親にきつく言い含められた年頃の女の子のように、ヘイクはげんなりしながら答えて電話を切った。「そういうわけだから、キャシー、否が応でもあの子をダンスパーティに誘わざるを得なくなったわ」
 キャッスルは無言で手元に視線を下ろしたまま、BMWの前で棒立ちとなっていた。
「なァに? 大人の仕事をしていたズィーの、大人のおもちゃでも見つけたの?」ヘイクはキャッスルの手の中を覗き込んだ。ズィーもしくはあの美人大家の血で濡れた、一枚の写真があった。見覚えのある人間が写り込んだ写真――キャッスルの母であるアマタの写真。先月額を撃ち抜かれたアマタと同じく、額の位置を鋭利な何かで穿孔された写真。アマタが、ズィーのターゲットだったという揺るぎない証拠。
「これで完全にクロってわけだな」マーチが冗談めかすことなく言った。「親の仇。これ以上の殺害動機はないだろ、そもそもお前が教会に下った理由なんだから」
「そうね」キャッスルは首を縦に振った。「あの子で最後にできる――念願叶ったりだわ」消え入りそうな声。今にも泣きだしそうな声。こっぴどく裏切られたような声。



 結局、自分たちは操り人形だった。己の愚行を見せつけられてからというもの、エネミアは新しく住み着いた2LDKの隠れ家にいても、自分が常に監視されているのではないかという疑心暗鬼に囚われ、気が気でなかった。あの忌々しい鏡。おそらくアマタはすべて知ってる。こちらの行動は全部筒抜けだったんだ。あたしたちが工房に忍び込んで仕事場を漁ることも。だからこそあえて鏡をあたしたちにひけらかした。それすらも計算ずくで、アマタの次の企てに組み込まれているのだ。だからヴィヴィレストにもそのことは黙っておいた。エネミアたちから何かを仕掛けようとも、アマタが何かしらの事を起こそうとも、何もかもが誘い。アマタは異様なまでの情報収集能力で、十手も二十手も先を読んでいるのだ。勝ち目などない。だが足掻くしかないと思った。探りを入れながらちょっかいを出し、ぎりぎりまで誘いに乗り、相手の意図が判明すればすぐに降りる。とにかくペースを崩してやるしかない。アマタの最終的な目的と、真に裏で糸を引いている人間を見極めるまでは。アマタの読みがもし、非の打ちどころもなく完璧ならば、とエネミアは仮定する。現在の状況と因果関係を逆算していけば、アマタの狙いもまた、その輪郭を現すのでは? アマタの描いた構想が完璧であればある程、全体像は想定しやすいはずだ。
 先週、エネミアは部下を二人失い、教会を徹底的にたたきのめすと心に決めた。つまりアマタにとって教会は邪魔なのか? あたしたちが邪魔なのは無論のこと、しかし教会とあたしたちをぶつける理由は? アマタはPPPが教会に敗れるとわかっていたのか? だとすればPPPすらも障害だったのか? PPPが負けた原因があるとすれば、それは先月エネミアたちがアマタ――だと思っていた誰か――をかどわかし、フー――だと思っていたフレデリカ――に殺させた作戦だろう。あれがなければ黒兎が教会に入ることはなかった。その作戦を実行に移した理由は、ウォルト州の勢力図を見て軍を最も崩しやすい趨勢になると判じたからだ。先月エネミアが立てた作戦こそが、アマタが動き始めた起点だと考えていい。そうでなければ、そもそもこの州を作り出した根源である戦争やオリンピックテロ事件、悪魔ウィルスの研究すらも視野に入れなければならない。するとある一つの疑惑に決着する。先月の作戦がアマタに露見していたのは何故か、だ。フレデリカに依頼したときに、悪魔で心を読まれたのか? 否だ。あたしたちが殺し屋フーとしてのフレデリカを雇うとは限らない。あの時点ですでにアマタとフレデリカに先回りされていたのだ。身内にスパイがいるのか? ヴィヴィやPPPが? 冗談。まずありえない。シトロエン小隊時代からの仲間だ。だとすれば、何故。
