FC2ブログ

DMP

シーズン6とかそのへん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ForbiddenGraveFruits第二話「ZYX」4/4

続きはいつになるかわからんけど次は日常回。でも3-4話が一番山場かも?


 予想に反せず、エネミアが追う棺を担いだ人物は、古教会へと向かっていく。壁から壁へと移動する芸当はポーラも得意としていたが、移動速度と距離がポーラとは桁外れだった。ヴィヴィレストから何か連絡があったらすぐさま動けるようにと、小回りが利き、車と車の間をすり抜けられるスクーターを盗んだのは正解だった。
 おそるべくは棺のような形のそれから射出されるワイヤーが、確認しただけで四本だけであり、その四本を原理的には引っ張るという力のみで、空中での高速移動、方向転換、急停止までやってのけていることだ。扱っている者の技量もあるのかもしれないが、明らかに棺そのものが、現代の技術を凌駕した何かであると疑ってかかるには十分な代物だ。エネミアには工学や科学をかじったほどの知識もないが、それでも異様さだけははっきりと感じ取っていた。おかしな挙動をみせているわけでもなし、悪魔の業ではなさそうだったが、そう、動作に淀みがなく、滑らかすぎるのだ。
 今の機械ってのはここまで人の意のままに、まるで手足のように動かせるものなのか? 銃は引き金を絞れば一秒も待たずに弾丸を放つが、それは銃の構造が簡単なだけだ。ワイヤーを放出したり巻き戻すこともそこまで難しくないだろう。だが引き戻す速度や長さ、タイミングの絶妙さを、しかも四本も、いつどうやって計算して制御しているんだ?
 このままでは埒が明かないか、いずれ撒かれるとエネミアは危惧した。先行する者の行先は古教会だと決め込み、進路を変更。スクーターをひるがえして近道に滑り込む。
 高度すぎる、あるいは未知――未だ世間に知られざるはずの――とさえいってもよい技術力。そんなものを保有している組織は限られている。DGVを作ったやつらだ。単に、施設、とだけ称されていた連中だろう。施設はテロが起こったときに解散したと、あの蛇女、軍時代のエネミアのおねえさまは言っていたから、その系譜か残党か。いかにも軍の特殊部隊が好みそうな兵装――そう、こいつはきっと兵器に準ずると思って差し支えないもの――だが、少なくとも州軍のものではないだろう。やつらはまだ、あれを消化しきれていない。代理戦争すらままならぬ現状では、オモチャにかまけている余裕もないはずだ。
 エネミアは背筋に冷たいものを感じた。そういう発想はできなくもなかったが、あまりに馬鹿馬鹿しすぎて唾棄した仮定だった。すなわち――もしアマタが施設の残党で、テロも戦争も内戦も、本当にアマタが意図したものだったとしたら? ありえない。こんなイカれた社会を作ったとして、一体どんな利益があるというんだ? 第一そんなこと、あらゆる人間を有無を言わさずに恣意的に操作する取扱説明書でもない限り、不可能だ。
 古教会への道のりはまだ半分だったが、一度スクーターを止めて傘を開く。同時に、
『ズィー! 壁を出して!』
 すぐ真後ろから少女にがなりたてられて、エネミアは危うく飛びあがるところだった。ベルトに挟んだ拳銃を抜いて、傘を盾にし、通ってきた道を振り向くも、無人。おかしい。髪に鼻先が突っ込まれていたような、そんな距離で叫ばれたように感じたのだが……。
『あれはそんなに痛くはないけど、おまえたちが食らったらたぶん死ぬ』
 今度は別の少女の、落ち着いた声。どういうわけか、やはり今来た通路から聞こえて――。
『おいおい、ひとりで狩りはできねェんじゃなかったのかよ!』
『できない。theSpikedがどこからか狙ってる』
 いや、――違う。声は、傘から聞こえてきている。エネミアの悪魔たる傘は、魔性と物性を兼ね備えたアンテナの役割も果たす。傘が魔性による空気振動を受信し、音声として解析したのだ。魔性のエネルギーは大気中で減衰しにくいがために、どこか遠くの悪魔使いの会話を拾っているのだろう。これまでこんな経験はなかったが、今までに一度は想定したことだった。問題はこの少女たちがどこのどいつか、ということだが、そうこうしているうちに探査に空中を駆ける者が飛び込んでくる。二ブロックも離れていなかった。相変わらず標的は躊躇いなく飛びまわっている。初めて正面にまわれたので分解能を上げて精査する。顔のつくりまではわからないが、身体の形からして標的は女だ。
『長くはもたない。何か考えて』
『考えてって言われても……上のやつ、使って』
 依然として洩れてくる会話の内容から察するに、向こうもお取り込み中らしい。やや気になるところはあるが、こちらはこちらで忙しくそれどころではない。標的――棺女としておく――の動きが変わったことが、探査越しに察せられた。
 棺が地上を走る日本車に向けられる。ペットボトルほどの大きさの筒が高速で射出される。そして日本車の真上で炸裂。ライフル弾を撒き散らした。周囲の建造物のガラスが一斉に砕け散る。日本車は悪魔の壁のようなものに守られ、走行に支障はないようだったが――。
『次から次へと……本当に疫病神だったみたいね。片割れも、見つけたわ』
 エネミアはひどいめまいを感じていた。あのトヨタの主と会話の主は、同一人物であるらしい。繋がった。すべて繋がっていた。しかしよくもまァ、ここまで都合よく回りくどい演出をしてくれたものだ。
 棺女は古教会に向かっていたのではなく、古教会へ向かっていた教会の兎たちを追っていたのだ。それも単独ではなく、地上のライダーと連携して攻め立てていた。
 ブティックのあたりで兎たちと暴れていたのは悪魔憑きか、悪魔祓いだ。棺女の攻撃手段と一致しない――ということは、ぴったりとトヨタに張り付いているライダーは悪魔を持つ者か。フレデリカや棺女と含めると、兎たちは同時に三人から命を狙われていることになる。教会を快く思う人間はウォルト州にはいないため、おかしな話ではないのかもしれないが、それにしたって多すぎやしないだろうか。となれば、フレデリカと棺女、ライダーは三人とも同じ勢力。つまりアマタの配下――そう考えるのが自然だろう。
 トヨタはいつの間にか一ブロック先にまで迫っていた。
 教会の壊滅、それはエネミアの目的であり、アマタの配下たちもまた教会を潰そうとしている。エネミアにとって、アマタを助け、増長させる決定打となるようなことだけは容認できない。だが、アマタの手先が兎どもを亡き者にしようとしているからといって、それがアマタの目的そのものとは限らないのだ。ヴィヴィレストにフレデリカの邪魔をさせたことを踏まえると、もしエネミアがアマタの思惑通りに動いているとすれば、エネミアは明らかに、アマタに盾突くよう誘導されていた。
『一枚じゃ、無理!』
 兎たちはいよいよ逼迫しているらしい。エネミアは車道に目を向けて待ち構える。実際問題として、トヨタはそろそろ目視でも認識できる範囲に入る。エネミアも腹を決めなくてはならなくなった。あたしも手を出すべきか、否か……。
 そして至る。最初に、赤い影。棺女。間をおかずして不透明な壁に覆われた日本車。しんがりは襲いくる壁をかわしながら、踊るように疾駆する怪物のようなバイク。悪魔の壁――魔性の波を放っているのは、この壁に間違いないが、PPPの報告にはなかった。まだ見ぬ教会の人間がもつ悪魔か。
 奇妙な集団は目と鼻の先にまで接近していた。一進一退の攻防。その均衡は、まさにエネミアの目の前で崩れた。
 傾いだ悪魔の壁をバイクが蹴り、宙に舞い上がった。なんという単純で明快な、質量と重力だけにものを言わせた一手。エネミアは唖然とする。ここはハリウッドか? 冗談のような光景だった。しかしエネミアはそう長い間、呆けさせてもらえなかった。
『うッそ――ヘイク! ハンドル切って!』
  車内からの悲痛な叫びに、息をのむ。エネミアの思考が停止しかける。なんだって? 事態の推移に追いつけなかった。
 トヨタに飛び移ったライダーが拳銃のようなものを天井に押し付けた。形勢は一転していた。このままでは兎たちが残らず屠殺されるのも時間の問題――。
『悪化してるじゃない!』
『いえ、これでいいのよ……ズィー!』
 バイクに踏み台にされた悪魔の壁が凄まじい速度でトヨタに肉薄する。ライダーを払い落す気か。同時に棺女も動きをみせていた。ライダーを支援する意図。拾い上げるつもりか? エネミアは拳銃を握ったまま凍り付いていた腕を懸命に持ち上げた。もう躊躇っていられない。
 棺女に向かって連射した。当たるわけがない距離。だがそれでいい。意表を突けた。壁に吹き飛ばされたライダーを救おうとしたのだろうワイヤーが、明後日の方向に放たれた。ライダーはそのまま車の前方に投げ出され、踏みつぶされる。誰がどう見ても即死だった。
 棺女がエネミアの存在に気付く。棺の巨大な銃口が覗く。筒が飛来。刹那の後に筒が破裂し、ライフル弾の雨が降り注ぐ。エネミアは傘をかざして受ける。――こいつは少々厄介だな。攻撃に至るまでの工程が、多すぎるのだ。並みの銃器ならエネミアの悪魔の特性によって、この時点で勝敗は決しているはずだった。エネミアは同類ゆえに、本能的に察知していた。侵攻方向を悟らせない、浸透火力をもつ後衛。互いに決定力をもたず、相手を突破しきれない。ライダーが脱落したためか、あるいはすでに走り去ったトヨタを追うためか、筒を手当たり次第にばら撒きながら逃走姿勢さえみせている棺女相手ではなおさらだった。
 こちらとしては逃すわけにはいかない。拳銃を仕舞いエネミアを閉じた傘を逆手に握る。アスファルトを踏みしめ渾身の力を込め、槍投げの要領で棺女に投擲。ハイティーンに差し掛かったばかりの少女の膂力に相応の、すぐにでも墜落するかと思われた初速とは裏腹に、傘はその身に触れる大気を破壊し接線に沿って後方に排出しながら空間をかき分けて押し出し、先端に生じた真空に引っ張られるようにして指数関数的に加速、ものの一秒で音速に達し純粋な運動量と熱量の塊となって棺女の心臓へ飛翔。
 常人では反応さえできないはずのその一撃を、何の奇跡か棺女は半身になって回避しかけるも――かわしきれず、そのまま棺ごと胴を貫かれてビルに縫いとめられる。
 棺女の手足が痙攣する。即死には至らなかったようだが、超高々温に熱せられた傘に内臓を焼かれているため長くはない。そのまま重力に足を引かれずりずりとビル壁に血痕を残しながら、上半身を縦に断ち切られて地面にべちゃりと叩きつけられた。
 すっかり惨状と化した大通りを横断する。途中にあったライダーの死体の脚を掴んで引きずり、上半身を断たれたためアルファベットのHみたいな体形になった棺女の傍らに投げ捨てた。
 棺女の顔を確認する。赤毛の少女。ディープ・ブルーの眼。一瞬ぞっとするが、あの娼婦とは容姿と肉づきが微妙に違っていることを見つけた。肉が焼ける臭気が辺りに充満しているせいでわかりづらいが、あのコロンもつけていないようだった。
 とは言えまったくの無関係、赤の他人、と断定するには早計だろう。それぐらいどこか顔つきが似ていた。姉妹なのかもしれない。うすら寒いものを感じながら、ライダーのヘルメットを脱がせる。
 ――おお、くそ。ああ。またもや、赤毛に碧眼だった。いくらなんでも悪質すぎる、醜悪すぎる冗談だった。何が、どうなってやがるんだ。ひどい吐き気がした。
 茶番。茶番だ。アマタはことごとく、あたしを虚仮にしなければ気が済まないのだ。ああくそ、まったく。アマタには本当に、確固たる目的があるのか? やつは何がしたいんだ? エネミアはほぞをかむ。これは見せしめだ。アマタはあたしの過去を知っていやがるんだ。あたしにちょっかいをかけるのは、きっと楽しくて楽しくて仕方がないに違いない。完全に取り込まれていた。
 今これからエネミアが取る行動も、アマタによって意図されたものなのだろう。だが、エネミアは捨て置くことはできなかった。巧妙すぎる飴と鞭。その甘い飴が毒だと知っていて、飲み込むことしかできなかった。



