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シーズン6とかそのへん

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ForbiddenGraveFruits第二話「ZYX」3/4

続きは今年中……は無理かもしれない


 全身が掻痒感に包まれていた。赤毛の悪魔によって破壊された部位が、みるみるうちにピンク色の新しい細胞で埋まっていく。生肉をかじりながら、アマタの指摘通り、妹の方も必要になったわね、とフーはひとりごちた。
 八年前に勃発した統制の煽りを受けて潰れた、大通りを見通せる中小企業のオフィス。ガラスは割れ、雨風で風化し泥まみれになった床に寝そべり――フーは大いに不満だったが――、伏射体勢でライフルのスコープを覗いていた。こうして実際使ってみるまでは融通の利かない性質だと軽んじていたものだが、いざその機能を発動させてみると、不便でこそあれ、自分の穴を埋める――文字どおりの意味でも――ことに関してポーラ・ポイズン・ピースの悪魔は助けとなっていた。無論、この機能単体ではなにも意味を成さないもので、軍時代にヴィヴィレスト・ミスレスの悪魔を見ていたからこそ、思わぬ本領を発揮したというところだ。
 アマタ曰く、悪魔は理術型と魔術型との二種類にわけられる。理術型は使用者の知識や柔軟性を問われる反面、汎用性と瞬発力の高さや出力に幅を持たせられる強みがある。ヴィヴィレストの悪魔がそうだ。一方、魔術型は特別な知識も演算も必要とせず、だれがどう運用しようとも常に同じ効果が得られるが、状況によってはつぶしがきかない側面をもつ。ポーラやフーの悪魔などがそれにあたる。車でたとえるならば、マニュアル車とオートマ車の違いだ。フーはヴィヴィレストほど医学知識に明るくはない。ポーラの悪魔の一片を奪い、そしてヴィヴィレストの悪魔を知っていたがために、こうして傷を癒すことができていた。ポーラではなくヴィヴィレストの悪魔を奪っていたのならば、治療は不可能だった。
 覗きこんだスコープの中の大通りに、赤毛が現れた。赤毛がマンションから飛び降りる寸前、フー自身の悪魔をつなげておいて正解だった。離れすぎて思考は読めないが、おかげでおおよその位置は判明していたため、先回りして待ち構えておいたのだ。目測で五百メートルほど。外すわけがない距離だった。フーの悪魔は一対一では無敵の悪魔だが、相手の強すぎる感情に引きずられ惑わされることもあれば、思考の元となっている言語が違っているせいで行動が読めないときもある。反射的な行動にも弱い。何より悪魔的な攻防の手段を持たないため、単純な鉄量戦闘に持ち込まれれば手も足も出せない。そういう時のために、ある程度の狙撃をこなせるよう訓練していた。
 フーは銃口の先端、さらにその先まで感覚を研ぎ澄ませた。己の意志の力で、肉体の生理的な反応すべてをおさえつけた。肺に半分だけ酸素を入れて、半分だけ吐き出した。赤毛がブティックの角を曲がり側頭部がこちらを向く。音より速く着弾するこの距離で視界の外から撃てば、認識される前に脳を破壊できる。そして照準の十字と、赤毛のこめかみを重ねようとライフルを調整しようとした瞬間、赤毛を追って大通りに二人の少女が出てきたのが見えた。教会の犬どもだ。やっぱり来たわね。ここで赤毛を撃てば、犬どもは赤毛の死体をかっさらっていくだろう。赤毛が後をつけられていることに気付く前に、犬どもを始末すべきか――そう思った矢先だった、赤毛が踵を返して来た道を戻り始めたのは。
 フーは眉をひそめた。なに? 忘れ物? いや、違う。どういうわけか犬どもは、人目もはばからず口論し始めていた。赤毛は犬どもに気付いたのだ。一度は助けられたが、どうやら頭が回らない子たちのようだ。フーは舌打ちしかけた。ここで犬どもを撃ち殺せば赤毛に狙撃がばれ、本末転倒となる。そうこうしているうちに赤毛は悪魔を発動させて犬どもに襲いかかっていた。赤毛の悪魔と犬どもの悪魔、双方の単純な性質を考えるなら――金髪が悪魔をもっているかはわからなかったが――、犬どもが圧倒的に有利だろう。だがスコープの向こう側では、赤毛が犬どもを圧倒していた。実力差があるというよりも、悪魔の相性が雌雄を決したようだった。ともすれば赤毛が二人を始末してくれるのでは……そんなフーの甘い考えはしかし、赤毛の油断でひっくり返った戦況によって裏切られた。赤毛は一瞬のうちに捕縛されていた。捕われたということは今すぐ赤毛が殺される心配はないが、赤毛が死のうが死にまいが行く突く先は教会であることには変わらない。もう迷ってる暇はなかった。