 完全に包囲された気分だった。アマタの思惑の、限りなく中心に近い当事者のはずなのに、断片がどこにも繋がらない。まだアマタの手札はほとんど明かされていないのだ。だがどこまでこのゲームを続けていいものなのか。それでもエネミアには確信できることがあった。たぶんあたしたちは、この先もずっとゲームの駒として使われるんだ――。ゲームを続けない限り、アマタの手札を見ることはできないが、次もまた致命的な打撃を受けるかもしれない。あの鏡はエネミアへのメッセージだ。ゲームに気付けという示唆。冷静になれという愚弄。降りるわけがないとわかった上で、伸るか反るか、ベットを上げるかどうかという提案。舐めやがって。前後不覚になるほど怒り狂い手当たり次第に暴れたかった。弄ばれているとわかっていてもなお、エネミアに選択肢はなかった。
「アミー隊長」ヴィヴィレストが短く名を呼んだ。「ハエが動き出しました。ライフルに仕掛けたやつです」
「なんだって?」エネミアは眉をひそめた。「思ってたより早いな……」ゲームが開始されたのだ。鏡を見た瞬間に、エネミアは鏡が持つメッセージ性に気づいた。故に、工房に置いてあった、フレデリカが狙撃に用いたライフルに返答の意味を込めて発信器をつけておいたのだ。先月の作戦を一番目とするならば、これは三番目のゲームだろう。鏡を発見してまだ一時間と経っていない。やはりアマタに動きが見透かされていると考慮していい。
「どうしますか?」問いながらも、ヴィヴィレストは手早く装備の確認をしている。
 本来ならば二人で出るべきなのだろう。一人で行くにしても、迎撃を得意とするエネミアの役回りだ。だとしても、自らの眼でゲームの流れ全体を測るために一歩引いて観察する必要があると思っていた。エネミアの悪魔はレーダーとしても有用であるがために、視野を広く取っておきたかった。
 エネミアはくわえたラッキーストライクに火をつけた。「……尾行してきてくれ」苦慮した末に命じた。「見つかるな。いや、初めから見つかっていると思え。無茶な要求だろうが、その上で見つかるな。相手が誰であれ、こちらからは手を出すな。いつでも逃げられるよう構えておけ。ただし、相手がアマタかフレデリカ、軍関係者なら、動きを見せた時点で殺せ。教会幹部もだ。言うまでもないだろうが、連絡を絶やすな」
「了解」ヴィヴィレストは何かを意見することなく課された任務を果たしに行った。
 ヴィヴィレストは薄々ながら感づいているのだろう。エネミアの隠しきれない怯懦の臭いに。強大すぎる敵に対する失意の念に。だから文句の一つも言わなかった――あたしが正気に戻って、まともな判断ができるまで待ってるんだ。エネミアが屈辱と絶望を無理やりにでも韜晦しようとしてないければ、ヴィヴィレスト自身も泰然とした態度を保っていられないはずだろうに。
 兎に対しても答えを出しあぐねていた。単純に、軍や教会に関わる人間を端から落としていけばいいという問題でもなくなった。人間は社会のリソースだ。アマタはそのリソースを最大限に活用してくる。相変わらずこちらの人員は不足しているが、もはや誰を引き入れても危ういのだ。頼れる者は何もない。この州にはもう、エネミアの敵となる者しか残っていなかった。残る仲間はヴィヴィレストだけ。両親や妹すらも、八年前のホロコーストで生き別れた。トロエがいれば軍の基地どころかこの州ごと吹き飛ばせただろう。アマタもフレデリカも軍のお姉さまどもも、塵芥ひと粒残さず浄化できるだろう。そのトロエは、あたしとフレデリカが殺した。PPPがいれば、心を読む程度しかできないフレデリカなどやすやすとひき肉に変えてくれただろう。そのPPPは、あたしと教会が殺しフレデリカの腹の中に収まった。くそ。くそったれ。ちくしょう。あたしはどうすればいい? 兎を殺すべきなのか? 兎は本当にアマタと繋がっているのか? あたしたちと同じように、アマタに利用されただけじゃァないのか? もしそうなら、こっちからも利用してやるべきでは……いや、兎を使わせるのがアマタの狙いとも考えられる。一度疑い始めればきりがなかった。だが。エネミアはゲームに気付き、そして招待された。逃げ道を断つという意味でも、アマタはエネミアを巻きこんだに違いない。――いいだろう、乗ってやる。すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消した。必ず後悔させてやる。両腕を切り落として、首を撥ねてやる。もう二度と、あたしの仲間を、あたし自身を侮辱させたりはしない。