「theed――高度殲滅専用デバイス。もともとはインターネット上のミームを利用した、外部端末に依存しないヒト高速ネットワークの形成が目的。即応性の高い電子戦と連携した、デジタルで大局的な戦闘支援のために、軍が極秘に進めていた計画」
 キャッスルにとって、ズィーの唇から紡ぎだされるそれは、呪詛だった。
「だけどその過程で、ヅィードそのものに、戦闘に関して素晴らしい適正があることが見つかった」
 罪の暴露。自分がどれほど取り返しのつかない悪事を犯したのか――自分がいかに愚かだったのか、ズィーが淡々と語るのをキャッスルは背中で聞いていた。
 古教会。先週と同様に、血を失い手傷を負ったヘイクの応急処置を黙々と進めていた。
「それがそのネットワーク、ってわけ?」ヘイクが痛みに顔をしかめながら煙を吐く。骨折など身動きが取れなくなるほどの重傷はないが、裂傷や打撲の箇所が多すぎる。下水道を通ってきたために傷口の念入りな洗浄も必要だった。
 ズィーは頷く。「もちろんそれだけでは軍事作戦に投下するには至らない。思考速度と神経伝達速度を加速させる用途で当初から搭載していたカージオイドロンとアーティクライストロンが、決定打になった。個体同士の相互肉体制御の特性と伴って、本来一個小隊に一門与えられるような兵装を、十二人で十種類運用可能であるため、単純鉄量、火力において中隊にも匹敵した。かくして軍の縮図――フラクタルとして悪魔憑き討伐に狩りだされる運びとなった」
 悪魔祓いよりも後腐れがなく、今後の進展――いずれ悪魔のあらゆるを排除したときのことや、生産できて汎用的であり管理もしやすいなど諸々を考慮すると、ヅィードは政治家にとってうってつけのオモチャに思えただろう。悪魔は戦争をする商売道具としては、再現性と信頼性にあまりに欠ける。
「あいつら本気出せば、この街ぐらいなら廃墟にできるってことか?」マーチが呆れたような声を出す。「それなら今やつらが、どれだけやる気なのか、どれだけこの街を労わってくれそうなのかをご教授願いたいんだが」
「つまり、あなたの姉妹は何人起きてるのか、ってことね」怪訝そうな顔をしたズィーを見てヘイクが付け足す。
「まだ先週破壊された分の、五人のまま。通常の兵装では、ズィーの心臓は砕けない」
「そいつはいい知らせだな。街の半分は無事ってわけか。ところで気になってたんだが……お前さんもあの連中の仲間だったんなら、そのネットワークとやらに繋がってることになるだろ。俺たちがこうして一服つけてることも、中継しちまってるんじゃないのか?」
 ズィーはかぶりを振った。「ズィーはあくまでヅィードの肉体のベースになっただけ。カージオイドロンでのスイッチングのための接続はされているから、どの個体が起動しているかはわかるけど、知覚情報や思考は互いに独立している。位置もわからない」
「そいつもいい知らせだな。ありがたすぎて涙が出る」マーチが唇の端を釣り上げた。
「……どの子が動いてるの?」キャッスルは重い口を開いた。
「今はtheLeadedとtheVoiced、theEdged、theBallisted、それと、theBiked」ズィーは淡々と告げる。
「theBikedってさっきのバイクの子じゃない? 生きてるようには思えなかったんだけど」ヘイクが眉をひそめた。
「あれはtheBikedじゃなくてtheBombedだった。theBikedはまだ健在」
 とてつもない違和感。「……遠隔分断兵器を使ってたのは?」
「上からばかすか撃ちまくってたやつか」マーチが口を挟む。
「theSpikedは、theBombedが停止したすぐ後に、停止した」
「――何ですって?」キャッスルは耳を疑った。「停止って、つまり……、死んだってことなの?」
 ズィーは首肯する。
 キャッスルたちは逃げることに精いっぱいだった。ならいったい、誰がやったの――? 問いたくて仕方なかったが、愚問であることもまた理解していた。自分たちがやったのでなければ、あとはもう、ひとりしかいない。
 フーだ。嗅ぎつけていたのだ、あの殺し屋は。たとえヅィードの眼を眩ませられたとしても、フーは小休止しているあたしたちをどこからか覗き見ているかもしれない。
「どうしてあなたがヅィードのベースなの?」
「防御機構をもたない代わりに他の免疫を取り込んで変質させる融和免疫を、ズィーが持っていたから」ずいぶんあっさりとした種明かし。
「――ズィー。あなたはそれがどういう意味かわかってるの?」
「はァ? なんのこと?」ズィーは首をかしげるだけだった。
「……そう、ならいいの」
 ズィーは物覚えだけはいいようだが、自分がひけらかした知識について、ほぼ理解していない様子だった。
 ――遺伝子異常。正直眉唾な話ではあるものの、実在するならば不可能ではない。ズィーは統一人格を成す上でも心臓加速器と人工波管を移植する上でも立ちはだかる、免疫という課題を破るには最適の人材だったのだ。特に後のふたつ。拒絶反応がおこりやすいあの人工の器官を使える人間が十二人もいるのはおかしいと思っていたが、そういうからくりだったか。
 ヘイクの治療が終わった。テスティトを頼れず、のこのこと医者に見せに行くのも危険であるため、出来る限りの手は尽くした。
 あとあとのことを考え、手頃な素材を探すために立ち上がりかけたキャッスルを、
「ねェ、ずっと気になってたんだけど」毒々しく燃え盛る緑の瞳が射抜いた。
「な、なによ」思わずたじろぐ。なぜかヘイクに対して――本能的な恐怖を抱いていた。まっすぐに見据えてくるエメラルドグリーンの双眸から、目をそらせなかった。
「キャシー、あなた、なんかわたしたちに話すべきことがあるんじゃない?」
「そんなこと何も――」キャッスルは言葉を詰まらせた。これ以上続ければ、嘘になる。ヘイクを騙す行為だ。話すべきことがないわけがなかった。ヘイクは異議を唱えながらも、キャッスルのわがままに付き合ってくれている。説明義務を果たさないままでいる不誠実さを、キャッスルは持ち合わせていない。「……わかったわよ、話すわよ。でもちゃんと最初から、全部話すわ。だから変な横やり入れたりしないでよ。ズィーにも、知っておいてほしいから」
「大丈夫。黙ってるのは射撃より得意だから」釘を刺した先から茶化すヘイク。
「それなら安心ね」キャッスルは唇を湿らせて語り始めた。