 赤毛を拘束している栗毛に照準を合わせた。すっとフーの意識が、栗毛の――きれいなエメラルドグリーンだった――目と目の間に吸い込まれ、市街が生むあらゆる雑音が遠のいた。人差し指がひとりでに動いて引き金を絞り始め――二の腕に激痛が走った。同時に銃弾は放たれ、ライフルがぐんと肩を押した。狙いはおそらく逸れてしまったが、そんなことにかまけている場合ではない。転がるようにしてデスクの影に隠れる。寸前まで寝そべっていた床が二度三度と弾けた。銃撃されている。焼けるような痛みを訴える腕にも銃創があった。ライフルを捨て、アマタの工房で補給したナイフの柄に手をかける。鼻先にべちゃりと、赤黒い果実のようなものが投げられた。否、果実などではなく、それは粘液にまみれた臓器。……これはちょっとまずい――フーは襲撃者の正体に気付くが早いか、口と鼻を片手で覆い隠しながらデスクから転がり出た。直後に手投げ臓器が破裂、きたならしい液体をまき散らす。フーが姿を見せるや、途端に銃撃が再開される。腕で頭への弾丸を受けながら、射角と臓器が飛んできた方向から襲撃者の位置に当たりをつけてナイフを投擲し、別のデスクへと身をひそめる。襲撃者はナイフをかわしたが、合わせて放っていた悪魔を接続させることには成功していた。これで赤毛の位置はわからなくなるが、手を抜いてこの襲撃者から逃げおおせられるなどと甘い考えはもっていない。軍時代に至高の兵卒と称された、ヴィヴィレスト・ミスレスを相手にして。
「絶好のタイミングでの登場ね」自分ですらも聞いたことがないほどしわがれた声だった。「わたしのこともバレちゃったのね?」毒素を直接吸引したわけでもないのに、鼻腔と口腔、喉の奥に、ひりひりとした痛みがあった。
 "――考えろ考えろ考えろ――あァ、その通りだとも――近づかれたら勝てない――ライフルに発信器をしかけておいたからな――今度出てきたら足を――お前がアマタと組んでフーになりすましていたこともわかっている――フェイントで頭に――見逃したりはしないぞ、フレデリカ――もう一度いぶりだすか――"。
 悪魔を通して、ヴィヴィレストの思考が流れ込んでくる。ヴィヴィレストはこちらの悪魔を知った上で対峙している。本当は出し惜しみすべき情報すらさらけだして、フーの首を取ろうと画策しているようだったが、フーの悪魔はそれさえも見透かしていた。
「……そう。本音を言えば、さっさと道を開けてほしいところだけど、最初の一発で殺さないでくれた分だけ――」"今のうちに――"。「感謝するわ!」
 ヴィヴィレストが動き出すよりも、一呼吸だけ早く飛び出した。新たに肉袋を生成しかけていたヴィヴィレストの懐に潜り込んで一閃。銃を握っていた指を切り落とす。銃が落ちる。肉袋をもった腕を振るってくるが、予知していたので後ろに退いて避けた。踏み込んで追いうちをかけんとナイフを振りかぶった。ヴィヴィレストは距離をおこうとするが、こちらはフェイント。なぎ払うと見せかけてナイフを投げる。ナイフは腹に突き刺さり、ヴィヴィレストがよろける。ヴィヴィレストが落とした銃のグリップを踏みつけ、跳ねあがった銃を拾い上げて弾薬が尽きるまで連射。ヴィヴィレストは頭をかばうがフーが狙ったのは心臓。胸から血をあふれさせながら後ずさるヴィヴィレストに、ナイフの上から遠心力の乗った回し蹴りをお見舞いする。ヴィヴィレストは吹き飛ばされて床を滑る。頭の中に複数の化学式が浮かび上がった。ヴィヴィレストが肉体を修復させているのだ。ヴィヴィレストはまだ、息絶えてはいない。
「噂通り、タフなのね」フーは奪った銃を分解して放り捨てた。ヴィヴィレストを殺しきるには決定力が足りない。注意深くヴィヴィレストを観察しつつ、ライフルを放置した場所まで戻る。
 ヴィヴィレストがむくりと身を起こした。傷はほとんど治っているようだったが、ダメージは着実に蓄積しているはずだった。悪魔の力は永久機関ではない。血液や肉片として、質量は減少していく。"心を読む、か"。ヴィヴィレストが口惜しげに思考した。"あんたとこうして対峙したのは初めてだが――"。柄まで埋まっていたナイフが再生した臓器と肉に押し出されてこぼれた。「なかなかに、厄介な悪魔、なんだな」せき込みながら、口に出して言う。肺の治療が完了したらしい。 "足止めだけでもおそらく効果はある……が"。化学式の合間に、ヴィヴィレストの揺るがぬ強い意志が垣間見える。"必ず仕留める、今、ここで"。
 フーにとっても同じこと。フーとアマタが、トロエの部下たちを利用し、食らったことは発覚していると言っていい。エネミアとヴィヴィレストはこれからもフーの行く手を阻み続けるだろう。最優先事項は赤毛だが、そのためにもいずれは排除しなければならない。
「あなたも大概、化物じみてると思うんだけどねェ」有機物の操作。"銃は効かない"。その悪魔をもって、あらゆる状況と環境に対応し、すべての兵科で前代未聞の戦果をたたき出した女。"刃も寝技も無力"。単体でこそ完全とされ、軍で腫れもののように扱われてきた女。"ガス攻撃か、爆発、どちらにせよ"。そう言った地力の高さと、何を仕掛けてくるかわかっても、何を隠し持っているかわからない得体の知れなさが、フーの決断力を鈍らせていた。"チャンスは一度"。たったの一度きりで、一発限りでケリをつける。"不可避の一撃必殺でもって、息の根を止める"。それ以外に、勝利はありえない。"それ以外に、目的は達しえない"。が、打撃力に欠けるフーの悪魔と装備では自分からは手を出しにくい。"先手必勝、フレデリカが反応するよりも早く"。悪魔の特性上、後の先を取りやすいがために尚のことだ。"瞬きする間も与えず、首を撥ねる――"。奥の手すらも逆手にとり、脳髄を潰す――。
