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燃えよわが魂、と魔女は言った ep2「鼬と狐、二匹ずつ」

続きは特に考えてないので次回は当分未定。
あと年明けにでもRd第三部試作品アップします。
非健全でイロモノなのでpixivにだけあげるかもしれないしこっちにもあげるかもしれない


燃えよわが魂、と魔女は言った
ep2「鼬と狐、二匹ずつ」


「キキちゃーん、そろそろ起きようよー」すっかり身支度を終えたマリーの困惑気味の声が、キキの意識を揺さぶる。
「……んー……んー、あと、ごふ、んー……、……」間の抜けた返事をしながら、キキは布団のさらに奥に潜り込んだ。
 早朝。兵舎のキキの個室だった。
 普段はぴちっとしたキキの、これほどだらけた、あられもない姿を想像できる人間は校内にはたぶんいないはずだ。
 さらさらで肩の下まで伸ばした黒髪にちょこんと乗った鼬型耳状形態デバイスと、こげ茶色のしっとりした瞳に、可憐ながらも芯の通ってそうな顔立ち、そして透けるような白い肌に、華奢でありながらも精妙な曲線が女を思わせる身体つき。
 誰よりも女の子っぽくて誰よりも優秀で誰よりも好ましい人柄。みんながキキに対して抱くイメージは、大半がそんなところに落ち着く。実際その評価は一応、誤りではないし、キキはそのように思われるよう、印象操作に励んできた。
「早くしないと買い物する時間もなくなっちゃうよー」痺れを切らしたマリーが、ベッドの傍らにやってきてキキを揺さぶる。布団の中からにゅっと突き出された細い腕が、マリーのニットのミニワンピを掴み、「わっ、ちょっ!」捕食するように布団の中に引きずり込んだ。
 存外快調に発育が進んでいるマリーの胸に、キキは顔を押し付け、「おやす、みぃ……」再びまどろみの中へ沈む。
「もーっ、キキちゃんったら! ホントに、甘えんぼさんなんだから……」マリーが困ったように笑いながら、よしよしとキキの頭を撫でてくる。
 甘い抱擁。温かい芳香。お母さんってこんな感じなのかな、とキキはぼんやり考えた。
 父親に兄が三人。
 それがキキの家族構成だった。
 キキの父は若いころ、スフィア・ミミッド最大の中央騎士隊で副隊長を務めていた。卓越した洞察力と明晰な頭脳で智略に富んだ戦術を練り隊を助け、時には最前線で勇猛果敢に敵を蹴散らしたと言う。部下からの支持も大変なもので、ミミッドにこのひとありと――無論、ミミッド内に限ってだっただろうが――謳われるほどだったらしい。子爵、否、ひょっとすれば伯爵にさえなりえたらしいが、真面目で謙虚な性格が災いして騎士止まり。
 むしろ領主たるネユ家に爵位を与えられそうになった寸前、英雄になるために奉公しているわけじゃないと言ってスフィアの地方、外周付近に移り住み、息子たちとともに小さな騎士隊を作り、ほそぼそと海賊を退治する日々を選んだ。
 もっとも父は何もやましい行為に手を染めてなかったし、活躍を鑑みれば爵位を賜るのは当然であり栄誉あることだったのだが、何故だか領主に対して失礼なのではと思えるほど断固拒否した、とキキ家の家政婦は語っていた。――今のキキからすれば、単に寡黙で恥ずかしがり屋な父、という認識なのだけれど。
 昔堅気で制度と奉公を重んじるキキの父は、息子三人には厳しく騎士としての教育を施していた。なにせ自分がそういう風に育てられてきたのだし、封建と風習をきっちり理解していたから、何の疑問も抱かなかった。息子たちも同様。全員が全員、父に似て実直な人柄に育ち、文句のひとつも垂れずに一人前の騎士になってスフィアに献身した。故に、末っ子のキキが生まれた時、父は激しく動揺したという。
 幼い時分はまだいいが、いずれれっきとした女の子になった、あるいは女の子になるまでの育て方が、滅法わからない。娘への接し方がわからない。男子を三人も立派な騎士に育て上げ、子育てに多少の自信と自負があった父は頭を抱えたそうだ。そしてキキを産み落とすなり病であっさり逝った狐型LMOの母を、父は恨んだ。
 結局思い悩んだあげく、かと言ってお雇いの乳母やアンドロイドに任せるというのも、これまでの矜持が許さず、父はキキを息子たちと同じように扱った。騎士として育て、男として接した。
 父親から勘の鋭さをしっかり受け継いでいたキキは、自分と近所の女の子たちの違いについて、自分がどういう意図の教育をされているかについてすぐに直感し、そして誤解しなかった。父親譲りの真面目さも相まって、反発することなくそのまま受け入れ、ミミッドに尽くす生き方を納得した。
 やがてキキは、魔術に対する突出した才能を開花させ始めた。キキ自身、キキ家の生物学的な血統らしく利口だったし筋もよかったのだが、皮肉なことにキキ家のNEMESIS、紡錘回転気体制御魔術は、女性がもつ脳の構造の方がより適していたのだ。母方ではなく父方のNEMESISを受け継いだ――ただし狐型よりも鼬型の方が優性遺伝だったため、兄たち三人も鼬型だったが――のも、なるべくしてなったと言えた。キキはめきめきと頭角を現し、幼いながらも兄たちや父さえも唸らせる能力を見せつけた。
 キキの父は間もなく理解した。この子の才覚は、こんな片田舎でくすぶっていいそれではない、と。
 その昔、臆病風に吹かされ半ば領主にそむいて逃げてきた罪悪感と、形態こそ違えどだんだんキキが母に似てきたという複雑な心境、何十年も貫いてきた騎士道精神は父に、キキを首都の学校に通わせ、キキ家の奉公を再開する決断を下させた。
 欲を言えばもっと発展した先進スフィアで英才教育を受けさせてもやりたかったし、十分すぎる実力と頭脳を兼ね備えていたキキだったから、おそらくどこのスフィアでも通用したのだろう。が、無論、父には生まれた土地に刃を向けるほどの傲慢さはなかった。
 第一、本当はかわいくてかわいくて仕方がないひとり娘をミミッドの外に出せるわけがなかったのだ。同じスフィアの首都ならその気があれば半日で行って帰ってこれるが、他スフィアとなると航行状況や国際情勢に左右され、最悪数ヶ月は会えない。その程度の、娘を想う普通の父親っぽさは、ちゃっかり持ち合わせた人物ではあった。
 ともあれ、そんなこんなで男として女の子になり、首都の大きな学校の学生寮に、単身で送り込まれたキキだった。
 騎士や爵位をもつ家の子は、十一歳を迎えて学校の生徒騎士隊に編成されると――基本的に――兵舎の個室が与えられる。が、それまでは普段の素行や生活力の指導、社会勉強、協調性の向上などを目的として男爵の子すらも農民の子と一緒くたにされ、一年生と二年生というくくりのみで同居を強要されていた。
 かくしてキキは後の人生に多大な影響を与える、当時二年生の、猫態LMOであるジュリアに出会うことになる。
 実家にいたころは騎士としての訓練に明け暮れていたため、それまでまともに同年代の女の子と触れあう機会のなかったキキは、ジュリアと寝食を共にし、あまりに女の子らしい生活を目の当たりにして、衝撃を受けた。
 衣服、装飾品、髪型、目につきにくい細部の手入れ、言葉づかい、たたずまい、ちょっとしたしぐさにまで気を配る繊細すぎる美的感覚、雰囲気の中に隠された暗黙の了解――。
 端的に言うと、キキは胸が高鳴った。そして燃えた。
 ――何この面白い生き物ちょっと神秘的すぎないっすか?
 今までの男としての生活が、急に色あせて灰色にみえた。密度が、濃度があまりに違っていた。女の子という存在が、怪奇な迷宮、堅牢な城砦に感じられた。
 憧れ、敗北の味を知った。そしてその嫉妬じみた欲求が突き動かすままに、持ち前の要領のよさでキキはみるみるうちにジュリアの女の子らしさを吸収していった――父や兄と同じ一人称だけは直さなかったが――。
 首都の学校に入学し、一年後、騎士の子だったジュリアは兵舎に移り、キキは二年生になった。新たに寮の部屋に迎えた後輩はキキのことを、優しくって気立てがいいお姉さまと相部屋になれたのはわたしの唯一自慢です、と慕ってやまなかったし、そのころにはクラスの男子や上級生からも告白されまくったせいで若干の煩わしささえ抱いていた。
 それでも達成感はあった。何かに勝ったと思った。たぶん父や兄、ジュリアや、体系化されていない性別に関する社会学的な何か、風習といった形なき敵に。
 勉学に関しても、当然、キキは抜かりなかった。筆記でも学年一位以外取らなかったし、魔術制御の技術は語るまでもなく、ふたつみっつ年上で、騎士隊に所属して戦いのさなかにいる爵位持ちさえ凌駕した。必然、首席にだって選ばれて先生たちにも期待の眼差しで見つめられた。
 その天狗の鼻はしかし、さらに一年後、ぽっきりとへし折られた。コロンの部隊に配属され、マリーという同い年の子との出会いによって真っ二つに。
 ――何この表裏のない娘ちょっと無防備すぎないっすか?
 底抜けに明るい癖に泣き虫でちょっと我がままでドジで子供っぽくて優しいマリーのことは、最初は単純に、ちょっと鬱陶しいところもあるけど便利なキャラ作ってるなあとか、その程度にしか思わなかった。
 だが一週間も経たぬうちに、マリーには真に裏めしいこと、悪意や劣等感に準ずる恥ずべき恥じらいがないことを察知した。同時に気付かされた。
 結局のところ――自分は演じてきただけだった。そういうつもりはなかったものの、仮面をかぶり、完璧で非の打ちどころのない、自分の中の理想像を追い求めてきて、最終的にはその人格になりきっていた。それは処世術としては完成されていた。冴えすぎた直観はキキを若くして、性格や人となりというものを、百年単位で見た計算高いパズルじみた遊戯か何かに昇華させ、そして勘違いさせていた。
 男としての自分。女としての自分。騎士としての自分。優等生としての自分。完璧なはずの自分。でも今こうしてマリ―の存在を知って心底びびりまくってる自分。
 どれが真実の自分なのか。本当に、本心から自分がなりたいもの、これが自分だと確信ものとは何なのか。確固たる自己を、キキは見失った。だけどそんなことでへこたれる、ただのか弱い女の子でもなかった。
 当人は実は気付いていないが、キキの特別に飛び抜けた才能、血筋など関係なくキキをキキたらしめている個人としての個性――好奇心と感受性のふたつによってキキは、探しだそう、と決心せざるを得なかった。本当の自分を、自分の根源というやつを。秘めたものなど何もないのになんだか温かくって居心地がよく不思議と惹かれる、マリーのそばで。



