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Forbidden Grave Fruits 第一話「PPP」 1/3

ハードボイルド風百合アクションファンタジーSF添えを目標にしたただの魔法少女もの。

百合リョナ注意。

本文は続きから。





 元来キャッスル・チャーチは我慢強いほうではなかった。そして根がまじめだから、たとえ嫌な仕事であっても任された以上はきちんとこなさなければ気が済まないたちだ。すくなくとも前の仕事は客商売だったし無理難題をふっかけてくるお客が多かったものだから、そういった誠実さを求められることに慣れ、また自分に合った職だという実感もあった。それはこの州で要領よく生きるには正しい生き方だと言えた。自分から厄介事に首を突っ込んだりせず、理不尽な運命を可能な限り回避するための生き方だ。たとえ一度裏切られたとしても、その生き方を変えることは州に食い殺されるに等しかった。州に逆らってはならない。この州に住むものならばこどもでさえ知っている事実だ。
 ――最初は試されているのかと思っていた。自分は新入りで、こういう職種は初めてだから、一見受け入れられたようで実は自分に適性があるのかどうかを見極める一種の試験のようなものなのだ、と。仕事の内容が内容だから、きっと常に緊張感をもてという教えの裏返しなのだと。だがその願望にも近い推測が、この一ヶ月間で砂浜に築かれた城のようにもろく崩れ落ちていったとき、不信と幻滅を抱く自分を止められなかった。同時に、今日こそはひとこと言ってやろうと心に決めた。
 愛らしい顔をしたブロンドのウェイトレスが運んできたコーヒーカップとコークと、ひどくリラックスして椅子に深く腰かけた目の前の少女を交互にねめつけながら、「あのね」キャッスルはいらだちまじりに言った。「集合時間どころか待機命令時間にも遅れてくるなりコーヒーを頼むだなんてずいぶん余裕がおありのようだから言わせてもらいますけれど、あなたたち今が何時何分かわかっていて?」
 メインストリートに面したカフェ・ポールサイドに座っているのは二人の少女だ。褐色の肌に波打つブロンドのなかでひときわ鮮烈な煌めきを放つキャッスルの赤い瞳は、今や鋭くすがめられていた。
 対面する少女は明るい緑の瞳をちらりとキャッスルの右手首に向けた。「十時十分前だけど」それがどうかした? とそのあとに続きそうな調子でそっけなく言って、栗色の髪を耳にかけながらカップに口をつけた。
 キャッスルは指でテーブルをこつこつと叩きはじめた。「あのねェ、ヘイク。あなた皮肉って知ってるかしら?」
「あァ、知ってるとも」カップから離された口が発した声はさきほど時刻を告げた声と同じものだったが、幾分低くどこか堂々とした口調だったため、一瞬他の人間が喋ったようにも聞こえた。「つまりお前は十四にもなって時計の見方がわからない、って皮肉だろ?」
「時計くらい読めるわよッ、ばかマーチ! あなたは口を閉じていてちょうだい!」キャッスルはぎろりとヘイク・ハンナでありマーチ・オシアスでもある少女を睨んだ。「あたしが言いたいのは行動開始時間までもう十分しかないっていうのに、やけにのんびりしてるわね、ってことよッ! このままじゃあたしまで遅刻しちゃうじゃないの」
 ヘイクはキャッスルの言い分を聞いてただ肩をすくめ、カップを傾けるだけだ。キャッスルはさらにいらいらを募らせる。「ちょっと、何か言いなさいよ」
「はあ。キャシー、あなたって口を閉じろだの何か言えだの注文の多い人ねェ。のんびりなんかしてないわ。ただお茶してるだけじゃない?」怪訝そうに言う声はヘイク。
「やっこさん今日はえらくかりかりしてるな。もしかして生理か?」からかうように言う声はマーチ。
「ンなもんあるわけ――!」いきり立って叫びかけるキャッスルだったが、すぐに思いとどまった。この州で月のものがないことが何を意味するか、キャッスルが知らないわけがなかった。つい先月、キャッスルに生理がないがために唯一の肉親だった母親を失ったばかりだった。さっきコーヒーを運んできたウェイトレスやちらほらいた客が何事かとちらりと二人を見た。キャッスルはバツが悪くなって重いため息を吐き出し、コークを飲み干して声をひそめた。「あのね、今日はあたしの初仕事なの。わかる?」
「なァに、あなた、銃を作るだけじゃなくて撃つのも好きなくち?」「とんだアバズレだなそりゃァ。怖い怖い」
「うッさいわね、違うわよ。最初の仕事で失敗なんてごめんだってことなの。三十分前に集まろうって言ったのは、任務内容の確認をしたかったからなの」
「そりゃだれだって失敗したくないじゃない?」ヘイクはますますいぶかしげに言う。「だって初仕事で死んじゃうなんてみじめじゃない? 私もこの仕事は長いけど、失敗なんてしたくないわ。だからこうしてこころを落ちつけてるんじゃない」ヘイクがマルボロを咥えて一服しはじめた。「だいたい確認だって今する必要なんかないわ。引き金を引く前に、相手の頭がどこにあるか確認するだけでいいんだから」
「いいこというじゃねェか兄弟」げらげら笑うマーチ。煙が口からこぼれる。「つまりそういうこった、お嬢ちゃん。肩の力を抜いて、リラックスしねェとやってらんねェぜ、人殺しってのはよ」ブラザーじゃなくてシスターじゃない? それこそ皮肉ってやつだぜ兄弟。どういうこと? 自分の平らな胸に手を押し当てて考えてみるんだな。ちょっと、それってあんまりじゃない? ――そんな少女の一人芝居じみた声を聞きながら、キャッスルは再びため息をついた。ヘイクとマーチがどこまで本気で言っているのかわからなかった。二人の態度に自分はばかげた夢の中にでもいるんじゃないかとキャッスルは不安に襲われた。ひとを殺すってこんなに軽々しいことなの? ニキータの苦悩はただの演出だったの? たぶん違う。この二人がおかしいだけだ。こんなことになるはずじゃなかった。すくなくとも一ヶ月前までは。母を殺した犯人に復讐するために、この州を腐らせる毒を飲み込む決意をしたときは。殺し屋になったときは。



 キャッスルは生まれてこの方学校に通ったことなどなかった。そもそも今となってはこの州にまともに機能している学校があるかどうかも定かではなかった。家はまずしく、物心ついた時にはすでに母の下で働いていた。働かなくては食べていけなかった。ゆえに長期休暇というものがこの世に存在することを知らなければ、その過ごし方もわからなかったから、一ヶ月間も何もすることがないという事態は逆にキャッスルをえもいえぬ焦燥で押しつぶされそうな気持ちにさせた。教会にある銃火器の整備をしようにも、キャッスルにかかれば一日ですべて終わってしまった。弾薬を製造しようにも大量に貯蔵できる部屋がなかった。ならば地下に倉庫でも作ろうか、なんて思い始めたところでマーチに落ち着きのないお嬢ちゃんだなと言われて仕事を探すことをやめた。そもそも自分がいる限り武器など準備しなくてもいいことに気づき、ばからしくなったのだ。だけど堕落するのは嫌だった。身体を動かし、脳を働かせ続けなければこの街で生き延びることなどできないとわかっていたから。ならば殺し屋とは何たるかを学ぼうと思い、レンタルショップで映画を借りてきた。ニキータ、ジャッカル、レオンと立て続けに観たとき、自分がひどい道化を演じているような気がしてやめた。何より誰かに――特にマーチに――見つかったら絶対にこけにされるという確信があった。ならば聖職者として、神に仕えるものとして聖書を読もうと思った。だがこの試みは三日ともたなかった。キャッスルはディスレキシア――失読症だったのだ。短い文章や簡単な単語ならまだいいが、長ったらしくて発音しにくいものはからっきしだった。だからようやく、ブリーフィングがあるからと会議室という名の食堂に呼ばれたときは期待で胸を膨らませたものだった。トースト一枚の厚さほどもある資料を、上司であるテスティト・デスティアマトに手渡されるまでは。
