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シーズン6とかそのへん

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燃えよわが魂、と魔女は言った ep1「一枚分の戦争」

第七部外伝。
ライト百合SFファンタジーっぽい魔法少女もの。
タイトルも最近の風習に乗っ取ってみた。
続きは需要あれば。
ちなみにリョナもグロもエロもないです。


 最初はもちろんイヤだった。億劫と感じたりとか、理不尽さに憤ったりだとか、面倒臭かったりしたわけじゃなく単純にコロンは恐怖したからだ。怖くて怖くて怖さのあまりに、十歳にもなって毎夜々々枕を濡らしていた。
 そんなものも、五年も続けて慣れてしまえば案外、悪いもんじゃなかった。可愛い後輩や頼りがいのある仲間と、いつの間にやら責任感やら義務感まで持っちゃって、自分の居場所を発見できて、まったくもってよくできた、高度な洗脳なんだなと心から思う。
 でも本当に、今となっちゃ、案外悪いことじゃないと感じてる。あたしに与えられた、戦争ってやつは。
 高々速制動空中機動ユニット――HAMUが蒼穹の下で、水平に走り抜けた百条の紫電に貫かれる。駆動系の半分が炭化し、電磁場の嵐に制御系と通信機器をずたずたに引き裂かれながら、流線形状の白銀の機体が慣性に導かれ、コロンの真正面に墜落した。熱風が吹きすさび、黄土色の土煙が視野を埋め尽くした。
 コロンはインカムに口を寄せた。「ちょっと、ネユ。騎士隊長のあたしは、攻撃しろと命令した覚えはないけど? 手ェ出すにしたって、ちゃんとタイミング測ってよ。危うく押しつぶされるとこだったし」
『残骸は高熱に加熱されてますから、潰されていた場合、炭火焼き狼の出来上がりでしたわね』冷静で、しかも悪びれることもない、いかずちの主の通信応答。『残存ハム、十機。亜音速で一時の方向から接近、六秒後に三機、十六秒後に五機、残りは三十秒後に会敵しますわ』
「……把握。引き続き、探査と電子戦よろしく」コロンはげんなりしながら通達した。どうやら、お嬢さまはまだまだ御冠のご様子だ。
「異常ですね」抑揚のない声がコロンの背中にかけられた。「敵勢力は、別部隊の戦果を含めてもうすでに六割近く消滅しています。壊滅の議論以前に、最早殲滅戦の様相を呈してきていますが」シニョンにした滑らかな銀髪を押し込んだ帽子――ライナーではない――を直しながら、異様な光沢を放つ金眼で、ウェスタはまっすぐにコロンを見つめてきた。
 墜落の衝撃でずれて狼型耳状デバイスに引っかかったキャップを修正しながら、コロンも考え込む。
 スフィア・ミズシのハムは最新型のステルス仕様だ。ウェスタの質量分析も光学的な観測も分散されて効力を発揮せず、ネユの原始的な、スフィアの最外周から等間隔距離でキャパシタンスの変化を測定していく手法でしか、探知できない。
 つまるところ位置と数しかわからないのだ。ミズシ側の思惑は、計り知れない。
「普通は一度撤退してもいいはずだけど、なんか切り札があるのか、最後っ屁ってやつね……。まァ、こんなふざけた兵装相手にあんだけハム食べられちゃ業腹なのもわかるけど。キキ、障壁お願い。あと先頭の三匹も」
『了解っす』従順な応答。『さっきので、今日はもう、ぼくの出番ないのかと不安だったっすよ』朗らかな軽口。同時に後方から、腹腔に響く飢えた獣の咆哮が降り注ぐ。
 コロンとウェスタの真上を無数の足音が駆けて行き、彼方から到来した三機のハムにみっつの巨大な影が突撃する。三機のハムは仕切り直しのつもりでとんぼ返りを放つも、機獣は空中に展開した障壁を踏みしめ執拗にハムを追いたて、高速流動する液相紡錘体の牙の餌食となる。
 いまどき時代錯誤とも思えるが、強力な電子、質量及び魔術的阻害雰囲気下において文字通りの格闘戦を仕掛ける一世代前の機関獣相手に、NEMESIS積分器万能理論の権化ともいえるハムは無力だ。
 もっとも、これは、経済的問題を理由にいつまで経ってもハムの購入を検討しないスフィア・ミミッドのトップの主張なのだが。こんなんだからミミッドはいつも防戦一方なのだ。
 空中で機関獣の牙と爪にスパゲティ状に粉砕されていくハムを、最後まで見届けることなくコロンは振り返って、全高二メートルほどの白塗りのパワードスーツを仰いだ。
「マリー、二秒間だけ掃射。仰角と雰囲気計算間違えたら、また補習申請しておくからしっかりね」
『まっかせて! 昨日ちゃんと復習したんだから!』快活だがやたらこちらの不安を煽る応答。パワードスーツが甲高い駆動音を鳴らしながら、肩に担いだRaMECの長大な砲身の調整を始めた。砲の先端に灯された紫の炎が儚げに揺らめく。『えっと、まず拡張ダイナモ効果を考えて、キキちゃんの魔術的粘性の値を入力して、っと――』
 コロンは大きくため息をついた。「時間切れ。ウェスタ、お願い」
「了解」ウェスタがこめかみに触れ、角度、出力、口径、各粒子濃度などのデータを送信。
『あー! ウェスタせんぱいのいじわる! もうちょっとだったのに!』マリーがわめくも、残念ながらウェスタの演算は完璧で、おまけに発射タイミングまで入力済みだった。
 砲口の灯火が一瞬消失。光の波濤が迸ってわずかに弧を描き、飛来するハムを蒸発させた。もちろんこの一連の流れを直視すると失明してしまうので、イオンカウル越しでの確認だったのだけれど。
 原子に還ったミズシの連中は、分解されるその寸前までこちらの行動をいぶかったことだろう。
 RaMECは本来、スフィアを加工するための、溶槍と形容される全スフィアで最もメジャーな切断機器でしかない。阻害的雰囲気に対して高い強度の粘性を持ち、同時に高速度においては剛体としてふるまう質量粒子と魔術粒子の混合フラックスは、超密生体鋼盤をもやすやすと引き裂く。
 ただ、RaMEC本体に多少手を加えているのと、障壁による不可視の砲身ですり鉢状に絞って、放射される粒子の距離を百倍以上に引き延ばしてはいるが。まさに地方の貧乏スフィアならではの頭を使った姑息な力技。
『あれ、一匹残っちゃった』空に立ち込めた濃い金属瘴気を見つめるや、パワードスーツが腰の汎用NEMESIS積分杖を抜き払う。マリーがNEMESISを発動させると、ばぎんと柄の先から、内部に光を閉じ込め暗黒を孕んだ極低温の結晶が形成されていった。
 そうして五メートルもの氷剣に成長し、零ケルビン振動で高音を発するそれを握り締めたまま、パワードスーツはぐっと足をたわめて――。
「あ、バカ! パージしてから――」コロンの注意はしかし、手遅れだった。
 スーツ内部で凝縮結晶されていた運動エネルギーが解放され、知覚できないほどの瞬発力で飛翔。RaMECと大地を繋ぎ各種ガスを送るパイプをぶちぶち千切りながら空に躍り出し、RaMECの溶断を逃れ瘴気から飛び出してきたハムを氷剣で叩き切った。
『あ――。え、えへへ……ゴメンナサイ』数百キロの重量を感じさせない軽やかな着地を披露したスーツが、こどもっぽく頭を掻くしぐさをしてみせた。
 コロンは大きく吐息を漏らした。ただでさえ嫌われ者だと言うのに、また議会がつけ入るネタを作ってしまった。
「残存ハム、二機を肉眼で視認」ウェスタがこがね色の目を細めて報告する。「並走――いえ、二機でなにか円柱状のものを搬送している模様です。……爆弾、でしょうか」
「爆弾、ねェ」コロンも地平線の彼方に碧眼を凝らしてみるが、当然何も見えない。「そりゃハムで都心まで運べば致命的な損壊を与えられるでしょうけど、それほど強力な戦略的爆弾持たせるなんて、人道的にも政治的にも疑問だし……でも本当に爆弾だったら迂闊に手を出せないし……」
 ハムを動かすのに、そこらの血筋――LMOでは役不足だ。まともな速度も出ないだろう。その上、条約対象兵器だから無論のことNEMESIS認証が必要だし、没落貴族程度じゃ手も足も出ないほどバカ高い代物だ。
 使い捨てにするだなんて論外、それ以前にNEMESISがもったいなさすぎる。血は何物にも代えがたい、それはどこのスフィアでも同じこと。自国の名門に滅んでくれと言ってるようなものだ、民衆のヒンシュクだって買うはめになる。
 しかし爆弾だと仮定すると、やすやすと撃ち落とすわけにはいかない。どうしたものか――コロンが思案した、瞬間だった。
「円柱に超質量反応――!」ウェスタの鋭い警告。
 身構えるが早いか、強烈な衝撃。音もなく熱もなく、コロンはただ宙に投げだされていた。
『先輩!』直後にキキの機獣が駆け付け、障壁を散布した。地面に叩きつけられ全身打撲で即死する前に、障壁で衝撃を緩和され、すんでのところで救われる。『大丈夫っすか?』
「ありがと、助かったよ。って言っても両腕イっちゃったっぽいけど」激痛に顔をしかめながらコロンは周囲を見渡した。
 掩蔽体もその陰に潜んでいたものも分け隔てなく、軽く五十メートルは吹き飛ばされていた。マリーが搭乗しているパワードスーツもひっくり返っていたが、『いったーい! 何が起こったのー!?』などと泣きごとを言いながらすぐにむくりと起き上がり、コロンを安心させた。
 重さも大きさも関係なく、イオンカウルをも貫通し、ウェスタの解析よりも尚早い魔術――。
「光学系、熱、化学系、電磁気系……自分の全測定値に著しい変動を確認。おそらく重力波、ですね」コロンと同様にぶっ飛ばされていたはずのウェスタが、何食わぬ顔で歩み寄って来て解説した。「質量分析から判断するに、二個のマイクロブラックホールによる連星をフェムト秒以下だけパルス出力させたものでしょう」
「……ミズシもやるね、重力は確かに、防ぎっこないし」重力を発するNEMESIS兵装は確かに存在する。だが一門でハムが五機賄えると言われるほど高価なもので、指向性は低く精密さに欠ける。つまり――。
「たぶん、あれはNEMESIS兵装じゃなくて、ミズシに登録されてる王鍵、重力水溶液――エア・グラビティキッドのレプリカってところね。ハムに騎乗してるのは伯爵さまってわけか」
 時には数十万人が生活する生体鋼盤を大空に浮かし動かすほどの、人間大の超高位NEMESIS結晶、王鍵。またの名をエアと言い、スフィアの領主伯だけが使役する権利を持つ。その結晶のミリ立法メートルオーダーの欠片を組み込んで開発したNEMESIS兵装がエアレプリカで、模倣王鍵などとも呼ばれる。
 レプリカともなるとさすがに出力は九十九パーセント以上落ちるが、それでも個人が持てるNEMESISやその兵装とは、雲泥の差。ただ、スフィアの航行手段と原理が露見するために滅多なことじゃ運用許可が下りない。第一、レプリカでさえ伯爵以上のNEMESISでなければ起動もままならなければ、あてがわれもしない。
 そんな切り札まで持ちだすだなんて、ミズシはよっぽど必死になっているようだ。
 だがなるほど確かに、あの模倣王鍵は逆襲の一手に値する。通常の重力兵装とは違って指向性も持っているらしい。音を発しない黙秘の爆撃が可能な、有害物質を出さないクリーンな爆弾というわけか。
 亜音速で吹き荒れる無色透明の巨大な刃。機関獣やパワードスーツを蹴散らすにはやや不便だが、ハムに搭載させたまま首都上空を飛びまわるだけで、敵スフィアに太古の災害である大地震とやらと同じ被害をお見舞いできる。どんな強大なスフィアでも壊滅必至だろう。
 もちろん首都にたどり着けたら、の話だけど。
 爆弾じゃないなら、撃ち落としてもかまわない。相手が高級爵位なら、遠慮もいらない。
「――ウェスタ。申請を」コロンは静かに促した。
「了解」ウェスタは黄金の瞳で天空を穿ち、「二機の敵性飛行体および模造王鍵をスフィア・ミミッドの脅威とみなし、議題を提出。回答率、議席の十五パーセント。うち、六十七パーセントが賛成。可決。承認。出力上限九コンマ六パーセントで許可が下りました」淡々と告げた。
 そして覚醒。地獄の炉がおこされる。