 と言ってもそう長い話じゃないわ。まず、ズィー、あなたのお母さんのアマタは、あたしの本当のお母さんでもあるの。あなたのお母さんは表では――今はもう、どっちが表の顔だったのかはわからないけれど――、銃工房を経営してたわ。あたしも小さな時から一緒に働いてた。テロの前までは、小さな規模でこまごまとやってたわ。零細企業ってやつね。でも、テロと戦争が起きてからは変わった。母は徐々におかしな仕事を受け始めた。あたしが悪魔を手に入れたからよ。もうだいたいわかってきたと思うけど、ヅィードのブレイドみたいな秘密道具も、ズィー、あなたの体内に埋め込まれている十三個の心臓も、みんなあたしが作ったものよ。もちろん、争いを促すものだとはわかってたわ。でも……その本質は知らなかったわ、こんなことに使われてたこともね。無知が免罪符にならないのは、わかってるわよ。……あたしはまるで、邪悪そのものね。自分が作ったものの所為で十二人もの名も知らぬ女の子の人生がめちゃくちゃになったっていうのに、素知らぬ顔でのうのうと生きてたんだから。
 ここからは推察。ヅィードが軍のものだったなら、母は軍から仕事を受けてたんでしょうね。もともと軍とは、多少の繋がりはあったから。生き残るためには仕方なかったのかもしれない。たとえば、母は悪魔憑きであるあたしを守りたかったから、バックが欲しかったのかもしれない。普通の人間が悪魔憑きであることを隠し通すのは難しいことだわ。だから、そもそもの発端、悪魔憑き狩りの主催者である軍にすり寄ったのかもしれない。それでも、こんなことになってたなんて知ってたなら、あたしは手を貸したくはなかった。母の書斎を漁れば、ヅィードの仕様書だの計画書だの、そういった証拠がたぶんごろごろ出てくるでしょうよ。あたしには、わからなかったから……あたしの目を欺く必要なんかなかったから。あたしはディスレキシアだから。
「ディスレキシアっつーと、レストランでチーズバーガーを注文して小便をかけるような連中だっけか?」ひと段落ついたと思ったのか、あるいは単に我慢ならなくなったのか、マーチが茶々を入れた。
「残念ながらそれはアナキストよ、おばかさん」キャッスルは呆れかえりながらも相手してやった。そしてズィーに向き合い、居住まいを正した。「ズィー、お母さんに最後に会ったのは、いつ?」
「三年前だけど?」
 ヅィードが暴走した時期――つまり内戦終結の前後と一致する。公表はされていないが、おそらく内戦終結に関わる事件か事故があったのだろう。その出来ごとにヅィードが絡んでいる、そう考えるのが必然。気にはかかるが今は後回しに。
「……そう。じゃあ、これから話すことは冗談でもなんでもないから、よく聞いて。あなたのお母さんは、先月……殺されてるの」
 ズィーは目を丸くして凍りついた。キャッスルは構わず続ける。
「母を殺したのは他でもない、さっきあなたを狙っていた銀髪の女――フーよ。勢力争いに巻き込まれたものだと思ってたけど、あなたも狙われてるとなると、偶然とかじゃない。雇った人間も同じでしょうね」
「う、そ……」
「本当のことを言うと、手を下したのがフーなのかは、あたしの推測に過ぎないわ。それでも、殺された、その事実だけは絶対に揺るがない。実際にヘイクの目の前で殺されたし、あたしはお墓に埋葬もしたんだから」
 フーの背後にいる人間の思惑――母やズィーを襲い、ヅィードを倒しているその意味は、キャッスルには測り知れない。軍の失脚が目的? あるいは単にヅィードの存在が不都合になった、軍の人間の仕業? 判断材料が少なすぎるし、そもそもキャッスルたちはテスティトからの伝聞に依存しすぎていたがために、手持ちの情報はすべて信憑性を失った。何もかも断定は不可能だ。
 ズィーに関するあからさまな虚偽の数々。悪魔の有無に、スパイの仕事、情報屋の娘、フー。最初から追加の情報まで嘘八百だった。態度から察するに、テスティトも偽りの情報だとは承知しているはずだ。
 想像にすぎないが、テスティトは詐欺師にしてはあまりに無愛想なために不向きだ。テスティト自身は、いわゆる倫理も論理もない悪人ではないのだろう。単に根っからの軍人というだけだ。そして愚鈍でもない。それゆえに、任務には盲目に、星条旗のためなら顔色ひとつ変えず――先週、キャッスルの目の前でポーラに止めを刺したように――殺し、絶対に自分の仕事を譲らない。キャッスルたちに対しても、きっと方針は曲げない。綺麗事を嘯いて手を血脂で汚し、悪を飲み込んで善を成す人間。ズィーをかくまうならば、テスティトとの対立も避けては通れない。
 ズィーは取り乱すことなく、しかし放心したままいかなる反応も示さない。フーに標的にされはしたものの軍から救出の要請があった母とは違い、その両者からも存命をうとまれたズィー。フーはおそらく軍の失脚のために、軍はヅィードの再起動ために。ズィーの死体さえ、鮮度がいいうちに遺伝子さえ回収してしまえば再編も難しくはない。ヅィードが暴走したときに破壊ではなく凍結を選択したのは、いずれ活用するためだったのだ。軍としては、母が亡き者となりヅィードを乱用できるようになった今、ズィーを排除するには絶好のタイミングだった。
 いたたまれなくなったキャッスルは、ズィーの手を握った。
「あと、ちょっと、だったのに……、もうすこしで、ママに会えたのに……」焦点を結ばないズィーの紺碧の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
 ズィーを強く抱きしめて、キャッスルは呟いた。「守る。あなたは、あたしが必ず守ってみせる――母に誓って」
 ヘイクが小さく咳払いをして、銃剣と狼の牙をワイヤーで結び直し立ち上がった。キャッスルはそれだけであますところなく察した。theBikedはヅィードの足。ズィーはそう言っていた。それはヅィードは起きた先から真っ先に、キャッスルたちを狩りに来るというわけだ。
 キャッスルはズィーの額に軽く口づけて、その童顔を正面から見据えた。「眠らせてくるわ。必ず、止める。あなたの姉妹を、あたしと母が生みだした、不幸な子供たちを」
 邪悪を邪悪で塗りつぶす。罪を罪でそそぐ。闇を闇で祓う。清冽な暴虐による醜悪な救済。きっと誰も幸福になる結末ではない、それでも、それゆえに終止符を打つ。十二人の名も知らぬ女の子、そしてヘイクの人生をもめちゃくちゃにした償いをするための、殺人。それがキャッスルの責任だった。