「これが今回のターゲットです。――どうかしましたか、キャシー? 苦虫をかみつぶしたみたいな顔して。そんなに嫌ならやめてもいいんですよ、この仕事。やる気のない人はいりません」資料を配り終えたテスティトは神父の隣の席に座りながら、眼鏡越しにキャッスルに冷たい視線を送った。
「まァ慣れないうちはそう目くじら立てんでもいいだろう、テッサ? 仕事が仕事だ。好んで人を殺したがる人間はそうはいない。神も人を殺めるべからずと言ってた時期もあるしな」神父が鷹揚に言いながら、テスティトの頭にぽんと手をのせた。ただでさえ容姿が幼いテスティトとそうしていると親子のように見えた。テスティトはどう見ても十歳にも満たない身体の持ち主だったが、実年齢は神父と同い年の四十手前で州にこの教会を任されている幹部だった。
「うちの仕事はボクシングや戦争じゃないんです、神父様。人を殺さないことにはお金はあげられません」テスティトは神父の手を払いのけた。
 ヘイクが分厚い資料をぺらぺらめくりながら、「戦争だって人を殺すもんじゃないの?」興味なさげに言った。
「戦争は相手の軍隊と戦って領土を奪うのが目的だろ」マーチの欠伸まじりの声。「個人を殺すのが目的ってわけじゃねェから殺し屋とは言えねェんじゃないのか? そりゃァたくさん殺せば英雄とは言うがな」
「マーチの言う通りです」テスティトが言った。「ちゃんと自覚してもらわなきゃ、死んで困るのは誰でもないあなたなんですよ、キャシー」
 死んだら困りようがないんじゃないのっていうか仕事が嫌だなんて一言も言ってないんだけど、という不満を飲み込みながら、「ごめんなさい。善処します」キャッスルはしおらしく言ってみせた。
 テスティトはまだ何か言いたげだったが、「ま、いいでしょう。本題に入りますよ」と引き下がった。
 ――今回の作戦はヘイクとキャシーに実行してもらいます。ターゲットは写真の若い女。パージャ・ポイズン・ピース。元兵士。勲章はなし。両親が内戦に巻き込まれ死亡したのち、内戦鎮圧に悪魔祓い部隊として参加。悪魔祓いとしての力は人間ならざる身体能力。おもに前線での突撃兵だったようです。内戦が終わる直前に、同じ部隊にいた妹が戦死。同時に行方をくらます。ただ軍から脱走しただけなら妹の死をきっかけに悪魔憑き狩りに嫌気がさしたと考えられますが、離反してから活動家として州統制の妨害活動を始めています。このことから推測できる動機は、家族の恨みが愛国心を上回ったってとこですね。軍の昔のデータベースからはここまでしかわかりませんでした。ここ数年はなりをひそめていたから死亡したと思われていましたが、顔を変えてまだ州にいることを情報屋が掴みました。そして調査の結果、どうやら不穏な動きをみせているそうだから、可及的速やかな排除が要求されています。詳しい作戦内容は――
 家族の報復。キャッスルの脳裏に一瞬母親の顔が浮かんだ。特別仲が良かったわけではなかった。かと言って険悪だったり互いに無関心だったわけでもなく、きわめて普通の母娘だったとキャッスルは思っていた。父は生まれたときからいないがゆえに母も自分も仕事でそれなりに多忙な日々を過ごす毎日だったが、朝も晩も同じ食卓にいた。今のキャッスルには若干冷めたところがあるが、それは内戦のせいだ。小さい頃はちゃんと母に甘えることができていた。風邪をひいたときにはちゃんと看病だってしてもらえたし、毎年の誕生日やクリスマスにはプレゼントを贈られた。内戦を経験したことからキャッスルには生き延びることが何よりも重要だということがわかっていたから、反抗期などは顔をのぞかせることもなく今までやってきた。母がいなくてもやっていけるように、自分のことは自分でやってきた。母のことが好きかどうかと問われれば、好きだと即答する自信もある。だから今キャッスルは、きわめて普通の感情として母の仇を取ろうと、母を殺した殺し屋を見つけ出しこの手で息の根を止めてやろうと自分から教会に下った。この州で生きる上で、復讐という行為はきっと愚かなことだ。だがけじめは必要だった。キャッスルは無神論者だ。神は信じていないし、霊魂も存在しないと思っている。愛国心もない。自分が悪魔憑きだという事実も皮肉なことだ。だが内戦がキャッスルの価値観をおとなのそれに変えることによって、社会的な尊厳だとか義理だとか責任だとか、そういったある意味で霊魂などよりも曖昧で不確かなありふれた存在を認めて価値をつけることはできた。すくなくとも自分を産んで、生きるすべを身につけさせてくれた母は自分の所為で死んだのだから、自分の道を見失わない程度に報いる必要があった。最大の譲歩として、母に直接手を下したものを殺そうと思っていた。それにくらべてどうだろう。このモノクロ写真に無表情で映っている女――パージャは、自分と同じように家族をこの州に殺されたがために、州そのものにしっぺ返しをしようとしている。よほど深い恨みでもあるのか。どれだけ大きな家族への愛と恨みがあれば、そこまでしようという思いに至るのだろうか。あるいは、どれだけの力があれば。自分に力があればどうだろうか。州や国にまで、けじめをつけさせただろうか。勝てるわけがない喧嘩を売っただろうか。今までの誠実な生き方を一切合財捨てただろうか。おそらく否だ。今こうして州の犬たる殺し屋の自分たちが、パージャを殺す算段をしていなくとも。州という存在はあまりに大きすぎた。愛国心とだれかに名付けられた理性は、州に刃向うのは愚かなことだと耳元で囁くのだ。
 靴が小さく突つかれ、キャッスルははっとして顔を上げた。神父と目があった。神父はおどけるような顔をして、テスティトの方を一瞥するなりすぐに真顔に戻った。
「以上です。何か質問はあるかしら?」テスティトが眼鏡の位置を直しながら言った。
 ――やってしまった。キャッスルは舌唇をかんだ。作戦の内容をほとんど聞いていなかった。テスティトは資料の内容を読み上げただけなのだろうが、あとで自習しようにもキャッスルに字は読めない。かといってもう一度説明してくださいというのも無能の証明だ。ついさっき、やる気がないんじゃないのかと諌められたばかりだというのに。
「時間までに所定の場所に行って頭に鉛玉をぶち込む。相手は元軍人とは言え一人。こんな簡単な仕事、トチるわけないわ」ヘイクが欠伸して緑の目に涙をためた。
「久々にえらくぬるいなァ。この分じゃ午後から、借りてるX-MEN三部作観れるぜ」マーチが言った。
「まァキャシーにとっては初仕事だ。このくらいお膳立てされた任務から慣れていくのがいいだろう」神父が席を立った。「それじゃ、俺は寝かせてもらうよ。明日もミサで朝は早いからね」おやすみと言って神父は食堂を出ていった。