 その一時間前。
 コロンにとって学校とは喧騒に満たされた空間だった。ひととひとがかしましく四方山なおしゃべりに興じ、騒いで笑って過ごす場所だった。
 コロンたちが常から入り浸っている騎士隊控室もまた例に洩れない――それどころかミミッドにおけるやかましい空間の筆頭に挙げられ、ジュリアの部下のライラがしばしば殴りこみに来るほど――はずで、こうして静寂の中で五分も十分も沈黙を強要されたまま待たされるなど、初めての体験だった。
 今日が特別な日で、そわそわせずにはいられないほど落ち着かないとなると、尚更だった。
 口を開けばまたぎゃんぎゃんとわめかれること請け合いだから、コロンはもう何度目になるだろう、チェスの対局相手の観察を始めた。
 ふわふわした金髪の中からつきだした硬質的な螺旋の、羊型角状デバイス。小顔に乗った、形がよくてすっと通った鼻と、新緑色の瞳、きゅっと結ばれた品のいい桜色の唇、そして仕草ひとつひとつがどこか貴族然としていて、どうにも小憎たらしい。羊態LMOらしからぬスレンダーな体形だったが、それもまた上品さを助長している。
 もっとも、正真正銘の由緒あるブルーブラッドそのもの、ではあるのだけれど。
「こんにちは」磨りガラス入りの古い引き戸が、ごがががと香ばしい音を立てて開けられ、銀髪のシニョンが不機嫌な顔で部室を覗きこんできた。
「やっぱりここでしたか。コロンさん、一応魔術物理学は自分が代筆しておきましたが、次の制御基礎はちゃんと――」
「やだなァ、ウェスタ、制御の先生が受講者全員覚えてることくらいあたしもわかってるし。なんせもう二年目なわけだし」
「ならいい加減板書くらい取ってほしいものですが」ウェスタがため息をつきながら椅子に腰かけた。
「え、コロン先輩、授業でしたの? ただでさえ今年も危ないとか言ってたのに、出席しなくてはいけないのでは?」コロンとチェス盤を挟んでいた羊態の少女が話に乗ってくる。
「単位を失うよりも、ネユがここで寂しい思いをする方があたしにはつらいし」コロンはそう言いながら、ネユの金髪をくしゃくしゃと撫でた。
「べつにそんな心配いりませんわ」ネユがうっとうしそうに緑の瞳を細め、「ウェスタも、本人のためになりませんし、先生方にも失礼ですから、代筆なんてしなくてよろしくってよ。……チェックですわ」クイーンを進めた。
「ま、代筆の代わりと言っちゃなんだけど、ウェスタ、今日の晩ご飯はあたしがごちそうしてあげよう」
「結構です」ウェスタもにべもない。
「なんでよー? あたしの手料理は絶品でしょ? おもに火加減が」
「コロンさんの料理は味が壊滅的すぎます。あれならゲロでも食べてた方がマシです」
「言ったな? じゃあ食べろよ、あたしのゲロを」
「先輩もウェスタも汚いですわ……。十五にもなってゲ――えんがちょ談義なんて男の子でもしませんわよ」
「えんがちょ言うな。はい、チェックメイト。いってらっしゃい」コロンは満面の笑みで手入れの行きとどいた狼型尾状デバイスをぱたぱたさせながら、ネユを見やった。
「うぅ……おしゃべりしている隙をつくなんて、ひきょうですわ……」半泣きのネユ。
「そういうゲームじゃないから」
「何か賭けていたんですか」
「昼ご飯のパシリをね。はい、あたしの財布。いつものやつお願いねー」
「おゲロでしたわよね?」
「おゲロ言うなってば」
 ぶつくさと憎まれ口を叩きつつも、ネユはコロンの財布を受け取って、急ぎ足で購買部へと向かっていった。コロンが毎日買っているミートパイは競争率が激しく、すぐに売り切れることをネユはいつも聞かされているからだ。講義が終わり昼休みなった今、購買には生徒たちが殺到していることだろう。
「ずいぶん長いゲームだったようですが」立っている駒の少ないチェス盤に、ウェスタが無機質な金瞳を向けて言った。「ネユさんはさっきの時限は空いていたんですか」
 一年留年しているコロン、それにウェスタとネユは同じ学年だったが、階級に差があるため、ネユとコロンたちでは履修しなくてはならない単位数や科目が異なっていた。
「大陸生物学概論は選択科目だから取らなくていいとかなんとか言ってたね。あの子好き嫌い多いし」と言ってもその講義を履修する人間はめったにいない。昼食前に、毎回スクリーンででかでかと身の毛もよだつ異形の地上生物画像を見せられるのだ。
「計画的に履修しているだけだと思いますが」
「ま、あたしと違ってきちんと目的もって入学したわけだし。ホントは家庭教師でも取ればよかったのにね」
「コロンさんも見習ってほしいものですが」
「うぐ……」こと勉学に関して、コロンは消極的だった。わざと留年もした。勉強に面白みを感じないのもあるが、議会に対するちょっとした反抗の意味もあった。
 と、折りよくがーっと戸が騒々しくスライドし、「こんちわー!」マリーの元気な声が部屋に飛び込み、「こんにちはー」キキの鷹揚な声が後を追いかけてきた。
「はい、おつかれさん。マリー、そこ、建てつけが悪いっていつも言ってるでしょ。レールがイカれるからゆっくり開けなさいってば」
「だって全然開かないんですもん! コロンせんぱい、いい加減直してくださいよー」
「いやァ、部隊費に余裕がないし、先生たちはまだ使えるって言い張るし……」
「えー? 魔術でどうにかならないんですかー?」議会の老いぼれが聞いたら卒倒するか、貴重な遺伝子をそんな下らないことにしか使えないなら破門にしろとがなり立てられそうなマリーの発言。
「マリー、そんな不謹慎なことばかり言ってると、ご先祖さまにたたられちゃうよ」キキが弁当箱を広げながらたしなめるように笑う。「あの、先輩、そのくらいならたぶんぼく直せるっす」
「マジで? さっすが優等生は違うなァ。ご褒美にハグしてあげよう」ついでに艶のある長い黒髪の中に鼻先を突っ込んで、すべすべした毛並みの鼬型耳状デバイスにたっぷり頬ずりしておく。ネユに同じことをしようと試みても、角が邪魔で満足できないから、念入りに。
「んぐ……せんぱ、おべんと食べらんないっす」キキは口ではなんと言おうと、右へ左へと揺れる細長い尻尾が、嫌がってはいないことを表していた。
「あー! キキちゃんだけズルい! マリーもハグしてー」
「はいはい」コロンは笑って、マリーにも抱きつく。茶髪の中からにょっきり生えた兎耳は肉質的でふわふわしていて、思わず噛みつきたくなる。そして、キキのものと同様の、春を思わせる花弁の芳香。「って、マリーはまたキキの部屋に泊まったのね」
「ぐ……な、なんでわかったんっすか」
「だっておんなじシャンプーの匂いがするし」たぶんキキの行きつけの、輸入雑貨店の商品だろう。
「せんぱいすごい! 古典に出てくる探偵さんみたい!」キキの動揺をよそに、マリーがはしゃぐが、
「……いちお、魔法使いのつもりなんだけどね」コロンはちくりと心に傷を負ったのを感じた。
「あ、そうだ、先輩、今日はなんか準備してるっすか?」キキがサンドイッチを飲み込んで言う。
「うんまァ、とりあえずはね」
「ぼくとマリーも考えたっすけど、なんにも思い浮かばなくって。へたな物だと失礼ですし……、ウェスタ先輩に相談しても、斜め上すぎるっていうか、一周してアウトな物ばっかり挙げるんすよ」
「そうでしょうか。自分が目にした過去の文献では、AI抜きの大きなぬいぐるみは好まれているようでしたが。特にダッチ――」
「わー! わー! そこまで!」コロンは慌てて叫び、ウェスタの口をふさいで続く言葉をせき止めた。キキはその年にして理解してしまっているようだったが、マリーの教育には悪すぎた。
 やおら、ウェスタが何かを感じ取ってぴくりと反応を示した。コロンもすぐに気付いて耳を澄ますと、木製の床をローファーで激しく打ち鳴らす音が次第に近づいてきていた。足音が騎士控室のすぐ外に到達すると、荒々しくがりごりと引き戸が開かれた。
 大声を上げたものだから、ライラがまたいちゃもんを付けにきたのね、とてっきり思い込んでいたコロンはしかし、軽い驚愕に見舞われる。
 ミートパイの奪い合いでもみくちゃにされたのだろう、ペチコートをスカートの端から覗かせブラウスやネクタイを乱したままのネユが、部屋の入り口で、肩で息をしていた。
 普段から素行や身なりについてうるさく注文をつけてくるネユにしては珍しいことだ。
「あ、おかえ――」
「コロン先輩!」瞋恚を滾らせ、魔術的雰囲気下でもないのにばぢぢぢと紫電を纏ったネユが吠える。「わたくしのことバカにしてるんですの!?」
 と、言われても見当もつかず、「え? いったいなんの話――」呆然とするコロンの目の前に、財布が叩きつけられた。
「足りないぐらいならまだしも……砂一粒すらも入ってないじゃありませんの! 公衆の面前であんな大恥かかされたのは、わたくし、生まれて初めてですわ!」
「……あ」
「あ、じゃありませんわよ! まさかミミッドの領主たるネユ家の人間がパイひとつのために購買前の衆人環視の中で貧相なお財布を逆さにひっくり返したあげく自分のCPを忘れたことに気付いてブレザーのポケットを全部裏返しハンカチだのシュシュだのリップだのをぶちまけて結局パイを買うどころか購買のおばさまの同情を買ってツ、ツ、ツ、ツ、ツケなどでパイを頂くはめになるとは思いもしませんでしたわ――!」凄まじい剣幕でまくしたてるネユ。
 ネユぐらいになると、というかマリーやキキぐらいの一般的な騎士階級でも普通は、情報通信や私財管理、各種個人認識証明が一挙に可能なCP――カード型PDAぐらいは持っている。通貨素子を利用しているのは農民や肉体労働階級の家庭ぐらいなものだ。
 日ごろからCPを家に忘れてくるのは、おっちょこちょいなネユにはままあることだが、それはそれとして、領主伯というスフィアにおける最高爵位を持つネユは、硬貨素子や生活臭を帯びた財布の重さを知らないのだ。
 コロンもものぐさなところがあり、日ごろからポイントカードやら何やらを整理せずに放置していたために、コロン自身、己の財布の重さについて感覚を失っている。財布の中身を管理してなかったという点でもコロンは悪かったし、そも、賭けの内容を考慮すれば、きちんとパイ代を準備してネユに渡すのは当然のことだった。ネユには立て替えてやる義理もない。今回の件は、完全にネユが正しい。
 コロンは気圧されつつ確かに自分に非があることを認め、謝罪をしようと――本当に本心から――思ったのだが。「CP忘れたのはネユの落ち度なんだから、後半はあたしに関係ないし。ってかいい加減にその忘れっぽいの直しなよ」つい、口が滑っていた。
 どこからか、ため息が聞こえた。たぶんひとつじゃなくて、コロンとネユ以外の三人が、同時に漏らしたものだ。
「なッ、なッ、なッ、な――ッ!」ネユが全身の毛を逆立てんばかりに頭に血を登らせ、「こンのッ――バカ!」入室した時よりもなお苛烈に引き戸を開け放って、どこかへと駆け出して行った。
 一瞬にして室内に静謐が訪れた、かと思いきや、ついに暴虐に耐えきれなくなった戸がレールから外れて床に転倒。誰も動けぬまま、派手にガラスを破砕してぶちまけた。
 コロンはあまりにばつが悪すぎて、残った三人の誰とも顔を合わせられず、「……育ちの割に、語彙少ないよ、ね」さらなる暴言を重ね、再度三つのため息を誘った。
「痴話喧嘩はいつものことですが――、一応権威あるべき騎士隊長なのですから、言葉を慎んで欲しいものです」ウェスタが肩をすくめ、
「……すみません、さすがにぼくじゃ、ガラスは直せないっす」キキがおずおずと述べ、
「マリー、気まずくておべんと食べらんない」マリーが困惑して呟いた。
 コロンがぽりぽりと深紅の頭髪から飛び出た狼耳を掻きながら、弁明の言葉を探しているうちに、まるで計ったかのごとく、大気を断ち割るような警鐘が校舎に轟いた。
 第四種警戒態勢――すなわち、即時出動、その発令。
「制御基礎、出席しなくてよくなりましたね」ウェスタが冷徹に言い放つのを聞き流し、コロンは重い足取りで戦争へと向かった。