 そして一瞬後には踊りかからんとするヴィヴィレストから、かすかな空電音。無線か。ヴィヴィレストの脳を介し、通話が聞こえる。
『ヴィヴィ、定期連絡が遅れているようだが』女の――エネミアの声。『接触していると考えていいんだな? フレデリカと……すべてを眠らせる女と』
 無線を契機として、読んでいるこちらが目くるめくような速度で思索していたヴィヴィレストの意識が、突然ぶつりと消え失せた。さらに真っ赤な血霧がフーの視野を満たす。危機を感じ飛び退くフーに、霧をかき分け追いすがるようなヴィヴィレストの拳。ライフルの腹で受ける。殴りつけた拳の方が砕けるほどの力で、フーの体勢は崩れる。追撃で跳ねあがったヴィヴィレストの足が脇腹を捕えた。息が詰まる。砕けたままの腕が伸びる。フーの胸と腹の間に、骨が突き刺さる。鋭い痛覚にうめきながら、ヴィヴィレストの腰を蹴って距離を取る。呼吸を整える前にさらなる猛攻。満足な方の手。銃身が歪んだライフルを叩きつける。銃把が割れ、ヴィヴィレストの腕はあらぬ方向にへし曲がり骨が突き出していた。だがそれも些細なことと言わんばかりに、壊れたままの拳で殴りつけてくるヴィヴィレスト。人のものとは思えぬ膂力と速度で迫るヴィヴィレストをぎりぎりでかわしながら、フーは焦燥感にかられていた。見えない、相手の思考が、読めない。一体何をした。ヴィヴィレストの眼は開いていたが、瞳には虚無がたたずみ、意志の力が見受けられない。まさか本当に意識がない、とでも……? 破損したためにむしろ脅威となった骨の刃が、全身の肉と皮を引き裂いていく。身体能力はさすが悪魔ありきといったところだが、動き自体は雑なものだ。意図的な無意識下での戦闘――冗談のようだった。確かにもしそんなことが出来るならば、フーと白兵戦を行う上では有効打になる。実戦で自分が目の当たりにするまでは机上の空論だと一笑に付していただろう。だがヴィヴィレストの悪魔をもってすれば、実現可能だったということだ。さきほどの無線、おそらくあれがスイッチだったのだ。
 互いにしぶきのように血を散らしていた。負傷はヴィヴィレストの方が甚大だが、押されているのはフーだ。無意識状態では肉体を修理できないようだったが、引っ切りなしに攻め続けられているこの状況下で、自分より背が高い人間の脳を破壊するのは困難を極める。臓器も不確定要素が多い。意識があるうちに、代替品を用意していたとしてもおかしくはない。フーはもはや無用の長物となった、ヴィヴィレストに繋いでいた悪魔を切った。フーが暗殺の仕事ではない対人戦闘で、読心の悪魔を引いたのは初めてだった。不思議と胸中に苦い感情が生まれる。矜持か。そんなものがわたしにもあったとはね。フーは代わりに、パージャの悪魔を呼び覚ます。パージャの悪魔は理術型であるがために骨格の構造を意のままに変えるなど、最大限の力は発揮できないが、骨は金属のような硬度を得られる。刺突と殴打を紙一重で回避しながら、ライフルから弾倉を外して銃弾を抜き取る。親指と折り曲げた人差し指で、銃弾の尻を挟む。ダイナーでテーブルナイフを弾いてエージェントを殺害したときと同じ要領だ。ヴィヴィレストの額に狙いを定め、万力のごとく銃弾を締めあげ――視界が明滅した。指先が痺れ、足腰から力が抜けていく。毒。骨に塗ってあったのね。足がもつれる。唸りを上げて肉薄するヴィヴィレストの拳を避けきれず、まともに胸で受ける。パージャの悪魔を発動させていたため大した効力はなかったが、それでも凄まじい暴力で狙撃位置まで吹き飛ばされる。受け身も取れず、床を転がった。内臓が無数の腕にこねくり回されてるかのようにうごめく。急にこみ上げるものを感じたかと思うと、口の中に鉄錆の味が溢れてきた。――逃げなきゃ。毒が完全に手足にまわりきる前に。フーは冷たい床を這った。初めてだった。戦いのさなかに、なりふり構わず逃げる羽目になったのは。窓枠に手が届く。後ろもかえりみずに、持てる力を振り絞り、空中へと身を投げ出した。――敗北。通りのアスファルトがみるみるうちに近づく。初めてだった。悪魔を手にしてから一度たりとも勝利を逃したことはなかった。ちくしょう。トロエを妹にして以来、フーは数年ぶりに罵った。



「……臭い」遅れぬようにと手を引いていた最後尾のズィーが、ぽつりと言った。「汚い。暗い。狭い。――最悪。最悪最悪最悪」
 ズィーがそんな文句を吐いたのは、キャッスルが掘り当てた下水道を進み始めてから、都合十度目だった。最初はあやすようにズィーの相手をしていたキャッスルも、もはや相槌すら打つのを諦めた。先頭を行くヘイクの機嫌が目に見えて悪くなっていったからだ。
 身を休めるため、先週の任務でテスティトたちが破棄した古教会の隠れ家に立ち寄ることとなった。フーの狙撃を恐れ、下水道で可能な限り古教会まで接近しようという魂胆だったが――ヘイクは一体どこまで行くつもりなの? 下水道は古教会まで通じてはいないため、一度地上へあがらなければならないが、キャッスルはむっつりと押し黙ったままのヘイクに話しかけられないでいた。