「私たちもできる限りバックアップはしますし、ただ、さっきも言いましたけど、パージャは変装の達人だなんていやに女らしい趣味持ってますから気をつけてください。先月の失態もあるので気を抜かないようにお願いしますよ」テスティトも立ち上がりヘイクの方を見た。「それと、これも念を押しておきますが明日は九時半からポールサイドに待機ですからね」
「おいテッサ、なんで俺たちだけに言うんだ?」「私聞いたことある。それって偏見って言うんじゃないの?」マーチとヘイクの反論。
「私たちの経験よ、寝ぼすけさんたち。じゃ、明日は頑張りなさい」そう言い残してテスティトは神父の後をとことこ追っていった。
 食堂に残ったのはヘイクとキャッスルだけだった。たぶん、神父がさっさと退室したのはキャッスルへの計らいだ。テスティトはなぜかいつも神父と行動を共にしているからだ。作戦のことについて訊ねるのは今しかなかった。ヘイクなんかに訊けばばかにされるだろうし、わかっていて自分のプライドに目をつぶるのはしゃくだったが、話を聞き逃した自分の過失だった。背に腹は代えられないと判断して、去ろうとするヘイクに声をかけた。「ね、ねェ、ちょっとヘイク」
「なァに? 私ももう寝たいから用があるなら手短にしてくれない?」ヘイクが振り返って言った。
「あ、あの、明日のことについて確かめたいことがあるの」
「それなら私の部屋に場所を移さない? 私は寝る準備しながら話できるし、長引くんならキャシーも泊まっていけるでしょ。そしたら私も寝坊しないで済むし」
「え!? い、いや、そ、それは……」どきりと心臓を握りしめられたかのような動悸がキャッスルを襲った。顔が熱い。「ほ、ほんのちょっとでいいのよ」
「じゃァ明日にしてくれよ。眠くて眠くて仕方ないんだよ俺たちは」「そういうことだから、おやすみ」マーチとヘイクは取りつく島もなかった。
「あ、ねェ、ちょっと待ってよ! じゃ、じゃあ明日、待ち合わせ時間を早めに――そうね、八時半とかにしないかしら?」
「いやよ、そんな早くに起きられないわ。せめて九時ね」しつこく呼び止められたヘイクはかなり不満げだ。
「わ、わかったわよ。九時でいいわよ……」不承不承、キャッスルはその提案を飲み込んで、部屋へ戻るヘイクを見送った。
 キャッスルも借りたてのアパートに戻ることにした。寝室に入って電灯をつけるなり、ベッドに身を投げ出した。サイドテーブルに飾ってあるミニチュアサイズのミロのヴィーナスを手にとって矯めつ眇めつした。ヴィーナスはダイヤモンドの彫刻で、先月母の誕生日のために自分が作ったものだった。ダイヤを製造するのは骨の折れる作業だったから、制作には一週間もかかった。だがもはや無用の長物でしかない。キャッスルは大きく吐息を吐き出した。ここ最近ずっと空回りしっぱなしだった。よくよく考えればヘイクの部屋に行っていれば作戦のことだって訊けたし、それに何よりヘイクと長い時間を共にすることだってできた。キャッスルは自分の小心を二重に恨んでもう一度大きなため息をつき、瞼を閉じた。



 ウォルト独立軍政州。八年前のオリンピックテロ事件と、テロ事件をきっかけに勃発し三年前に終結した内戦、そして巨大な社会主義国との戦争が、連邦の内陸に生んだ州。オリンピックという世界的なイベントで、世界中の人間が集まる街のど真ん中でテロを許した連邦のずさんな警備、その甘い認識、つまり今までの尊大な態度を叩く燃料を諸外国に投下する羽目となった連邦は、世界の警察という地位を手放すこととなり、内外ともに連邦の評価は転落した。かててくわえてテロ事件で用いられたものが、普通のC4や細菌兵器やあるいは核兵器に準ずるものならばまだよかったかもしれない。それは核兵器よりもなお悪い被害をもたらした。連邦軍が秘密裏に開発していたはずの、悪魔の名を冠する新型ウィルス:DreadfullGateVirusに酷似したものだと発覚するのに時間はかからなかったからだ。研究データは何者かによって、連邦に敵意をもったある社会主義国に持ち出されていた。地獄の始まりはそれからだった。なりふり構わず敵国に派遣される連邦軍。始まる戦争。なりふり構わず敵国産ウィルス感染者"悪魔憑き"を、連邦産ウィルス感染者"悪魔祓い"部隊をもってして駆逐し始める州軍。始まる内戦。政府に反発する国民と、本来被害者でしかない悪魔憑き。愛国主義はいともたやすく陥落し、赤が蔓延した。連邦は未曾有の混乱に陥った。オリンピックが開催された都市の州は封鎖され、軍に武力で統制された。かくて21世紀のホロコーストはテロの五年後、内戦は終結した。ほぼ同時期に社会主義国は崩壊し、戦争は終わりを告げた。国にとっては皮肉にも悪魔を運用できる格好の舞台となったが、この一連の事件および戦争による連邦の傷は深い。懐を温めるはずの火遊びは国を滅ぼす山火事となった。存在しないはずの脅威は現実となり、防衛するための技術にいずれ脅かされるだろうという60年代の予言は現実となった。軍産複合体ゆえの報いだった。
 表面上は戦争は終わっていても、州では未だほとぼりは冷めやまない。被害者たる悪魔憑きたちにとっては何も終わってなどいなかった。内戦が終わり、反政府の悪魔憑きがいなくなってもなお州軍は示威行為を続け圧政を布いた。テロは各国の代表が集まるオリンピックを狙ったものだったから、感染者の中には他国民が大勢いた。無論、自国民からはそれ以上の感染者を出した。しかし連邦政府にとって、感染者は敵国の兵士・兵器でしかない。悪魔憑きは一人残らず淘汰されなければならなかった。大義名分はすぐに掲げられた。それが教会だった。連邦は宗教国家だから、軍事力による州統制行動を神の名のもとに、と正当化するために真っ先に連邦の手が及ぶ結果となった。教会は食い残しの悪魔憑きや軍から離反した悪魔祓いの処刑執行機関へと成り代わった。軍の利己的な殺人も教会を通すことにより神聖化される、殺人洗浄――キル・ロンダリングだ。国民に愛国心なき現在、政府がおおっぴらに人を殺すこの州ではあらゆる憲法も法律もルールも意味をなさなかった。州が無法地帯となるのは自然なことだった。軍は当然のごとく、警察も悪魔憑きに関する案件にしか見向きもしなかった。州警察の仕事は、通常では考えられない奇妙なものを見かけたら州軍に通報する、それだけだった。州民はいいように警察を利用した。警察は書類をかいて州からチップをもらい、州に横行している犯罪やマフィアに目をつぶることで彼らから給料をもらう毎日を送っていた。それはまさに70年代のように。犯罪はすべて警察のミスの所為。警察のミスは悪魔憑きを監視していた所為。悪魔憑きがいるのはすでに亡き社会主義どもの所為。つまり犯罪のすべては、死んだ社会主義どもの所為。誰も悪くはない。罪を犯さなければいけなくなったのは死人の所為だ。そうして州が殺人洗浄する代わりに、州民は犯罪洗浄――クライム・ロンダリングをした。この二つの汚い洗浄がある限り、州がきれいになることはない。永遠に。



「じゃ、そろそろ行きましょうか」ヘイクがテーブルの上に代金とチップを置いて腰を上げた。十時半。行動開始時間を三十分もオーバーしていた。ひどい頭痛がキャッスルをさいなんでいた。ポーラと書かれた名札をつけたブロンドのウェイトレスが笑みを振りまきながらカップとチップを回収するのを見届けてから、キャッスルも席を立った。