 三相転移コンテキスト。すなわち気相、液相、固相と自在に形状を変更する極小の記述式コンピュータがいつからか台頭して以来、ヒトの形態は大きく変わった。
 三相転移コンテキストは変異原性を持ち、DNAに編み込まれる形で、ヒト遺伝子そのものを書き換え、表現型の可塑性にも影響を及ぼした。あるいは自ら進んで、三相転移コンテキストを効率的に行使するために、ヒト以外の遺伝子の一部を模写した。
 俗にNEMESISと呼ばれるようになった変異遺伝子と、それに伴ってヒトがその身に手に入れた形態インターフェイスデバイス――他の生物の耳や角、尾、鱗などなど――は、三相転移コンテキストを知覚する器官となった。意識と大気中の三相転移コンテキストを中継する役目を担い、形而上の現象を三次元に記述、受肉させることを可能とした。
 ヒトが数千年の間、文化の中でのみ夢見続けてきた、まさに魔術というべき事象が、現実となったのだ。
 NEMESIS生体工学は加速度的に発展した。やがて肉体、脳、臓器、細胞の一片まで再生が可能となり、総体としてヒトは表現型を失って管理、そして事実上のナンバリング――NEMESISの血統書、遺伝子、染色体だけが意味を持つ時代となった。
 科学の行きつく先の必然、避けては通れない道として存在するヒトの完全なリソース化社会。その中で誰かが懐疑した。
 ヒトとアンドロイド、その差は何かと。
 アンドロイドの方がむしろOSの組み合わせが無限にあるために個性的だし、形態インターフェイスデバイスがない分、見た目的にもより祖先の純粋なヒトに近かったのだ。ヒトはヒトであるために、利便を捨てて停滞することを選択するしかなかった。
 NEMESIS生体工学と進化しすぎたアンドロイド技術が惹起した問題は、高速催眠学習やインプラントなどにも飛び火した。数多のオーガニズムレベルに関する議論と法改正の果てにCPとNEMESIS――つまり個人識別と血統書の分離に、ここ百年は落ち着いている。
 未だ農業だなんて金と時間がかさみまくる非効率極まりない営みをやっているのも、その一種だ。ミートパイが食べたければ、原子鋳型にその辺のタンパク質を流し込めばいいし、栄養補給だけを目的とするなら高分子やイオン注射、カプセルを一粒嚥下すれば済む話だ。
 そうしないのは、せめてクリーンなものを経口摂取し、臓器を運動させたいがためだ。線引きして少しでも生命を無理やり定義しておかなければ、ヒトは自我を失う。だから農業は廃れることなくウケるのだ。
 そういう意味で、農業国家の道を歩んだスフィア・ミミッドは利口だ。
 豊かな気候と分厚く安定した新陳代謝の超密生体鋼盤の広大な土壌を活用し、国土の実に七割が農産と牧畜にあてがわれている。国民の七割は農民であるのに対し、爵位持ち、すなわち戦闘に従事できるほどの出力のNEMESISを持つ血筋は全体の一パーセント以下。秀でた血統は片手で数えられるほどしかいないが、多種多様なLMO――種族が生活しており、純粋な自然を楽しめるという評判で連合のお偉方も別荘をよく建てている。
 経済や工業はお世辞にも発達しているとは言えず、特筆すべき文化も何もない辺境の田舎スフィア――単にそう言い切るのは憚られるようなものが、実はひとつだけある。
 遺伝子の種類が重要なリソースとして認識されている時代であるため、高い自活能力を持つミミッドは種の保全のためにうってつけの箱庭としてスフィア連合議会に選ばれ、結果、十四年前に一基の衛星を打ち上げる運びとなった。
 が、軍事目的の立派な衛星ではない。草食動物じみたミミッドの特色を色濃くする、突発的な天災や他のスフィア同士の戦争を回避しながら航行するため――名目上は、だが――の、衛星の中でも最小規模で最低機能、兵装も何も搭載していない観測機でしかない。
 そんな安物衛星でも、スフィア連合の最先端技術の結晶であることには相違ない。一国の技術力で、あの混沌に満ちた大気圏を超えるのはほとんど困難だからだ。喉から手が出るほど欲しがるスフィアはごまんといる。たとえば、現在連合議会非加入のスフィア・ミズシ。
 金属不純物を多く含む鋼盤は元素に恵まれ、炭鉱夫となるために生まれてきたような体格のいい熊態などのLMOが大半を占めているミズシは、こと工業に関しては盛んなスフィアだ。が、裏を返せば作物の作れない不毛な大地に加えて、無駄にデカくて食物を浪費する図体の種族ばかりということだ。
 特に近年、潤沢な資産に物を言わせ手当たり次第、青天井に農産物を輸入しまくったがために周辺のスフィアからは相当うとまれ、輸出も芳しくない状況にある。
 間の悪いことに他に迎合することを苦手とするLMOばかりだから、議会で叩かれるなり、連合など慣れ合いだと唾棄し、もう半世紀も前に連合から脱退している。ミズシと諸外国との関係はひたすら悪化の一途をたどっているのだ。
 そんなミズシがミミッドを取り込めば食糧問題は一気に解決、選択性の高いNEMESISも手に入り、監視衛星で軍事的にも連合に対して優位となって鬼に金棒という塩梅だ。ミズシと連合との軋轢には拍車がかかり、極論すれば、ゆくゆくは世界大戦だってありえた。
 無論、もともと連合内でも争いがないわけではない。NEMESISを奪い合い、あるいは混ぜ合わせるために、わざわざ海賊を装ってスフィア同士での略奪、侵略は日常茶飯事だ。
 だがあくまでそれはスフィアの地方同士の話だし、さすがに表立ってドンパチは繰り出さない。そのために復活した、NEMESISによるカーストの境地にまで至らんばかりの封建制度と役割分担、責任の明確化なのだ。ハムを数十機飛ばしたり、エアレプリカを持ちだすまで全面戦争に乗り切ってくるのはミズシが今世紀初めてだろう。
 つまりミズシは、今コロンの目前を飛行しているこの伯爵は、本気の本気だ。何の呵責もなく、ただ奪うためだけに全力でミミッドを踏み荒らしているのだ。