 マリ―の温もりに包まれたままうとうとしていると、布団に侵入し、キキの頬にすり寄ってくる小さくて柔らかいものがあった。ちょっと調整しすぎたかな、とフェレット型愛玩用ロボットの襟首をつまんで引っぺがす。
 小遣い稼ぎの一環として、キキはしばしばAI調整のアルバイトを請け負っていた。どんな安物AIがベースでも可愛さだけは、市販の最高級AIに匹敵するほどとして、校内ではキキの仕事ぶりには評判があった。あとが絶たない、とまではいかないが、行きつけの輸入雑貨屋で適度に散財できる程度には、注文があった。
 たまに盗撮、盗聴目的で依頼し、ロボットを送りこんでくる輩もいた。AIにはたいてい初めから怪しげで時には歴然たる欲望にのっとったスクリプトが書かれているため、一目瞭然だったが。あちらとしても発覚するわけにはいかないので、見つけにくいところに書いていたり、分割していたり、いろんな工夫を凝らしてくるが、幼い頃からいくつもAIを書いていたキキの目を欺くことなど不可能に近い。戦術的目的で装甲機関獣と無人機関獣を同時に駆使するキキ家にとって、高度で状況に即したAIは欠かせないため、キキ家は一家全員が熟練のAI技術師でもあったのだ。
 そんな不届き者には、その時の気分次第で仕事を受けなかったり、逆にお望みのシチュエーションぎりぎりだが決して一線は超えない、非常にもどかしい――注意深く見れば生々しさ、生活感とはやや逸脱している――映像を見せつけてやったりもした。その方が純真っぽくて、客の噂を介して男子の市場総体として受けるのだ。
 もっとも今回の依頼人はなんと父……ではなく、父が知り合いの伯爵の娘さんに頼みこまれた仕事だったために、そんな心配はなかった。先方の希望は甘々、つまり過剰な所有者に対する依存性を出してほしいとのことで、父はこちらに回してくれた、というか父には不向きすぎるのでキキが代行している次第だ。金銭的な報酬も何もない仕事だったが、父がキキに、どうすればAIを可愛くできるのか、だなんて物々しげに半ば泣きつきながら映像通話で相談してくるのが耐えられなくて、安請け合いしてしまったのだ。
 キキはその要望通りに仕事をしてみたが、少しばかり鬱陶しい仕上がりになったような気もしていた。納品は明日、フェレットを手渡しなので――旧型の記憶デバイスを使っているためか記憶容量はやたら狭く、AIのデータ抽出も書き込みも出来なかったので、ペットロボ本体ごと郵送されてきていた――今晩あたりにでも最終調整を入れなければ……。
 せっかく気持ちよくまどろんでいたのに、邪魔されたせいでいつの間にか醒めきっていた自分を見つけて、キキはマリーの胸元から抜け出してむっくりと起きだし、フェレットと同型の耳状デバイスと、ぼさぼさになった黒髪を指で梳いて整える。
 入れ替わりに眠りこけてしまったマリーの安らかな寝顔をしっかり十秒は眺めながら、ついでに癖のある茶髪から突き出した兎型耳状デバイスを撫でると、キキは姿見の前に立っててきぱきとお他所行きの服を身につける。
 控えめなレースに飾られた白いブラウス、胸元を飾る黒の細いリボン、紺のフリルスカートからワインレッドのストッキングに包まれた脚が伸び、編上げのブーツで締めくくっている。どこか物足りなさを感じ、キキはラックにかけてあったキャスケットをかぶって黒のチョーカーを嵌めてみる。
 だがまだ何か足りない。ベッドを振り向いてマリーが寝ていることを確かめて、出力を最小まで絞って魔術を発動。黒髪の毛先がくるりと渦を巻いてゆったりしたカールがかかる。
 ――完璧。小粋だけど背伸びし過ぎてない十三歳の出来上がりだ。
 ところで――魔術の出力調整や制御を行うに当たっては、個人の意思や技量、また、NEMESIS積分器や各種デバイスを用いて任意にかなりの幅を利かせられる。だが魔術の種別、大系は、必ず使用者のNEMESISに依存する。生体コンピュータたるNEMESISとはつまるところの遺伝子であるから、畢竟、魔術大系は血統で決まる。
 NEMESISを主軸とした文明にパラダイムシフトしてからと言うもの、貴重な魔術を保護するために、世界では血筋で区別するためのカースト制度が普及した。お題目として、遺伝子差別をするので主従関係をはっきりさせましょう、と掲げたのではなく、適材適所、餅は餅屋です、と並べ立てて、封建社会にとどめる度合いではあった。
 強大な魔術を持つ血統たちは自分たちがヒエラルキーの上位に立ちたいがために、共産的な思想に基づいて劣った血が排斥されないように初めから分別しておきましょう、と強弁したわけだ。そして実際それは案外、すんなり飲み込まれた。単純で大胆だが、妥当でもあったのだ。みんながみんな魔術を誇り、頼ると同時に、恐れていたのだから。そんなこんなで、ひとびとは決められた役割と仕事を受け入れた。
 血によって血を守る。地上を魔性の大陸生物が跋扈し、成層圏には鬼神のごとき無酸素生物が君臨し、人々が魔法を扱う神代の時代。ならばそれに見合った、神代の時代の決まりごとを、と。
 そして当初の狙い通り、他人の役割や領域を破る意図でNEMESISを使用すれば、激しく罰せられることになった。農民なら農業にのみ。騎士なら領地と領民を守るためにのみ、魔術を許された。
 今みたいにアイロン替わりに血を行使すると、ご先祖さまがたたる、と大人たちはよく言う。だが時々こうして何でもない場面で魔術を使うのが、キキの数少ない悪癖で、何故だかどうしてもやめられなかった。
 体内を巡る血の、重苦しい摂理に抑圧されてるのだから、これぐらいのガス抜きは仕方ない。そのキキの自己診断は、あながち外れではなかったが――決して正しくもないことに、この時のキキはまだ気付いていなかった。
 まつ毛を若干いじってリップを塗り、下ろしたてのカバンにいつも持ち歩いている小物を詰め込み終わるなり、キキはCPで時刻をチェックする。うん、やっぱりあれぐらいの二度寝なら全然間に合う。いくらなんでもマリーの気が早すぎたのだ。何から何まで計算通りとキキは自分に言い聞かせた。
 今日は学校の授業も騎士隊の訓練もない、完全にオフの日だった。前々から今日のお昼は、輸入雑貨を物色したりウィンドウショッピングを楽しんだり最近開店したカフェに行ってみようなど――要するにデートしよう、とマリーと約束していたのだ。
 ただのデートなら月に何度もしているし、ミミッド首都のお店を見て回るだけなら移動時間もさほどかからないし、こんな朝っぱらから出かける必要はまったくない。だが今日のためにマリーは昨晩、兵舎の管理人の目を盗んでキキの部屋に泊まる――これも月に何度もあることだが――ほどだった。まあ、落ち着かない気持ちも、わからないでもないが……。
 先々週の強国ミズシの侵攻を受け、スフィア連合議会は相当慌てふためいたらしい。キキの先輩であり上司でもあるコロン――魔女と呼ばれる強力なLMOを、ミミッドが隠し持っていることが露見したためだ。実際コロンの魔術を何度か目にしていたキキは、そのNEMESISの異様さを熟知している。先々週の防衛では、なんと重力というどう考えても抗いようのなさそうなエネルギーさえも防いでみせたのだ。
 どんな原理の魔術なのかだとか、そんなすごい人がなんでこんな辺鄙なミミッドにいるのかだとか、コロンのNEMESISや出自に関する詳細は部下のキキも知らされていないが、ともかく、アンドロイドのウェスタと衛星を介して連合議会から承認を得なければ使えない最重要機密なのだそうだ。
 さて、それほどのLMOがいると知って、ミズシはますますもって黙っちゃいない。もともと衛星と食糧欲しさに遥か格下のスフィアに攻め込んできた連中だ、そこにお宝があるとなれば一気になだれこんでくるだろう。
 そこで急遽ミミッドは、航行ルートを変更。偶然付近を航行していた連合の超巨大スフィア・マットーの伯爵艦と合流、入港してもらった。
 伯爵艦とは読んで字のごとく伯爵またはそれ以上の爵位の者のみが運航させられる巨大戦艦だ。エアレプリカを機関部に据えることで航進しており、険呑極まりない無酸素生物が住む成層圏付近まで飛べるらしい。豊富な軍備に各種工業、商業施設を備えた、いわば小スフィアのようなものでもあった。その気になれば補給せずとも単独で二、三年ぐらいなら自活できるぐらい設備が整っているそうで、ミミッドの首都と大差ない機能を持つとのこと――もちろんミミッドには伯爵艦などなく、というかミミッドそれ自体の産業レベルはマットー伯爵艦のそれに劣ってさえいるらしい――。
 マットー伯爵艦の場合、移動都市としても運用されており、機敏なスフィア運営に一役買っていた。艦は基本的に艦主の所有物であるけれど、政治的、経済的に重要な施設が集約されている艦もあり、機密と戦略的意味合いから、そうそう艦主が自由にできるものではない。有事がなければ一年に一度スフィアから離れるかどうかだった。
 ならマットーは戦時下なのかと言うと、そうでもない。そのスフィアにとって、どうしても失えない重要人物の護送だとか、特別な祭典だとかに使用されることが、ままある。
 そう、たとえば今回のような――。
 キキは最終確認のためにCPの通信アプリケーションを呼び出し、受信トレイに収まっている父からの電子メッセージを開く。