「ねェ……」キャッスルは疲弊した声で言った。「本当に間に合うんでしょうね」長い四十分だった。なんとか任務の概要は訊きだしたが、資料の情報とヘイクの曲解が入り混じり、その内容たるやかなり曖昧で穴だらけなものだった。
「大丈夫ったら。あの情報屋の情報はいつも正確なんだから。資料を読む限りじゃ、十時四十分までに作戦ポイントに着けばいいのよ」ヘイクはマルボロに火を灯した。
 ヘイクの言い分を取り除いて整理するとこうだ。ターゲットであるパージャは毎朝十時半に起床し、それから十一時ごろまで入浴、十二時にパート先のスーパーマーケットに出社という生活パターンを守っている。そもそもの作戦内容は九時半にポールサイドに待機、十時にパージャが住んでいるアパートの隣室に移動、起床と十時半の入浴を確認したのち、四十分に突入、始末するというものだ。情報が正しければ今は起きたところか、シャワールームに入ったところであるはずだが、今日もそのルーチン通りに行動しているとは限らない。たまたま早く起きて、シャワールームから出てきたパージャと出くわしたらどうするの? すでに入浴を終えていたらどうするの? 相手は元軍人の活動家だ、警戒して周囲に何らかのトラップがあったら? トラップに手間取っている隙に逃亡、あるいは武装したパージャと戦闘になったら? 考えれば考えるほどキャッスルの頭痛は重さと鋭さを増していった。
「どうかしたの?」ヘイクの緑色の瞳がキャッスルの顔を覗きこんでいた。「急に黙り込んじゃって」煙草の匂いが鼻をくすぐり、鼓動が早くなった。
「え!? い、いや、えっと、その……」話題を探そうと視線をさまよわせ、「た、煙草」とだけ何とか喉の奥から絞り出した。
「は? 煙草が何なんだよ」マーチがいぶかしげな声を上げる。
「い、いや、身体に、その、悪いし、やめた方がいいんじゃないの?」
「いいじゃないの、別に。私の勝手じゃない。私、そんなに長生きしなさそうだし、こどもも産めないし」そっけなく返して路地に入っていくヘイク。キャッスルは後を追う。
 悪魔憑きに生理はない。悪魔は初潮を迎える前の子宮に憑くからだ。ものを掴むために腕を使うように、悪魔の力を発揮するために子宮を使う。それが悪魔憑きだ。そのための器官に、子宮はとって代わるのだ。ゆえに男性に悪魔祓いはいても、悪魔憑きはいない。そして悪魔憑きは処女が原則だ。悪魔憑きが破瓜すると、子宮に巣くう悪魔は内側から母体を食うらしい。つまりこの州で、セックスができないということは悪魔に穢されているという証左に他ならない。セックスのできる人間が神聖なのだ。そしてヘイクもキャッスルも悪魔憑きだった。本来ならば教会に駆逐されるべき立場だった。それをヘイクはばかばかしくも思えるある方法で逃れ、キャッスルも同じ手段を取って教会を隠れ蓑としていた。
「だいたい、煙草の何がいいの?」
「何って言われてもなァ」マーチが言った。
「んー……吸ってみる?」ヘイクが言った。
 おもむろにヘイクが赤い箱とライターを投げてよこしてきた。キャッスルは箱から煙草を一本抜きとって、ライターの小さな火にかざす。火はなかなか点かなかった。キャッスルがそうやって悪戦苦闘していると、「もう、何やってんのよ」キャッスルの口に何かが突っ込まれ、持っていた煙草とライターを奪われた。その何かが、今の今までヘイクが吸っていた一本だということに気づいた時には、ヘイクは新しい一本を取り出し咥えて火を点けていた。「こうやって吸いながらじゃないと火は点かないの」
 むっとして、キャッスルはごまかすために咥えたそれを吸ったがすぐにむせて吐き出してしまった。
「まァ最初はそんなもんだわな。吸いたきゃ、軽いやつから慣らすのをおすすめするぜ」マーチが笑った。
 なんとなくやるせなくなりヘイクを追い越して、路地の角を曲がったところでキャッスルの赤い眼は驚きによって大きく見開かれた。行き止まりだった。ただしく表現するならば袋小路の奥に小さな鉄扉が一枚だけあったが、あきらかにアパートの入口とは言えなかった。キャッスルはヘイクを顧みて言った。「ねェ、道間違えてるんじゃないの? アパートなんてありゃしないわよ」
 追いついてきたヘイクが眉をひそめる。「おかしいわね。住所はあってるはずなんだけど」
 紙切れをポケットから取り出し、「あァ、間違っちゃいねェな。情報じゃ確かにここだ」マーチがヘイクに同意した。
 この州に地図はない。未だ軍事拠点でもあり、悪魔という最悪の兵器を抱えるこの州は地形さえも重要機密だった。地図を作るだなんて間違いを犯せば、悪魔憑きだとか共産主義者だとか国家反逆者だとかいう的を抱えさせられ、たちまち銃をひっさげた州の犬が飛んでくる。三年前、グーグルが作った地球から消え去ったのがこのウォルト州だ。記憶と暗号化された住所を頼りにするしかなかった。
「まァとりあえず入ってみようぜ。中は案外住みやすい部屋かもな」マーチがおどけた口調で言う。
「ちょっと待ちなさいよ。時間ないんだから一度テッサに報告して指示を仰いだ方がいいんじゃないの?」
「時間がないからこそ、よ。入って確かめてみましょ」誰の所為で時間がないのよ、とキャッスルが反論する前に、ヘイクはさっさと扉を開けて入って行ってしまった。キャッスルは仕方なく煙草の煙の後を追って敷居をまたぐ。
 扉の向こうにはただっ広い空間が広がっていた。天井は高く窓は小さく、薄暗い。空気は黴臭くて床には埃が降り積もっている。家具は何もなく、鉄骨などの資材やら電動ドリルなどの工具やらが散乱している倉庫のような場所だった。キャッスルとヘイクが今しがた入ってきたのは裏口だったようだ。お世辞にも人が過ごしやすい物件とは言えない。すくなくともキャッスルは願い下げだと思った。
 キャッスルは奥へ奥へと進むヘイクの服の裾を掴んだ。「ねェ、ちょっと、やっぱり違うじゃないの。いったん引き返して――」
 がーん、と背後で扉が閉まる音がした。ばっと入口を振り返る。人がひとりいた。女だった。見知った顔だった。今はカフェのワンピースの制服ではなく白いシャツに黒いベスト、黒いパンツだったが、つい五分前に見た顔だった。ブロンドのウェイトレス。ポーラ。愛らしい笑み。「あらまァ、そろそろ来る頃合いだとは思ってたけど」可憐な声。「こんなちっちゃな殺し屋さんだったとはねェ。殺すのはこころが痛むけれど、州の犬なら仕方ないわね?」ポーラが腰の鞘から巨大な軍用ナイフを、脇に吊ったホルスターから五十口径の回転式拳銃を抜いた。ナイフ、銃――本物。殺意――紛うことなき冷たさ。
「なるほどな……お前さんがパージャだな」マーチの唸るような声。資料にあったモノクロ写真の女とポーラは似ても似つかない――変装の達人。すさまじい早着替えも納得できた。「こりゃァまんまとはめられたな。トチって偽情報掴まされたのは俺たちじゃなくてテッサだったわけか。笑えねェ冗談だぜくそったれ」煙草を捨てた。それが合図となった。