 皮肉なものだ。何の因果か、たった一週間で二度も悪魔たちの戦場に選ばれたのだから、この古教会はよほど呪われている。キャッスルはひっくり返った聖堂の長椅子の陰で、口元を覆う防毒マスクの紐をしっかりと締め直した。同じように柱に身を隠し防毒マスクで顔を覆ったヘイクが目配せして頷く。ヘイクが片手を挙げ、手のひらをこちらに晒した。華奢な指が一秒ごとに一本ずつ折られていく。やがて握り拳になるが早いか、キャッスルは長椅子から飛び出し短機関銃を構える。
 一条の影が視界の隅を横切って柱に滑り込む。疾い。無言で敵の潜んだ場所をヘイクに指し示し、辺りを見回してもう一人も探すが、すぐにヘイクに突き飛ばされて床を転がる。寸前までキャッスルが立っていた床を長大な銀の矢が削り取った。次いで爆裂。無数の釘や金属片が撒き散らされる。咄嗟に悪魔の腕で自らとヘイクの身体を守っていたために難は逃れたが、敵の接近を許してしまっていた。弾かれたように跳ね起きてその場を離脱。
 ヘイクは急襲してきた影を迎え撃つ。悪魔の力による一撃必殺の剣閃を容易にかいくぐりながら、影は撫でるようにヘイクを斬りつけて距離を取った。影が排出した熱を感じながらキャッスルは銃弾をばら撒いて追撃をかけるが、あろうことか全弾叩き落とされた。
 野球帽に細い身体の線が浮くタイトなパーカー、薄い尻を包むホットパンツ、黒いストッキング、足音からして鋼鉄を仕込んでいるスニーカー。ズィーとはかけはなれた身体つきといでたちだったが、キャッスルたちの即席のそれとは異なる物々しい防毒マスクと帽子のつばの間から垣間見える赤い頭髪は、見まごうことなき偽りの姉妹の証。
 そして厳つい耐熱手袋に覆われた左右の手にはそれぞれ、水滴を引き延ばしたかのような流線形の、長い白銀の刀。右手の刃は陽炎をまとい、左手の刃は液体を滴らせていた。ヘイクをちらりと一瞥する。浅く斬られた傷口は炭化していたが、それだけで済んでよかったと言える。剣という形態をとりながらも、あの兵器のコンセプトに切断目的はない。高温と、熱で揮発する毒液による、生物と非生物の別なく触れるものすべてを制圧せしめる兵器、それがつがいの刀剣の、レゾンデートルだ。
 ヘイクが上半身をかがめて駆けだす。飛来してくる矢に銃弾を浴びせかけ軌道をそらし、キャッスルも後に続く。片割れは開け放たれた聖堂の入口、扉を掩蔽として支援しているらしい。刀使いをヘイクと挟み込むようにして回り込みながら入口に近づく。キャッスルの接近に気付き、刀使いがフォローにまわりかける。ヘイクが刀使いを牙の投擲で制したのを横目で確認する。片割れが扉に身をひっこめたのを見計らって、悪魔で入口に壁を構築。矢を射かけてくるあの兵器に機動力はない。共有された刀使いの視覚を通じて、他の窓や侵入口から狙撃することも不可能だ。
 これでとりあえず分断できた。そう決めつけて壁に背を向けたと同時、キャッスルは轟音を耳に、凄まじい衝撃に吹き飛ばされていた。わけもわからぬまま硬い床を転がる。反射的に悪魔の手で椅子を手繰り寄せて身を守った。構えた椅子を鋭く深く穿つ感覚。顔のすぐ近くでさらなる炸裂。鉄片はもらわなかったが、聴覚がやられる。壁を破られたの? どうやって――。その答えはすぐに明らかになった。
 備え付けられた太い鉄杭を聖堂の床板にめり込ませた、翼を広げたオオワシを思わせる巨大な鋼鉄のクロスボウ。そしてクロスボウの付属品のような、小柄な赤毛の少女。鋼の大弓も少女も、まるでキャッスルの築いた壁を体当たりで突き破ってきたかのように木くずと土ぼこりにまみれていて――ありえない。クロスボウの全長は少女の身長をはるかにしのぎ、重量に至っては数倍だろう。まさか重さと頑丈さに任せて壁に叩きつけたとでも言うの……? ヅィードに移植された器官は膂力を増強させるものではない。持ち上げられるはずがない。
 重い腕を持ち上げて短機関銃を大弓使いに向ける、が、
「キャッスル!」マスク越しの、マーチのくぐもった怒号。ヘイクと斬り結んでいた刀使いが、背中を晒すこともいとわずにキャッスルの元へと飛んでくる。キャッスルはすんでのところで飛び退く。刃から放出された液体と炎熱が鼻先で交わり毒ガスを発生させ、周囲の長椅子がずたずたに裂かれる。かわせたのは、人生の幸運を全部費やしたといっても過言でないほどの奇跡だった。肝を冷やしつつ銃弾を撒いてヘイクの隣まで後退する。
 入れ替わるようにヘイクが疾走。キャッスルが新たな武器を生みだす猶予を作ろうとする。が、牽制の矢で一瞬だけ踏みとどまった隙に、逆に刀使いがヘイクの脇を抜けてキャッスルに肉薄した。動きさえ止められれば――。
 キャッスルは展開した悪魔の腕を、両の刃に伸ばす。と、目前で刀使いがくるりと半身になった。キャッスルの視界に、ヘイクが不意打ちのつもりで刀使いの背に銀矢の鉄片を浴びつつ放った狼の牙の先端が、刀使いのパーカーをかすめながら現れる。ぎょっとして顔の前にかざした短機関銃が牙で真っ二つに断たれ、摩擦熱で溶解、手のひらに火傷を負いながらも刀使いに悪魔の拳を叩き込む。キャッスルの精密なボディブローを刀使いは懐に潜り込んでやり過ごそうとするが、それはフェイント。もう片方の悪魔の手で作り上げた木の杭を渾身の力で打ち込んだ。刀使いは二刀を交差させて受け止め、流されるように退く。
 キャッスルは追撃するとみせかけ踏み込み、クロスボウのフォローを誘う。案の定、キャッスルの眉間目がけて矢が飛んでくる。悪魔の手で受け止めて爆ぜる前に一瞬で分解。キャッスルの誘いの意図を理解していたヘイクが交代して刀使いに追いすがり、悪魔の力を用いて銃剣と牙を振るった。一瞬にして何十条もの煌めきが宙に走る。致命傷には至らなかったが、刀使いは四肢から血漿を噴き出させよろける。ヘイクが止めの一撃を加えるために踏み込んだ、が。
 ――それはちょっと直線的すぎるんじゃないの? 大弓使いの挙動に気を配っていたキャッスルは呆気にとられながらも悪魔の腕を伸ばしてヘイクの身体を全力で引っ張る。直後、大質量が盛大に降り注ぎ、ヘイクの影と聖堂の床とを砕き割った。キャッスルは自分の眼を信じたくなかった。
 大弓使いは、持ち前のバランス感覚による体重移動と瞬発力、肉体の制御によって遠心力を味方とし、ハンマー投げの要領で鋼弓を投げ捨てたのだ。実用とはかけ離れた重さと、投げ捨てたところで壊れやしない単純な機構、頑丈な作りだからこそ可能な、がむしゃらすぎる破壊行為。ヅィードは、何がどうあっても一対一に持ち込ませてくれないらしい。
「なんだかとてつもなく、得体のしれない何かと戦ってる気分ね」ヘイクが呆れた風に呟いた。
 それが気後れしているのをごまかそうと装っただけなのだと、キャッスルには手に取るようにわかった。大弓使いが武器を手放し徒手となった今こそ絶好の勝機なのかもしれないが、キャッスルたちは手を出せなかった。これまでの埒外な所業に加えて、マスクのせいで表情もうかがえず一言も発しないヅィードは、何を仕掛けてくるか皆目見当がつかないからだ。ジョン・マクレーン並みの無茶苦茶さ。ヘイクに落ち度はない。マーチの獣じみた感覚と、殺人稼業として生き抜いてきたヘイクの勘を持ってしてでも、ヅィードに追いつき、見抜くことは不可能に等しい。
「十四歳の女の子だもの。得体が知れなくて当たり前だわ」
 そして十四歳の女の子たちをこんな怪物にしてしまったのは、まぎれもなく自分だ。先週の標的、パージャも強力な敵ではあった。ヘイクが悪魔憑きとして今まで戦った中で最も強靭な肉体をもち、殺し合いの技術に長けていたのは、パージャだったと言っていた。肩と腰の動きや呼吸を読むことでなんとか勝負にはなったが、それはあくまでパージャと同じ目線――キャッスルにとっては未だ人外の怪物だったとしか思えないが――だったということに過ぎないそうだ。
 ヅィードは別格だ。次元が違う。戦っている場、観点が違う。ヅィードは狩人なのだ。互いの感覚を補い身体を制御し合い、どんな不意打ちにも対応し、常に意表を突ける。多対多における、個々の戦力の低下もありえない。人数がそのまま戦力となる。否、むしろ人数以上の力を出せる。彼女たちは多角的な五感と、感覚を認識の中でマッピングすることによって雰囲気や空気、情勢といった、空間と場の流れそのものを知覚している――明確な、上位者。対悪魔憑き兵器の、その本領。
 悪魔憑きは悪魔憑きとして猛威を振るおうとする限り、必ずヅィードには勝利しえない。悪魔は肉体の一部、手足であり器官だ。認識が及ぶ範囲でしか効力と精度をもたない。だがその認識の範囲において、ヅィードはあらゆる生物よりも超越している。生物として同じ土台で戦おうと言う前提が間違っているのだ。ヅィードはことヒト同士の戦闘において、必ず勝つように、悪魔憑きを滅ぼすように作られているのだから。それが大原則。のっけから領域が掌握されている。それはすなわち、知覚外からの攻撃、あるいは正面から戦う考えを捨て、異なる次元から叩くしか手段がないことを意味している。悪魔憑きではヅィードは絶対に倒せない。ヅィードを討滅するのは、悪魔祓いでしかありえない。