『差出人:木岐しゅうき
 タイトル:無題
 本文:
 例のAI調整の件だが、週明けそちらに依頼人の娘さんが赴くそうなので、その時ゆきから直接手渡してあげてほしい。
 あと報酬と言っては何だが、僕やたいきたちではあまり楽しめないと思うので、依頼のついでに伯爵に頂いたものを添付しておく。
 麻理衣さんと行ってきなさい。』

 キキはさらにメッセージの末尾にあるファイルを展開。長方形で小粋なデザインの電子チケットが飛び出す。

『稲荷すみれ♪ 全スフィアツアー
「モルキュルナインホイルズ♪」
 @松任伯爵艦「イナリ」内ライヴハウス in スフィア御三堵
 特別ご招待チケット』

 そう、たとえば今回のような――今をときめくトップアイドルのライブツアー中、だとか。



 スフィア・マットーの人間は基本的に明朗闊達、自由奔放、社交的で自己主張が激しい。
 特にマットーに多い犬態や狐態、狼態LMOは顕著だ。そして近頃、全スフィアでも人気沸騰中のマットー出身の歌姫、ナリスもご多分に漏れないらしい。
 ツアーの名前が自国の登録エア名だなんて、エスプリが利いてると言うか、安直と言うか――。まあ、それぐらいでなければアイドルなぞ勤まらないのだろうけど。キキは少しばかり、やりすぎ感に辟易する。
 王鍵、分子九重車。またの名をエア・モルキュルナインホイルズ。原理は不明だが、真空に関連性がある王鍵だというのがもっぱらの噂の、名だたる王鍵のひとつ。
 王鍵というものは極秘が基本だが、分子九重車に限っては例外だ。なぜならライブの度に、伯爵でもあるナリス自身が模倣王鍵で真空を生みだし波の屈折率を変えるなどして、各照明、音響などの演出をしてのけるからだ。派手好きなのも結構だが、ここまで来ると呆れてものも言えない。
 ただ、全スフィアの中でも一位二位を争うほどの超巨大な超密生体鋼盤を浮かせているのだから、正体が明かされたところで弱小スフィアのそれとは一線を画す王鍵には違いなかった。頭の固い連合議会の老婆たちが、ナリスの模倣王鍵の濫用に口を閉ざしているのも、畏れからだろう。モルキュルナインホイルズこそ最強のエアという都市伝説すらあるわけだし、誇らしく思うのも、頷けなくもない。
 ミミッドの国土も連合の中ではかなり広いが、それは平面的な次元の話。マットーは格別で、分厚さもそれなりにあるミミッドを、さらに縦に三段は積み重ねたほどの巨大さだそうだ。
 元素は自給が難しくないほど豊潤。年中冷え切っているミズシと違って固有の気候も厳しくない。治安が良く産業、経済も連合トップレベル。軍事用衛星だって飛ばしているし、金に困ってないミズシでさえ三隻しか製造していない伯爵艦を、十隻も保有。犬態などのLMOは利発で応用しやすい魔術が多いとも聞く。そして持ち前の外交力で弱きを助け強きを挫いて、議会での議席数もかなり取得している人気者であり、好き勝手やってるくせに道は外れないお調子者。芸能活動のために、領主がナリスに伯爵艦を授けた逸話も有名だ。
 だからミズシの襲撃を知るなり、ツアー中にも関わらず、困った時はお互いさまとかなんとか言いながら真っ先に駆けつけたマットーの行動は、不思議でもなんでもない。
 しかもただやってきたばかりでなく、商業やレクリエーション施設などを一部の区画を開放。もともと金にならないミミッドでそんな予定などなかったはずなのに、あたかも初めからそのつもりで訪れたかのように、至極自然な流れで特別ライブを追加公演、平民や騎士には格安で、男爵以上の家庭には無料で招待チケットを配布した気の利きよう。
 これらの目論見はキキにも理解できる。ミズシが全面戦争に乗り出した場合、周辺にはマットー伯爵艦の他に対抗できる勢力は皆無だった上に、襲撃の直後にマットーが軍事的に補助したとなれば、ミズシ以外の諸外国にすらも魔女の存在を裏付ける結果となってしまう。特別公演も魔女の隠蔽のための偽装でしかないし、事実として、いかな軍備が整っているミズシと言えどマットー相手に喧嘩を吹っ掛けるのは得策ではないと判断したのか、一度は模倣王鍵を二本も投入したというのにミズシは現在鳴りを潜めている。
 あまりに滞在期間が長いとやっぱり不審だし、艦自体がマットーの政治機能を含んでいるので、議会が態勢を整えるまでの短い間の、その場しのぎの措置に過ぎないのだろうが――結果的に、今回の件でマットーの評価は今後さらに急上昇することだろう。
 要は何から何まで、なんとなく、キキの鼻につく手合いだった。典型的な八方美人。同族嫌悪というやつなのかもしれない。おかげでこうして、マリーとデート出来ているわけだけど。
 正直に言ってマットー伯爵艦の商業地区は、伝聞通りミミッドの首都とは比較になりえなかった。しかも艦主であるナリスの影響というか、要望をかなり反映させているのだろう、若い子向けの店ばかりだった。たぶん十年経ってもここまでおしゃれなお店はミミッドに出来ないんだろうなと冷静に分析しつつも、田舎者らしくあちこち目移りしてしまうのは止められなかった。
 キキと手を繋いで歩くマリーもまた同じ。
「うわー、すごいよキキちゃん! 見てあのアンドロイド! 食べたお豆を一瞬でコーヒーにしてお口から淹れてる!」マリーが赤い瞳をらんらんと輝かせながら、アンドロイド専門店の店先を指差した。
 行きすぎた多機能というのはいつの時代にもあるものだ。天然素材の高速調理を前面に出すのはいいけどあれ飲むくらいなら合成食品でもいいかな、と思わせる図でもあった。家事用アンドロイドに搭載する合理性もわからなくはないが、せめて視覚効果を考えてほしかった。
「マリー、ウェスタ先輩があれをやるヴィジュアルと、それを飲むとこを想像した方がいいよ」
「えー、マリーは誰がやっても面白いから飲みたいよ?」
「お願いだからやめて」
 などとじゃれあっていると。
「はァ? ダッチワイフ? なんですの、それ?」やけにはっきりと、その声は聞こえた。
 ぎくりとしてキキが振り返ると――。
「文献によると、AI抜きの、等身大ヒト型ぬいぐるみだそうですが」
「そのダッチワイフとやらの、何がいいんですの?」
「自分にはわかりませんが――仕様から察するに、ヒト型に対して抱擁が可能であること、AI抜きであることが重要なのかと」
「そうなんですの? うーん……、一度見てみないと、想像できませんわね……どこに売っているのかしら、ダッチワイフ」
 金髪緑眼の見た目麗しきミミッドのお姫さまと、銀髪金眼のアンドロイドが珍しくふたりだけで歩いていた。
 周囲の人間をドン引きさせながら。
 キキは頭を抱える。噂をすればなんとやらだが、田舎者丸出しどころか文句なしにヤバいひとたちだった。
 マリーはまだ口から黒い液体をだばだば垂れ流す店頭のアンドロイドに夢中で、先輩たちに気付いていない。不忠とも取れるが、いくらなんでもあんな辱めは受けたくないのでここは早々に退散、
「あら、キキにマリーじゃありませんの」する前に見つかった。しかも、「ちょうど良かったですわ。実はわたくしたち、コロン先輩のためにお土産をと思いまして、ダッチワ――」
「ひと違いっす!」思わず、キキはマリーの手を引いて逃げ出していた。
 ふたりともごめんなさいそれとどうかネユ先輩の素性が周りの人に知らせませんように、と祈りながら全力で走りつつ、
「ちょ、ちょっとキキ!? どうして逃げるんですの!? わたくしです、ネユです! ミミッド領主の――」
 ネユが叫び始めたのを背中で聞いて、何かが終わりを告げたことを、キキは認識した。
「う、わっ、わ! キキちゃんいきなり走り出してどうしたのー? っていうかネユ先輩の声聞こえない?」
「ひと違いっす!」暴露しないよう抜け目なくCPの通信電源を落としながら、キキはただ、泣きたかった。