 こん、こんこんこん、こん。取り決めていた何の異常もない場合の、入室の合図をして、ヴィヴィレスト・ミスレスは古アパートの一室へと足を踏み入れた。鈴を鳴らすような若い女の嬌声。またかと思った。暇さえあればお得意の商売女を呼ぶのはヴィヴィレストの元上官の悪い癖だった。もっとも三年前に戻るくらいならば、今の方がだいぶマシとは言えたが。ヴィヴィレストは買い物袋をリビングのテーブルに置き、寝室のドアをノックもなしに開け放した。艶やかなブルネットの少女が、異様に赤い髪をした少女を後ろからペニスを模したディルドで犯している真っ最中だった。赤毛の少女が飛びあがらんばかりに驚いてこっちを見た。
「ただいま戻りました」ヴィヴィレストは不機嫌な声を作って言った。「お姉さま」冷やかに皮肉をこめて付け加えた。
 ディルドを握っていた少女は小さく舌打ちしてディルドを投げ捨て、赤毛に「今日はもういい」と短く言い放ちくしゃくしゃの札を数枚握らせた。赤毛が服を着る間、ヴィヴィレストはずっとそれを眺めていた。モデルのように手足が長くスレンダーなヴィヴィレストに比べ、赤毛は幼い顔にそぐわぬグラマラスな肉づきをしていた。歳はたぶん自分よりふたつかみっつ下の十三から十四といったところか。赤毛はこちらの視線を気にしているのか、その手つきは慌て気味でたどたどしかった。これではまるで小姑ではないか。自分が嫉妬しているみたいでヴィヴィレストは不快だったが他にすることもなかった。ようやく意匠の凝ったワンピースを身に付けた赤毛は、白と黒のストライプ模様が描かれたスーツケースを引っ掴んで寝室から出た。すれ違うときにちらりとヴィヴィレストの顔を窺ってきた。オリエンタル系のコロンの芳香。ディープブルーの瞳。おびえの色が青をさらに濃くしていた。にらみつけると一瞬泣きそうな表情をして足早に部屋を飛び出していった。
 アパートに二人きりになると、「今日はえらく不機嫌じゃないか、ヴィヴィ。生理か?」ヴィヴィレストの元上官――エネミアが裸のままラッキーストライクに火を点けて言った。小柄だがハイティーンに差し掛かったところといった風貌のエネミアは、しかしどこか達観しきった雰囲気を持ち年を食った言葉づかいだった。
「今は作戦行動中だと存じておりますが、アミー隊長」ヴィヴィレストはエネミアの軽口を無視した。
「なんだ、お前もあいつとやりたかったのか?」まだはぐらかそうとするエネミアのあめ色の眼を、ヴィヴィレストは無言で見つめ続けた。やがてエネミアは、「わかったわかった、そう怖い顔をするな」軽くため息をもらした。「優秀な部下を三人も持つと、無能な上官は何も仕事がなくってね」
「ご冗談を。待機も仕事の一つでしょう」
 ヴィヴィレストの知る限り、エネミアは軍にいた時代から軍紀に関して非常に緩かった。ヴィヴィレストはこの数年何度も言い含めてきたつもりだったが、エネミアの態度が変わることはなかった。
「その仕事を決めるのがあたしの仕事だ。お前に死んだ情報屋の代わりに情報を流させ、あたしが持つ最強の兵たちを罠として配置した。もうやることはない。つまりあたしは今、壮絶に暇だ」
「作戦に不確定要素はつきものです。何かあったときに備えておくのが我々の役目ではないのですか、隊長」
「はいはいわかったわかった。大人しく待機してるよ。で、どうなったんだい」
「目標は罠にかかり、先ほど交戦に入ったとの連絡がありました。作戦は順調に進行しています」
「ならばもうあとは一時間後にでも、ここで我らが同志、PPPのデブリーフィングを聞くだけだな」
「何も起きなければ、ですが」
「やれやれ、お前はいい加減、その心配症を治した方がいいよ、ヴィヴィ」
「隊長はいい加減、青い眼の女に執着するのはおやめになったらどうですか」言った後に、その言葉は自分が醜い感情に囚われていることを証明しているようなものだと気づいてヴィヴィレストは後悔した。
「耳が痛いな」しかしエネミアは苦笑するだけだった。



 どこかの誰かは、ウォルト州は坂のようなものだと言った。ひどくざらついた勾配のきつい下り坂だと。人はこの州に足を踏み入れただけでどんどん今いる場所――人生とか地位とかそういった目に見えないものから目に見える速度で転落していく。坂はざらついているからすべり落ちていく人間は擦り切れてささくれていく。自らのざらつきが増して摩擦係数が高くなり坂のざらつきと噛みあうまで転落は止まらない。噛みあわないやつは果てどなく落ちていく。暗闇の中に。ヘイクは、自分には他人に噛みつける牙があることを知っていた。鋭い牙。肉食獣の牙。食らいついて離さない牙。狼の牙。この州ごと飲み込もうと噛みつくことでヘイクはずっと同じ場所にとどまっていたし、その自覚があった。牙を離せば自分が落ちていくことも。ヘイクにとって闘争とはすべてだった。銃弾をばらまくのが楽しい。ナイフで切り裂くのが気持ちいい。爆弾で吹き飛ばすのが面白い。何かをめちゃくちゃに破壊しつくして自分の生きた証を刻みつけてやることで、ヘイクはようやく自分と相手の存在に価値をつけることができた。強いか弱いか。やるかやられるか。食うか食われるか。今まさに試されていた。
 パージャがナイフを抜き銃を抜き、自分の口が勝手に開いてマーチが何事か喋ったとき、ヘイクはすでに全自動拳銃を右手で構えて狙いを定め、パージャの眉間目がけて引き金を絞っていた。落とした煙草が地面に着く前にヘイクの掌の銃は刹那の間に全弾を吐き出し、鋭く長く間延びした炸裂音が倉庫の中でこだました。パージャは予測していたのか姿勢を低くして銃撃をかわし、資材の陰に転がりこんだ。ヘイクは拳銃に銃倉を叩きこみながらキャッスルに目配せして頷いてみせた。勘のいいキャッスルはヘイクの意図をすぐに理解し、悪魔を発現させた。キャッスルの周りを陽炎のようなものが覆ったかと思うと、床が大きくえぐれ資材が掘削されてどこからともなくキャッスルの手の中に一丁の散弾銃が現れた。物質を再構築する悪魔の手。キャッスルが身ごもった悪魔だった。キャッスルが薬室に弾を送り込む音を背中で聞きながら、ヘイクは資材の裏に回り込んだ。無人。「後ろ!」キャッスルの警告。ヘイクが身体をかがめると風切り音が逃げ遅れた栗色の髪を切り裂いていった。右足を背後に突きだして足払いをかける。ヘイクのかかとは確実に脚を打ったが、パージャはびくともしない。まるで鉄の棒でも蹴ったかのよう。足を掴まれひょいと持ち上げられる。ヘイクにとっては顔を地面にぶつけないよう反射的に手をついてしまったのが間違いだったし、キャッスルにとってはヘイクがパージャの盾となった今散弾銃を選択したことが間違いだった。ヘイクの臍のあたりに冷たい銃口が押しあてられる。五十口径。間違いなく大地に汚らしく内臓をぶちまけられる代物。かちり。撃鉄がマグナム弾の尻を叩く直前、すんでのところでヘイクは手首に忍ばせていたナイフを閃かせ、同時にマーチは――ヘイクに憑いた悪魔はその異能を奮っていた。チェーンソーで大木を切り落とすみたいな甲高い音がして、パージャの銃は上半分がぱっくり割れ金属部はどろどろに溶解しヘイクのナイフと溶け合わさっていた。パージャは驚いたようだったがすぐにヘイクを地面に抑え込み、軍用ナイフを振り上げた。ヘイクの喉をかき切らんと振り下ろされる前に、キャッスルの発砲によって高く掲げられたパージャの腕は蜂の巣になった。軍用ナイフはどこかへ弾き飛んでいった。その隙をついてヘイクはパージャを蹴飛ばし抜けだす。距離を取りながらすかさずヘイクは悪魔の力をもってして一秒以内に弾倉を空になるまで撃ち尽くした。パージャは傷ついた腕を突き出し盾としたが、一度に十数発の銃弾を撃ち込まれた腕は蜂の巣からひき肉になることとなった。