 何の前触れもなく刀使いが床を蹴って迫る。その時を待ちかねていたかのごとく、ヘイクは狼の牙を擲って悪魔の特性を発動し、ワイヤーで目に映るものすべてをなぎ払って両断する。

 キャッスルも姿勢を低くして走り出していた。大弓使いが肉体を細胞の一片まで制御して絶妙な瞬発力とバランス感覚で鋼弓を振りかぶり、超重量に身を委ねてヘイクを殴打しようとしていたのが見えたからだ。長椅子を悪魔で引っ掴んで突撃する。

 刀使いは前転宙返りでやすやすとワイヤーを逃れつつ、裂帛の勢いで鋼鉄の入ったスニーカーの踵をヘイクに放つ。刀使いの回避を予期していたヘイクは悪魔の力を全開に、銃剣で身近に存在するあらゆるものを切り刻んで応じる。先手を諦めて初めからカウンター狙いの、一撃必殺すらも放棄した面の斬撃。悪魔の物性を帯びるのではなく本来のマーチの能力、時空間の結晶化を最大限に展開した網目状の刃――いかなヅィードといえど空中では不可避。

 大弓使いは己の腱を断つ勢いで慣性に刃向い強引に、突っ込んできたキャッスルから身を引いた。長椅子の突きによる一撃を免れるも、モーメントの乗った鋼弓は停止できず空を切って回転し、大弓使いは無防備になる。今が好機。
 キャッスルは渾身の力で打ちすえるために長椅子を大上段に構え――つがえられた矢の射線が、キャッスルの赤い右目を捕えた。反射的に悪魔の腕を突き出す。矢が放たれる。間に合わない。視野が真っ赤に染まる。眼孔と眼球を半分、耳をまるまる削いで矢がキャッスルの後方へ駆け抜けていった。