 ネユたちが社会的に自爆した後にマリーのCPでコロンに電話をかけ、一刻も早くネユに連絡するよう指示しておいた。機転の利くコロンならなんとかうまいフォローをひねり出してくれると思ったからだ。
 事情を聞けば、不慮の事態があると困るからとのことで、コロンにだけ乗船の許可が下りなかったそうだ。ミミッドあるいはマットー、はたまた議会、どの陣営にとっての不慮なのか。キキは電話のさなかに早々に感づいたが、マリーが隣にいたので追求するのはやめておいた。
 紆余曲折はあったものの、キキとマリーはそれなりにデートを満喫していた。流行りの服も何着か見繕ったし、雑貨も漁った。ちょっとした化粧品も買った。いつものデートではたいした買い物はしないが、流行の最先端を行くマットーの店はキキの財布のひもを緩めさせ、同時にキキに充足感を与えた。
 だけどキキが今日、腹の底から笑って本心から楽しめたのは、何もかもマリーのおかげだった。
 マリーとふたりっきりで過ごしているときだけ、キキは体面や自分自身のことを思い悩まずにすんだ。他人を己の物差しで視なくてよかった。
 マリーがはしゃげばキキもはしゃげたし、マリーが喜べばキキもまた喜べていた。
 別段マリーがとびきり面白い子というわけではない。マリーのマリエ家は何の変哲もない騎士階級だし、マリー本人、成績が優秀なわけでも劣ってるわけでもなし、マリーは至って普通の子だ。
 キキもまた、内向的で他人と遊ぶことが下手、というわけでもない。マリー以外にもちゃんと友達はいる。
 重要なのはきっかけだったのだ。キキが自分の才能を、外側に向けるきっかけ。奉公滅私に対抗するために、自分を取り巻く環境を難しく考えて着飾ったり掟を破ったりする以外の単純な真実をマリーは教えてくれた。世界はもっと簡単なもので構成されている明白な真理をマリーは与えてくれた。
 没頭し、頂きを極めて俯瞰することではなく、ただ甘受すること。それだけでよかったのだ。
「……キキちゃんは、マリーと一緒でよかったの?」
 マリーはキキと遊んでいると極稀に、ふとそんなことを訊ねてくる。卑屈さを感じているわけでも演じているわけでも、ましてやキキを信用していないわけでもない。ひとえにキキを案じているのだ。
 名家でさらには首席。片や発育以外では劣っているただの騎士階級の子。
 多少の引け目と、無礼を働いているんじゃないか、あるいは当事者のキキが誰かに怒られやしないか、そう考えてしまうのは当然の帰結だった。だからそういう時は、
「ぼくがマリーじゃないと、やだよ」と子供っぽくふるまってみせる。
 論理を捨てることもまた、一種の論理として。
 マットーの伝統工芸品店を出た頃、
「マリー、お腹ぺこぺこー」やおら、マリーがそんなことを言い出した。
 試運転のために連れて来ていたフェレットロボットがキキの肩の上で、同調するようにくんくんと鼻を鳴らすしぐさをした。
「結構歩いたしね。ぼくもちょっと小腹が空いたかも」キキはCPで商業区画の立体案内ページを――伯爵艦の設計が露わになるのを避けるためだいぶ概略的なものだったが――呼び出す。「近くにオムライスのおいしいカフェがあるみたいだから、行ってみよっか」と、育ちすぎたバナナの房を思わせる大量の買い物袋を引っ提げて、キキとマリーはそのカフェに向かうも、
「……いっぱいだねー……」マリーががっかりしたような声を上げた。
 カフェは予備のテーブルを表に出してさえいるのに、ミミッドの人間でひしめきあって行列もできていた。てんやわんやしていた若いウェイトレスに訊ねると、三十分は待つそうだった。お昼が近いのもあるけれど、さすが田舎者といったところか。憩いの空間も台無しだ。
「別のお店にし――」と離れようとした瞬間、キキは立錐の余地もないカフェの中に、ある人物を見咎めてしまった。
 灰髪に猫型耳状形態デバイス、澄んだ水色の瞳。どこか儚げな雰囲気の猫態LMOが、栗色の髪をした勝ち気そうな犬態LMOとおしゃべりに興じていた。
 キキはあたかも、自分の紡錘回転魔術が五臓六腑をかき乱すような感覚を覚えていた。
「あ、キキちゃん見て見て、ジュリアせんぱいとライラちゃんも来てるよ!」そんなキキの心情を知ってか知らずか、マリーは目聡く、第二生徒騎士隊の隊長ジュリアとその部下ライラを発見していた。
「うん……でも、こんなにひとがいっぱいじゃ挨拶もできないし、素直に他の店に行こう?」
「……? うん、明日学校で、おいしかったか聞かなきゃね!」
「そうだね――」キキはごまかすようにCPの立体案内を再び立ち上げる。
 いつもの焦燥感がキキを襲っていた。兵舎や学校でジュリアとすれ違ったり声を掛け合ったりしたときも、教室でライラと世間話をしているときも、こんな気分にはならない。
 だけどジュリアとライラ、ふたりが一緒にいるところを目撃したり知ったりしたときだけ、キキはいてもたってもいられなくなっていた。もう吹っ切れたと思い込んでいたけれどたぶん、学生寮時代にジュリアに想いを伝えて振られたことに起因しているのだろう。
 空腹感はあまりなかったが、キキは無性にやけ食いしたい気分に陥っていた。お誂え向きの、人の目が少なく流行からは少し外れた喫茶店が目に飛び込んできたので、考える前にマリーを連れて店に入っていた。
 若者は普通寄りつかない、主婦たちがコーヒー一杯で延々と井戸端会議を続けるような空間だった。ここならどれだけがつがつ食べても誰も気にはしない。テーブル席はすべてその主婦たちや自主学習に励む真面目そうな学生らしき一団が占領していたので、キキとマリーはカウンター席に腰を下ろした。
 お冷を持ってきた店主風情の年のいった鷲態LMOがフェレットに気付いて一瞬胡乱な眼つきをするが、愛玩用ロボットであることを表す首輪デバイスを見るなり、ため息をついてやれやれと言わんばかりにかぶりを振って、「まァたそのおもちゃかい。ロボットだってのはわかってるけど、それなら尚更、あんまりうろうろさせないでおくれよ」
「……また、っすか?」
 キキが首をかしげながらキャスケットを取ると、店主が無言でキキの隣に座っていた客を顎でしゃくった。かぶったパーカーのフードの端からうかがえる、ネユのそれより明るく黄色に近い肩ぐらいまでの金髪の毛先。店内で食事中だと言うのにシックなサングラスをかけた若い娘が、子狐型愛玩用ロボットをカウンターの上で好き放題させたまま、いささかこってりしてそうなスープヌードルをすすっていた。
 娘の行儀の悪さにも度肝を抜かれたが、喫茶店にスープヌードルなんか置いてる店主のセンスも型破りだった。
「マリー、あれ食べてみたいかも」
 雰囲気にはそぐわないが、確かに美味しそうではあったので、キキはスープヌードルをふたつ頼む。店主が背中の折りたたまれた翼状デバイスを見せて炊事場に立つやいなや、
「趣味いいわね、あんた」おもむろにヌードルをたいらげた娘が、わずかにキキに顔を向け、「ここのヌードルはスタミナつくわよ。仕事前とかには持ってこいね。もちろん、失恋したときのヤケ食いにも」
「なん――!?」
 どきりとした。あてずっぽうどころか、なんでもない雑談の一片が偶然当てはまっただけでしかないのに、キキはひどく見透かされてる気分がした。
「でも物好きねェ、あんたたち。わざわざこんなトコに来るなんて。ココじゃ見かけたことないから、ミミッドのヒトでしょ?」芯があるというか、はきはきした明瞭な声。「この店も穴場っちゃ穴場だけど、普通はもっとミミッドになさそーな、イケてる店に行くもんじゃないの?」娘がフードを取り、ぴんと張った狐型耳状形態デバイスが現れる。次いでサングラスをずらし、宝石のような紫の瞳の上目づかいで、若い狐態LMOはキキたちを見据えた。
 気の強そうな、コロンとは別のベクトルの凛々しさと、愛くるしいとも言えるあどけなさが半々に混在した、テレビ番組などで見慣れた顔つき。
「ナリ――」無類のファンであるマリーが、まさに本物を前にして飛びあがりそうになるが、ぎりぎりのところでキキがぱちんと口をふさいでおいた。
 狐娘は人差し指を口に押し当て、びっくりするほど完成されたウィンクをしてみせた。「しーッ! 言ったでしょ、穴場だって。お忍びで来てるんだから、黙っててよね。ついでにサインが欲しけりゃ、わたしがココに入り浸ってることも、秘密にしておくよーに」言いながら、フードとサングラスを元に戻す。
「……ならわざわざ、話しかける必要なかったんじゃないっすか?」
「自分と同種のペットロボを飼ってるよーな悪趣味なヒトが好きなの、わたし」狐娘は、じゃれはじめたフェレットと子狐を指差す。
「これはぼくのものじゃないっす。知り合いから預かってるもので――」
「そんなのどうだっていーわ」そっけなく遮って、「とにかく、わたし、実は開演まで暇してるの。わたしとおんなじ、あなたの趣味の悪さに敬意を表して、それまで艦内をナビしてあげなくもないけど?」唯我独尊の極みとも思える高圧的態度で狐娘――トップアイドルのナリスは提案してきた。