 下水道は迷宮だった。照明は、ブティックにあった材料で作りだした懐中電灯のみ、方角もわからず、何度角をまがっても同じような景色で、すぐ頭上に自分が生活していた街があったとは思えぬ様相だ。自分の位置さえわからない。歩みを止めないヘイクは把握しているのだろうか。窒息感も相まって、キャッスルは心労が絶えなかった。
 そんな時だった。「ん――あァ? どこだここ」マーチがとぼけたような声を出した。「ひッでェ臭いだな。なんだってネズミの真似事をやってるんだ?」
「そりゃァ、ここがネズミの国だからよ」ヘイクが呟くように言った。「寝起きのとこ悪いけど、もうしばらく我慢して頂戴」マルボロを取り出し火を点けた。
「寝てた、の……?」キャッスルがおずおずとたずねた。
「狙撃された後に、お前らがきゃんきゃんわめき始めたときからな」ヘイクが煙を吐きだして振り返った。「で? 結局そいつも一緒なんだな」
「えェ、まァ……」そういえば、とマーチが珍しく静かだったことを、キャッスルは思い出していた。マーチは事の成り行きをどこまで知っているのだろう。普通なら教会から離反したとわかれば、黙ってはいないはずだ。「そ、そんなことより――」キャッスルは話をそらそうと思いめぐらせた。「ズィー、マンションで会ったとき、どうして大家を殺そうとしてたの?」
「はァ? 大家?」ズィーが怪訝そうに訊き返してくる。「大家って、誰?」
「だ、誰、って……あの銀髪の、若い女の人よ」
「あいつは大家なんかじゃない」ズィーの指に力がこもった。「あいつは殺し屋。向こうが先に襲いかかってきたから、ズィーは正当防衛」
「え――」キャッスルの足がぴたりと止まった。すぐに後頭部をどんと突かれる。
「うぶッ!」ズィーの悲鳴が上がる。「急に、止まんなッ!」
 鼻をしたたかにぶつけたらしいズィーの鼻声は、しかしキャッスルの耳には入らなかった。――あの女が。腕を伸ばさずとも触れるほどに近づいていた、あの女が。あたしとヘイクがあと十秒も到着に遅れていれば、ズィーの悪魔ではじけ飛んでいたあの女が、フーだったの? 母の仇を取る機会を、みすみす逃したというの? それどころか、自分たちはズィーの命を奪わんとする輩を助けたことに――いや。そんな仮定のことを考えるのはやめよう。キャッスルはズィーの手を強く握った。今は、この子を守ることだけを考えなくては。
「あいつ、おまえたちの知り合いか何か?」ズィーが鼻をさすった。
 ズィーにはまだ知らせていなかった。キャッスルとズィーが、血の通っていない姉妹であること、二人の母であるアマタはすでにこの世にいないこと、フーがアマタを射殺したことを。できるだけ、落ち着いた環境で話したかったからだ。ズィーにはただ、助けてやるからついてこい、とだけ言い聞かせてある。それで素直に信用しているものだから、この子の将来が少しばかり心配だった。
「レズの知り合いはいねェよ」くつくつとマーチが笑った。
「ま、フーの性癖がひとつわかっただけでも、儲けものね」ヘイクが軽く流す。「そんなことより、お目覚めになったあなたの壊れた姉妹とやらは、フーから守ってはくれないの?」
「無理。ヅィードは味方じゃない。ヅィードの完全な起動のために、ヅィードはズィーを殺しにくる」
 やっぱり、そうか。ヅィードのコンセプトを考慮すれば、ヅィードの最優先目標はズィーが持つ心臓すべての停止だ。ズィーを保護することはすなわち、フー以上に厄介な集団を敵に回す結果となる。薄々とだがキャッスルは理解していた。
「とんだ貧乏くじね」ヘイクが苦々しげに言った。「その子たちも悪魔を持ってるんじゃないでしょうね?」
「ヅィードはDGVを用いずに、とある悪魔の特性そのものを量産する試験でもある。本質はただの人間」ズィーは目の前の文章を読み上げるように淀みなく答える。
 とある悪魔。それが何を示しているのか、キャッスルはすぐに勘づいた。まぎれもなく、あらゆる兵器を生み出し、あらゆる暴力を取り回し、あらゆる破壊を実行する、キャッスルの悪魔だ。
「ならまだ楽ね。悪魔なしなら、ひとりずつ殺れば負けないだろうし」
 ズィーはかぶりを振った。「ヅィードはその肉体から人格までひとつの兵器。合理性を失うことはない。ホモ・ゲシュタルトの利点を十二分に発揮するために、ヅィードは必ず複数で狩りをおこなう」
「そりゃまたずいぶんと出来た妹さんたちじゃない?」
「おいおい、ちょっと待てよ」マーチが口を挟む。「なんでまたそんな面倒なことになってんだ? テッサと連絡はとったのか?」
「帰りは遅れる、とは伝えたわ」ヘイクはにべもなかった。
「この州でちょっとでも余計なことに首を突っ込んだやつがどうなるか、知らないわけじゃねェだろ?」
 マーチが言葉にせずとも、誰もが把握しているはずだった。ヘイクはただ、肩をすくめただけだ。