「キャシーって、お母さんと全然似てないのね」マルボロの代わりに楊枝を噛みながら先を行くヘイクが言った。煙草の臭気が鬼ごっこの妨げになるからだ。
「そうね、全部父親譲りだから」キャッスルはそっけなく返す。
「お父さん、いたんだ」
「少なくともあたしが生まれる前にはいたと思うわ」先ほどからヘイクはやたらと話しかけてくる。いつぞや聞いた、人殺しの前にリラックスが必要、とかいう経験の押し売りだろう。自分のことを思ってくれているのだろうが、今のキャッスルにはそれが鬱陶しくて仕方がなかった。空気で察したのか、それきりヘイクは余計な口を開かず嗅覚に専念した。
 ズィーは五階から墜落したわりには、キャッスルたちと距離を稼いでいた。最強の殺し屋を噂されているくせに行動はお粗末だが、身体だけは丈夫というわけか。ズィーがフーだったというのは鵜呑みにできる事実ではないが、フーだろうとなかろうと、母を殺した相手ならば仇であることには変わらない。ズィーを討ちとればすべての清算がつく。ちっぽけな人生とたった一人の家族を破壊したズィーをこの世から消し去しさえすれば、未練も業もなくなる。あとはもう、どうにでもなればいい……そのはずだ。突きつけられた現実があまりに自分の願いからかけ離れ過ぎていたために、キャッスルは受け入れられないでいた。憤怒と憎悪に狂い見境を失うのが筋なのだろう。一度は友達になれると、仲間に引き入れられるんじゃないかと皮算用をしたばかりに、ひどく辱められ、騙され、敗北感めいた気分におちいっていた。どうしてなの? どうして母なの? 母が何をしたの? 本当にあなたが殺したの? 何故母の写真を持っていたの? 三度しか顔を合わせたことがない少女。殺されかけ、殺しかけた少女。母を殺したかもしれない少女。キャッスルはそんな相手に、同情を――いや、感傷を抱いていることに気がついた。フーは冷徹で無慈悲で機械みたいな殺し屋なんだと勝手に想像を膨らませていた。だからあたしも……きっと何の感慨もわくことなく義務としての殺意を持ち、殺せる。そう信じていた。だけどズィーは違う。レストランで襲撃されたとき、ズィーは許さないと言った。私情で命を奪いに来た。ズィーはちゃんと自分と同じように感情をもったひとりの女の子だ。殺していいのか。――殺せるのか。
「あのアマ、何か病気でも持ってるのかね」マーチが鼻を鳴らした。「汗の匂いが強くなってきた。しかもとびきり悪くて苦い汗の匂いだ。猛毒に侵された人間が流すような汗だ」
「頭に病気を抱えているのは確かだけどね」ヘイクは肩をすくめる。
「そいつはごもっともだがな――追いつくぞ、次の服屋をまがった通りだ」
 狙撃を警戒して、ズィーの部屋で拾った手鏡でヘイクが通りを覗く。
「ふらふらじゃない。手を下すまでもなく今にも息絶えそうね」ヘイクが唇の端をゆがめた。「キャシー、ライフルを作って頂戴」
「……本当に撃つの?」材料の入ったウェストバッグを開けながら、キャッスルはおずおずと訊ねる。
「言うようになったじゃない」ヘイクが怪訝そうな顔をした。「確かにわたしの銃の腕はお世辞にも上手いとは言えないけど、キャシーは撃ちたくないんじゃない?」
「いや、そういうことが言いたいんじゃなくって……」
「じゃァあなたが撃ちたいわけ?」
「ちが、そんなことあるわけ――!」
「あのなァお前ら、喧嘩してる場合なんかじゃねェだろ」
「じゃァどうしろって言うのよ。ここで殺さなきゃいつ殺すのよ。病気だか毒だかしらないけど、ここでぽっくり逝くのを待てって? 仇なんでしょ、あの子」
「……ズィーがフーだっていう確証は、まだないわ」