 キキが装甲した機関獣にまたがったまま、コロンは両腕が訴える痛みに喉の奥でうめき声を上げた。高強度局所低気圧と重力波が飛び交う、苛烈なドッグファイトの激しい揺れが、コロンの折れた両腕に伝播したのだ。
 機関獣が心なしか減速する。『先輩――』キキの気遣わしげな声。『やっぱり手当だけでもしてからの方がいいんじゃないっすか?』
「へーきへーき。痛いっちゃ痛いけど、任務には差し支えないし」骨折ぐらいならば、学校の保健室程度の施設でも半日と経たずに完治する。
 コロンとは違ってキキやマリーはオーガニズムレベル――たとえば騎士程度でも肉体の総質量の七十パーセント、脳の記憶容量の九十パーセントも認められ、つまりそれだけ生体であれば平均的なLMO、つまり遺伝子組み換えヒト生命体変異種族として人権を得て、おおよそほとんどの保険プランが適用される基準のようなもの――にゆとりがある。そのため戦場で前衛として戦うのに必要不可欠なジェネレータを体内に積んでおり、他者の負傷に対して敏感だ。どの程度の怪我からが重傷なのか、まったく判断がつかないのだ。
 キキが遠隔操縦している機関獣の一匹が身を寄せてくる。ずっと空を仰いだままの、ウェスタが騎乗していた。
『首都との距離、三十キロメートルを切りました。そろそろ撃墜しなければ危険だと、自分は進言します』無線通信越しのウェスタの警告。
 コロンは首肯するが、戦況は厳しかった。
 敵が放つ魔術は積分器で増幅させられているといっても、キキがもたらす急激な密度勾配的障壁の前では意味を成さない。魔術のあらゆるは絶妙なNEMESIS濃度バランスの上に成り立っているので、大気を瞬間的に乱されれば効果は激減する。範囲を拡張して広義的に記述すれば問題ないのだが、高速戦闘中にそんな神業を成し遂げられる種族は、どこのスフィアを探しても見つからないだろう。
 そしてミズシのエア・グラビティキッドレプリカは空間に依存する類の兵器なため、閉鎖空間、ないし地上、あるいはこちらの全長が重力波の振幅を越さない限り、乱気流にあおられた程度――命を脅かされているのには代わりないが――の被害しか受けない。小型の機獣に乗って空中に逃れれば、条件はすべてクリアできる。重力波の口径を絞られも射線に立たなければいいだけなので回避が可能だ。
 だが今問題となっているのは、重力波の万能過ぎる防御性能だ。物理的は当然のこと、熱的光学的手段を持ってしても貫通できない。魔術も同様。記述するための三相転移コンテキストも突き詰めれば極々微粒子なので、空間や次元を突き破って侵入することはできないのだ。
 ハムの規格速度が音速を超えるなら、音響以外はしっかり探知しているだろう。熱や光学、質量系探知でネユの居場所は一発で露見する。つまり一度雷撃を見せている以上、ネユの不意打ちも無効。
 マリーの質量魔術にしたって、万に一度うまくいくかほどの望みだし、パワードスーツは機獣で運搬できない。着脱するのを待っている時間的猶予もなかったので置き去りにしてきていた。
 同じ重力なら突破できるだろうが、ハムも所有していないのに、そんな超高級兵装は当然、このスフィアにはあるわけがなかった。よしんば持っていたとしても、相当傑出した血筋のNEMESISでなければ運用に足るとは言えないだろう。ミミッドにはそんなLMOは住んじゃないない。
「打つ手なし、か。壁を引きはがすために、あれ、使うしかないのね……」
『山のような報告書を書かされるでしょうね』まるでひと事のようにウェスタが相槌を打つ。
「あんたも書くのよ、もちろん」コロンは脳裡に浮かんだ、任務の後で議会の老いぼれどもが青筋を立てて口角泡を飛ばす光景を打ち消す。
 誰が観測しているか――たいていの場合、衛星保有スフィアに限られるが――わかったものじゃないので、本来は稼働時間にしてミリセカンドオーダー以下が望ましいはずだが、背に腹は代えられない。
「キキ、突撃して」
『了解っす』歯切れのよい即答とともに、キキがNEMESISをフル稼働。不可視の紡錘回転体が気体密度を濃縮させて機関獣の前方に強固な障壁を展開、同時に力強く踏みしめて一直線に飛びかかる。
 強烈なGを感じながら、コロンもまた、NEMESISに意識を集中する。二機のハムと、その間に吊るされた、漆でも塗装しているかのような光沢の黒い円柱が視界いっぱいに広がった。
 ハムもブースターを吹かし気味に、重力波を放たんとエアを作動。真っ向から飛び込んできた機獣に向かって無慈悲な重力錐が振り下ろされる。
 重力兵装は堅牢な大気空間そのものにして、ミズシのエアは無比である。ゆえに口径を絞っての迎撃を即断――ミズシの伯爵のその評価と判断は、おおむねでは正しいだろう。だが、過信と思考停止は害悪であることを学ぶべきだった。目に物を、見せてやる。
 閃光。そして灼熱。
 艶やかさを感じさせる、高速戦闘下ではありえない挙動で、コロンの背後からぬっと猛火が走った。ただの火炎ではない。まるで手のような――否。
 まさしくヒト属の腕状炎は、機獣とハムの間に介入し、重力錐を――。



 ――ヒトのコンテキスト、そしてミームの進化を語るにあたって、演算は外せない分野のひとつだ。
 文字すなわち定義として一次元に、表現として二次元に、実体として三次元に、次々と推移していき、電子回路で構成される固体コンピュータを皮切りに、液体コンピュータ、果ては気体、そして量子にまで、演算デバイスの進歩は及んだ。
 一般的に魔術の行使に用いられているコンテキストは、三つの相、状態を自在に、同時に、絶え間なく行き来することによって、今までにない拡張された表現を得ている。あらゆる事象を固相によって定義し、液相によって表現し、気相と量子によって実現、可能とする。現状、この三種の相を組み合わせた演算で、三次元空間上に記述できないモノはない。ならば。
 炎。
 あるいは太陽。その本性は、気体でも液体でも固体でもない、第四の態、プラズマだ。
 もし仮に、地球上には現象としてでしか存在しえないそのプラズマで、演算が可能なら。
 もし仮に、プラズマの塊である太陽を一部分だけでも恣意的に記述するNEMESISが存在したなら。
 そのNEMESISをさらに第四相、物理的にはプラズマとしてふるまうコンピュータ、プラズマ相コンテキストとしてフィードバックさせ、メタ演算したとしたら、それはいったいどの次元まで記述が、何に対して干渉が可能なのか。
 その定義、その表現、その――実現。