 正直に言うとご遠慮願いたいところだったけれど、またとない機会ではあるし、何よりマリーが悲しむ。そう自分を諌め、キキはナリスの引率を受けることにした。
 キキはいやいやながらだったものの、自分の所有物だけに、ナリスは伯爵艦のすべてを把握しているらしく、案内してくれたお店や施設はどこも、ひとけが少なくとも垢抜けていて感嘆に値する場所ばかりかった。
 マリーはそれでなくとも、ナリスとプライベートな時間を送れただけですこぶる上機嫌だった。
「ナリスちゃんすっごい! こんなに広い船なのに、なんでも知ってるんだね!」
「一応、わたしの実家の一部だからね、ココ。ホントは商業区以外にもおもしろいトコはいっぱいあるけど、今回のツアーはお父さんも船に乗ってるからさ、見つかったら怒られんのよ、一般人連れてくと。機密がどーのこーのってね。だから、ま、ソコは諦めることね」ナリスは得意げに言った。
 マリーの持ち味とも言える親しみやすさは、ナリスとの親睦を存分に深め、ふたりを数年来の友達同士に仕立て上げるのに、そう長い時間を要させなかった。ナリスも高飛車な言動や強引な気質が目立ったが、客人をもてなしたり世話焼きな部分もあるらしかった。
 ナリスが奢ってくれた、艦内で一番イケてるらしい小さなスイーツ専門店のクレープをかじりながら、三人は居住区と商業区の境界に位置する広場のベンチに座って話し込んでいた。
「ふゥん、あんたたち、騎士なんだ。んじゃんじゃ、戦争とか経験したことある? ヒトを殺したことは?」人の通りが少ないからか、ナリスはフードを下ろし、サングラスも胸元に突っ込んでいた。
「どっちもあるよー。マリーはあんまり好きじゃないけど、悪い人が相手だから、仕方ないんだー……」マリーがストロベリークレープをもぐもぐさせながら、人間の肉体的強度がいかに脆弱かの実体験を事細かに高説してやると、
「うッげェ、そんなのよく耐えられるわねー、あんたたち。そんなの見たら、わたし、たぶん一ヶ月はミートスパゲッティ食べらんないわ」マリーの鼻についた生クリームをハンカチで拭いてやりながら、ナリスがわざとらしく顔をしかめて見せた。
「今まさにピザクレープ食べてるじゃないっすか……」と言いつつキキも、人間の断面を連想させるイチジクの果実をふんだんに使ったクレープをもそもそ頬張っていた。
 主としてマリーとナリスが引っ切り無しにくっちゃべっていて、キキはあまり会話に参加せず、したとしてもほとんど突っ込み役だった。
 マリーの邪魔をしたくなかったのもあるけれど、最も懸念していたのは、ジュリアたちのことだ。
 ナリスに連れ回された先はたいてい落ち着いた雰囲気で、洗練されすぎてないぐらいには粋なお店だった。ゆえに女の子として鋭敏な嗅覚を持つジュリアが嗅ぎつけてきて、どこかでばったり遭遇してしまわないかと気が気でなかった。
 キキは一方的に見聞しこそすれ、直接ジュリアとライラがふたり一緒にいるところで出くわしたことはない。もし目があったりしたら、何を話していいのか皆目見当がつかなかった。きっと途方に暮れてしまう。
「あ、マリーちょっとお手洗い行ってくるー」と、トイレの場所をナリスから聞き、マリーが席を立った。
 急にふたりきりにされて、一瞬、キキとナリスとの間に沈黙が降り立ち、会話が途切れる。
 ……まずいなあ。マリーに任せておけばいいやと思ってあんまり自分から絡まなかったから、距離を測り損ねていた。とりあえず当たり障りのないことでも聞いておくか――そう思った矢先。
「――あんたさ、さっきからちょこちょこ仮面剥がれてるよ」ナリスが勿体ぶったような笑みを作った。
 二度目のどきり。
「……何のことっすか?」キキは顔色一つ変えず素知らぬふりをするも、
「なーんか必死すぎてかわいいねー、あんた。めちゃくちゃにしてやりたいかも」楽しくてたまらないといった様子のナリス。「なんでそんなにハリボテ張り巡らせてんの?」
「ナリスさんが何をおっしゃってるのか、ぼくにはさっぱり――」
「整形や合成音声で溢れかえって形而下の演出に意味がなくなったきょう日、アイドルが成功するのに必要なのは何か、わかる?」にやにやしたままナリスが問い詰めてくる。「社会情報学と美的感覚、顧客の需要に基づいた、完成された意識と歴史と感覚を持った人物像を、自分というスクリーン上に出力することよ。アイドルも今はねェ、メタ情報科学の最先端を行く現場研究者なの。そのためには当然、他人の仮面を読んで分析するくらいは朝飯前。自分が読まれないようにね。あんたがどんだけ自分を隠そーとしても、わたしには無駄ってこと」
「……別になにも、隠してなんかないっすよ。ぼくに距離を感じてるんなら、それは謝るっす。でも親しき仲にも礼儀ありっていうでしょう? ひとと付き合っていく中で、なんでもかんでも思ってることぶちまけて、自分の思い通りにだけひとを動かそうとするのは、道理じゃないと思うっすけど」
「あー、それそれ! まさにそーゆーの。そーゆー答え方よ、わたしが言いたいハリボテってのは。今あんた、全然本心から意見言ってなかったよね」
「……は?」
「だから、そんなの道理だなんてあんた自身はまったく思っちゃいないっしょ? 他人や一般的な道理を飲み込めても、あんたは絶対に自分の道理とそれを同一視させないってゆーか、流されないようにしてる人種じゃん。そのくせあんたは、まるで自分が普遍的であるみたいに説くタイプだ。どう? アタリ?」
 あまりに押しつけがましい物言いに、キキはこの数十秒のやりとりでナリスをほとんど嫌いになりかけていたが、「……そうかもしれないっすね」ただそれだけしか、返せなかった。
 自覚はなかったがたぶんちょっとは図星だったし、ぼろを出すのを恐れたのかもしれない。とりあえず合わせておかなければいつまでも食い下がってきそうな上に、あとあと面倒なことになりそうだったからだ。
 だけど。
「それも嘘でしょ? あんた、自分が空っぽでどーしよーもないくらい屈折してて異常で狂ってるのをバレるのがヤだから、そーやってホントの自分を殺してまでヒトに合わせるしかないんだ。あははははは! おっかしー、かわいそー。あわれすぎて笑いさえこみ上げてきたわ。かっわいーなー、あんた」
 さすがのキキも、かちんと来た。「……いくらなんでも、ひとをバカにし過ぎっすよ。まさか全スフィアトップアイドルが、ここまで性根の腐った生意気娘だとは思いもしなかったっす」
「へェ、思いもしなかった、ねェ。……それで?」
「それで、って……それだけっす」
「なにもしないの?」
「する必要がないっす。なにかしてほしいんすか?」
「そんだけバカにされたのに? あんた自身はなにもしたくないの? 性根の腐った生意気なわたしのことシメてやりたいとか思わないの? わたしのこと引っ叩いたり、今すぐCPでわたしの本性をネットに晒しあげたりは?」
「それとこれとは話が別っす。そんなことで溜飲を下げても、ナリスさんが性悪なのは変わらないし謝罪も反省もないでしょうから、解決にならないっす」
「おんなじだよ? 解決するよ? ただあんたが、その後どーすればいーのかわからないだけ。あんたの都合で区別しようとしてるだけ」
「じゃあ、ナリスさんは具体的に、ぼくにどうしてほしいんすか?」
「さァ?」
「さァ、って……」
「あんたがしたいよーにしたら?」
「ぼくがしたいように……」
 ぼくがしたいように。ぼくがナリスさんにしてやりたいこと、ぼくがやりたいこと、ぼくが望むこと、ぼくが求めること。
 ぼくの願望。それは――って、――あれ?
 願望――って、……何――?
 キキの思考は、徹底的に、完膚なきまでに、殺される。
 頭の中が清冽な空白で満たされていく。何を――何か――何か考えなくてはいけない。キキは何度も口を開け閉めするが、そこから言葉が紡ぎだされることは、ない。
 キキの奥底に眠る本質が、まぶしすぎる何かに暴かれ、焼かれようとしていた。
 ナリスが囁くように語りかけてくる。「わかんない? 自分のことなのに? 自分が何を考えて何を欲しているのか、わかんないの? 何が何だかわかんない? ま、でも、当り前、だよね? あんたは空っぽなんだし? どーしよーもなくねじ曲がってるんだし? あんたは自分のこと、わかんなくて当たり前だよね?」
 わからなくて当たり前……そうなのかもしれない。キキ自らは今まで考えもしなかったが、もしかすると真にナリスの言うとおり、自分は空っぽ、なのかもしれない――。
「空っぽな自分のことがわかんないあんたは、空っぽで当然、だよね? 自分のことすらわかんないあんたは、他のなにものも理解できない、だよね? そんな空っぽなあんたは誰でもないしどこにもいない、だよね? あんたにはなんにも存在しない、だよね? あんたは誰にも理解されなかった、でしょ? あんたはどこにも存在しないもんね?」アメジストの瞳が覗きこんでくる。その煌めきに飲み込まれそうになって、キキはひどい眩暈と浮遊感を覚えていた。急速に周囲の音や光が遠ざかっていく。
 自分は空っぽ。だから何にでもなれた。何でも演じてこられた。ぼくは、空っぽ。ぼくは、どこにもいない。
「でもね、わたしはあんたの真実を理解できるよ。同族だからね。わたしはあんたと似てるからね。わたしだけはあんたの主体性を知ってるし、受け止めてあげられる。わたしだけはあんたがどこにいるかを知ってる。わたしだけはあんたをきちんと管理しててあげられる。あんたを壊さないでいてあげられるし、逆に壊してほしければ最高にめちゃくちゃにして、泣き叫ぶほど幸福に、気が狂っちゃうほど永遠に、もう許してって拒絶しても何度も何度も、すっごくすっごく、よくしてあげられる」いつの間にかナリスの指が、キキの頬に触れ、耳の後ろを這い、髪の合間を縫って頭皮を撫でていた。
 上下左右もわからぬほどぐらつき、熱く、ぼんやりと混濁し始めた意識の中で、ただ、ナリスの冷えた細い指だけが鮮明に感覚された。ナリスの指先の鋭利な冷たさが、犯すように、脳に染み込んでいく。
 想像を絶するほどの背徳を内包した深淵が、徐々に己の人格を取り込みつつあるのを感じた。強烈で暴力的な、一度嵌まれば抜けだせない甘い愉悦が、キキを誘惑していた。だが――空っぽのキキに抗う術は、なかった。
「わたしだけは、空っぽのあんたを充実させて、この世のものとは思えないステキな体験で満たしてあげられる。あんたは空っぽだから、絶対すごく馴染んですごく順応してすごくよくなっちゃうよ。わたしだけが、空っぽのはずのあんたが自分からおねだりしちゃうほど、しあわせの味を刷り込んであげられる。何も望めないはずのあんたが、それ以外いらないって感じてこいねがうほど、あんたを調整してあげられる。どこにも存在しなかったあんたを地獄から救いだしてあげられる。どこにも行けないあんたを天国に連れて行ってあげられる。あんたが生まれてから今まで知らなかった理性の軽薄さを、あんたの身体に教えてあげられる。あんたが死ぬまで知りようがない本能の罪深さを、あんたの脳みそに教えてあげられる。何なら今ここで、啓蒙してあげよっか。あんたを雁字搦めにしてる鎖と、あんたを打ちつけてる楔と、あんたを繋いでる頸木から、解放してあげよっか。教えてあげよっか、空っぽ以外のあんたの本質、空っぽ以外のあんたの本当の姿を。……それはね――」ナリスの唇が近付き――。
「キキちゃんナリスちゃん、避けて!」遠くからのマリーの声。
 キキは腕を急に引っ張られ、体勢を崩しながらナリスに抱き寄せられる。ついさっきまでキキとナリスが座っていたベンチに超熱量が激突、轟音とともに砕ける。
 キキははっとして粘着質な気だるさをまとう身体を起こし、辺りを見回す。一、二、三――九人。マットーの工芸品である狐の仮面と帽子をかぶった、えらく体格のいい男たちが、キキとナリスを取り囲んでいた。
 ナリスを狙った狂信的なならず者? いや、明確な殺意を持った魔術だった。アイドルを誘拐しに来るような穏やかな連中ではないらしい。
「なに、あんたら、わたしのファン? ちょっと熱烈すぎんじゃないの?」ナリスが不機嫌そうに誰何する。
「……」男たちは名乗りもせずに、互いに射線に立たないよう注意深くじりじりとキキたちとの距離を詰めてくる。
 キキは、ふたりのならず者に行く手を阻まれているマリーに目配せして頷く。
 刹那、起動していたインプラントの拡張視野が魔術的濃度の上昇を検出する。暴漢たちはそれなりに場数を踏んでいるのだろう、一番身体の大きなリーダー格の無言の合図とともに、息の合った連携でNEMSISを起動。光、電磁、振動、熱、化学、さまざまな魔術を、男たちが引き起こす。予期していたキキは濃度測定よりもなお早く、NEMESISを呼び覚ます。
 巨大な大気紡錘体が広場の中心に出現、突風が吹き荒れ、大気中の濃度勾配が急変化。すべての敵性魔術は気圧勾配に引きずられてかききえる。
 キキはナリスの足を払って転倒させ、自分も床に伏せる。一瞬後にマリーが暴漢たちの中心に踏みこんで一回転。外したベルトを芯にした長大な氷剣でばっさばっさとならず者の腰をなぎ払い、無慈悲に切り落としていく。
 宙に跳んでかわしていた何人かが、大気濃度を再計算してフィードバックさせた魔術で劣勢をひっくり返そうとするも――。
 マリーが氷剣を真上に放り投げる。氷剣の上下から迎えるように、キキは回転紡錘体の牙を生みだす。氷剣は砕け散り、無数のつららとなって炸裂。跳んでいた者も地を這っていた者も、脊髄とジェネレーターとを的確に撃ち抜かれ、絶命には至らないでも、全身不随となってその場で活動を停止する。致命傷だが、騎士なら五分は生きながらえるだろう。
 広場が一瞬で鉄錆の臭いと深紅の塗料で塗りつぶされる。血の海を泳ぎながら懸命に魔術を紡ごうとするリーダーの首筋に、マリーが新たに暴漢の血液で作り出した紅い氷の小刀を突きつける。
「動かない方がいいっすよ。今のでわかったと思うけど、その子、ミミッド第一生徒騎士隊のアタッカーっすから、その辺の男爵よりよっぽど強いっす」キキはCPで暴漢たちの写真を撮って被害届を提出しつつ、「お医者さん、一応呼んどくっすよ? でも弁護士は各自でお願いっす」
 制圧完了。キキがそう判断するが早いか――リーダーが不敵な笑みを浮かべた。
 いち早く魔術濃度変化を観測したマリーが、有無を言わせず小刀を払う。男の首が飛ぶ。ごろりとキキとナリスの足元に、首が転がってくる。狐面とキキの目が合う。無駄な抵抗を。キキは半ば呆れた。
 と、同時に、男の頭部がばしゃりと溶け、面と帽子が紅い液だまりにひたされる。
 ――肉体相転移魔術。自爆する気か。
 キキは咄嗟に後ろのナリスをかばいながら、魔術を急速展開。空気の螺旋が大量の血を空中に巻きあげていき、液体炸薬の組成と起動回路を崩す。
「――クソが!」罵声とともに血液がヒト型を取りつつ、巨大な血漿の礫を放ってきた。
 有機系のNEMESISが飛ばしてくるものは、毒物と相場が決まっていた。キキは大気障壁で自分たちを覆って血漿を全力で散らす。血霧が視界を埋め尽くし、そして晴れる頃、肉体を取り戻したリーダー格が仲間の血にまみれたまま、居住区の方へと逃げ込んでいるのがキキの目に映った。
「……逃げられたっすね」キキはナリスとマリーを振り返る。「ふたりとも、怪我はないっすか?」
「だいじょうぶだよー。でもびっくりしたー!」マリーが周囲の血だまりと同じ色の、赤い瞳をぱちぱちさせた。
「怪我はないわね。でも――」ナリスが悔しげに吐き捨てた。「やられたわ、あのくそったれ……! わたしの子狐ちゃんをパクっていきやがったわ」
 なんだそんなことかとキキは胸をなでおろす傍らで、
「えェー! じゃあ早く追いかけて取り戻さなきゃ、大変なことになっちゃう!」マリーがやたらと焦る。
「……? たかが、ペットロボじゃ――」
「ちッがうわよ。あれは、そんなんじゃない。あれこそ、マットー伯爵艦の動力機関――エア・モルキュルナインホイルズのレプリカなの!」