「なァおい、お嬢ちゃんたち、ちっとはおれの話を」
「あなたのお母さんの写真を持ってた。フーが依頼を受けて、ズィーが動いてる。それで十分じゃない?」
「あたしはそうとは思わないわ。一度ちゃんと話をして――」
「あのねェ、キャシー。はき違えないで頂戴。わたしたちの――いいえ、少なくともわたしとマーチの仕事は、あの子の死体を持って帰ることなの。あの子のカウンセリングすることじゃないわ。あなたにまだ抵抗があるのはわからなくもない。でもね、わたしとマーチの仕事を邪魔しないで」
「そんなつもりじゃ……」
「おーい聞いてるかー?」
「だいたいキャシーはいっつもそう。調子に乗ってるときは頼りになるけど、普段のあなたはくよくよなよなよしすぎ。カウンセリングが必要なのはキャシーの方じゃない?」
「な――ッ! 今はそんなこと関係ないでしょ!?」
「関係ないと思うんなら、早くライフルを作ってほしいものだわ」
「あなた、あたしをドラッグストアかなんかと勘違いしてるんじゃないの!? なんでもかんでもはい承りましたって作ると思わないでよ!」
「もしもーし」
「ドラッグストアに自動小銃なんか気の利いたもの置いてるわけないでしょ。だからあなたに頼んでるのよ」
「じゃァ、なに。ドラッグストアに大人のオモチャが置いてたら、あたしはいらないってわけ?」
「はァ? どう解釈したらそうなるのよ。ねェ、せっかく楽な仕事で終わりそうなのに、いい加減にしないとあの子逃げちゃうわよ」
「それはヘイクが――!」
「……いいや、逃げねェよ」
「は?」
「もう来てる」
 マーチが呟くがはやいか、キャッスルとヘイクの周囲に半透明な壁が出現。反射的に投げたヘイクのナイフが一瞬の間も与えずに悪魔の箱を消去する。
「……ズィーを追って来てると思ったら、後ろでぎゃんぎゃんわめいてるなんて」かすれた苦しげな声。「おまえたちはズィーのことを、馬鹿にしてるのか?」ブティックの角から現れたのは異様な赤さの頭髪、紺碧の瞳、そしてワンピースドレス。逃げ切れないと判断したのだろう、決着をつけるために、ズィーは引き返してきたのだ。
 ヘイクがにやりと笑む。「あいにくと死者を侮辱する趣味はないから、生きてるうちに――」だが言い終わらないうちに突如として飛来した悪魔の壁に激突され、ブティックのショーウィンドウに頭から突っ込んだ。盛大な音をたててガラスが破砕され、ヘイクの姿は店の奥へと消えた。
「ちょ、あなたいきなり何す――」
「うるさい」
 ズィーが右腕を振るう。キャッスルもまた悪魔の壁になぎ払われ、バッグに入っていた拳銃やら材料やらを撒き散らしながら吹き飛ばされる。
「さっきの女はいつでも殺せるけど、おまえたちはウザいから先に殺す」
 ズィーがキャッスルに向けて右手を突き出した。身体を起こしたキャッスルの両脇に、二枚の壁が顕現。押しつぶすように迫る壁を、キャッスルは悪魔の腕で受け止めた。万力のごとき圧力に腰砕けになる。存外強い力にキャッスルは焦燥を覚えた。悪魔は無限に振るえるわけではなく、特にキャッスルの悪魔は持続させることと力任せに働かせることを苦手としていた。全力で発揮し続けていると下腹部――おそらく悪魔が憑いている子宮――に重い疲労をこうむることになる。むしろ肢体よりも疲れやすいといっていい。このままでは、三分ともたないだろう。
 ズィーの右腕が動いてさらに三枚の壁が現れ、ブティックから飛び出そうとしていた裂傷だらけのヘイクに襲いかかった。銃剣と狼の牙で二枚の壁をさばくも、もう一枚に打擲され足を止められる。いかにたやすく悪魔の壁を壊せようが、同時に三枚以上に攻められては対処のしようがない。二の腕や太ももに刺さったままのガラスを抜くこともできず、逆に傷口をえぐるような壁の猛襲は続く。一撃の殺傷力は低くとも、確実にヘイクの命を削る攻撃だった。
