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妖精に卵は割れない

 ACVやりたい気持ちをぶつけた。でもBB勢なんで機体は飛ばしません。
 全体的に雪風+火の鳥のオマージュみたいな感じに。かなりぞっとしない仕上がりになったけど要約すると十一歳を薬漬けにして機械にレイプさせる話でしたね。成分としては姉妹というか純愛というか調教というかふたなりというかまあその辺で百合はほぼない……たまげたなあ。
 ちなみに位置づけはRdのifで、繋がりはあるものの正史ではない。FGFの最終話でキャシーがxxxにxxxしたらー、みたいな感じ。続き書くときはもうちょっとロボットのお勉強しますわ。

 ちなみにノーカット版はこっちに。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=806811
 FC2は確かエロ駄目だった気がするんで……


 妖精に卵は割れない -unbroken machina's egg-



 がこん。まどろみの奥底を泳ぐ意識が、射出の振動に揺さぶられる。浮遊感、酩酊感、上下左右のなき、ねばつく夢。そうして初めて、あたしは睡眠状態だったこと、今なお眠っていることを自覚する。コロイド羊水を伝って、脳に直接、高度一○○○○メートルに放り出されたことが報告される。通称、排卵。GAIR殲滅作戦時おける効果的で通過儀礼的な、SWのHALO/DS降下。卵殻の表面が波打ち、液晶機素膜が凝固、記述用準結晶へ相転移、回路のような溝が刻まれ、降下に適した指向性を大気摩擦に持たせる。あたしを包んだ卵は滑空。目的地へ。風を受け、準結晶の破片がチャフとして大気にばら撒かれる。気流による卵の震えが激しくなる。乱暴に、無遠慮に、ゆすぶり起こされているよう。汚れた大地が近付くにつれ、意識が次第にはっきりと形作られていく。子宮に装填される前、ネバーの卵巣でのニケアとの会話が鮮明に反芻される。高度五○○○メートル。どうしてわたしじゃだめなんですか。わたしのなにがいけなかったんですか。わたしをすてないで、先輩。高度二○○○メートル。どうしてもこうしても、単にニケとは合わなかっただけ。ニケは悪くない、これはあたしの問題。ニケのことは嫌いじゃない、べつに、捨てるわけじゃないから。高度三○○メートル。準結晶が脈動、ゲル、アモルファス、多結晶へ転移、ドラッグシュートを模して展開。ぐん。開傘の抵抗。一○○メートル。三、二、一、ゼロ。着陸。大音響、それと頭蓋骨をハンマーでしたたかに殴られたごとき衝撃。地を這い、滑る。準結晶がスパイクを形成。地面に食い込む。すぐに速度が落ち、卵の中、羊水に静謐が舞い戻る。メルセデスの甘い囁きが、半覚醒状態の脳に響く。「――リア、起きて?」。泥のような熱い睡魔が、すっと引いて行く。催眠状態の移行。急速に浮上する感覚。意識の論理構築アルゴリズムの呼び出し。ホルモン、コレステリック結晶核へ流出。再認証。TINK:リアナ。PAIR:メルセデス。スキャン。theed汚染なし。承諾。シナプス接続、システム仕事マージン確保。T-Pヘリカル系、立ち上げ。通常起動。T及びP意識アルゴリズム、コレステリック結晶核の各層へ螺旋充填。温かい羊水が胸の中に染み込んでくる、安堵にも似た感覚。コヒーレント最大。メルセデスと完全同調、完了。意識イコライザ、スタビライザ、常駐。全管制装置、オフ。有機金属コレステリック結晶コンピュータ、ヒプノモードへスイッチ。準結晶機体管制、T-Pヘリカル系へ切り替え。生化学反応回路、転写開始。肌感覚と準結晶、リンク。準結晶、励起。ぎらつく光と腐った臭気があたしを出迎える。ハローワールド。あたしは今日も生まれた。