 ナリスが模倣王鍵を狐型愛玩用ロボットに入れていることは、エアの情報規制の性格を重視するためにテレビなどではさすがに話題にできないものの、当の本人が公言しているしライブのときでさえも手放さないために、周知の事実でもあった。ファンなら誰でも知ってるらしいし、それでなくともちょっと調べればわかるそうだ。
 暴漢が潜り込んだ居住区は、キキとマリーは立ち入り禁止だったけれど、責任は取るし騎士なら伯爵に従えと主張するナリスの言葉に甘んじて、キキが呼んだヒーラーが駆け付けるのを待たずに三人は暴漢を追っていた。
 仮面と帽子を置いて行ったので、肉体の相転移魔術を使った暴漢がミズシに多い熊態のLMOであることは、逃げる際の後ろ姿からわかっていた。おそらくミミッドにずっと潜んでいたミズシの一派か係累、間者だろう。
 防戦が得意なミミッドゆえに、内側から弱点を探るのは当然。以前からミズシのスパイがミミッドにいることは、十分に警戒されていた。
 ミズシは可及的速やかに総力戦を仕掛けたいにも関わらず、ミミッドはマットーとの合流で一時的に戦力を大幅に拡大させていた。内通者を有効活用するには今しかなかったのだろう。エアレプリカを潰せばマットー伯爵艦も機能しないと判断して、ナリスあるいはエアレプリカを内包したペットロボを狙ってきたのだ。
 キキは異様な緊張に迫られていた。
 キキの機転でナリスの暗殺を防げはしたが、事件はまだ解決していない。この一件は、下手を打てばミミッドとマットーの国際問題にすら発展しかねない政治事件の側面を持っていた。マットーを敵にしてしまえばミミッドの連合での立場は最悪になる。ひょっとすればミミッドの命運を左右するかもしれないのだ。
 いつもの癖ですぐに立件してしまったのは失策だった。世間には公開されない高速簡易裁判で申し込んでおいたのがせめてもの救いだった。
「足跡を残してくなんて、あのくそ野郎もなかなか抜けてるわね」ナリスが見下したように言った。
 暴漢の大きな赤い足跡は、居住区を通って艦外へと向かっていた。エアレプリカは、肉体相転移魔術で錬成した人体炸薬程度で壊れるほどやわじゃないし、伯爵艦に潜入するときの持ち物検査に引っかかるので外部デバイスも持ちこめていないはずであるため、伯爵艦の外で破壊する魂胆なのだろう。
 出口を封鎖してもらうという手も考えたが、物が物なので大騒ぎにもなりえるから、とナリスが拒んだ。
「本当に抜けてるだけなんすかね……?」キキは自問する。
 ただの間抜けにスパイがつとまるはずもないし、ミズシの熊態LMOは見かけによらず、かなりの策略家だ。きっちり綿密な計画を組んでから実行に移すたちがある。
 ナリスを襲撃することは、はっきり言って正気を疑うほど思い切った行動だ。艦主たるナリスだから、一度襲ってしまえば成否を問わず必ず艦内やミミッド、ひいては連合にすら明らかになる。上手くいけばいいものの、ミズシがマットーに弓を引いたとなれば連合も黙ってはいない。コロンの機密を差し引いても、戦争を仕掛ける口実が出来たとしてミズシに大挙し、多数のスフィアが攻め入るだろう。
 ミズシはそんな事態を望まないし、そもそも失敗しないように手を打っているはず。つまり――。
「ちょっと待ってっす!」暴漢の足跡が狭い通路に伸びているのを見咎めて、キキはふたりを呼びとめる。「罠が仕掛けてあるかもしれない……このまま追っかけるのはまずいっす」
「爆弾なら見りゃわかるし、計器を見る限り有毒ガスの類はないわよ?」ナリスが艦内の詳細データと連動したマップをCPで確認した。「センサーも特に壊されちゃいないっぽいし」
 キキは押し黙ったまま、じっと通路の奥を観察して慮る。点々と続く、赤い足跡。時たま壁に描かれた赤い手形――とてつもない違和感。いくら仲間の血を浴びてるといっても……少しばかり多すぎやしないだろうか。キキは換気口を探し、目視でチェックする。エアダクトの奥は普通、浄化機構に繋がっている。液体に変化しても通過はできないしエアレプリカを運べないので、正規のルートをたどっているのは間違いないが――。
「やっぱりこれは罠っすね。足跡はわざと残したものっす」キキは真剣な顔で切り出した。「追ってくる者がいるということは、罠を仕掛ける絶好のチャンスっす。ミズシが利用しないはずがない。相転移魔術で身体を削り液状化させて浄化機構の通風孔に陣取れば、いたずらに壊す必要もないっす。この通路は検知されにくい窒素系か、二酸化炭素系の混合ガスが閾値ぎりぎりで充満しているはず」
 通路の中で走って呼吸を荒げでもすれば、一瞬にして酸欠で昏倒し、帰らぬ人となるだろう。ここでキキたちが突入して死んでも、悩んだまま立ち止まっても敵には好都合。地味だが、足止めとしてはこれ以上なかった。
 ナリスが唇をかんだ。「でもこの先に通じてる出口は非常用……一本道だから、ココからしか行けないわよ」
「ど、どうしよう……?」マリーが不安そうな声を上げる。
 図らずして首尾よくそんな通路に迷い込めはしないだろう。ミズシの御仁においては念入りな下調べなど当然、というわけか。
 このガス地帯を切り抜けるのに、マリーの凍結魔術は論外。力学的な魔術手段に対して防御能力は持つが、気体相手にはまったく役に立たない。
 キキの魔術も、気体密度を一点集中させたり瞬間的に大気をかき乱すことは得意だが、空間全体に対しては指向性を持たせにくく作用しにくいため、閉鎖空間に滞留したガスを吹き飛ばしたりはできない。狭い通路でガスを撹拌したところで、事態は好転しないのだ。
「はァ、使えないわねー、あんたたち。ホントは見せたくなかったけど、背に腹は代えられないし、ここはわたしが――」ナリスが魔術を使うそぶりを見せる、が。
「だめっす」キキは押しとどめる。「今回の襲撃事件は、ミズシとミミッドの情勢のもつれが発端でもあり、ミズシのスパイを胎の中で飼っていたミミッド全体の落ち度っす。だから、ミミッドの力だけで対処すべきっす。ナリスさん――マットーの伯爵がここで魔術を使えば、それはミミッド全体に対する侮辱になるっす。ぼくたちだけをバカにするならまだしも、さすがのマットーもスフィア一個をけなしたりはしないっすよね?」
「でもパクられたのは、うちのエアレプリカなんですけどー? 自分で自分の物を取り返して、何が悪いってのよ」
「盗まれた原因がミミッドにあるんだから、ミミッドが始末をつけるのが、筋ってもんっす。だいたい、こんなことのために伯爵さまの血を使ったと知れたら、ぼくたちもただでは済まないっす」
「んじゃ、どうするっての? あんた、何かいい考えがあんの?」
「それは――」キキは言葉に詰まる。
 この状況を打開する策などなかった。かと言って悠長に対策会議を開いている暇もない。出口までの長さはわからないし、ガス以外にどんなブービートラップがあるかわからないために危険すぎるけれど、ここは息を止めて突っ切るしかない。
「……わかったわ。要するに、魔術を使わなきゃいーんでしょ」ナリスがキキに手のひらを突き出した。「それ、貸して」
「それ、って……なんすか?」
「あー、もー! この子よ!」ナリスがキキの肩に手を伸ばし――フェレット型愛玩用ロボットをひったくった。
「その子はただのペットロボっすけど――」ガス通路は難なく抜けられるけれども、ペットロボ一匹を追跡させたところで、形勢は何も変わらない。ならば何か妙案があるのだろうか。
「そーね、この子はペットロボよ。ただし――」さながら主従の契約を結ぶがごとく、「この世で最も恐ろしいペットロボだけどね」ナリスがフェレットの鼻先に、軽く口づけた。
 ナリスの尻から伸びた金色の、狐型尾状形態デバイスの体毛がぞぞぞと逆立つ。
 ――NEMESIS認証。しかも部分認証ではなく、遺伝子の全解析照合。すなわち超々高位兵器稼働のための、使用者識別。
 そして起動。
 キキとマリーがあんぐりと口を開けている前で、よくよく目を凝らして見ないとわからないほど小さな、九つの光る球がナリスを取り巻いていた。
 ……違う、ただの球ではない。魔術の種類の関係で、大気に特に敏感なキキが、至近距離で観察したからこそ知覚できた。小さすぎて球状に見えるが、実際は高速回転している風車、タービン盤だ。
 タービン盤はそれぞれが複雑に連動し、共鳴し、かすかな風を起こしながら、一見不規則に、だけど幾何学的に、何かを風に乗せて編み上げ、気体分子が伝搬するもの、熱や音などを恣意的に回折させていき――。
 突如として、爆音を伴う暴風がキキたちの背を転倒しかけるほどの力で突き飛ばし、問題の通路に確固たる指向性を持って吹きこむ。疑うまでもなく、ガスは吹き飛ばされていることだろう。
「エア・モルキュルナインホイルズ、レプリカ。魔術じゃなくて、自分の兵器で自分の艦内の換気するだけなら、誰も怒らないでしょ?」ナリスが肩をすくめて言った。「んじゃ、とっとと鬼ごっこの続きをしましょーか」