「一対二って結構難しいのねェ」腕をぶらぶらさせながら、やおらパージャが軽い調子で言った。「私、複数とやるのってあんまり得意じゃないのよね」まるで言い訳でもするみたいだった。
 片腕をミンチに変えられ武器を失ってもなお愛らしい笑みを絶やさないパージャに、一瞬ヘイクは拍子抜けした。だが次の瞬間には人間離れした速度で接近してきたパージャの顔が目の前にあった。パージャの瞳の色がグレーだと知覚したときには、まっさらな方の手がヘイクの胸に触れるところだった。トラックに激突されたかのような重い衝撃。胸に凄まじい力がかかってまるで後ろからワイヤーで引っ張られてるみたいに吹き飛ばされ、ヘイクは倉庫の壁に叩きつけられた。肺と心臓が縮こまって息ができずにその場でうずくまった。突き飛ばされる寸前にマーチが気を利かせて能力を発現させていなければ内臓破裂で死んでいた。胸をかばうように抑えて、どこかに銃を落としたことに気づいた。
「ヘイク!」キャッスルの気遣う声。
「あらまァ、かなり丈夫なのね、あなた。普通ぐちゃぐちゃよ?」パージャの愉しむような声。
「こンの――」キャッスルがショットガンをパージャに向けて撃ちまくった。パージャは散弾を浴びながらも、痛みなど感じていないかのようにキャッスルに突進する。キャッスルは後退しながら悪魔の手を顕現させ鉄骨を掴んでパージャの側頭部に叩き込むが、パージャはそれを片手で受け切ってみせた。そのまま信じがたい怪力を発揮し鉄骨をねじ切ってキャッスルに投擲。キャッスルは悪魔の手で高い壁を築き、飛来する鉄骨をしのいだ。距離を詰めたパージャは壁を素手でぶち破った。壁の向こうには、復讐者の名を冠する機関砲――アヴェンジャーが七つの銃口に虚無をたたえていた。「これならどうかしら?」キャッスルは口の端をつり上げた。爆音の濁流。白煙が巻き上がりと赤い飛沫が飛び散った。埃と煙が倉庫を満たし視界が遮られる。やがて暴風は去り静寂が訪れた。弾切れ。煙が晴れる。パージャは立っていた。回避もせずに銃弾の暴風の中で、ただその場に立ち尽くし両手で顔を守るだけですべての銃弾を受けとめていた。パージャの身体からは血が滴り、いたるところから肉片や脂肪が垂れ下がっていたが、主要な臓器は白いものに覆われ無傷だ。首から下はたとえるならばスターウォーズに出てくるバトルドロイドのような風貌だった。キャッスルは呆然としていた。
「どんな兵器も私を殺すことはかなわない」パージャは宇宙の真理を説くかのように告げる。「この世に私の骨よりも硬い物質は存在しないのだから」
 ヘイクの背筋を冷たいものが流れた。ブリーフィングでのテスティトの声が蘇った。――人間ならざる身体能力。パージャはもはや人間ならざるどころか人間をやめていた。身体能力だなんてものではない。パージャは単体で兵器だ。それも悪魔的なほどに。
 パージャがキャッスルに歩いて近づき、アヴェンジャーを片手で殴り飛ばした。砲身が曲がったアヴェンジャーはキャッスルの悪魔の手の中からすっ飛んでいった。
「化け物」キャッスルは赤い眼に恐怖を浮かべてばかみたいに突っ立っていた。
「ひどい言い草。天国で詫びるといいわ」パージャがゆっくりと拳を振り上げた。キャッスルは逃げようとしない。足がすくんで動けないことはヘイクにも、そしておそらくパージャにも手に取るようにわかった。
 ヘイクは痛む肺に目をつぶりながら、ブーツに隠していたナイフを抜き声を張り上げてパージャに背後から切りかかった。拳銃をやすやすと切り裂いたナイフは、しかしパージャの骨を貫くことはできなかった。「せっかちな子ね。そんなに死にたいならあなたから先にばらばらにしてあげる」パージャがかかげていた腕で裏拳を放ってくる。
 後ろに大きく飛んでかわしてヘイクはかすれた声で言った。「胸がへこむところだったじゃない。あんただけは許さないわ」
「いいわね、その狂犬っぷり。たっぷり可愛がってあげる」パージャが細切れになった頬の筋肉をひきつらせて笑った。
 戦意に満ちた二人を前にして、キャッスルが後ずさりしたかと思うと突然出口に向かって一目散に駆けだした。パージャはキャッスルの後ろ姿をちらりと見て嘲笑った。「逃げちゃったわよ、あの子」
「警察でも呼びに行ったんじゃねェか?」マーチが同調するように答えた。
 そして構えたナイフを突き出しながらヘイクは内心で喜んでいた。ヘイクにとってはむしろ僥倖なことだった。一度相手に恐怖を抱いた以上、もうキャッスルは使い物にならない。ヘイクの闘争を邪魔するだけの存在でしかなかった。逃げだしたことでテスティトにお叱りを受けるのはキャッスルだけだし、それすらもどうでもいいことだ。今はただ、闘いに専念したかった。ぬるい仕事だって? とんでもない。X-MENなんて観てる暇じゃないのだ。この腐れウルヴァリンもどきと命の奪い合いをするのは楽しくて楽しくて仕方ないじゃない。
 飛んでくる拳をかわし受け流しながら、ヘイクはパージャの身体のあらゆる部位に刃を突き入れた。弱点はないのか。有効な攻撃手段はないのか。何故筋肉もなく骨だけになっているのに動けるのか。やっこさん、さっき頭だけは守ってたぜ。マーチが口の中で小さくつぶやいた。確かにあのアヴェンジャーの猛火にさらされたというのに頭部の損傷は少なかった。ヘイクはパージャの顔に向かってナイフを一閃した。パージャの顔に、一度に三条もの裂傷が走った。自己の時空間の結晶化による多次元攻撃。マーチがヘイクに与えた悪魔の牙は頭蓋骨を破るには至らなかったが、放った攻撃のいくつかがガードをすり抜けパージャの右目を潰すことに成功した。パージャが舌打ちしながら距離を取った。ヘイクはパージャの死角にまわりこみながら追撃をかけるが、それに合わせて放たれた掌がヘイクの顎をとらえた。悪魔の力により衝撃は分散したが、脳を揺るがす振動までは防ぎきれなかった。ヘイクは転倒しそうになるのを踏ん張ってこらえた。そこへさらなる掌打が腹部に突き込まれ、ヘイクは再び後方へ吹き飛んだ。埃が積もった床に吐瀉した。マーチの能力は力や運動量には強いが重量やエネルギー、周波数成分を持つ運動や角運動に対しては強い耐性を持たない。それでも今、内臓が潰れていないのはマーチのおかげだ。ヘイクは口の中に溜まった苦い体液を吐き捨てて唇をゆがめた。パージャも愉悦にあふれた面持ちだった。いい感じにお互い手の内が暴かれてきた。まだまだ愉快なのはこれからだ。



 キャッスルは走っていた。路地を転げるように抜けて大通りに出たところで立ち止まった。肩で息をしていた。