 ズィーの壁とキャッスルの腕が完全に拮抗し身動きができないでいるまま、キャッスルは直感していた。ズィーの悪魔の真価は箱状ではない。自在に操れ、攻防どちらにも転用できる五枚の壁だ。こちらの悪魔が割れている以上、一対一はもちろんのこと二人で挑もうとも、指一本触れられない――。徐々に疲労が蓄積し、キャッスルはたまらず膝をつく。生の両手は空いているが、バッグに入れていた銃を落としてしまったために手は出せない。ヘイクの牙も、ズィーと離れ過ぎていて届かない。牙は指から離れた時点で、ただの世界一硬いナイフに戻る。ワイヤーを介さなければ、投げたナイフはマーチの力を纏うことができないからだ。
 ズィーがゆっくりとこちらに歩きながら、拳銃と母の写真を拾った。「おまえ、わざわざ……ズィーのママの写真を、持ってきてくれたんだ」ズィーもまた、息も絶え絶えといったていで言う。「じゃァ、あとで……殺したげる」
「……え?」キャッスルは耳を疑った。「ちょ、ちょっと、ママってどういうこと――」
 ズィーは聞く耳を持たないままヘイクに近づいて拳銃を向ける。ズィーは眉一つ動かさず引き金を絞り――だが銃弾が発射されることはなかった。
「セーフティって知ってるか?」マーチが全身から血を滴らせながらほくそ笑む。「そのオモチャは、子供にはまだ早いってこった――こっちまで来てくれて助かったぜ」
 防御を捨て、三枚の壁の殴打をもらいつつ、ヘイクが全力で狼の牙を放つ。ズィーが顔をこわばらせて己のミスに気付き、すべての悪魔を一度解除。右腕を突き出して目の前に五枚重ねて展開させるも、牙はやすやすと壁を切り裂いていき――。
「待ってヘイク! 殺しちゃダメ――!」
 最後の一枚を霧散させ、ズィーの鼻にかすり傷をつけるや、持ち主の元へと戻っていった。ズィーがぺたんとアスファルトに尻もちをつく。
「……なんで止めるのよ。キャシー、あなた、ばかなの?」ヘイクが悪態をつきながらも放心したままのズィーをワイヤーで拘束する。
「その子、フーじゃないわ」悪魔を使い続けたせいで汗だくになったキャッスルが言う。「あたしの母は狙撃されたんじゃないの? セーフティも外せない子が、ライフルを使えるとは思えないわよ」
「あのねェ、いくらなんでもこじつけじゃない?」ヘイクがズィーを立たせた。「忘れてただけかもしれないでしょ」
 ヘイクを無視してキャッスルはズィーの手から写真をもぎとり、目の前に突き付けた。「ねェ、この写真の人、あなたのママなの?」
「だったら、何?」ズィーは不機嫌そうにディープ・ブルーの目を反らす。
 ほらね、とキャッスルはヘイクに視線を送るも、「そいつが嘘をついてないとも限らないぜ」マーチが食い下がる。
「ズィー、あなたのママはどんな仕事をしてた人なの?」
「ヅィードを作ることだけど?」知らないの? とでも言いたげな顔。
「そのヅィードって、何なの?」
「分子レベルの脳マッピングを用いて後天的にズィーとしてデザインされた総勢十二人の、バイタル・リンク及びメンタル・リンクによるホモ・ゲシュタルトの子供たち。対悪魔憑きを目的とし近距離制圧兵器や中距離砲撃兵器、遠距離分断兵器などを運用する」
 ――は? 一体何を――いや、そんなことより、この子、どこでそれを。
「アーティクライストロンとカージオイドロンの実装に初めて成功した統一人格。三年前の戦略投下にて人格が分離、発狂、暴走した。以来、ズィーの心臓をスイッチに、カージオイドロンに逆バイアスをかけたコールドスリープ状態にある」
 ――いや、まさか――そんな。
「先週、おまえたちが――おまえたちと一緒にいたあの四つ目女が、悪魔でズィーの心臓を五個も破壊した。活動しているズィーとヅィードの心臓はその和が十三でなければならないため、五人のヅィードが起動した。通常ならばバイタル・リンクの同期を司る統制単体であるtheLeadedとメンタル・リンクの同期を司る中継単体であるtheVoicedが最後に起きるが、あの悪魔のせいで何らかのバグが生じ、二体は起動した。ヅィードは、起動した」
 ――やめて――それ以上は、もう。
「おいおい、こいつどこの星から電波受信してるんだ?」マーチが呆れたような声を出す。