 九つの極小風車によって三相転移コンテキスト以外の気体でも演算する王鍵、それが分子九重車の正体らしかった。キキのNEMESISとは似ているようでもまったく非なるものだ。分子九重車の本質は、微粒子の選別にある。九つの風車はまるで小人のように、微粒子を一個一個選択し、状態をスイッチングしているのだ。これが普通のNEMESISによる魔術ならば大気の湿度をいじったり化学反応を促進させたり、小さな箱の中を真空にするぐらいにしか使い道がないだろうけれど、そこは王鍵、並々ならぬ演算能力と出力によって、周辺の気体の状態をコンテキストとして用い、とてつもなく短時間で――それでも起動してから発生までのタイムラグがかなりあるようだったが――カオス理論を元にバタフライエフェクトを引き起こす。
 キキが思いつくだけでも、モルキュルナインホイルズ単体で熱、運動、光、気圧に関する四つの魔術を行使できる。出力の限界値によってはもっと多いだろう。きっと天候さえも捻じ曲げられる。キキは慄然とせざるを得なかった。即応性にやや欠けるとはいえども、なるほど最強のエアと言われるだけはある。
 ガス通路にはやはり、通行しようとする者の足を取る強粘度の液体や、液体炸薬などが仕掛けられていた。踏みつけると燃焼せずに急速膨張することで爆発様反応を起こすもので、呼吸を我慢したまま走り抜けようものなら確実に引っかかっていた。襲撃者は通路によっぽどの自信があったのだろう、そこさえ抜けてしまえばあとはあっさりしたものだった。
 非常出口の前で追いつくや、すぐにマリーが全身氷漬けにして捕縛した。追撃戦では襲撃者に大いに分があったが、白兵戦でキキたちが負ける道理はなかった。
「わたしの子狐ちゃん、返してもらうわよ、色男」氷の棺に納められた熊態LMOを蹴っ飛ばし、ナリスが狐型ペットロボを鼬型とともに胸にかき抱いた。「あー、よかった。もうちょっとで、ライブどころじゃなくなるとこだったわ。あんたたちも、手伝ってくれてありがとね」
「……父の知り合いの伯爵って、ミミッドの伯爵じゃなくて、ナリスさんのことだったんすね」
「そ。ま、厳密にいえば、わたしも伯爵だけど、あなたのお父さん、しゅうきさんと知り合いなのは、わたしのお父さんだけどね」ナリスがペットロボたちの頭を撫でる。「あんたのお母さんのさつきさん、わたしの血族なの。なんかの折りに、しゅうきさん、マットーのイナリ本家に滞在してたらしくって、そんで時々、わたしのお父さんと連絡取り合ってたみたいよ。で、ま、きっかけはどうあれせっかくミミッドに寄ったんだから、ついでにちょいと交流しよーと思ってさ。最近生まれた妹がマットー領主に賜った分の、模倣王鍵のAI調整をお父さんが頼んだの。キキ家はみんなめちゃくちゃAI組むの上手いって聞いてたしね。忠に篤いしゅうきさんならウィルス仕込んでくる心配もないし、模倣王鍵に必要な演算容量の関係上、この子たちぐらいのペットロボだとどうしてもAI容量が狭くなっちゃうしさ、そこらのプログラマじゃだめなの」
「キキちゃんいいなー! ナリスちゃんと親戚だなんて、みんなに自慢できるよー!」マリーが自分のことのように喜ぶ。
 が、キキとしてはまったくもって快くなかった。憮然としてナリスに問う。「なんで黙ってたんっすか?」
「んー、その方がおもしろそーだったし。言ったでしょ、暇だったって。とんだ暇つぶしになっちゃったけど」苦笑するナリス。そして付け加えるように、「でも、お客さんに自分の船を楽しんでもらいたかったのはマジよ? あと、喫茶店で出会ったのもホントぐーぜん。フェレット見て一発であんたがキキ家の子だって気付いたけど」
「そっすか……」キキは一気に押し寄せてきた疲労感を隠しもしなかった。
「でも、お噂はかねがね、ってとこかしらね。この子、めっちゃかわいーじゃん。わたし、気に入っちゃった。妹の代わりに、わたしがもらっちゃおっかな」そして邪気のない、ちょっとはにかんだような、あどけない笑み。「調整、ありがとね、ゆき」
 三度目のどきり。
「……どういたしましてっす、……すみれさん」小悪魔を演じきっていたキキでさえ舌を巻くほど、ナリスは天性の小悪魔だった。