 どうにかなると思っていた。自信があった。自分は悪魔憑きで人にはない才能を持ち、一ヶ月前にヘイクと一戦交えた経験から、人殺しぐらいたやすいことだと舐めてかかっていた。実際は違った。映画から出てきたような化け物を相手にして、キャッスルは失禁するほどおびえてしまっていた。持参していた素材をほぼすべて費やして作った、最大の火力をもつ兵器はどうしようもなくパージャに通用せず、ヘイクが注意を引いてくれなければとうに死んでいた。思い出すだけで歯の根が合わなくなり膝が震える。急に死が怖くなった。今までキャッスルにとって死はそれほど恐れるものではなかった。この州に住み悪魔に取り憑かれた以上、半分は死んでいるようなものだった。達観しているつもりだった。しかし自分はどこまでいっても結局はこどもで、本物の死を前に何もできなかった。レオンやニキータにはあんな怪物はいなかったが、この州ではあの怪物こそが現実で本物なのだ。キャッスルにはこれからもあんな怪物を何人も殺す必要があった。恐怖で頭がおかしくなりそうだった。あるいはおかしくなることが求められていた。ヘイクやマーチのように。今なら彼女たちの気持ちがわかる気がした。深呼吸をした。リラックス。肩の力を抜く。すべての不安を取り除き、こころを落ち着けた。逃げ出すわけにはいかなかった。キャッスルにはやり遂げなければいけないことがあった。母親の復讐。今ここで逃げ出してせっかくのチャンスをふいにするわけにはいかない。それに何よりヘイクには恩があった。ヘイクがいなければ一ヶ月前も、神の名のもと、テスティトの手によって殺されていた。報いなければならなかった。ここで逃げては一生ヘイクにすがるか、みじめに死ぬ末路になるという直感があった。自らの手で母の頭をぶち抜いた殺し屋を始末するために、今までと同じ生き方をするために、母の教えを守るために、自分のことは自分でケリをつけなければいけなかった。
 顔を上げるとふとあるものがキャッスルの視界に入った。そして閃いた自分のアイデアに、キャッスルは知らず笑みをこぼしていた。ばかげている。だけど怪物にはきっとこれが一番だ。キャッスルはこの仕事を終えたら、ヘイクと一緒にX-MENを観ようと決めた。もっと怪物の勉強をするために。怪物になるために。



 もう何合、刃と骨を打ちあわせただろう。五分も経っていないはずだったが、永遠のようにも感じられる。滝のような汗が下着をぐしょ濡れにしていた。しかしそんなことは気にならないほど満身創痍だった。打撲や裂傷がヘイクの全身を覆いつくしていた。鼻の骨が折れて血が絶え間なく流れ、鉄の味が口腔を満たしていた。顔もきっとあざだらけだ。もう胃液も出ない。体力が底を尽きるのも近かった。対するパージャは、右目を失ってからかすり傷一つ負っていない。一度に十も切りつけるヘイクのナイフをすべて避けるかカバーするかしていた。さすがは元軍人と言うべきか、白兵戦においてパージャに分があるのはだれの目にも明らかだった。パージャは今までヘイクが戦ってきた相手の中で、とびきり屈強な敵だった。一番強いと言ってもいい。このまま戦闘が続けばヘイクがなぶり殺されるのも時間の問題だった。不思議とここで死ぬことにヘイクは疑問を抱かなかった。死ぬなんてこんなもんだという意識があった。闘争に明け暮れる日々。ひとを殺して生き延びる人生。いつかはこうやって、殺すべき相手に殺される日が来るとわかっていた。だから悔いのないように自分のやりたいようにやり、刹那的に生きてきた。闘争の中で死ぬならばむしろ本望なのだ。
 鋭い中段の蹴りがヘイクの下腹部を打った。反動で顎が前に出た。そこに惚れ惚れするほど見事なアッパーカットが入り、ヘイクの意識を一瞬刈り取った。膝をついた衝撃ですぐに我に返ったが、目に入ったのはアヴェンジャーの銃弾を浴びずに綺麗なまま残っているパージャの尻だった。直後に側頭部に回し蹴りが決まり、ヘイクは地面に叩きつけられた。起き上がるどころか指一本動かす気力すらも残っていなかった。瞼がやけに重い。このまま寝てしまおうかという誘惑に駆られた。その誘惑はひどく魅力的で、まどろみに身を任せるのはきっとすごく気持ちいいことだと思った。ゆっくりと瞼を閉じた。温かい暗闇が訪れ――。
「ヘイクから離れなさい!」耳をつんざく懐かしい声がした。
 現実に引き戻された。なんで戻ってきやがったんだとマーチが小さく呟いた。目を開けると、倉庫の裏口に小麦色の肌が美しい、長い金髪の少女が立っていた。ばかでかい重火器を抱えて。
「あらまァ、てっきり尻尾を巻いて逃げたのかと思ったのに。敵わない相手に逃げだすのは臆病じゃないのよ? 賢明な子だと評価してたのに、結局はあなたもおばかさんなのねェ。言ったはずよ、どんな兵器も私を殺すことはできないって」パージャが勝ち誇るようにあざけった。
「銃弾ならそうかもしれないわね」キャッスルは駆け寄って来て悪魔の手をパージャに叩き込んだ。パージャは腕を十字に交差させて防いだ。それでも不可視の打撃はパージャをヘイクから引きはがし後退させるほどの力を持っていた。キャッスルはパージャとヘイクの間に立つや、重火器のトリガーを引いた。重火器は文字通り猛々しい火を噴いた。ヘイクはあとで知ることになるが、キャッスルが作った重火器は大通りに停まっていた車を再構成し、着火したガソリンを射出する火炎放射器だったのだ。回避しきれず火達磨になったパージャが床を転がった。熱は確かに有効だった。いくら骨が硬く弾丸や刃を受け付けなかろうと、臓器をぐつぐつ煮込まれてはたまったものではない。
 ヘイクはこみ上げてくる笑いをこらえながら、よろよろと身を起こした。「火炎放射器だなんて、映画の観過ぎ、じゃない?」
「なかなか、面白いこと、やるじゃねーか。見直したぜ」マーチがおかしげに言った。
 キャッスルは悪戯っぽくにやりと笑んでみせた。「これで貸し借りはなしよ、命の恩人さん」
 血を失い冷えきったヘイクの身体には、熱風は死の暗黒よりも温かく感じられた。パージャは炎に視界を妨げられ聴覚も失い、なすすべもないようだ。しばらくバーベキューは食べられないなと思いながらも勝利を確信していた。頭上から大量の水が降ってくるまでは。
 とてつもない水量だった。怪物を焼き殺すはずの炎は一瞬でかき消え、ヘイクとキャッスルはずぶ濡れになり押し流され、倉庫の床は水浸しになった。
「困るのよねェ、そういう反則的なことされちゃ」可憐な声。「この街で他人を助けるとか、そういう愚かしいことをする人間がまだいるとは思わなかったわ」今まさにキャッスルが侵入してきたドア。人影。ワンピースの制服。愛らしい容姿。手には空っぽのグラス。名札――ポーラ。
 ヘイクは絶句していた。キャッスルも。それが一番やってはいけないことだった。ポーラは脇に挟んでいた、カフェの備品である銀の盆を扇ぐようにして振った。烈風。見えない爪が倉庫のそこらじゅうを切り裂き水しぶきをあげながらヘイクとキャッスルに殺到した。ヘイクはすんでのところでかわしたが、爪はキャッスルの胸から腹を地面に対して垂直に引っかいた。キャッスルは激痛に顔をゆがめながら、尻もちをついた。致命傷に至るほど深くはなかったようだったが、みるみるうちにキャッスルの服は赤く染まっていった。ポーラが再び盆を扇いだ。疾風。キャッスルの喉をかききる死神の鎌が放たれた。ポーラの行動を読んでいたヘイクはすでに駆け出していた。身動きの取れないキャッスルを突き飛ばしてかばう。背中が袈裟にざっくりと裂けた。ヘイクは押し倒したキャッスルの耳にさっと口を寄せて言った。「逃げるわよ」キャッスルは小さくうなずいて傷をかばいながら立ちあがり、悪魔の手を発現させて瞬時に高く広いコンクリの壁を築きあげた。キャッスルはさらにフラッシュバンを防壁の向こうに投げすて、ヘイクの手を引き一番近い倉庫の壁面へと走り、大胆なことに壁を悪魔の手でぶち抜いてみせた。ヘイクはその垢ぬけた一連の手口に口笛を吹きたくなるほど関心しながらも、精いっぱい足を動かすことに専念した。
 