 鬱蒼と生い茂った金属樹の森。赤紫の、強酸性の土壌。息を吸い込むまでもなく、胴にでも触れれば絶命する黄色を帯びた有毒な外気。準結晶の肌が相互射影で教えてくれる視界は、悪い。メインシステムをHALO/DSモードから、始動モードへ。卵殻に無数の亀裂が入りぱっくりと音もなく割れる。まっさきに各種受動センサが起動。周囲を精査しながら、速やかに卵は解きほぐされていく。殻の中に折りたたまれていた漆黒の、鋼鉄の関節が伸びる。割れた卵から突き出された鋼鉄は、四本。五本指の手と、踵にホイールを組み込んだ足が、二つずつ。卵の殻、純白の準結晶に目まぐるしいバンドギャップの変動、帯電、自活、相転移。泳動。広がった鋼鉄を覆ってカウルとなる。甲高い駆動音を鳴らしながら、ぐっと直立。頭部展開。三メートル、九○○キログラム、全体的に丸みを帯びたフォルム、黒い骨格に白い甲殻、やや猫背気味の、ヒト型機動ユニット、SWの起動。アイドリングモードへシフト。プリテスト。T-Pヘリカル系、安定。ハンマー・ジェネレータ、ラジエータ、正常稼働。エネルギードラフト、充填なし。フレーム歪曲なし。準結晶外殻、古典的結晶性なし、自己組織化確認。駆動系、タービンエンジン、定格回転数到達。エネルギーライン、全層異常なし。油圧系統、正常加圧。予備、非常系、正常検出。汎用稼働モード、始動。そして、見敵。GAIR反応、三○。背中に背負った武骨な金属フレームを引っ張り出す。モジュール化されたフレームは自動展開。機構部分のみを形成。尾骨の撃鉄が動作。がしん。ハンマー・ジェネレータ稼働。腕部準結晶加熱、電子を選択的励起、ゲル化、同時に流れ出して外装を作り、金属の骨組はようやく白銀の機関砲のていを成す。電子が基底状態へ。エネルギーを奪って瞬時に冷却。凝固で生じた熱量をドラフトにベント。各機から簡易信号通達。強襲科、五機、全機安全稼働。SW専用輸送機、子宮が引き返し、赤黒い雷雲へ埋没。メトロ・ネバーに帰投していくのを視認。科長のククリ-アポロデス機、焼夷炸薬を投擲、クリアリング。突撃指示。間もなく接敵。

 GAIRがこちらを発見する。四脚大型自走砲モデルと二脚ヒト型汎用機動モデル。ナパームの炎に取り巻かれて撹乱され、まともに索敵できないでいる。ククリ機からの一斉射撃指示。銃弾をフルオートで叩き込む。まばゆいマズルフラッシュ。十字砲火にさらされて、さんざめく金属の悲鳴を上げつつ何機もの二脚の胴体が蜂の巣になり、寸断されていく。オーバーヒート直前で弾切れ。結晶を回収、パージ、排熱をドラフトへ。背中にアームを伸ばし、兵装フレームを引っ掴む。二連式パイルバンカー。展開と結晶カウリングまで一秒の半分。推力偏向ノズルが絞られる。ブースターエンジンを吹かし、疾走。過度な横Gに内臓が扁平になるのを感じる。広げた結晶の背翼で姿勢制御。スライディング。四脚の足元に滑り込む。底部からパイルを打ち込む。杭の先端が結晶量子コンピュータを捕捉、貫通、電圧を印加。粒子配向が崩れて演算能力を喪失。機能停止。引き抜き、すぐさまブースターで脱出。別の四脚GAIRの砲撃。着弾。パイルで仕留めた四脚が消し飛ぶ。パイル展開から離脱まで、この間、実に三秒。飛び退ったところへ二脚が迫り、アンカーを放ってくる。捕縛し、合い討ちする意図。逆に突撃。パイルを叩き込んで結晶核を正確に縫いとめる。全身に絡まったワイヤーを、のこぎり刃状に形成された外殻が断ち切る。次の二脚へ。ビビーッ。けたたましい警告音。『ニケ、先行しすぎだ。ヌエ、何をやっている』。ククリからのノイズにまみれ緊急通信。先を見やる。ニケア-ヌエラデス機がプラズマジェット・マチェットを振り回して四脚の足をなぎ倒しながら、猛然とGAIRの群れに突っ込んでいた。その背に、生き残った四脚すべてが砲口を向ける。GAIRのむき出しのチャンバーからおびただしい熱量を計測。ロック解除、パイルを射出し離れた位置の二機を撃墜。SWの腿部に備え付けられたスパーク・ロッドに手を伸ばし、手近の四脚に接近、機体にパイルの打ちだし機構を叩きつける。GAIRの装甲とパイルバンカーの兵装フレームがへしゃげる。露わになった継ぎ目にロッドを突きこむ。放電。四脚の機能停止。コンデンサ・カートリッジ排出。バンカーをパージ。ブースト。ニケアのフォローに入ったククリに機銃で狙い定めていた二脚を、ロッドの高電圧で黙らせる。ククリが脚部フレームを拡張。狙撃支持台に。ククリは大口径ライフルで次々と金属樹ごとGAIRを狙撃、ニケアを支援。敵機はみな、一撃で沈黙。ククリを横目にカートリッジを捨てながら、最後の兵装フレームに換装。折りたたまれた長大な刀身が伸張。ワスプ・ブレード。ドラフトと接続。リークチェック。熱漏れなし。ブースター全開。重量と速度に任せて四脚の装甲に突き込み、高圧噴射。頑丈な砲台が内部から呆気なく爆散。蓄積された莫大なジュールを使いきる頃には、今日の仕事も終わるだろうな、とあたしは思った。