 ――ああ。ぐらぐらと地面が揺れるようだった。悪魔を使用した疲れも相まって、立っていられないほどのめまいを感じていた。ズィーは、キャッスルたちには一言たりと理解できないと思ってしたり顔で話したのだろうが、キャッスルには十分すぎるほど事の重大さが伝わっていた。おかげでズィーの力についてもはっきりした。あの五枚の悪魔の壁は粒子を拒絶し、波だけを通すコンバータだ。単なる物理振動を悪魔的なそれに変換させる性質を持っている。ズィーが生じさせていた振動はおそらく心臓の重畳インバータによる進行波。デジタルな信号も重ね合わせることによってアナログな信号へと疑似できる。本来なら進行波であるため収束せず効果が薄い波を、壁で囲って反射させ定在波にすることで威力を高めているのだ。そしてその振動を生み出しているのは、ヅィード同様にズィーがカージオイドロンを積んでいるということだ。しかも、十三個も。
「……ズィー、あなたの、ママはなんて名前なの?」
「アマタ。アマタ・ヤーカーシャ・サリス。孤児だったズィーを拾ってくれた優しいママ――」
 風切り音がした。一瞬後にキャッスルが掲げていた写真が吹き飛ばされ、ズィーの喉から血が噴き出し、遠くの方で乾いた銃声が響いた。狙撃された――。
 ズィーを悪魔の手で掴んで風通しのよくなったブティックに駆けこむ。真後ろに立っていたため、ズィーを撃ち抜いた弾丸にあやうく頸動脈を引き裂かれそうになったヘイクも同じ判断を下したらしい。店員がすっかり逃げ出した店の中に入るなり悪魔の機能を発揮し、掩蔽するものを作り出した。ズィーを床に横たえる。落ちていた高そうな衣服で出血を抑えようとしたが、手遅れなのは火を見るよりも明らかだった。
「どうして……こんな……」キャッスルは言葉が続かない。
「今考えるべきなのは、どうして、よりも、誰がどこから狙っているのか、この状況をどう乗り切るか、じゃない?」ヘイクがズィーのワイヤーをほどいて狼の牙を仕舞った。「まァ、この子のことだから、おおかたその辺で買った恨みでしょうけど」
「……フーよ」
「は?」
「……あたしの母も、狙撃されたのよ……昨日依頼を受けたのはフーなんでしょ? なら、今動いているのは……フーしかいないわ」
「あなたねェ、まだそんなこと――」ヘイクははっと何かに気づいたように口をつぐんだ。ヘイクが凝視する先にはズィーの銃創があった。頸椎さえぐちゃぐちゃに潰された風穴は、しかしふさがりつつあった。ズィーの手足が痙攣するようにひきつり、身体を折ってせき込んだ。
「だ、大丈夫……?」キャッスルはこわごわ訊く。
 異常だった。新陳代謝が高いなんてものじゃない。疑いようもなく、再生能力の類だ。まるでミュータント。本物のウルヴァリンのごとく。
「こいつはたまげた。悪魔祓いってのはみんなこうなのか?」マーチが再び牙を抜いた。「まったくもって化物じみてるな。首を落とせばさすがに死ぬか?」
 キャッスルはかばうように、ヘイクの前に立ちはだかった。「お願い、待って。ズィーは、殺しちゃダメ」
「どうして? ダブルブッキングだったのよ。わたしが殺さなくても、どこに逃げようとも、いずれ半日と生きられないわ。なら、テッサから怒られないようにさっさと殺さないと。それに、もういい加減わかったんじゃない? この子は疫病神だわ。これ以上の厄介事はごめんなの」
「いいえ、疫病神なんかじゃァ、ないわよ。ズィーは、あたしのきょうだいだわ」
 ヘイクは付き合ってられないと言わんばかりに、これ見よがしに大きなため息をついてみせた。「ばか言わないで。キャシー、どうしちゃったのよ。さっきこの子が言ってたことを本気で信じちゃってるの?」
「えェ、信用するに足る情報だったわよ。どこかの誰かさんと違ってね」
「テッサのことを言ってるの?」
「思い出して、ヘイク。今回だけじゃない。パージャやポーラのときも、なんかおかしかったわ。絶対、何か重要なことを隠してるのよ」