 キャッスルの目をえぐった銀矢はヘイクの真横に着弾、爆裂。爆風と礫にあおられたヘイクの幾重もの刃はあらぬ方向へと泳いでいく。その隙間を縫って、裂傷を負いながらの刀使いの体重と角速度の乗った踵落としが、ヘイクの頭頂に吸い込まれるようにして命中した。まともに直撃したヘイクは軽い脳震盪を起こしながら床を這う。

 キャッスルはヘイクの危機に気付かない。視覚を奪われた激痛に動けないまま、大弓使いの踏み込みとともに一回転して戻ってきた鋼弓に、したたかに殴り飛ばされていたからだ。右の手足の骨をへし折られ、数メートル吹っ飛ばされてステンドグラスの真下に叩きつけられた。

 昏倒したヘイクの頭上で、刀使いが熱刀と毒刀を振り上げる。ヘイクは朦朧とする意識の中で銃剣で防御しつつ離脱を図るが、熱剣が銃剣の刀身を根元から焼き切り、その切っ先は鎖骨、薄い乳房、あばらを灰と炭に変えていった。後に続く毒刀の、剣尖が肩に触れるか触れないかのところで――それは到来。
 ヘイクは柄だけになった銃剣を、悪魔の力を解き放ってあらんかぎりの力で引き寄せた。伸びきっていたワイヤーがぴんと張りつめて刀使いの腹のあたりまで跳ね上がる。ワイヤーを踏みつけていた刀使いの足が、股間が、子宮が引き裂かれていく。下半身を斜めに両断され、刀使いは絶命、その場に崩れるようにして上半身から倒れ伏す。ヘイクは亡骸の断面からあふれた温かい腸と血を頭からかぶる。ヘイクが記憶していたのは、そこまでだった。ヘイクの意識は、十四歳の女の子の深紅の体温に洗い流された。

 世界の右側が暗黒の虹色に明滅していた。苦痛のあまり顔の右側をおさえようとして、しかし右手は指一本動かせず、キャッスルは悶えながら額を床にこすりつけた。正気を刈り取らんばかりの痛みに、口の端から涎が垂れているのも気にしていられなかった。平衡感覚を失い立ち上がることさえ敵わない。止まらない耳鳴りの中で、矢を装填する音だけやけに鮮明に聞き取れた。避けなければ……。だが、キャッスルの手足は床に接着剤で張り付けられたかのように動かせなかった。痛みのせいではない。これは――。
 さながら金属同士が激しく激突するような、耳をつんざく音が轟く。いつの間にか床に浸透していた低い振動音が止んでいた。頭を上げる。半分になった視界の中で、大弓使いがキャッスルを見下ろしていた。銀矢を阻んだ半透明の悪魔の壁越しに。キャッスルに死をもたらすはずだった大弓使いは今や、無色の棺桶の中にいた。
「殺させない」唸るようなズィーの声。「殺させない、絶対」ズィーが床に触れていた右手を離し、立ち上がった。「おまえたちなんかに、ズィーのおねえちゃんは、殺させない」
 再び重く低い振動が大気を振るわせた。大弓使いの手足にぶつぶつと水膨れが浮かぶ。顔を覆うマスクの下で眼球や舌、いろんなものが弾けてマスクの端から薄桃色の体液と細切れになった肉片がこぼれて飛散し、やがて幾秒もしないうちに頭部と胴が内部から爆ぜ、半透明だった棺は中から真っ赤に塗装された。恐るべき十四歳のモンスターは、キャッスルの目の前であっさりと退治された。
 キャッスルはヘイクの姿を探した。ヘイクは真っ二つになった刀使いの下敷きになっていた。ズィーが刀使いの動きを、床を伝わらせた振動で止めて援護してやったらしい。ズィーが死体をどかしてヘイクの平坦な胸に耳を押し付けたかと思うと、キャッスルにこっくりとうなずいて見せた。
 ズィーはキャッスルに駆け寄り、負傷の具合を見ておろおろし始めた。ズィーが処置の仕方を知るよしもない。異常な再生力を持つこの子には、今まで不要な知識だったはずだ。
「……信じて、くれたのね」耐えがたい激痛に顔をしかめながら、キャッスルは血のりでべたつくマスクを外した。
 ズィーはかぶりを振った。「証拠がないから、本当かどうかはわからない。でも――、ズィーを守ってくれた。ズィーに優しくしてくれた。ひとりになったズィーと一緒にいてくれた。この州ではふたり目だったから――ママと、同じだったから」
 どきりとした。痛みは吹き飛んでいた。嬉しかった。大切なものを得た気分だった。おかしな話だが、認めてもらえて初めて、ズィーをきょうだいだと感じられた。
「……壊されたのが片目だけなら、痛いのはまだマシだと、思う」慰めのつもりなのか、ズィーは大まじめにそう言ってのけた。
 キャッスルはなんだかおかしくなって吹きだした。「ついでに右の手足の骨だって、壊されちゃったわよ」悪魔を発動させ、傷を手当てし、杖を作った。
 ヘイクの怪我も見なくてはならない。いや、危険を覚悟でレスキューを呼ぶのが先だろうか。教会や軍に露見することとなっても、このままではキャッスルもヘイクも追手に狩られる前に感染症にかかってしまう。ヘイクはどうやら息はあるようだったが、あの兵器を相手にして失神している以上、芳しい状態とは言えないだろう。キャッスルは携帯電話を取り出した。
「かけないほうがいい」凛とした声。「都市の回線を使ってるんだろ? 盗聴されてることも考慮すべきだ」
 聖堂の入口。ふたつの人影があった。ブルネットの年上の少女と、モデルみたいな背の高い美女。どこかで見覚えが――。
「一週間ぶりだな。と言っても、黒兎、お前とあたしは初対面だが」ブルネットがくわえ煙草でずかずかと聖堂に踏み入った。
 思い出した。背が高い方は、パージャとポーラの仲間だったはずだ。――こんなときに。おそらくは先週の報復、か。
 まともに歩けぬほどの重症にくわえて、悪魔は極度に疲弊している。ヘイクに意識が戻ったところで、マーチは眠ったままだろう。――最悪のタイミングだった。