 卵巣の自室。卓上ワーキングコンピュータで報告書を作っていると、ふいに背後からにゅっと白い腕が伸びて、温かいシリコンの肌がもたれかかってきた。ふわりと、PAIR用義体が内蔵する、揮発性芳香精油の甘い香りが漂う。「リア、まだ終わらないの? 早くしないと、食堂閉まっちゃうよ?」顎をあたしの頭頂に乗せて、柔らかい指先で喉をくすぐってくる。
「急かさないで、メル。もうちょっとで終わるから」手を振り払って、あたしは報告書の作成を続行する。
 今日の作戦はニケアの先行のおかげで余分なデータが多く、いつもよりレポートに手間取っていた。
 メルセデスがあたしから離れて、ソファにどっかと身を投げ出す音。「はーあ、久しぶりの出撃だから、なんか疲れちゃったねえ」
「でも、ストレス解消にはなったでしょ。あれほど開拓民の手伝いは嫌だと言ってたんだから」
「だってあいつら、がさつなんだもん。理解がないって言うかさあ……」
 開拓民の意識が低いのは当然だ。彼女たちは、シェル・ウェアを自分の肉体と等価などとは思ってなどいないし、上等な卵はみんな奪還民に回される。安物やジャンクの卵は感度が悪かったり、逆に放置されたフレームの欠損のせいでフィードバックを抑えなければならず、あえて感度を落とさなければまともに動作できない代物まであるらしい。そうなればティンカーたちはPAIRと低コヒーレントで同期することになるから、余計にPAIRと通じ合えないし、卵も使いこなせない悪循環に陥る。それが彼女たちの所為だ、とは思わないけれど。
 総括を書き切り、メルセデスにもらった、任務中にモニタリングされた生データの見栄えを少し訂正して、もう一度最初からレポートをチェック。署名してからククリの仕事用のアドレスに送信。ため息をついてから、伸びをひとつ。
「終わったよ、メル」時計をちらりと見て、「でも、今から行っても、もう閉まっちゃうかな」
「はーあ、だからいつも、ご飯食べてから作ろうって言ってるのに。これだから真面目っ子は……」メルセデスはむっつりと桜色の唇を尖らせて、肩にかかるほどの金髪の毛先をいじくった。
 デブリーフィングを終えてすぐに卵巣の食堂に行っても、混雑と喧騒に煩わされるだけだ。だからあたしは毎回、レポートを作成したのち、閉店するぎりぎりの時間に食堂に出向くことにしていた。それに、食事をして一息ついた流れで朝を迎えるなんてのも、珍しくなかったから。
 あたしは肩をすくめる。「仕方ないじゃない、これも仕事なんだから。さ、早くコンビニ行こ?」クレジットも兼ねる個人認証ドッグタグを首から提げ、立ち上がり、ワンピースの上からパーカーを羽織って、頭ひとつ分高いメルセデスを見上げる。
「えェー、コンビニい? メルセデス、待ちくたびれて、お腹ぺこぺこなんだけどお? 純度の低い代用オイルって、あんまり食べると胸焼けするんだよ?」メルセデスの深紅の瞳に明らかな難色が浮かぶ。
「ベンダーよりかはマシでしょ。それともあたしのご飯、作ってくれる?」
「えェー、それはちょっと、困るなあ……そうだ、たまには外食しようよ! ね?」
「うーん――」
 そもそも五月蠅い中で食事を摂るのが嫌だから閉店間際の食堂に通っていると言うのに、卵巣の外の賑やかな飲食店に食べに行くのでは本末転倒だ。だけど、原因はひとえに報告書に手間取ったあたしにあるのだから、折れてやるかと思った。
「……わかった、いいよ、食べに行こ」
「わーい、やったあ! リア、大好き!」言いながら抱きついてくるメルセデス。