 かくてナリスのライブは、新たなミズシの襲撃者が現れたりすることなく無事に成功を収め、その日、ミミッドを大いに盛り上げた。追跡劇を繰り広げたせいでライブが始まる前からへとへとだったキキとは違って、疲れをまったく感じさせずにナリスは歌いきり、キキは素直に感心した。聞くところによるとナリスはキキと同い年、つまりまだ十三歳らしいが、トップアイドルというだけにプロ意識はあるらしい見事な歌いっぷりだった。
 ナリスの歌はテレビ番組やマリーのCPで何度か耳にしたことがあったけれど、ライブで聴くとなるとまた格別だった。透明感と力強さが同居したガラスのごとき二極的な、澄んだ脆弱さと傷つかない硬質さを併せ持つ歌声だった。ナリスの歌に耳を傾けていると、どれだけ疲労困憊していても心が洗われていくようだった。キキは少し、歌姫としてのナリスを好きになりかけていた。
 ライブの翌日、伯爵艦はミミッドを去った。警備員として搭乗していた何人かの騎士が一家ごと、外交がなんのと名分を立てて公にミミッドに貸しつけられた。来年また伯爵艦が来訪するための言い訳作りと打診、それまでミズシに対するちょっとした威圧のつもりなのだろう。いかほどの成果を上げてくれるのかは不明だが、残された騎士は不憫だ。こんな辺境に一年間も囚われて、気分がいいはずがない。
 ライブのあとは多忙そうで遠慮してしまったし、翌日は朝から学校の授業があったこともあり、ナリスとはライブの直前に別れたきり、ついぞ会えなかった。ふと、さよならも言えなかったな、とキキはちらりと思った。その気になれば父を通じるなりして連絡はとれなくもないし、フェレットはそのまま渡しておいたから、何も問題はない――マリーはサインをもらい損ねたことを兵舎に戻ってから思い出し、大いに悔んでいたが――のだけど。
「でねー、そこの喫茶店のヌードルがすっごく美味しくってねー――」マリーがライラに、例のスープヌードルがいかに素晴らしい食べ物かを語って聞かせていた。ナリスと知り合うきっかけにもなったわけだから、マリーにとっては特別なヌードルとなっていた。もっとも、ナリスにガイドしてもらった出来事についてはさしものマリーも伏せていたが。
 伯爵艦のどこのお店に行っただとか、ライブはどうだったかとか、クラスはそんな話で持ちきりだった。キキたちのグループも似たり寄ったりだ。
「へー、そんな店あったんだ。先輩とだとどーしても肩凝るようなとこばっかだからさー、あたしも行きたかったなー」ライラが羨むように言う。
「そういえばライラちゃん、ジュリアせんぱいと来てたねー。ライブどうだった?」
 ライラはしょんぼりと犬型耳状形態デバイスを伏せて、苦い顔をして頬を掻く。「いやー、それがさァ、なんかよくわかんないんだけどー、土壇場になって先輩の機嫌損ねちゃってさー。それどころじゃなくなってたわ」
 がさつなライラに機微を察しろというのは無理な相談だった。しょっちゅう齟齬をきたしているわりにずっと一緒にいるのは、まあよっぽど相性がいい証左だろう。
 なにはともあれ。ミミッドでは十数年に一度あるかないかの一大イベントは幕を閉じた。ひと悶着はあったものの、全体的に見て、キキにとって悪くはない休日だった。とめどなく移り変わり、後戻りができない段階まで加熱されてきているミズシとミミッド、連合の趨勢を斟酌すると、いつ全面戦争の火蓋が切られてもおかしくない。来月、来週、ひょっとすれば明日か今日の昼下がりにでも。だからひとつでも多くマリーとの思い出が作れたのは、いいことだ。
 ――ミズシは水面下で確実に動き始めている。そのことを心得ているのは、襲撃の被害者であるキキたち、マットーの上層部、キキの報告を受けたコロンとネユ、そしてコロンから又聞きしているはずの議会だけだ。こうして皆が営んでいる穏やかな日常が、危うい均衡の上に置かれていることを知っているのも、キキたちだけ。だけど、知っていたところでどうにもならなかった。戦争を食い止める手立ても、ちからも、キキにはない。キキはひとりの十三歳、優等生の女の子でしかない。
 そして騎士である以上、生まれながらにして、領主と領民に尽くして生死を共にする宿命を背負っていた。戦争は避けられないし、キキはミミッドから逃げられない。もともと迷いも疑問はなかったが、昨日の事件は、自分の至る終末を見つめ直し、再認識し、覚悟を決める後押しをしてくれた。
 やっぱり、これでいい。これでいいんだ。まだ終わってないから。終わらなければ、それでいい。たとえどれだけ日常がのっぺりしていようとも、波乱にまみれていようとも、続けていられるなら。
 何かを成すこと、何かを得ることに価値がないのも薄々わかっていた。毎日も、人生も、歴史も、血の螺旋階段をひたすら登り、たどっていくだけ。どんな家に生まれようが、人道を踏み外さず、スフィアと先祖に奉仕し、子供を産んで遺伝子と歴史を繋げる使命を担っているのだ。どんなLMOも、遺伝子という螺旋から生まれ螺旋を生みだす螺旋でしかない。だから終わることにしか意味がない。
 だから、逆に、一喜することも一憂することも等しく愛おしいほど、かけがえがないのだ。どんな偉業にも価値がないから、どんな些細な生活の断片でも意味がある。それを見つけて、受け止め続けられれば、それだけで幸福が成立する。ひとは満たされるのだ。
 ナリスの傲岸不遜っぷりも、その裏返しだ。この世界で要領良く過酷な人生を送るのではなく、上手にしあわせに生きようと思ったら、刹那主義になるしかない。もしくはマリーのように、初めから裏表のない人間として生を受けるか、だ。キキは少し、ふたりを見習おうと思いかけていた。
 教室に獅子態LMOの、クラス担任の教師がやってきたのでキキたちは席に着いた。厳格さの化身たる担任は、いつも教室に入るなりたてがみを振るわせて、今すぐ口を閉じろとがなりたてるはずだが、今日は妙なことに借りてきた猫のごとく大人しくそわそわしていた。
「……あー、きみたち、えー、私語は慎むように」壮年の獅子の教師は言葉を選ぶように、「転校生を紹介する」
 ほんの刹那の間だけ教室が静まりかえり、そしてすぐにざわめき立った。
 マットーの騎士の一家がいくつかミミッドに左遷されていたことを、キキは思い出す。一年は滞在しているはずだから、その騎士の子が臨時入学してきたのだろう。
「あー、では、……お入りください、閣下」教師が廊下で待たせていた生徒に声をかけ――。
 ……閣下?
「はァーい! マットーから転校してきました、イナリでェーッす! みんな、よろしくね!」肩に鼬型ペットロボを乗せた、明るい金髪の狐娘が教室に飛び込んできた。
「……は?」キキは、というより教師と狐娘以外の人間はみな、凍りついた。
「あー、昨日未明にマットーとミミッド間の親善大使に任命されたイナリ伯爵は、えー、今日から一年間、交流生としてきみたちと一緒に勉強することになりました。みなさん、失礼のないよう、仲良く……えー、懇意にして差し上げてください」教師が複雑そうに言った。
「ナ、ナリスちゃん!?」硬直から戻ってきたマリーが椅子をはねとばす勢いで起立する。「伯爵艦は戻ったんじゃないのー!?」
「お父さんが子狐ちゃんと一緒に持って帰ったわよ? 船はわたしの私物だけど、別にわたしじゃなくとも運転はできるし、マットーには必要だからね」そして教室の中からキキを見つけ出して、「ま、そーゆーことで、これからもよろしくね、ゆき」ナリスは完璧なウィンクをしてみせた。
 多少の憂い、そして――四度目のどきり。
 これからの一年間はキキにとって、ままならなくなりそうだった。

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