 古教会の中はひどい惨状だった。先週、PPPが暴れた後よりもさらに荒れ果て、屍が転がり、鉄錆と焦げた肉の嗅ぎ慣れた異臭が充満していた。
 エネミアは上半身だけになった少女の、マスクと野球帽を剥ぎ取った。もはやおなじみとなった、ショートカットの赤毛にディープブルーの瞳。傍らで胸を焼かれて気を失った栗色の頭髪の少女に視線を移した。閉ざされた瞼を押しあけると、鮮やかなエメラルドグリーンの虹彩がうかがえた。エネミアは自分の臓腑が締め付けられるような思いがした。
「ヴィヴィ」短く部下の名前を呼んだ。まるで続く言葉がわかっているかのように、ヴィヴィレストの返答はない。「治してやってくれ」
「それは命令ですか」抑揚のない声音。思うところがあるのだろう。当然だった。道すがら、エネミアはヴィヴィレストに何の説明もしなかった。
「事情聴取をしなくてはならない、そうだろ?」
「それは本心からの言葉ですか」
「――いや。……すまん、あたしからの、お願いだ」
「誰なんですか、その事情を訊ねたい相手というのは」なじるような問いかけ。ヴィヴィレストは、エネミアのただならぬ何かを嗅ぎ取ったのだ。
「――そいつは妹だよ。血を分けた、な」ヴィヴィレストにだけ聞こえるように、ぼそりと絞り出した。
 ヴィヴィレストは一瞬硬直したが、すぐに押し黙ったまま、治療を始めた。八年前のテロ事件に伴う統制を境に生き別れ、てっきり死んだと思っていたエネミアの実の妹――ヘイクの治療を。
 エネミアは黒兎と赤毛に歩み寄った。こちらに殺意がないのを理解したからか、噛みついてきたりはしなかったが、黒兎は明らかに警戒していた。そんな黒兎をよそに、赤毛は黒兎の影で困惑している様子だった。エネミアの顔を知っているのだ。すなわち、先週、教会幹部に殺されたはずの、本物の――エネミアにとっては、だが――赤毛だ。やはり生きてたのか。エネミアはかすかな安堵を覚えた。
「軍にいると、ずいぶん友好的になるものなのね」黒兎が赤い隻眼を細めた。「この前もお友達を紹介してくれたみたいだし」
「そう斜に構えてくれるなよ」エネミアは肩をすくめた。「お前たちのボスはどうした?」
「……もういないわよ、ボスなんか。強いて言うならあたしがボス。雇い主ね」もったいぶった口ぶりを演じながらも、抜かりなく辺りにちらちらと注意を配っていた。エネミアたちに隠れた仲間がいないか疑っているのだろう。
「どういうことだ? あのチビは死んだのか?」そうあっさり逝く部類ではない。というより、エネミアにはあの教会幹部を殺す手段がまるっきり思いつかなかった。
「違うわ、やめたのよ、教会を。逃げてきたの、あたしたち」無事な左手で赤毛の肩を抱き、「この子を殺せと言われて、逆に守って匿ったの――お笑いでしょ。もう、戻れるわけがないわ。行くところも、ない」
 エネミアはめまいを感じずにはいられなかった。偶然か、はたまたこれもお膳立てなのか。引き抜こうとした矢先に、孤立無援になっているとは。
「お前たちを襲った連中について心当たりはあるか?」
「正体に関して、いくらか物知りではあるわ。手綱を握ってる人間も、ある程度はアタリがついてる」
「フーという通り名に聞き覚えは?」
「あるわよ。最近知り合いに、フーに狙われた時の体験談を聞かされたわ」
 黒兎はエネミアたちが接触してきた意味を咀嚼し始めたようだった。情報を一度にさらけ出したりせず、自分たちが生かされる価値を見出そうとしていた。
「治りました」ヴィヴィレストがヘイクから離れた。「じきに目を覚ますでしょう」
「そこの小さなボスの眼も頼む」
「先週の続きか、復讐しにきたんじゃなかったの?」質問の内容とは裏腹に、黒兎は抵抗するそぶりも見せずヴィヴィレストの治療を受けていた。
「事情が変わってな。むしろ、そっちこそされるがままなのは、どういうわけだ?」
「銃を持ってるくせに構えずにやってきて、わざわざ話しかけてきた。最初にあたしの友達の生死を確認してた。もちろんそっちはいつでもあたしたちを殺せるから、そう慎重にならなくてもいいのかもしれない。でも先週の一件で、あなたたちは何度も奇襲をしかけてきた。回りくどくも確実性を選んでることがわかるわ。そして頼んだわけでもない上に、本来憎むべき敵であり本当は教会の手先かもしれないあたしたちの怪我を治してるのは、何か取引をしたいか、利用したい証拠。そうでしょ?」
「……正解だ。もうひとつ訊きたいことがある。大通りで暴れてブティックを半壊にしたのは、お前たちか?」
「ええ。その後どこかの殺し屋に狙撃されるまで、この子とは不仲だったのよ」治療の礼のつもりだろう、黒兎は素直に、しかし肝心なことをかわしながら答えていた。
 黒兎がアマタの娘であることは――表向きかもしれないが――確定している。エネミアの昔のつて、銃工房の区域を牛耳っているマフィアからのネタと、近隣の住民に聞き込んで統合させた事実だからだ。黒兎がどの陣営なのか、今ようやく確定した。アマタとの繋がりは、ない。
 エネミアたちが奇襲を得手としている見抜きながら、同時に狙撃の主ではないと確信している。つまりフレデリカが狙撃したネタを掴んでいる。さらに狙撃の後の反目。それは教会と赤毛、アマタの配下であるフレデリカが深く関係しているのを知り、兎たちはそれがひどく気に入らなかったことを意味する。
 棺女とライダーもアマタの配下であると仮定していたエネミアの推理にも当てはまる。兎たちが孤立しているのは嘘偽りない事実だろう。年が近いからか、はたまた無用な詮索をして赤毛の事情を知り、情を移したのだろう。黒兎は悪党ではないらしく、PPPの報告とも合致する。利口だが、惜しいことに悲しいほど愚直でもあるようだった。
「……ねェ。あなたたちの敵は軍と教会なんでしょう」黒兎が唇を湿らせて、おずおずと切り出した。「それなら、その赤毛の娘たちは障害になるはずよ。あたしたち、その娘たちとは仲が悪いの。――共同戦線、ってわけにはいかないかしら? あたしたちは情報を差し出すわ。赤毛の娘たちと戦うにあたってのみ、手も貸す。その代わり、この娘、ズィーをかくまってほしいの。そうすれば、少なくともあたしとそこで寝てる子は、任務は失敗したとでも言って何食わぬ顔で教会に戻って、しばらく協力していてあげられるわ。建前上、この子は人質にもなるわよ」
「えらく信用されたものだな。その人質を殺すとは思わないのか?」
「言ったでしょ、人質って。あなたたちは、そこらのチャチなチンピラじゃないわ。でなけりゃ軍を抜け出して教会相手に戦争ふっかけるなんてできないもの。目的のために本当に消すべき人間と、そうじゃない人間の区別はつくんでしょ。ついでに忠告しておくと、ズィーは生かしておけば、それだけで軍は困るはずよ。……本音を言うと、そこの栗色の髪の子はあたしが我がままで教会から引きずり出して来ただけだから、可能なら元の居場所に戻してあげたいの。たぶん、今ならまだ間に合うし、あなたたちの顔は見てないから、都合よく口裏を合わせられるわ。つまり、これは教会ではなくあたし個人とあなたの取引、ってわけ。どう?」
 エネミアは沈黙したまま、もう一本煙草を取り出して火を点けた。
 今この州で起こっている異様な出来事、アマタの目的を見破るためにも、黒兎が隠し持つ情報はきっと不可欠だ。エネミアが最も知りたいと欲しているアマタの正体に近づけるはずだし、当初の意図だった教会への対抗策にもなる。まさかここまでこちらに体のいい提案をしてくるとは――。
 この娘、性根はきっと、悪党ではない。だが客観的に取引の内容を見れば、人質と称してこちらに爆弾たりえる娘を抱えさせ、自分は何のリスクもなしに友達を逃がそうとしているだけに過ぎない。
 最終的に安息を手に入れるために、自分と、守るべきものの破滅すらいとわない強靭な決断力。一歩間違えれば――相手を侮りすぎたり信じすぎたりすればすべて崩落するかけひきに、乾坤一擲で挑む豪胆さ。それは倫理を破壊してまで人道をたどる人種のやり口。