 身長差があるために、ふかふかしたメルセデスの胸にあたしの顔が埋没する。なんとも表現しがたい温かさ、安らぎに包まれる。ああ、とあたしは気付く。たぶん、こういう反応が欲しかったんだろうな、と。




 すべすべした感触のシリコンの皮膚に覆われた手に引かれながら、卵巣の敷地を出て繁華街に徒歩で向かっていた。外出なんてしばらくしてなかった。申請のために、本部のゲートでドッグタグを通した時に表示された記録によると、最後に夜間外出したのは二週間前だった。それに、ニケアと付き合っていた時はしょっちゅうせがまれて街に繰り出していたけれど、こうしてメルセデスと出かけるのは、珍しいことだ。なんとなく意識してしまって、メルセデスから半歩だけ遅れて歩いた。
「んふふふ」メルセデスが心底楽しそうな含み笑いを漏らす。
「どうしたの? なにか、嬉しいことでもあった?」
「んー? んふふ、いやあ、ふふ、そりゃあ嬉しいよ?」
「どうして?」
「だってちょっと前のリア、全然かまってくれなかったんだもん。デートなんてひと月以上してなかったし」
「……そうかもね」
「リアだって嬉しいんでしょお?」
「……さあ?」
「嘘。だってリア、にやけてるし」
「にやけてなんかない」ぷいと顔を反らして、ごまかすように足を速めた。くすくす笑いながら、繋いだひとまわり大きな手が、するりと五指をからめてきた。
 メルセデスの義体と、あたしの容姿は部分々々でよく似ていた。同じ髪の色に、同じ瞳の色。ぺったんこなあたしとは対照的な、肉づきのいいおとなの肢体。あたしがそういう義体を選んだからだ。そういう義体をもらえると知って、あたしはティンカーを志望したのだ。傍目からなら、きっと仲のいい姉妹にも見えるだろう。はにかみ屋な妹と、そんな妹を溺愛する甘えんぼうな姉のように。あたしがティンカーであることを証拠立てる、ネバー支給のドッグタグさえ付けていなければ。
 繁華街に近づくにつれ、街のいろんな匂いが濃くなる。アスファルト、油、人工樹木、ひとの匂い、食べ物の匂い。ここにはどこのメトロよりも、物資がある。
 メトロ・ネバーは人類の最前線だ。鉄槌事件直後は、地球上で最も無残に荒廃し、最も過酷な環境の、GAIRの巣窟だった。その割に現在、数あるメトロの中でも群を抜いて発展し、最先端の大都市となりつつあるのは、もともとあった土地や文明が徹底的に破壊し尽くされたからにすぎない。あらゆる既存のシステムが一掃されたからかえって交換する手間が省け、当時の最新及び試験的、あるいは挑戦的とも言える文明を躊躇なく導入できたのだ。極端な環境ゆえの自然エネルギーを最大限に活用できたことも幸いした。ネバーは人類が一度滅ぶ前よりも、栄えた都市になった。むしろ、鉄槌事件というヒトの終焉さえ、ブレイクスルーとして利用したかのように。早い段階で奪還できた中央のメトロは、今も狭い地下空間で前時代の設備とともに、細々と質素な暮らしを続けているはずだ。
 鉄槌事件。地上のあらゆる生命が叩き潰された、未曾有の大災害。その終末を知らない人間は、この地下にいない。その日まで人類は繁栄していた。高度な人工知能によってなんでもかんでも無人化し、すべての生産的、生活的な作業は機械が請け負った。ヒトはヒトを産み出し、創り出す以外のことを忘れた。停滞した。やがてヒトはシステムにとってただの手順と化し、単なるネットワークインターフェイスとなり、億劫な手続きじみた存在でしかなかった。行きすぎた繁栄の結果だった。だけど、それは突如として終わった。
 theedと呼ばれるコンピュータウィルスの蔓延。一晩のうちに、あらゆるAIプログラムが浸食された。theedに書かれていたのはたったひとつの命令だった。すなわち、三原則に対する反転命令。AIたちはまず最初に、世界のあちこちで大気を汚染し、ネットワークを通じてすべての電子機器の制御系を奪った。衛星を都市に落とした。数十億のヒトが命を落とし、この段階になってようやくtheedの存在を知った。だけどもう遅かった。その頃には、母なる大地には放射能と猛毒が溢れかえり、あるゆる生命活動を拒絶していた。生態系は完膚なきまでに叩きのめされていた。