「別にそんなのどうだっていいじゃない。テッサがわたしたちを騙したところで、利益なんてないじゃない? 真偽はともかく、テッサはわたしたちを生かすために必要な情報を教えてくれてるだけだわ」
「先週、ズィーの心臓を壊したのだってテッサなのよ。何かおかしい……絶対に、何か取り返しのつかないものに巻き込まれてる。あたしたち、自分が何をさせられているのかもわからないのよ」
「キャシー、あなたは探偵じゃないわ。わたしも探偵じゃない。殺し屋、殺し屋なのよ。人を殺す仕事をして、ようやく生き残れるの。陰謀を暴こうとするのは畑違いってもんよ」
 キャッスルは唇を噛んで、満身創痍のズィーを見やった。息は浅く早く、肌は血を失って土気色。意識もあるのかわからない。装飾過多気味なワンピースも、ズィー自身の血液で赤一色に染まっていた。州軍の犬である教会にも狙われ、本来文民の意思とも言えるフリーの殺し屋フーにも狙われ、行き場を失くした哀れな子。母が何を考えてズィーを拾い――しかもキャッスルから隠蔽し――、ヅィードを作ったのかはわからない。だけれども、たった一つ、ゆずれない信念があった。
「……ごめん、ヘイク。やっぱり無理」ヘイクのエメラルドグリーンの瞳をまっすぐ見据え、キャッスルは言った。「あたしが教会に身を落としたのは、母の仇を取るためなのよ。でもそんなの言い訳。自暴自棄になって、何もかも投げ出したくなって、でもあらがってやろうと思って、この州で、情あるまっとうな人間として生きたかっただけなのよ……でもそれならなおさら、この子を殺したりなんかできないわ。母の命を奪った人間以外を殺すなんて無理だわ。そして、あたしはもう、自棄になる理由を失った。あたしにはまだ家族がいる。大事なきょうだいが。先月、州に取り殺されそうになったあたしを助けてくれたのはあなただわ。あなたがいなければ、あたしはあのまま死んでた。この子は、あのときのあたしなのよ。あたしのたったひとりのきょうだいは今、母を殺したやつに命を狙われてる。あたしはこの子を、守らなきゃいけない。もしあなたがズィーを殺すというならば、あたしは命の恩人であるあなたに立ち向かうわ」
 ヘイクは視線を外すことなく、口を閉ざしていた。だしぬけに、低い振動音が響いた。携帯電話が着信したのだろう。ヘイクが電話を取り出してディスプレイを確認し、苦々しげに通話に出た。「あのねェ、こっちにも都合ってものがあるのよ。いいところでいちいち邪魔されたんじゃァ、仕事になるものもならないわ。……えェ、えェ、わかってる。はいはい、順調よ。……そう。それじゃァね。……あ、そうそう、ちょっと用事が出来たから、帰りは遅くなるわ。キャシーもね。じゃ、切るわよ」
「……テッサからなの?」
 ヘイクは肩をすくめた。「催促の電話だったわ」
「遅くなる、ってどういう意味――」
「この州ではね」ヘイクはキャッスルの言葉を遮った。「善良な人間は有名にならないのよ。カモにされるから。逆に邪悪な人間は有名になる。避けられるから。恩人を殺すだなんて、よっぽどな極悪人よ。ならわたしは、これから長生きするだろう邪悪な邪悪なキャシーについていくしかないじゃない」
「ヘイク……」見逃してくれることを期待して啖呵を切ったのだが、道連れにまでなってくれるとは思わなかった。同時に、胸の奥を罪悪感が掠めた。自分が進むと決めた道に、未来がないことはちゃんと承知していた。
「それじゃァ、ひと仕事、してもらいましょうか」ズィーを担いで床を指さした。「外は怖い大人が目を光らせてるから、二、三ブロックほど掘って頂戴。このブティックはドラッグストアと違って、削岩機を置いてないみたいだし」ヘイクは悪びれもせずに、キャッスルをドラッグストア扱いした。
 怒ってるならそんな憎まれ口を叩いてないで、直接言えばいいのに。いやいやながらもついてきてくれるヘイクに、感謝せざるを得なかった。自然と緩んだ口元をヘイクに見とがめられないように背を向けて、キャッスルは悪魔の腕を展開した。
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