 キャッスル自身、ズィーを助けたい思いがあるのは真実だったが、好奇心じみたものに衝き動かされている面もあった。母が生きていたなら、激しく詰問していたところだ。人体改造。ヅィード計画は、ひとの道を大きく外れたものだった。これほど非道な行いに手を貸していたなんて――。手ひどく侮辱された気分だった。母が好き好んで計画を進めていたわけではないのかもしれない。脅されてやむを得ず開発していたのかもしれない。それでも、底知れない邪悪、しかも、誰かを貶めたり出し抜いたりとか、そういった凡百な悪意のない邪悪を感じずにはいられず、不気味で仕方がなかった。何か巨大な、あらがいようのないものに取り込まれているような気がして、心底不安だった。
 ヘイクが一体何を考えているのか、皆目見当がつかなかったが、連れ合いになってくれたのは心強かった。たとえこの先に待ちうけているのが、到底勝ち目のない戦いだとしても。二度とやすらかな夜が来ないとわかっていても。



「そうか、ご苦労。しっかり身体を癒してくれ」ヴィヴィレストとの通信を終えたエネミアは、フーのターゲットへと急いで拝借したスクーターを走らせた。
 ヴィヴィレストに指示したフーへの対策は博打要素が強かったが、なんとか撃退できたようだった。さしものフーも、ヴィヴィレストが己の肉体に、反射を利用したプログラミングをあらかじめ施しておいたとは想像だにしなかっただろう。敗走しているこの瞬間でさえ気付いていないかもしれない。ヴィヴィレストの悪魔は特殊だ。ある程度共通するところのあるパージャのそれとは違い、あくまで体内の有機物を操作することだけが性質であるため、ヴィヴィレストは魔性はもたない。その代わり、ヴィヴィレストの悪魔は髪の毛一本一本からつま先まで、全身の細胞に作用する。そして髪の毛の一本は、爪の一片から脳のシナプスに等しく、相互的に成り代わり働きかけあう器官だ。自分の身体に対してのみ悪魔で感覚し、同時に全身が悪魔に対する感覚器官でもある。そのため悪魔の行使に関して、言語を用いるよりもまず、全身の細胞で、化学式だけで思考および直感する。ヴィヴィレストとまったく同じ悪魔を所有していない限りは、たとえ心が読めても解読は不可能だ。意識があるうちにデータを集めプログラミングし、あとは言語中枢である脳の活動を停止させればいい。眠りに就くキーワードを設定しておいたのも正解だった。体内で薬物を生成し、睡眠状態に移行してもよかったが、それではヴィヴィレストが策を用意していることがばれる。奇襲的な意味をもたせるためにも、エネミアが開始させたことで効果があった。
 そう、今回はうまくいった。アマタにひと泡食わせてやったのだから、ひとまずの勝利と言っていい。相手が、悪魔のるつぼたる軍をして、すべてを眠らせる女、究極の人類などと言わしめた女でさえなければ、だが。何度も同じ手が通用するとは思えない。秘策を用いても、撃退するのが限界だったのだ。できることなら、今日あの場で仕留めておきたかった。後の障害になることは確実だ。だからこそ深追いができないのも、また事実。二人がかりで挑んでいたならば、とどめを刺すことができたかもしれない。だがエネミアは、自らの眼で確かめておかなければならなかった。エネミアたちとフーを取り巻く、姿の見えない何かを。アマタがこの街で何をたくらんでいるのかを。
 報告にあった通りへとたどりつく。爆撃されたかのように荒らされたブティック。歩道に飛び散る血。火薬や硝煙の臭気はなし、地面に薬莢もなし――悪魔の爪痕。真昼間にひとが行き交う大通りで、ここまでおおっぴらに悪魔を振るう人間となれば、たぶん教会の者だ。軍の連中が動けばこの程度じゃ済まない。
 そこである疑問が生じる。教会が誰と戦っていたのか、だ。エネミアはスクーターから降り、悪魔の傘を具現させて周囲の探索を広範囲で行った。膨大な情報量に脳に負荷がかかり軽いめまいがする。三ブロック以内に死体はなし。妙な動きの人間も。無関係な人間はとばっちりを受けまいと一定の距離を置いていた。フーが引き金を引いてから五分と経っていないはずだが、結果はどうあれ、両者はすっかりこの場から、生きて逃げ去ってしまったらしい。と、なると、教会とやりあったやつは相当のやり手だろう。どちらが喧嘩を売ったのかはわからないが、教会が目をつけるのは基本的に州や軍にあだなす者たちだ。そして教会と事を構えようとするのもまた、州と反目する者。教会と対等に渡り合いながら、あたしたちと目的を同じくとする人間――手を組む価値がありそうだ。
 エネミアは背後の、通りの奥にあるビルを仰いだ。つい数分前まで、フーが伏射体勢をとっていたオフィス。フーの悪魔の本質は、対象の思考を読むこと、その一点だけ。脅威は脅威だが、その悪魔だけでは虫一匹殺傷しえない。確実に敵を葬るためには、射撃という手段に踏み切るしかない。アマタの予見じみた情報収集能力のことだ、フーはこの通りで戦闘があることを知っていた上で、教会と相対する者を消そうとしたのだ。アマタの思惑は旧態依然として明らかにならないが、どうやらアマタにとって、教会は邪魔なわけではないらしい。黒兎が教会に入ったのも偶然ではなく、フーは教会を支援するつもりで、わざわざ蠅のついたライフルを使った。ゲームを進行させ、そしてエネミアたちに知らせるために、だ。要は、アマタがすべてのお膳立てをしてくれているのだ。ぎりぎりのところでフーの狙撃を阻止したのは――と言うよりも、阻止させられたのは――チェックポイントのひとつにすぎない。本番はまだ先だ。エネミアは傘を広げたまま、叩き壊されたブティックに足を踏み入れた。