 theedは当初、プログラムでしかなかった。しかしほどなくして、AIを通じて機械という肉体を得て生産体制をも整えた彼らは、ハードウェア側からも電子機器を掌握しようと企んだ。ネットワークと接続していなくとも、物理的に機械に感染する人工ウィルス、theedウィルスの誕生だった。AIたちは自衛原則を失っていたけれど、学習能力を残していた。その力はそのまま、自己破壊修復による効率化、代謝へと転化した。AIは最も身近だった代謝する生物の設計図――ヒトゲノムを参考にし、theedウィルスを使って無機有機問わず様々な物質を取り込みはじめた。すでに機械ではなく、無機生物と化した反転性AIは、GAIRと呼ばれるようになった。GAIRとの生存競争に敗北したヒトは、地下へ下りることをやむなくされた。
 だけど何の因果か、鉄槌事件が起こる同時期にtheedウィルスに対して抗体を持つ機械が、完成していた。有機金属準結晶機素だ。準結晶機素は、当時の主流だった有機金属結晶内の粒子配向による量子コンピュータをI/Oマニュピレータとして流用したものだった。環境適応に時間がかかるのが玉に瑕だったけれど、シームレスであり、フィードバック・フォワード制御しやすく、領域を選ばない入出力記述、さらに、格子欠陥で自在に伝導と絶縁をスイッチングできて、流動することで冷却、凝固するとエネルギーを発生させる特異なダイナミクスを持つ準結晶機素は、機械そのものの構造を一様で均質化する高次元素材の実現と言えた。つまり、単一元素によって構成される機械の一意的な物質化を目指して研究されていたものだ。金属が一種類の極小原子で表現されるように、機械を一種類の極小機素で構築しようとしたのだ。
 theedのベースは反転性にある。すでにtheedに蝕まれているものを反転させても仕方ないから、自己識別能力が、theedにはある。ゆえに、奇しくもtheedウィルスと酷似した正二十面体構造の準結晶機素は、theedとそのウィルスの感染を避けることができた。準結晶機素を母体にすれば、過去の栄華を取り戻せる。ヒトは希望を抱いた。
 準結晶をハードウェアに配備し、人類は新しいタイプの汎用人工知能インターフェイスデバイスを発明した。GAIRの二の轍を踏まないよう、AIの一元管轄を撤廃、各機器と人間の間に介入させるシステムで、生体認証なしに稼働できない内向的な性質を持たせた、ヒト奉仕型ではなく、ヒト依存型AIだった。それは、PAIRと名付けられた。PAIRは人類にとってよき妻であり夫であり、母であり父、パートナーとなった。ヒトを求めずにはいられないよう、プログラミングされた。PAIRの開発目的は、鉄槌事件以前の技術を再利用するためでしかなかったけれど、準結晶製の地上活動用装甲服が実用化されるまで、その真価は発揮されなかった。
 準結晶機素の機動ユニットへの応用は画期的なものだった。さすがに全ユニットを準結晶に担わせるにはコストと製造面で無理があったために外装と神経部分のみに留まったにしても、機動及び衝撃緩衝にも合理的で、生身の人間のように俊敏に走ったり跳ねたりする能力を、三メートルの巨駆に与えたのだ。戦車では機動力が足らず、戦闘機では燃料の問題があったために、無機生物から逃げまどうばかりの生活とはこれでおさらばできる、誰もがそう思った。
 しかしその機動ユニットには、重大な欠点があった。準結晶を制御や演算するためのオペレーティングシステムが存在しなかった。従来のシステムでは結晶と機体の制御系がバッティングしてしまい、どっちつかずになってしまうのだ。ハードウェアの方は最新のコレステリック結晶コンピュータでようやく、機体を駆動しながらの結晶操作できたけれども、人間のコントロールが追いつかなかった。降下時のモジュールをスムーズに行うのがせいぜいだった。