 まさしくヒト属の腕状炎は、機獣とハムの間に介入し、重力錐を――引っ掴んで受け止めた。
 凡人ならこの段階で、腕の正体なんてわかるわけがない。何が起こったかわからないまま、あとは焼かれて死ぬだけ。だけど。
 この伯爵はよっぽど優秀らしい。なんらかの違和感を感じ取ったのだろう、ハムが全速力で離脱しようとブースターを全開にする気配が、火炎を通してコロンの意識に直接伝わってくる。
 だが無益。なぜなら腕は二本あるからだ。
 重力錐を防ぐと同時に伸ばされていた別の炎の手刀が、逆方向からハムを急襲する。二機のハムをまとめて焼き消しかけたその時、手刀にまとわりつくものを知覚する。
 王鍵の重力壁。
 なんて反応速度。なんて実直。普通は反射的に回避に移るか己の魔術を使ってしまうが、ハムは連結されているため回避姿勢は取れない上に、コロンの魔術に生半可な魔術は通用しない。一度防がれたにも関わらず、あくまでスフィアの誇りを貫き、そして直感によって矜持を守り抜いてみせたのだ。
 コロンはコンマ以下の時間の流れの中で、素直に感嘆した。伯爵はお飾りなんかじゃなかったのね、と。
 重力壁を引き裂きながらもほんのわずかに手刀が減速した隙を縫って、ハムが何かに吸い込まれるように驚異的な加速を見せる。
 ――まずい。確実に視認された。しかも、絶対と断言していいほど、データを記録、送信され続けているだろう。
 コロンは焦燥感に駆られ、ほとんど闇雲にNEMESISを振るう。重力にさえ干渉する不可避のプラズマが、ハムを覆い、炎の鳥かごを形成する。
 フェイントにフェイントを重ね、ようやく捕えた、そう確信した矢先。今度はコロンが目を剥く番だった。
 円柱状のエアレプリカが、あろうことか、空中でさっくりと割れたのだ。
 自壊? いや、違う。ああ、くそ、やられた。まさか、初めからレプリカは。
 よくよく考えてみれば簡単な問題だった。だからこそ可能な、指向性、高強度、そして高精度。二本の模造王鍵による、相互干渉制御だったのだ。
 重力だから仕方ないと相手を過信し、思考停止していたのはこちらだったのだ。なんたる不覚か。
 そのままハムも分離。二手に分かれて炎の網の目に突撃。一機はあえなくプラズマに捕捉されて蒸発するが、もう一機は辛くも離脱。そのまま半分になったエアレプリカとともに飛び去っていく。
 ……追いつけない。無力感と絶望がコロンの心を浸しそうになる。頭が真っ白になりかけ――。
『まったく、本当に、世話が焼けますわね』呆れかえった声。いつの間にかコロンの前を先行していた無人機関獣の上で、ばぢぢぢと蒼電がほどけて光学迷彩が解除、声の主が姿を現す。突風が吹き荒れる機獣の背に立ったまま、スカートが翻ったりしないように電磁操作で押さえつけつつ嫣然とした動作で、コロンに向かって手を差し伸べる。『ほーら。コロン先輩、その役立たずな腕をお貸しくださいな』
 コロンは頷き、NEMESISを発揮。遥か頭上で、地獄の炉心に火を熾す。
 球体状に内側へ内側へと渦巻かせて練り上げつつ、炎をスフィア・ミミッドの天井たるイオンシールドぎりぎりにまで膨張させる。
 ネユが片手を軽くかかげる。羊型角状形態デバイスがばぢぢぢと電流を帯びる。たおやかに片手が振り下ろされる。
 高度な電子的干渉による電磁誘導加速と、異なる極性を帯電させての磁力誘導特性を得た、恒星のごとき巨大なプラプマが、音の障壁を突破して射出された。