 そこかしこに血液と高そうな服、ガラスが散っていた。外から続く血の道は、店の真ん中でぶつりと途絶えていた。狙いの逸れた凶弾か、はたまた悪魔同士の戦いの所為か、総量を考えるとおびただしい量の血だった。血を流した人間がひとりならば、そいつはもう長くはない。地上に手負いの者はいなかった。エネミアはしゃがみこみ、床に触れた。血が途切れたところだけ、材質が違っていた。悪魔の力で地面を掘り、もう一度埋め直したのだ。そんな真似ができるのは、教会の黒兎だけだ。ならば怪我を負ったのは教会の連中か。黒兎は抜け目がないとPPPから聞いている。ブービートラップがあってもおかしくはないし、そもそも埋められているだろう。エネミアはその場から離れた。ふと、一着だけ血を多く吸った服が視界に入った。傘の先でひっかけて持ち上げる。止血を試みたのだろう。ヴィヴィレストに解析させれば血液型くらいはわかるかな、と服の一片をちぎった。そして鉄錆の臭気の中に、かすかな甘ったるい香りがあった。オリエンタルのコロン。真っ先に、異様に赤い髪と、紺碧の瞳が思い浮かんだ。
 まさか、な。あの日、教会の幹部に殺されたと思っていた青い瞳の娼婦は、確かに姿を消した。今どこで何をしているのか、結局生き延びたのかすら不明だが、オリエンタルのコロンをつけているからといって、あの子に結び付けるのは牽強付会にすぎる。――だが。根拠はなくとも疑念をぬぐいきれなかった。あの子が生きていることを教会が知り、エネミアと何らかの関係があると踏んで、息の根を止めようとしたのでは……? エネミアは頭を振ってすぐに打ち消す。ここで教会と争ったのは悪魔を従えるもの同士だ。あの子は処女ではなかった。つまり悪魔を持っているなら、悪魔祓いでなければならない。軍にいたとき、忌まわしきあの蛇女と癒着していたエネミアが知らぬ軍属の悪魔祓いなどいない。さすがに考え過ぎか。
 外れを引かされたというのか? いや、そんなはずはない。アマタが求めているだろう、しかるべき道順をたどってきたはずだ。倫理と論理、美に基づいた本能的な直感がエネミアにそう告げていた。エネミアは再び傘を開いた。相変わらず不審な動作のものは――ふいに、強烈に視線を感じた。慌てて振り返ったりなどせず、悪魔で位置を探る。向かいの建物。その屋上。棺のような形の、ばかげた大きさの長方形をかついだ小柄な人間。射撃されぬよう傘をわずかに傾けて身体を覆った。そいつは三十秒もこちらを窺っていたかと思うと、おもむろに屋上から飛び降り、スパイダーマンよろしく棺からワイヤー状の何かを射出し、ビルからビルへと移動していった。街の中心部とは逆、内戦で打ち捨てられた区域のある方角。先週、兎たちを奇襲した古教会のある方角だ。なんだ、ちゃんと繋がっていたじゃないか。スパイダーマンがどの勢力なのか現時点では判断しかねるが、明らかな誘いだ。エネミアは傘を閉じ、スクーターにまたがった。



 ヘイクが立ち止まり、電灯でマンホールの上を指し示した。「ここから出るのがたぶん、一番近いわ。賄賂を受け取るのに忙しい警察の代わりに、その辺で路上駐車を取り締まりましょ」
「車なんかより、赤毛の嬢ちゃんの悪魔に乗ってった方が早くねェか?」冴えてるだろ? と言わんばかりに、梯子に手をかけながらマーチが提案する。
「はァ?」ズィーの嫌悪感溢れる抗議。「ズィーひとりでも重くて運べないのに、三人なんて無理。下からパンツ見えるし、絶ッ対にイヤ」
「それに、軍に見咎められるわ」キャッスルが補足する。軍事拠点でもあるこの州で、飛行することは認められていない。建築物より低く、軍に見つからぬよう高度を抑えても無意味だ。条例により階数に限りがあるこの市では、建造物はみな制限いっぱいの高さであるため、航路は普通に地上を歩くのと変わらないものとなる。加えてズィーの悪魔は半透明で、それではフーに追跡してくれと言っているようなものだ。
「ははァ、どおりでこの街にはスーパーマンが来なかったんだな」
「はァ? スーパーマンはコミックでしょ? おまえ、あんな男が現実にいると思って――」
「あー、もォ、めんどくせェなこいつ、冗談のひとつもわからねェのかよ」
「ちょっとふたりとも、お願いだから喧嘩はあとにして。ほら、マーチ、気をつけないと頭ぶつけるわよ」
 ぶつくさ不平を垂れ流しつつマーチがマンホールの蓋を押しあける。日光が暗がりに慣れた網膜を焼く。監視の目がないか用心深く周囲を探ってから、外に這い出る。オフィス街の裏通りだった。キャッスルは真っ先に新鮮な空気で肺を満たした。
「シャワー浴びたい」ズィーがぱたぱたとワンピーススカートの汚れをはたくが、こびりついた血と汚水は落ちないと悟ったらしく、すぐに断念した。
「死体安置所でお友達とシャワーを浴びる羽目になりたくなかったら、さっさと車を見つけることね」ヘイクがもう一本と煙草に手を伸ばす。