 ポーラに肩を預けながら運ばれてきたパージャを見て、ヴィヴィレストは我が目を疑った。パージャは肉をほぼすべて削られあるいは焼かれ、右目を失っていた。あのパージャがここまで苦戦する相手は今までにいただろうか? あの内戦にも? 否だった。教会はそこまで強力な刺客を用意していたのかと唇をかんだ。自分の読みの浅薄さによって仲間が傷ついたことに腹が立った。エネミアにああは言ったが、ヴィヴィレスト自身も作戦の成功には自信があったのだ。「肉は」ポーラが短く訊いた。
 ヴィヴィレストは我に返り、「ある」とだけ返した。ポーラが寝室から出て冷蔵庫を開けるのを横目で確認してから、ベッドに横たわるパージャに近寄ってベッドの縁に腰掛け、むき出しとなった骨に触れた。ヴィヴィレストの体表面がかすかに波立ったかと思うと、皮膚と脂肪と血管と肉とがずるりと剥がれて液状になり、パージャに垂れ落ちた。ヴィヴィレストは丹念にその肉液をパージャに塗り込んだ。
 ポーラが小山ほどの生肉をサイドテーブルに重々しく置いてビニールの包装をはがし、生肉を掴んでヴィヴィレストの口に押し付けた。ヴィヴィレストは自分の血肉を剥離させパージャに塗りつける手を止めずに、生肉を咀嚼して飲み込んだ。「敵性の悪魔祓いは二人。一人は栗毛にアップルグリーンの目の白人。一人は金髪にレッドアイズ、肌は浅黒い。二人とも歳は十四、五ってところ」ポーラが抑揚なく告げた。「金髪の悪魔は物質の再構築。銃を作れることからかなり精度は高い。頭もそれなりに回るけど、他は普通の人間と同じ。栗毛の方は――」
「まず身体能力が高い」パージャが苦しげにあとを継いだ。「力は金属を切り裂くほど強いけど、かと言って足が速いわけでもなく、身体は頑丈だけど内臓は弱い。攻撃に転じれば身のこなしは目で追えないほど速い。不可解なところが多い」水をちょうだいと言ってポーラに水差しを口に含ませ嚥下し、「一人一人の戦力はそれほどでもないわ。各個撃破は簡単ね。でも二人固まられると厄介。アミーとトロエのようにね」
 サンオイルを塗るようにパージャの全身のすみずみまで手を這わすヴィヴィレストの網膜に、元隊長の碧眼が蘇った。すぐに頭を振って打ち消した。トロエは死んだ。自分まで過去の幻影に囚われているわけにはいかない。
「あの子たちは州が決して教えてくれないはずの、互いが互いのことを守る利点を知ってる。私たちの三銃士ごっこを知ってる。いつ裏切られるかわからないこの州じゃ、本来自殺行為のようなものなのにね。教会も道徳に関心を向け始めたってことかしら」ポーラがニヒルにこぼした。ヴィヴィレストの様子には気づいていないようだった。
「大方わかった。分断させる必要があるな。蠅はつけてきたな?」蠅とは発信器のことだった。標的を確実に仕留め動向を知るために、交戦した場合はまず発信器をつける取り決めになっている。
「栗毛の方につけたわ。――アミーは?」パージャが訊ねた。
「敵が撤退したというお前たちの連絡を受けてから、隊長は哨戒に務めている。ここもすぐに引きはらう。……よし。癒着するまで三十分待て」ヴィヴィレストはパージャから離れ、サイドテーブルに残っていた生肉をがつがつと食べ始めた。骨がむき出しになり到底この世の生物とは思えない姿だったパージャの身体は今や完全に元の肉体を取り戻していた。
「相変わらずいい仕事するわね、ヴィヴィ」生まれたばかりの赤ん坊のようなすべすべした肌を軽く撫でながら、パージャは愛らしく微笑んだ。右目も光を取り戻していた。パージャがやおら右腕を突き出して肘を直角に曲げた。ポーラはその手を取ってぐるぐると時計のねじでも巻くみたいにまわしはじめた。がこん、がこん、ごとんとパージャの体内から重い機械音が響いてきた。パージャの悪魔とは骨格の構造そのものだった。内部のばねに力を蓄えることによって爆発的な運動量を生み出し、骨だけになっても筋肉に依存しない活動が可能だった。
「お前ほど私を酷使する人間はいないぞ、パージャ?」生肉を頬張りながらヴィヴィレストは呆れた声を上げた。「あんまり無茶はしてくれるな。毎度生肉を食べさせられる私の身にもなってくれ」自分の肉体を相手のそれに最適させるのは神経を使う作業だったし、悪魔は永久機関ではないから外部から補給も必要だった。熱で変質した肉では時間がかかりすぎるから、ヴィヴィレストが他人の身体を修復させるときは何らかの生肉を経口摂取しなければならなかった。十キロはあった生肉をものの数分で食べきると、ヴィヴィレストは口元を手の甲でぬぐって立ちあがった。「隊長と合流して何か手を考えよう。ポーラは拠点を探してきてくれ」
「待って、ヴィヴィ」ポーラがヴィヴィレストの腕を掴んで引きとめた。「私もパージャと出るわ。姉を目の前でこんがり焼かれちゃ黙っておけないもの」
 振り返ったヴィヴィレストの黒い瞳と、ポーラの灰色の瞳がぶつかった。ぎらぎらと輝く目には闘志が見てとれた。人員を半分も割くのはあまりよろしくはなかったが、敵性の悪魔祓いが強力かつ迅速な排除が求められている今、やむをえないかと諦めた。「わかった。私が拠点を探そう。やつらを仕留める作戦も任せる。隊長にもその旨を伝えておく。拠点は追って連絡する。……二人とも、必ず戻ってこいよ」
「あらまァ、私たちを誰だと思ってるのかしら? パージャ・ポイズン・ピースとその妹ポーラよ? シトロエン小隊最強の突撃兵と遊撃兵のツーマンセル、PPPを侮ってもらっては困るわ」パージャが年相応の、ハイスクールに入ったばかりの少女のような無垢さで微笑んで見せた。
「そいつはお前をバーベキューにした二人に言ってやるんだな」ヴィヴィレストは小さく笑って部屋を出た。その足でアパートの屋上へと続く階段を上り、晴れているにも関わらず半透明な傘をさしてアパートの周囲を俯瞰するエネミアに声をかけた。「PPPが一時帰還しました。負傷は治療済みです。それと敵性悪魔祓い二人の能力が一部判明。PPPの両名を作戦にあたらせ各個撃破させることになりましたが、よろしいですか」
「ん、あァ、構わんよ。もうこうなったら作戦もくそもない全面戦争だな」エネミアがあめ色の瞳をちらりと向けてすぐ街並みへ戻した。「標的がまっとうな相手なら直に巣に帰投するってことはないだろう。だが教会本部の監視も必要だな。増援を出されちゃかなわん。次の住居の手配もしなきゃな。ヴィヴィ、お前、どっちがいい?」訊きながら煙草に火を点けた。
「監視をします」ヴィヴィレストは即答した。パージャが大けがを負ったのは、ひとえに自分の判断不足のせいだとヴィヴィレストは思っていた。実際作戦を組んだのはエネミアだったが、自分が気を利かせてもっと念入りに情報を集めていればこんなことにはならなかった。エネミアの判断力と、パージャの戦力を過信するあまり、相手の戦力を測ることをぬかったのだ。軍から離れるというのはつまりこういうことだ。何の後ろ盾もなく、責任はすべて自分に返ってくる。そして埋め合わせも自分でしなければならない。少しでもPPPのフォローになるようにと、ヴィヴィレストは危険な任務を選んだ。
「じゃ、頼むよ」エネミアはコーヒーでも注文するように気軽く言って傘をたたんだ。「さァて、今日は忙しくなりそうだな」傘でぽんぽんと肩を叩きながら、エネミアはにやりと笑った。
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