 結論から言って、今戦闘の議会の評価は最低だった。
 防衛には成功し、ミズシの王鍵、重力水溶液の、とくに特性についての情報をいくつか得ることが出来た反面、こちらはスフィア連合議会最重要機密のNEMESISを六秒間も公開してしまったのだ。
 あわよくばエアレプリカを奪取し、解析しようと皮算用していた連中などは、連合裁判にかけるなどと息巻いていた。マリーがRaMEC溶断機を壊したおかげで軍備管理担当の議員に小言を食らう、などと心配していた数時間前の自分を恨んだ。
 事態は深刻を極めていた。
 エアに関する情報は規制が厳しく、一般的には連合が作成したスフィアとエアの対応リストしか公表されていないからだ。名前以外の登録は義務付けられていないので、連合加入スフィアも詳細はひた隠しにしたままだ。著名な強スフィアのエアすら、その性質は憶測しか飛び交っていないし、こういう政治的な場所でエアについて語るのはタブーだ。
 咄嗟の戦闘でコロンしか対応できなかったとは言え、議会はまんまと十五年間秘匿してきたNEMESISを晒した。ミミッドに衛星を与えられた本当の理由を、ミズシはどこからか嗅ぎつけたのかもしれない。
 だからハムを数十機投入し、戦略的にもジョーカーとなりうる強力な模倣王鍵をふたつも持ちだして奇襲した。偶然と考えるにしては、あまりに乾坤一擲そのものだ。今となっては、ミズシの熊態LMOが、隠し事は許さんと猛り狂いながらも慎重に計画を練っている様が目に浮かぶようだった。
 失態などで済まされる範疇を超えていた。これを機に、ミズシはますますもってミミッド侵攻に乗り出すだろう。
 ついでに危うく首都を大きな溶岩風呂に変えるところだった件についても、コロンは延々と説教を食らった。ネユが調子に乗ってプラズマ相コンテキストの速度を上げ過ぎたために、コロンの魔術の解除がやや遅れたからだ。
 うっかり屋のネユらしいと言えばらしいが、一呼吸遅ければ、首都の二割ほどが失われ、冗談ではすまされなかった。エアレプリカの重力とは互いに干渉するため、反らされたり防がれぬよう大きめに出力したのも原因だが。
 ちなみにコロンの推測通り、議会は衛星中継を介して戦闘中、荒れに荒れたようだ。薄暗い議場で老いぼれ連中が汚物でも見ような眼差しでスクリーンに映ったコロンを品定めし、ぼろくそにこき下ろす場面を、実際に一度は想像したことがあるが、コロンは金輪際そんなことはしないと決めている。
 議長が閉会の言葉を告げ、連合の議員たちの立体映像が議場から消えるが早いか、どっと気が抜けて、コロンは椅子に座りこんだ。NEMESISの行使で脳がパンク寸前だったところに、この心底気が滅入る議会だ。昼食を摂っていないのもあり、肉体的にも精神的にも消耗しきっていた。
 重力すら突破する不連続次元干渉記述。形而上のものにすら強引に感覚器官を作り上げることで干渉を可能とするため、理論上、四相転移メタ演算コンテキストが焼き尽くせないものはない。
 だが実際のところ、コロンはほとんど何も記述してなどいなかった。理由は単純、四相転移メタ演算コンテキストが求める代償が莫大すぎ、記述に要する、演算のためのデバイスを搭載していないからだ。
 三相転移コンテキストを散布及び記述する際の演算は、基本的にヒトの脳、形態デバイス、各種外部補助デバイスやナノマシンなどで十二分に行われる。
 それに比べて、四相転移は三相のそれとは比にならないほどの膨大な組み合わせが存在する。そもそもプラズマ相自体、高度な演算なしには使えない。二重に演算しなくてはならないため、超高速演算を得手とするウェスタの力を借りているにも関わらず、コンテキストを大気中に散布するだけで容量過多となってしまうほどだ。
 突出した干渉能力はあるものの、いざ魔術を行使しようとなると、小規模スフィア並みの超質量コンピュータが必要となって取りまわしが利かないため、軍事的には手に余る代物なのだ。
 コロンがしたことは結局、通常の魔術、すなわち三相転移コンテキストに当てはめていうなれば、NEMESISそのもの、つまり遺伝子だとか細胞の一片で殴りつけただけに過ぎない。むしろそれだけでも、常人の脳では到底耐えられない。だから、ネユの魔術による補助が不可欠なのだ。
 単体で自在に記述できればまさしく人類が夢見た真なる魔法使いとなるらしいが、それまではただの暖炉に過ぎない、とは議長の談だ。
「おつかれさまです」隣でコロンと同じく議会の詰問を受けていたウェスタが、コロンにねぎらいの言葉をかけ、「自分は先に失礼します。夕食が必要でしたら、三十分前までにご一報ください」さっさと兵舎に戻っていった。
 たぶん気を遣ってくれたのだろう。あるいは待ちぼうけを食うのが嫌だったのかもしれない。
「ごくろうさま」ウェスタが去るのを見計らっていたかのように、しっとりした声質の妙齢の女性がコロンに話しかけてきた。
 羊態のLMOらしく、しかし娘とは大違いな肉づきのいい身体と、ふわふわした金髪、垂れ目がちな緑の瞳。嵌められたNEMESIS制限デバイスの大きな首輪が痛々しかったが、いつもと変わらない柔和で人畜無害な笑顔を見て、コロンの頬も自然と緩んだ。
「お久しぶりです、おばさま」
「えっと、その……、だいじょうぶ? 怪我、痛まない?」女性は少女のような無垢さで、コロンを思い遣ってくる。
「見ての通り、へっちゃらです。あたし、身体は丈夫な方ですし」コロンは力瘤を作って見せる。議会に出頭する前に、折れた腕は完治させていた。痛いとか不便とか以前に、このひとが悲しがると思ったからだ。
「そう、よかった。あのね、ご飯、ちゃんと食べてる?」
「育ち盛りですもん、いくらでも食べますよ。あ、以前頼んでたもの、ちゃんと届きましたよ。手配してくださって、ありがとうございました」
「ふふ、よかった。こんなことしかできないもの、いくらでも、力になるわ。コネは使わないと、もったいないし、ね。そうそう、それで、それでね――」まるで実の娘に語りかけるような微笑み。
 ずきりとコロンの胸が疼痛を孕んだ。あたしさえいなければ、今頃このひとは――。
 第四のプラズマ相を応用したメタ演算コンテキストの進化自体は、何世紀も前に示唆されていた。ゆえに連合の研究機関はもう随分と前からNEMESIS遺伝子の交配実験を続けてその可能性を現実に求め、思考錯誤を繰り返していた。そして――。
 魔女。
 のちにそう畏怖を込めて蔑称されるようになり、LMOでありながらも王鍵として規定され、炎の心臓曲線と名付けられたそれは、十五年前に完成した。
 だが同日、連合が研究機関を置いていたスフィア・ナギミは消滅。
 四相転移メタ演算コンテキストを用いてロウソクの芯を加熱して火を灯す簡単な魔術を行使する、と連合に通信報告した直後のことだった。ただ暴走したのではない。最小出力にして、四相転移の魔術はそれほどのポテンシャルを持っていたのだ。
 大地が滅びヒトが天空で生活し始め、神にさえ漸近するかという時代に生み落とされた、紛うことなき神代の魔術。
 連合の老いぼれどもは初めて火を見た生き物のように、極端に炎の心臓曲線を恐れた。魔女は心臓を焼かれるべきと主張した。
 右派は許さなかった。新時代の幕開けだ。魔術がそうだったよう、にいずれ使える日が来る。次世代遺伝子、その黎明だ、と。
 議論は白熱した。一朝一夕では収まりがつかなかった。事故と炎の心臓曲線を隠蔽するためでしかなかった偽装戦役でさえ拡大、やがて政治的問題をも誘発し連合同士での謀略、テロ、武力抗争にまで発展するかと思われた、その時だった。ミミッドに白羽の矢が立ったのは。
 スフィア・ミミッドは連合の中でも最低の経済水準だった。スフィア自体、強豪スフィア同士の争いに巻き込まれぬよう、避けるように辺境のまた辺境をひっそりと、かと言って他国に文明レベルをつき離されないために、ある程度国交が出来る最低限の距離を付かず離れず航行している草食動物そのものだった。穏やかなスフィアの地理をも利用して農業国家となり、今の今まで他国に目をつけられずにのんびりとLMOを育んでいたのだ。
 当然の帰結として、ミミッドのLMOたちは閉鎖的、保守的な思考を遺伝子に染み込ませていく。
 ミミッドを代々治めてきた領主、ネユ家もまた例外にはあらず、平和ボケして政治的手腕を――もとからそんなものを持っていたのかは甚だ疑わしいが――鈍らせていった。連合に加盟したのも、一種の思考停止。全スフィアの八割近くが参加していたし、法令のほとんどはミミッドに好ましいものだったから、草食動物としては至極当たり前の流れだった。
 連合は、そんな事情はすべて承知の上だった。
 ミミッドは連合への奉公の意味を履き違えていた。連合は示し合わせて、ミミッドを陥れた。魔女の災害を知らされぬまま、衛星を与えられ、優遇され、持ち上げられ、数々の条約を熟考させられぬまま飲み込んだ。
 当時のミミッド領主は急遽設けられた連合議会特別議員とやらに召し上げられ、自動的に領主伯を剥奪、議場がある大使館に軟禁、実質的な人質となった。
 まだ生まれて間もない娘が領主を受け継ぐも、そこに加えて上位騎士の位も与えられた。栄誉ある、全スフィア屈指の名家の仲間入りと同時にそれは、地位をそのままに、連合の傀儡となる側面を持っていた。すなわち連合のいかなる命令も、自分の名と責任において実行し、臣下たるスフィアに下さなければならず、権力を持たされた奴隷に他ならない。
 ミミッド領内においてはあるじでも、連合にとっては騎士でしかないため、ミミッド固有の王鍵である乾の霆郭――エア・エアライデンさえも、何かと理由をつけてネユ家を言い含めて公共化して封鎖。その代わりに、と嘯いて、災厄の種たる炎の心臓曲線を、新たにエア・カージオイドオブフレイムとしてすげ変えて登録され、植えつけられた。
 もちろん炎の心臓曲線にはスフィアを航行させる機構はなく、乾の霆郭はエア・エアライデンとして権能だけ停止されたまま依然機能しており、ミミッドをこの天空に持ち上げている。
 辺鄙で取り立てて価値もなさそうなスフィアは魔女を幽閉し、隠蔽する檻として恰好の生贄羊にされたのだ。
 かくしてミミッドは連合議会に乗っ取られた。何をするにしても連合議会の承認なしに、ミミッドは自国の開発さえできなかった。司法、立法、行政、軍事さえも牛耳られ、統制、規制された。表面的には新しいエアは領主たるネユ家の所有物だったが、実態は違う。監視役として送り込まれた一体のアンドロイドと一基の衛星によって、炎の心臓曲線とスフィアは完璧に管理された。
 魔女の誕生によってネユ家は引き裂かれ。治めてきた土地も正当な権利も穢され。所持していた領主たる証の王鍵、乾の霆郭も公共化されたために自由にできず。名ばかりの、形骸だけの貴族となり果てた。
 しからばネユ家にとって魔女はまさに怨敵、憎むべき相手でしかないと言うのに、このひとは議会があると毎度、こうしてコロンと話をしようとする。無碍にできず、初めはコロンも仕方なく相手していただけだったが、いつの間にか親しみを覚えていた。あるいは単に――母という存在を羨んでいたのか。
「それで――あの子はどうかしら?」ためらいがちな、羊態の女性の問い。
「……元気に、してますよ。学校にも毎日来て、しっかり勉強してるみたいです」
 騎士なら騎士らしく。学校に通って、民衆と同じ目線で生活し、スフィアを守るための戦いに身を投じる。それが誇りと母を守るための、ネユの最初の選択だった。掘り下げれば、自分を追い詰め、侮るはずでしかない苦行だろうに。
「……そう」軽く頷いただけだったが、心の底から安堵しているのが見てとれた。「あ、そうだ、何か必要なものとか、ないかしら? ご褒美って言ったら怒られちゃうけど、なんとか頑張って、あなたの隊の予算、下ろしてもらえそうなの」
 せめてもの償いなのかもしれない。言外に伝えたいことを、コロンはしっかりと理解した。このひとは、たとえ血の繋がった親だったとしても、娘に贈り物ひとつできず、名も呼べない立場にある。
 娘の姿を網膜に焼きつけることが許されるのは、戦争での衛星中継を介してのみだ。娘が他人を手にかけるか、危険な目に遭わされている場面しか、このひとは知らない。たとえ今日のような特別な日でも、まともに顔を見ることさえ禁じられていた。
 十四年間も――ネユを産んでから一年も経たず、一年もその腕に抱くことなく、一年も寝食を共にしないまま奪われてからずっと、このひとはここで、たったひとりで耐えているのだ。
「扉を――」コロンはすぐに思い至って、口にしていた。「学校の騎士隊控室の、扉が壊れちゃったんです。衛星中継で見てたと思いますけど、結構おっちょこちょいなんですよ、あの子。修繕費出してもらえると、壊した本人は喜ぶと思います」
「あらあら」羊態の女性は目を丸くして、「物に当たるような子に育っちゃったなんて、ネユ家のメイドも、子育てが下手なのね……でも、本当に元気そうで、よかったわ」くすくすと、童女のように微笑んだ。