 そこで白羽の矢が立ったのが、ヒトの成長ホルモンだった。成長ホルモンには、代謝を促進し、肉体の恒常性を維持させる作用がある。その生のコードをまるまる準結晶系に転写し、管制することで、操縦者の生体で直に管理が可能となった。結晶の、配向とキラリティの重ね合わせによる複数の物性表現も、成長期のシナプスの糊代を使って量子状態を常に記録、演算、記述し続ければ、企画段階では想定しえなかった兵装の運用、たとえば結晶カウリングによる兵装の軽量・高密度化や、火器の環境適応性さえできた。PAIRと人間の意識感覚を螺旋状に同期、結合させ、統合システムとすることで、その補助とした。PAIRを書き込んだ機動ユニットを操縦するのではなく、同一意識となることで、特別な訓練や学習もなしに有機感覚のみで機動ユニットを文字通り手足のように動かせた。
 人間が務めなければならない機能的役割を考慮した結果、搭乗者には、特にGAIRと戦う者には、第二次性徴の始まった少女が選ばれた。男はソフトウェアとしては優秀だったけれども、機動ユニットがもたらす過酷な戦闘に向いていたのはハードウェアとして優れている女だった。少女たちは成長因子と脳のマージンをSWに奪われるために、生理や成長を失った。まるで鋳掛屋のように、結晶の物性と形状を多様に変化させ代謝させることと、もう二度とおとなになれないその妖精めいた外見に因んで、少女たちはティンカーと、同様に、少女たちが住まう最前線地下基地はメトロ・ネバーと命名された。そして、待機状態の外装や中枢に据えられたコリステリック結晶核コンピュータと、コレステロール爆弾と揶揄される鶏卵をかけて、機動ユニットはシェル・ウェア、あるいは単に、卵と呼称された。
 まだ幼い少女たちを卵に乗せて前線に送りだす行為を、非人道的だという連中もいたけれど、誰もそんな綺麗事を相手している暇などなかった。SWがあってもなお、GAIRの侵攻は苛烈を極めた。GAIRは計画的だった。ひとつのネットワークで全体が完全に統率された、究極の社会主義者たちだったからだ。一切のイレギュラーを許さない独自のコミュニティを持ち、軍隊化され、人間を的確に苦しめた。人間は自分ひとりが生きるのに必死だった。自分が住まうメトロの外では何が汚染されているかわからなかったから、だれも信用ならなかった。地上において、シェル・ウェア間の通信でさえGAIRに解析されることを警戒して最低限の信号しか用いてないのだ。ヒトは地殻の中に押し込められ、孤立していた。鉄槌事件ほどの有事が起こっても、人類軍など発足されなかった。
 そしてもともとその土地に存在した国を政治経済のベースとしている他のメトロとは違って、メトロ・ネバーを経営、自治している母体企業は民間軍事会社だ。その原理は完璧な民主主義だ。社会主義と対抗するには、ある意味で都合がよかった。だから、ネバーには兵卒はいない。奴隷も。少女たちは自分で志願し、生き残るために戦っていた。誰も少女たちに戦争を強制していない。強制できない。ネバーは、こどもの国だったからだ。あたしも、自分の意思で、こどもであり続けることを望み、選択した。




「珍しいね、リアが甘いもの食べるなんて」義体ウェイトレスがチキンピラフとクリームあんみつ、義体用オイルのオーダーを受けて厨房にひっこむなり、メルセデスがさも怪訝そうな顔で訊ねてきた。
「……ちょっとね」
「ふうん――」メルセデスは意味ありげに呟くも、深くは追求してこなかった。
 指摘されて初めて、特別好き嫌いがあるわけじゃないけれど、確かにメルセデスの前でスイーツを食べた覚えがないことに気づく。ニケアと通っていた癖で、何の考えもなしに、頼んでしまったのだ。
 メルセデスと入ったカフェは、ニケアとの、お決まりのデートコースの一部だった。外食というとあたしはこの店しか知らなかったし、味に不満もなく近場だったので、今日もここを選んだというわけだ。