 大切な人を守るためにその他のすべての人間を冷酷に利用し尽くし陥れ、極大の邪悪さえ演じる手合い。心の底から赤毛と、ヘイクのことを救いたいと躍起になっているから、そこまで大胆になれるのだろう。そしてそんな愚かささえも逆手にとって相手に利用させ、自分はまんまと事をうまく運ぶ。やっていることは義理人情としては篤いが、正義からは逸脱している。明らかな、手段を選ばない邪悪の手口だ。方向は違えど、本当にアマタの血は受け継いでいるらしかった。
 なればこそ、こちらとしても、悪魔の価値を抜きにしても切り札になりうる存在かもしれない。こいつなら、あるいはアマタを破れるのかも――。
 当然、罠かと疑いもした。黒兎の遥か上を行く巧妙な計画を実行できる、アマタが放った刺客。だとしてもこの機を逃していいものか。黒兎はアマタと繋がってはいない。いわば、アマタが絶妙な心理操作技術にのっとって投じた一手。つまりここで、エネミアが逆に黒兎を乗りこなしきれれば、アマタの思惑も転覆することだろう。これは千載一遇のチャンスなのだ。
 ヴィヴィレストが治療を終え、エネミアの横に控えた。完治した黒兎の血のような深紅の双眼には、ダイヤモンドよりも強固な意志が宿っているように、エネミアには見えた。ただふたりを生き延びさせてやりたい、という意志が。
「……飲もう、お前の提案を」エネミアは重々しく言った。
「待ってください」ヴィヴィレストが小声で口を挟む。「やっぱり納得いきません。こいつらは――」
「先にちょっかいを出したのはあたしたちだ。それに、お前も軍人だったなら、命令の意味をわかっているだろう。行為の責任は命じた人間が負うものだ。軍の傘下である教会も同じ。つまりこいつらでもPPPたちでもお前でもなく、あたしと教会が、平等にな」
「……たのか」
「なに?」
「情にほだされたのか! あんたの過去に!」
「情? 情だと? 情があたしたちに何を施してくれた? あたしたちはもう、わがままで生かされるところからは逃げてきたんだぞ。なァ、いい加減、認めようじゃないか。あたしたちはべつに弱くはない。だが、この子たちはあたしたちより遥かに強い。前に進んでいるからだ。この州は三銃士ごっこをやってるやつを生かしてるわけじゃない。前に進むものだけを、殺せないでいるだけだ。今日、あたしはそれを理解した。最初から、うまみのない話に道はなかったんだよ。あたしたちは生かされてただけだ」
「……それでは軍と、この州と同じです。闇で闇は祓えない。人はシステムや習慣、リソースなんかじゃ、決してない。PPPは、トロエ隊長は確かに生きて、我々の同志でした。それを捨てると言うんですか、あなたは」
「頼む。わかってくれ。残ってないものは持っていようがないんだよ。もう、あたしに残ってるのはお前だけなんだよ。あたしはな、お前を生かすためならなんだってする。たとえトロエやPPPを裏切る行為だろうと、な」
 本心からの言葉でもあったが、同時に詭弁だった。エネミアは必死だった。目的を何もかも達するために、なりふり構わず躍起になっていた。
「揉めてるとこ悪いけど、伸るか反るかはやく決めてくれないと、この子が起きてしまうわよ」黒兎はいつの間にかヘイクの傍らにしゃがみこみ、ヴィヴィレストの手当てが完璧であることを確認していた。「仇であるあたしたちを殺すか、あたしと一緒に教会と軍に一杯食わせるか――。答えを聞かせてもらうわよ」
 ヴィヴィレストはじっとエネミアの顔を見つめていた。もう何も語ることはないと言わんばかりに、エネミアの最後の決断を待っていた。
 エネミアは――。
「悪い子だなァ、キャッスル・チャーチ」低い男の声。
 聖堂の入口を振り返った。一見この場に最もふさわしげな、神父風の服装の男が、立っていた。片手にナイフを、もう片手にボストンバッグを持ち、全身を真っ赤な何かでまだらに染め上げた神父が。
「言いつけを守らなかった上に、我々を売ろうとするとは、ね。悪い子、悪い子、悪い子だ。本当の家族のように、思ってたんだがなァ」鷹揚な笑み。無邪気な笑み――救い難い邪悪の笑み。決して見間違えることのない、エネミアから家族を奪い戦争に陥れた張本人の笑み。八年前、ホロコーストをもたらした、本当の悪党の笑み。
「……メガデス・ワスプシステム――」エネミアはかすれた声で呟いた。
「それは俺の名前を呼んだのか、こいつの名前を呼んだのか? エネミア・ハンナ」神父が――メガデスが、刀身が分厚いこしらえのナイフをかかげた。ナイフの柄から延びる細いチューブは、神父が背中に背負ったガスボンベに繋がっていた。
「……残念ながら、あたしにはモノに話しかける趣味はない」エネミアは悪魔を具現しようとして踏みとどまった。つい先ほど投擲したばかりなのだ。傘はまだ冷却しきれていない。
「つれないな、エネミア・ハンナ。久しぶりだと言うのに。ところで、妹との感動の再会はどうだった?」悪意に満ちた微笑み。
「ぬけぬけと……。その妹を一度奪ったのは、あんただろうが」エネミアは、一連の奇妙すぎる符牒におぞましさを感じ始めていた。まさかこいつが、あの大量虐殺を率いていた人間が、教会の神父をやっていただなんて。くだらなさすぎる冗談だった。「殺さないでおいてくれたのには、感謝してやるが」
「神父様」黒兎は目を丸くしていた。「なんで、ここに」
「当然、迎えにきたに決まってるだろう? 電話で言ってたじゃァないか。遅くなると、な」
「電話に発信器を、仕込んでいたのね……」黒兎が唇をかんだ。
「さて」メガデスが聖堂内を見回し、「ひい、ふう、みい……五人。と言うことは、あと八つか。おお、よかった、足りないんじゃないかと心配していたんだ」ボストンバッグを開けてひっくり返し、ぼとぼとと拳大の何かをばら撒いた。床に転がったそれらは、心臓。
「なに、を」
 あまりに異様な光景に動けないでいるエネミアたちの前で、メガデスは心臓の数を数え、「だが一個、余ったな」ナイフを心臓のひとつに突き立て、柄のトリガーを引いた。圧縮ガスを急速に内部に叩き込まれた心臓は風船みたいに破裂。同時に、メガデスの身体から、陽炎のようなものが浮かび――十三本の無色の槍が形成された。「原形をとどめていると誤認されるから、な。便利なモノだよ、このワスプナイフは」
「――悪魔、持って、いたのか……」エネミアの驚愕をよそに、
「不便な悪魔で、な。確実に貫いてくれるがその分、心臓にしか興味がないらしいし、多すぎても少なすぎても、意図しない現象を引き起こす。供物の心臓は、ちょうど十三個でないといけない」悪魔じみた男の微笑。「じゃァ、な。星条旗の敵対者たちよ」不可視の槍が、放たれる。
 その瞬間。「だめェーッ!」赤毛が半透明な壁状のものを展開しながら飛び出し、全員の前に立ちはだかり――壁をたやすく回り込んだ十三本の槍に、全身を貫かれた。



第三話「母なる墓地の果実たち」へ
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://suji59.blog11.fc2.com/tb.php/25-73e2bc57

 | HOME | 

 

プロフィール

あおさん

Author:あおさん
文章置き場。

twitter:sujiegao
    :line_eq
Pixiv:182465

月別アーカイブ

カテゴリ

お知らせ (5)
文章 (22)

リンク

このブログをリンクに追加する

カウンター

ランキング

FC2 Blog Ranking

FC2Ad

Template by たけやん

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。