 それを見てか、「……ねェ、ぼうや」ためらいがちにズィーがヘイクに声をかけた。「あとでおっぱい見せてあげるから、一本くれない?」
 キャッスルはあんぐりと開けた口がふさがらなかった。――いくらなんでもそれはまずい。禁句だ。
 ヘイクは舌打ちし、そしてすぐに、「なんだ、なかなかどうして、おもしろい冗談が言えるじゃないか」マーチがおかしくてたまらないとばかりに口元をおさえた。
「やっぱり黙らせておくべきね、この子」ヘイクが顔をしかめて銃剣の柄を握った。
 キャッスルは慌ててズィーをかばうように二人の間に割り込んだ。「あ、あのね、ズィー、ヘイクは男の子じゃないのよ」
「嘘。だって、胸もお尻もぺったんこだし、手足は針金みたいだし――むぐ」
 それ以上言わせじとヘイクから素早く拝借した煙草でズィーの口をふさぐ。「ほ、ほら! 車! 乗るんでしょ!」ちょうど表に停まっていたトヨタのロックを悪魔で強引に解除。ズィーを後部座席に押し込む。自分もズィーの隣に収まり、悪魔の腕でエンジンをかけた。
 ヘイクが運転席に乗り込んでシートを調整する。「次ふざけたこと抜かしたら、キャシーが何と言おうとその無駄な脂肪と無駄な脳みそを切り落とすから」存外丁寧な走り出しで、日本車は大通りの流れに乗る。
 キャッスルは小さくを息を漏らした。どうやらズィーとヘイクは――マーチもだが――本格的に氷炭相容れぬ存在らしい。ふたりがまた殺し合いを始めるのも時間の問題のような気がして、キャッスルの胃は重かった。
 人間関係以外にも、問題は山積みだった。このまま州にとどまれば、ヘイクの言うとおり、あたしたちは明日にも三人仲良くモルグ行きになる。たとえフーを抹殺しても、あたしたちがズィーをかくまったことがテッサに露見すれば、きっとテッサはあたしたちを許さない。万が一にもテッサを――考えたくもないけど――返り討ちにしたとして、お次は軍の出番。ヅィードもいる。
 八方ふさがりだった。こうなってはこの街では死体にでもならない限り、生き延びられない。死なぬば死ぬ。死人となって初めて心を落ちつけられる。かと言って州から脱出するのもまた、生易しいことではない。悪魔憑きが外に漏れ出さぬよう、州境では軍が特に目を光らせている。さっきのように地下を進むというのもあまり現実的ではない。州を越えようと思えば途方もない距離を掘らなければならないし、そのための物資も莫大な量が必要となる。入念な下準備をしたうえで、何日も地下暮らしを強要されるだろう。時間をかければ一番確実だが、その間、フーやテスティトは待ってはくれない――。
 にわかに、爆音がキャッスルの潜考を中断させた。後方から、化物じみた大型のバイクが急迫していた。乗り手は、モンスターバイクに似合わぬ小柄さだ。
「……theBiked」ズィーが忌々しげに呟いた。
「あれが噂の姉妹ね?」ヘイクが緑の瞳でサイドミラーをちらりと一瞥する。「ヘルメットをかぶってるからわかんないけど――、確かなの?」
「……ズィーの言うとおりよ」見間違うはずもない。なぜなら数々の兵器とともにあのバイクを改造し、悪魔の所業に手を貸したのは、まぎれもなく自分なのだから。
「十四歳の女の子がまたぐにしちゃ、随分ませたお馬さんだこと」ヘイクがアクセルを踏み込む。
 バイクは遅れることなくぴたりとついてくる。今のところヅィードから仕掛けてくる動きはないが、古教会までこのまま楽しくツーリングというわけにはいかない。
「どこかで撒くしかねェな」マーチが唸った。
「無理」ズィーが即座に切り捨てた。「あの子はヅィードの足。息の根を止めない限り、どこまでも追ってくるし、絶対に逃げ切れない」
「えらく自信満々だな。じゃァ、どうしろって言うんだ?」
「ヅィードは、決してひとりでは狩りをしない。別のヅィードと合流する前に、殺すべき」
「……ズィー、いいの? あなたの姉妹みたいなものじゃなかったの?」
「はァ? そんなわけない。ヅィードはズィーをベースにした、ただの後天的なクローン。もとは赤の他人だし、人格統一の開発をされた時点で、まともな自我は死んでる。ロボットみたいなもの」
 それなら安心、というわけにもいくまい。自我があろうとなかろうと、血が通った人間であることには変わらないだろう。
「申し訳ないけどこっちは手がふさがってるから、後ろのおふたりさんでなんとか商売してくれると嬉しいわね」
「なんとかしようにも、銃も材料もないったら」道具を作るための素材を収納していたポーチは、ズィーと揉めたときにひっくり返してしまっていた。車内を物色するが、やはり目ぼしいものは何もない。
 やがてバイクは追いつき、並走しはじめた。ヅィードはバイクに取りつけてあるやたら銃身の短い拳銃を抜いた。この世のどんな経口の銃弾も通過しえない、小さな銃口とキャッスルの目があった。いや、普通の銃じゃない。あれもあたしが作った――。
「ズィー! 壁を出して!」ほとんど叫ぶように命じた。