 件の伯爵はふたりとも、ミズシでは名のある英雄だったと聞いた。
 きっとふたりの血筋は、数十年、あるいは百年にも及ぶ歴史を築いてきたのだろう。それを一枚の引き戸のためにぶち壊して踏みにじり、戦争の価値を捻じ曲げたのはコロンだった。
 板きれ一枚のために、ミズシでは数千人が泣くのだろう。
 板きれ一枚のために、ミズシは多大なる遺伝子の犠牲を払い、弱小スフィアがひっくり返るほどの軍備と模倣王鍵をふたつも失った。
 それが真実の、命と血の重さ、歴史の重さだ。ほんとうに、お笑いぐさだ。
 こんなことを五年間も続けてきた。もう慣れた。義務だし、役目だし、そういう遺伝子を持って生みだされたのだから、抗いようがない。コロンにとって、自分自身をも守りとおすために、必要な感情の整理だった。
 さだめなのだ。年齢や性別、個人の主張など、血統と家柄だけが物を言うこの時代では関係ない。校内でも爵位をもつ家のこどもによる部隊が編成されている。騎士や男爵の家に生まれれば否応なく、魔術感覚的クリティカルマスを迎えてNEMESISを申し分なく操れるようになる頃――ちょうど第二次性徴が訪れる頃には、前線で戦う義務を負う。
 ミズシみたいに、衛星欲しさにちょっかいを出してくる輩を追い払ったり、NEMESISや食糧を奪いに来る手合いを返り討ちにする日々を送るのだ。炎の心臓曲線の存在が露見した今では、もっと大勢のスフィアが攻めてきたり手を出してくるだろう。人口の九割九分以上が爵位をもたないミミッドではなおのこと、こどもが招集される確率は高くなる。
 もちろん、魔女という特級爵位をもつコロンは、十歳の誕生日を迎えるなり指令を受けて出動させられた。そして襲撃してきた海賊三十人を、その呪われた炎で焼き殺した。
 存在と遺伝子情報が公になれば問題になるコロンは、個人証明となるCPも持たされず、NEMESISの登録と認証を要する機器の単独仕様も禁じられ、申し訳程度にヒトとしての名前と爵位だけを与えられ、王鍵として扱われていた。
 爵位にしたって便宜的なもので、コロンを操るための方便でしかない。都合が悪くなればすぐに王鍵に人権はないと議会は吠えたてる。さらにスフィア登録リスト上では所有者はミミッド領主たるネユだから、そのネユの権限と責任を盾にして、ネユの支配者である議会がコロンを制御する。時にはネユの母の存在さえちらつかせ、遠回しに脅迫する。
 だから何度も何度も、ゴミでも焼くみたいに、ひとを殺した。
 最初はもちろんイヤだった。億劫と感じたりとか、理不尽さに憤ったりだとか、面倒臭かったりしたわけじゃなく単純にコロンは恐怖したからだ。怖くて怖くて怖さのあまりに、十歳にもなって毎夜々々枕を濡らしていた。
 そんなものも、五年も続けて慣れてしまえば案外、悪いもんじゃなかった。可愛い後輩や頼りがいのある仲間と、いつの間にやら責任感やら義務感まで持っちゃって、自分の居場所を発見できて、まったくもってよくできた、高度な洗脳なんだなと心から思う。
 でも本当に、今となっちゃ、案外悪いことじゃないと感じてる。あたしに与えられた、戦争ってやつは。
 ――これは罰なのだ。そう、無上の害悪に染まったあたしを焼いて浄化する、灼たかな炎なのだ。
 コロンは、自分が生を受けたことで誰がどのような悲劇をかぶさったのか、自分がいかに罪深い生き物なのかを理解したとき、自分に戦争を与えられたのは運命だと信じて疑わなかった。戦争に真っ向から立ち向かい、そして享受した。甘んじて飲み込んだ。救いだと思った。罰を受けられると。これで罪を購えると。
 神に近づいた罰。
 化物として生まれた罰。
 何の罪も悪も持たぬ羊を侵犯した罰。
 汚れた魂を対価に、戦争を薄っぺらだと貶め、歴史を下らないと軽んじる――そうでもしなければ、コロンには、十五歳の少女にはあまりに荷が重すぎた。そうでもしなければ、自分が延々と罪を重ねていることを、認めて発狂してしまう。だが狂うなどという甘ったれた救いは、途中下車は許されない。きちんと正気を保ったまま、責務を果たさなければならない。
 まだまだ足りないのに。まだ焼き足りないのに。この世のすべての邪悪、羊を生贄に捧げようとする者すべてを、あたし自身の罪とともに焼くまでは、立ち止まれないのに。塵芥のような汚穢相手に狂ってなどいられない。
 だから、戦争と扉一枚分とを等価にすることこそが、あのふたりへの罪滅ぼしだった。



「そういえば事務の人が、小さなお客さんたちから預かり物があるのでご足労ください、って言ってたわ」別れ際に、羊態の女性はそう教えてくれ、「それから、例の物、何に使うかはあえて詮索しないけれど、あの子を、よろしくね」励ますように、悪戯っぽくウィンクした。
 議場を出て大使館の事務所に行くと、安物AIの無愛想なアンドロイド受付嬢が無言で薄桃色の封筒を突き出してきた。
 受け取ってすぐに封筒の中身を確認すると、ほのかに甘い匂いのする、輸入品のおしゃれな便箋が収まっていた。電子的メッセージがいかに有用性を誇示しようと、いつの時代になっても実質的に形として残る手紙というものは、女の子の根強い人気を獲得していた。
 小粋というか瀟洒というか、こういう細かな部分でセンスを発揮するのは、キキしかいない。
 内容はどうあれ、ひとりっきりで読みたくて、コロンは風通しのよくなった騎士隊控室を訪れていた。兵舎に戻っても監視役として同室に割り当てられているウェスタがいるし、扉が壊れた際に散らばったガラスを掃除しようと思ったからだ。
 出動命令が解除され、部活動に励みに来ているたのだろう、生徒の何人かは学校に戻って来ていた。校庭から響く威勢のいい掛け声を聞きながら、ほったらかしにされていたチェス盤とガラス片を片づけて机に腰掛け、再度手紙の封を切って便箋の几帳面そうな文字を目で追った。

『小論田先輩へ。
  怪我、大丈夫っすか? 運転へたくそでごめんなさい。でも
 元を糺せば、根湯先輩を怒らせた先輩も悪いっすよ? 先輩た
 ちは、しょっちゅう喧嘩してはすぐ仲直りっての繰り返してる
 っすけど、喧嘩するほど仲がいいとか、心の奥底ではちゃんと
 理解し合ってるから大丈夫だなんて誤解してお互いに甘えてな
 いっすか? しっかり通じ合ってるつもりでも、実は結構すれ
 違ってて――』

 などから始まった、苛立ちが滲み出た文面によるありがたくも長い忠告に、慰労の意を期待していたコロンはめげそうになりながらも読み進めていくと、

『今日はこの辺にしといてあげますけど、あんまり楽観視してる
 と痛い目見るっすよ。あと、今日はお疲れさまっす。先輩があ
 んだけこてんぱんにしたんだから、水主はしばらく御三堵に攻
 めて来ないでしょうし、しっかり療養してくださいっす。では。
                       木岐より。

 キキちゃんがいっぱい書いたからマリーの分なくなっちゃった
 けど、せんぱい! おつかれさまでした! はやく元気になっ
 てくださいね! あとネユせんぱいには、なるべくはやくあや
 まっちゃってくださいよー! あとあと、ネユせんぱいに、よ
 ろしく言っといてください! それじゃあ、また明日、学校で!
                       麻理衣より。』

 キキは十三歳にして、聡い子だった。マリーが目を通すことへも気を配ってるのだろう。ミズシが攻めてこないわけがない。ミミッドはこれから、戦場になる。ふたつも年下の子が、そういう配慮をしなくてはならない残酷な環境を如実に突きつけられたようで、やりきれなかった。
 だが手紙を読みながらコロンは、自分の顔が綻ぶのを止められなかった。先輩思いの優しい子たちに支えられているからこそ、コロンは今こうして、正常な日常を満喫できているのだ。キキやマリーの存在を感じるたびに、コロンはいつだって嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「何をにやけているんですの?」
 突然声をかけられ、コロンは狼型尾状デバイスを覆う毛が逆立つほどびっくりして弾かれたように頭を上げた。
 控室の戸口に、貴族然とした金髪緑眼の羊態LMOが仏頂面で立ち尽くしていた。母親の体形とはかけ離れたスレンダーな身体つき。一度、爵位ごとに区別され割り振られた兵舎に戻ったはずなのに、学校指定のブレザーとブラウス、プリーツの入ったスカートを穿き、ご丁寧にネクタイまできっちり締めたままだった。
「なんだ、ネユか……驚かさないでよ」手紙をポケットに仕舞いながら、コロンはほっと胸を撫で下ろした。
「なんだとは随分なご挨拶ですわね。議会はもう終わったんですの?」
「あァ、うん、世界中のばばさまたちにたっぷり絞られちゃったよ。あと――、おばさまにも会ったよ」
「……そう、ですの……。その、議員さまは、何か仰ってましたか?」
「元気そうでよかった、ってさ。ちゃんと、おばさまは見てくれてるよ」
「……そうですか」軽く頷いただけだったが、肩の荷が下りたかのように、ネユの表情が柔らいだのがわかった。
「ところで、ここになんか用でもあるの?」コロンは気になっていたことを訊ねた。あとで部屋を訪れる予定だったコロンとしては、手間が省けて助かった。
 ひょっとしたら居留守を使われて会ってくれないかも、とまで心配していたのだから。
 ネユはわずかに顔をそむけ、「扉に止めを刺したのはわたくしなんですから、ネユ家が責任を持って修理費用を出すことにしたんですわ。ハムはともかく、ただの扉一枚なら大した額ではありませんし。そのための規格とか型番とかを、調べに来たんですの」
「それならもう解決したよ。あたしが注文しといたから」
「パイひとつ買えませんのに?」ネユは昼間の諍いを相当根に持っているらしく、的確にコロンの心をえぐってきた。今日が何の日か考慮すれば、当然でもあった。
「うぐ……買うのは議会だよ。それと――その、ごめん。昼の一件に関しては、あたしが全面的に悪かった。謝る」
「ま、まァ、わたくしも大人げないところがありましたし、コロン先輩から謝罪してくださった以上、これにて落着、でかまいませんけど……なんだかいつになく、やたらと謙虚ですわね?」
「いやァ、可愛い後輩たちに怒られちゃったからね。で、お詫びと言っちゃなんだけど」ちょいちょい、と左手でネユに手招きして、右手をポケットに滑り込ませあるものを探り当て、
「……?」
 怪訝そうな顔で無防備に近寄ってきたネユの手を取り、ほっそりした指にそれを嵌めてやった。
「十四歳の誕生日、おめでとう。うっかり屋さんなネユお嬢さまに贈り物、です。これなら、忘れないでしょ?」
「これ、は……」ネユは大きく目を見張って絶句した。
 シンプルな指輪だった。が、単なるシルバーアクセではなくれっきとした外部デバイスで、ソフトウェア的には一見リミッターをかけてプリペイドウォレットを模しているものの、その実、NEMESISでの認証によってCPとのインターフェイスにもなるデバイスだ。
 CPとNEMESISの乖離が義務付けられている今、連合の国際法令に抵触すれすれのブツでもあった。ネユの母親の、議員としての伝手を活用して、格安で――それでもコロンの財布から砂一粒取り除かれるほどの額を積んだが――取り寄せてもらったのだ。
「こんな高そうなもの――どおりでお財布の中身がすっからかんだったんですのね」ネユは指輪をつけた瞬間にNEMESIS認証を仲介して、それがどれほどの棘を含んでいるのかを完全に掌握していた。ネユのNEMESISをもってすれば、リミッターを解くのも朝飯前だ。
「ま、おばさまにだいぶ手伝ってもらったけどね。あ、おばさまも、おめでとうって言ってたよ。キキと、マリーもね。たぶん、ウェスタも」
 ネユはじっと指輪を穴が開くほど見つめたまま、口を閉ざしていた。気まずくなって、コロンは聞かれてもいないことを、わけもなく喋り始めた。
「あー……、その。言い訳じみて聞こえるかもしんないけど、たぶん、意地張っちゃってたんだよね。ほら、あたしたちお互いに鈍い癖に、そそっかしいとこあるし、なんていうのかな、思い込みが激しいし。だからあたし、もっと素直になろうって、思ったんだ」
 その第一歩としての茨の指輪だったはずだが、渡す直前までつまらない意地を張ってしまったばかりに、たかだかミートパイなどで喧嘩してしまったのは、自分らしいのかもしれない、とコロンは内心で苦笑する。だけどもう、腹を決めた。
 社会的にも倫理的にもひとの気持という観点でさえ、ひとりの人間をがんじがらめにしてしまうその枷を、ただ渡すだけでなく、コロンは自らの手で嵌めたのだ。
 ネユの左手の、薬指に。
 遺伝子がちからを持つなら、婚姻やそれに関わる文化もまた、深い意味を持つ。一見、侮辱とも取られかねないし、おこがましい行為でもあった。コロンは家族を分断させた張本人だったからだ。しかし、だからこそ、守ろうと誓った。すべてを投げ打って、ネユと、ネユの母のために、この心臓に宿る魔女の血液を燃やすと決意したのだ。
 そしてネユは、ただしく意図をくみ取ったようだった。「……わたくしの所有物の癖に、よっぽどわたくしを束縛したいんですのね」
「プロポーズのつもりだけど?」コロンはすっとぼけた。だが間髪いれずに、自分がいかに覚悟を決めているのかを、コロンは提示した。「それ、受け取ってくれる? ――くるわ」
 そのたった一言で、姓ではなく名を呼ばれたことで、ネユは完全に凍りついた。
 NEMESISとCPを分離した法令、血統と個人を区別しようという連合の活動は、本来個を保護するためのものだ。だがNEMESISは遺伝子であると同時に姓であり、相手のNEMESISを無視したり愚弄することは、その家族と、個人の存在すべてを否定し中傷することに直結した。LMOたちに深く根を張るNEMESISを誇る気持ちと依存しきった文化は、そう簡単に払拭できるものではなかったのだ。
 逆説的に、NEMESISがさらに重みを持ち、より意識し始める結果となった。NEMESISにようやく付随していただけの個人は価値を薄めていった。
 親にも学校の先生にも、相手の家門を辱めるなと教えられて育つ。それが全スフィアの道徳だった。
 ゆえに血と家名が何よりも意味を持つこの時代ではどこのスフィアにおいても、相手を敬う意味を込め、愛称すらも姓を何より重視して呼ぶのが習わしだ。名を呼ぶのは、血縁か、生みの親か、姉妹か、――交配相手。
 めおと同士のみだった。
「……ぇ、あ、の、それ、って……え?」整った顔に浮かぶ戸惑い。
「くるわ。あたしじゃ、だめ?」
「だ、だめじゃ、ありませんっ、けど……っ、でも、でも、でも――っ!」消え入りそうな声。
「じゃあ、なんで? 禁断の恋ってやつだから?」
「そ、そうじゃなくて、い、遺伝子が、交わらないだけ、まだ、健全ですわ……でも、」
 遺伝子。その言葉はどうしてだか――コロンの下腹部にがつんと来た。
「なら――いいよね? くるわを、あたしのモノにしても」気付いた時には本能に従って、コロンはネユを抱き寄せて桜色の唇に口づけていた。
 初めは強張っていたネユだったが、次第に力が抜けていき、その細い肢体をコロンに預けていった。薄い唇から伝わってくる熱に、コロンの頭は真っ白になった。たかだか四十度弱の唇と唇が触れているだけなのに、とろけて、溶けて、溶接されてしまいそうだった。
 徐々にネユも唇を押しつけ始め、そしてすがりつくみたいに、コロンのブレザーをぎゅっと握ってきたのがわかった。半ば抱き合うようにして身体を寄せ合い、無意識的にコロンは尾状デバイスをネユの腰に絡めていた。
 やがて歯と歯がぶつかり、いささか驚いて身を離してしまわなかったら、そのまま恍惚の中で、永遠にくっついていたかも――そう錯覚するほど、甘美すぎる体験だった。
「……いやらしいひと」弛緩し、ほどけきった、華奢でありながらも嗜虐心をくすぐる蠱惑的な肉体。翠緑の瞳は潤み、発熱したみたいに、てのひらから伝播するネユの体温はすっかり上昇していた。
「これから、もっとやらしーことするって言ったら?」
「――っ!」ネユは耳まで真っ赤になってあからさまに動揺し、同時にあっちへこっちへと目を泳がせた。
 矜持と欲望に板ばさみにされて、意志が揺れ動いているのが見てとれた。さきほどの接吻で愉悦の一片の味を知り、堕落が内在させる被虐的な陶酔と情愛が持つ快楽を、ネユは本能で察していた。
「……ね。あたしのことも、名前で呼んで」そんなネユの背中を押してやるために、コロンはきちんとした言葉での回答を、促した。
 何度も呼びたかったし、呼ばれたかった。その口、その声、その瞳で。
 この先ずっとずっと、長い一生を終えるまで。
 ぱくぱくと口を動かすも、ついぞコロンの名前が出てくることはなかった。「ぅ、ん、……な、なんだか呼ばれるより、は、恥ずかしい……、ですわ」ネユはさらに幾分か赤くなった。
「そんなことないよ。あたしは呼べるよ」耳朶に口を近づけて囁く。「くるわ、くるわ、くるわ。ほらね? 呼んで。くるわも」
 さながら魔法の呪文を唱えたかのように、名を呼ぶたび、ネユが肩を震わせ、コロンのブレザーの裾を掴む手に力がこもった。
 十四年前に母との間を引き裂かれ、今日十四歳になったネユは、物心ついてから今まで、誰からもその名を音声にされることがなかったのだ。
「ふ、は、ぁ、っ……、ゃ、ゃめっ――」
「やめないよ。くるわがあたしの名前を呼んでくれるまで、ずっとこうして耳元で、くるわの名前を、くるわ自身に刻み込んであげる。くるわ、くるわ、くるわ、あたしのだいすきな、くるわ」
「ん……っ、くっ、ぅん、――、り、こ――!」
「聞こえないよ。ちゃんと呼んで。くるわの声で聞かせて、教えて、あたしの名前を。あたしを、くるわのモノにして」
「んっ、……ぁ、……んんっ、……りりこ――!」
 たった一言、たった三文字だけの名前を口にするだけで、ネユは百メートルを全力疾走したかのように頬を上気させ、息も絶え絶えになっていた。ほとんど涙ぐんで、今にも泣き崩れそうだった。実際、ネユは膝をがくがくとひきつらせ、コロンの助けなしには立っていられないようだ。
 ネユが愛おしくて愛おしくてたまらなかった。今この瞬間をもって血や家柄など関係のないたったひとりの人間同士として、お互いはお互いの、永劫交われぬ所有物となった。その衝動に身を任せたまま、コロンは再び唇を重ねようとして。
 ――ぐう、と小さく、腹の虫が鳴った。
 ネユは一瞬だけきょとんと間の抜けた顔をして、そしてくすくすと笑みを零して目じりの涙を拭きながら、「……せっかく、このわたくしが、名前を呼んで差し上げたのに、お腹で返事するなんて。りりこのおくちは、ここにあるんですの?」ゆっくりとコロンの腹の上に、人差し指を這わせてくすぐった。
「だって、誰かさんがミートパイを買い損ねたから、お腹空いてるんだもん」それまでずっと優位に立っていたはずのコロンだったが、急に決まりが悪くなって目を反らした。
「誰も、買えなかったなんて、言ってませんわよ」がさごそとハンドバッグを漁り始めるネユ。飾りっ気はないが趣味のいいバッグから出てきたのは、購買部の真空パックだった。「ちゃんと、ツケで頂いたと、そう申し上げたじゃありませんの」そのまま封を切って、ミートパイを取り出し、「半分なら、差し上げてもよくってよ、……りりこ」
「……ありがと、くるわ」
 そのまま身を寄せ合って、ふたりで冷たいミートパイを食べて、兵舎の門限の時間まで、他愛のないおしゃべりをした。



 翌日、学校にはある噂が流れた。いわく、ハムに手が出ないのはまだしも、ネユ家はミートパイも買えないほど貧困に喘いでいる、と。
 農民出の子が半ば恐慌に駆られたり、憐れみの視線を向けられたり、あるいはやっぱりか、という諦念の意が校内を満たした。
 昼休みになるとネユは、コロンを除く学校の人間全員にミートパイを振る舞った。
 コロンとは三日間、口を利かなかった。


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