 トヨタとモンスターバイクの間に半透明な悪魔の壁が現れる。間をおかずして小さな銃口が激しくまたたき、掃除機が駆動するような音が響いた。壁には傷一つつかないが、銃は超伝導で毎秒百発の金属針を排出していることを、キャッスルは知っている。有効射程は短いが弾薬を用いずに使用が可能で、貫通力が高く、使いようによっては金属を切断できるし無駄な破壊を抑えられる。小銃などと比較すると、車の走行音でごまかせる程度には静音で、カーチェイスにはうってつけの武器だ。
「あれはそんなに痛くはないけど、おまえたちが食らったらたぶん死ぬ」壁を振るってバイクを追い払いながら、ズィーが真顔で言った。
「おいおい、ひとりで狩りはできねェんじゃなかったのかよ!」マーチの苛立ち混じりの非難。
「できない。theSpikedがどこからか狙ってる」ズィーがさらに四枚の壁を顕現させてトヨタの全面を覆う。車を壊される心配もなくなったが、こちらから手出しができない。さながら棺桶だった。「長くはもたない。何か考えて」
「考えてって言われても……」キャッスルはすぐにはっとする。相手は悪魔憑きでも、悪魔祓いでもない。キャッスルの悪魔でも十分防御が可能だった。すかさずズィーを抱き寄せた。下水と血と汗と、甘いコロンの臭いが鼻腔をくすぐる。悪魔の手を発現させ、片方で自分とズィーを、もう片方でヘイクを優しく包み込む。「上のやつ、使って」
 ズィーが頷く気配とともに、車体の上方から半透明の壁がヅィードへと滑りだしていく。地面に対して垂直に姿勢を保ったまま壁がなぎ払われるが、ヅィードは驚異的な反応速度でバイクを巧みに操ってかわす。――アーティクライストロン。人工波管。人並ならぬ神経の伝達速度、そのたまもの。ズィーは躍起になって壁を振り回すが、ことごとく狙いは外れる。そして耳をつんざく甲高い音と無数の衝撃。トヨタの天井を突き破り、ライフル弾の嵐が車内を八つ裂きにした。theSpikedとかいうやつの仕業だろう。扱っているのはおそらく遠距離分断兵器。キャッスルが悪魔を起動している間、三人が銃弾に脅かされることはないが、こちらも長くは続かない。
「次から次へと……本当に疫病神だったみたいね」ヘイクが首をすくめて毒づく。「片割れも、見つけたわ」
 車の前方。ビルの壁面から壁面へと、高速で飛び移る赤い影があった。柱時計型のあの兵器に積まれているパイルバンカーは本来、遊撃と敵工作の無力化が目的だが、よもやスパイダーマンごっこに転用できたとは――制作者でさえ考えもしなかったことだが、あらかじめ設定した加速度に達すると炸裂する弾頭を放つ、遠距離分断兵器の醍醐味たる恣意的な浸透火力と相性はいい。三次元的な軌道と球状攻撃は、市街戦闘においてあまりに優位だ。初めから戦闘を支配していると言っていい。
「一枚じゃ、無理!」かりかりしながらズィーが耳元でわめいた。後方のバイクは健在だった。
 そのうちズィーは集中力が途切れたのか、悪魔の壁がほんの僅かに傾いた。ヅィードはそのミス見逃さなかった。モンスターバイクが一気に加速。壁に直撃するかと思いきや、バイクはその巨体を起こして壁を登り、宙を飛ぶ。
「うッそ――ヘイク! ハンドル切って!」
 穴だらけになったトヨタがスリップ気味に進路を急変更。かろうじてバイクの重量攻撃を避ける。が、トヨタの天井にも重い衝突。どうやらヅィードは空中で飛び移ったらしい。掃除機にも似た駆動音を発し、毎秒百発の針が頭上から襲い来る。
「悪化してるじゃない!」次いで、運転席から多種多様な悪態が吐き出される。
「いえ、これでいいのよ……ズィー!」
 針によって円状に切りぬかれた天井が座席に落ち始める瞬間、上方で鈍い打撲音。戻ってきた壁に殴り飛ばされたヅィードはボンネットを転がり車の前方に落ち――車体が大きく揺れる。実際に自分で踏みつけたかのように、ぐちゃりと肉と骨の潰れる感触がキャッスルの尻を伝播した。反射的に目をつむっていた。後ろを振り向けなかった。
「これでtheSpikedも一度手を引くはず」ズィーは天気の話でもするみたいに平然としていた。
 キャッスルは唇をかんだ。居心地の悪さに足を動かすと、ヅィードが切り落とした天井を靴が蹴った。手口からして、theBikedはハンドグレネードの類を所持していただろう。数瞬差で三人とも、死んでいた。だから、仕方ない。キャッスルはそう何度も自分に言い聞かせた。だが――。
「あーあ、仕事でもないのにやっちゃった。プロ失格ね」ヘイクが吐息を吐いた。
 そう、違う。言い訳に過ぎない。人間を轢き殺すことが気持ち悪い行為であることに変わりはないが、自分がひき肉になりかけたおぞましさと、同い年の女の子をひき肉にした不快さの中に、安堵が同居していることを、キャッスルは認めたくなかった。
 許容していたのだ。ペイのない殺しに。金銭が絡まない殺人がむしろ、自分のぎりぎり納得できる殺人だったことに、キャッスルは認めたくなかった。
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Re: タイトルなし

ひょっとしたら年内更新ワンチャンあるかも

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