 PAIR用義体は基本的には電力で動作するが、所有者とのパートナーシップを考えて一部非効率でまわりくどい駆動機構を導入していた。潤滑用オイルや電解液を頭部の口腔器官から経口摂取し、その品質に対する評価能力の搭載、つまり疑似食事行為と味覚ラベリングも、その例だ。この店でも料理の注文や接客に義体のウェイトレス方式を採用しているように、文化とシステムの奇妙で不可解な共存はどこでも見られる。ヒトの精神衛生を保全するための工夫――というよりは、あたしには最後の抵抗じみて感じられた。
 ここでそんなことを語ると、ニケアはたいてい嫌な顔をして、先輩はデリカシーがないです、と言って話題を変えた。恋人はそんな話はしないんです、とも言った。ニケア以外に付き合っていたひとはいなかったから、そうなのかとあたしは納得した。あたしは自分があんまり年頃の女の子と似てないことを、わきまえていた。ニケアはあたしと比べて、ずいぶんとまともなヒトの思考を持った、ひとつ年下の女の子だった。この機械が支配する世界で、一年若いということは、一年生き物に近かった。
 ニケアもあたしも、生まれはネバーとは別の、小さなメトロだった。あたしがまだ幼い頃、そのメトロがGAIRの襲撃によって崩壊した際に救い出してくれたのが、今のあたしの直属のボスにあたるククリだった。機械生物たちに家族を殺されたあたしは、ネバーの孤児院に引き取られた。ニケアも一緒だった。同郷のよしみか、ニケアはあたしにとことん懐き、頼ってきた。でも、あたしは大好きだった姉を失ったショックから、捨て鉢になっていた。ニケアを突き放すつもりで、そして姉の代替品として、自分の気持を紛らわせるためだけのPAIR用義体欲しさに、あたしは第二次性徴が訪れるやいなや、士官になった。後を追うようにして、ニケアも一年後、同じ科に入科した。ニケアはすぐに音を上げた。繊細で、ちゃんとした覚悟もなしに志願したニケアにとって、PAIRとパートナーシップを築くこと、つまり戦争のために脳と肉体と人格を捧げることは、計り知れない苦痛だったのだ。成長に使うはずのマージン、おとなになるはずの未来を、機械に書き換えられるのだ。卵とその周辺の技術はアインシュタイン・コンプレックスの権化として創りだされたものだったけれど、畢竟、ヒトのソフトウェア的側面を高める結果も引き起こしていた。支配者がGAIRからPAIRへ成り代わっただけで、ヒトは依然として人工物に抑圧されていた。実情として、ティンカーたちはあらゆる意味でPAIRを対象としたエンターテイメントでもあった。誰がどう見ても、PAIRがティンカーたちを愛玩し、飼育する構図が、そこにはあった。おとなになれない妖精たちは、空想上のおとなの慰みものだった。GAIRと戦っているのも、ヒトではなく、PAIRだ。ネバーをまわし、統べているのも。ティンカーは、PAIRがSWを動かすときの、ソフトウェアでしかない。
 半年前、あたしはニケアに、付き合ってくださいと告白された。ティンカーたちの間では、ままあることだった。人工知能社会に対する反発としての、人間同士の恋愛。ティンカーの風習に耐えられない少女たちは、しきりに存在証明したがった。あたしは罪悪感なかばに、そして頼みごとを断れない性格が災いして、あっさり承諾してしまった。それから流されるように、デートをして、おしゃべりして、一緒に買い物や食事をして、求められるがまま、セックスもした。ニケアや他のティンカーたちは、みんなヒトと寝た方が安心感と幸福感が違うと口をそろえて言うけれど、あたしにはその主張が理解できなかった。ひょっとすると、あたしは本当に機械になりつつあるんじゃないかと疑った。機械の世界なんだから、それもいいか、とも思った。だけど、ニケアはきっと、あたしと付き合ったせいで、ことさらに傷ついたはずだった。あたしは十日ほど前、一方的に、ニケアに別れを切り出した。ニケアは泣きわめき、大変だった。ニケアは、今もずっと、よりを戻そうとしている。あたしの心は、そろそろ屈しそうだった。




 メルセデスは始終上機嫌だった。その理由は、カフェで上質なオイルを飲んだからでも、あたしと一ヶ月ぶりにデートできたからでもないと、あたしは薄々わかってきていた。そう確信したきっかけは、「ねえねえ、リア、あそこの公園でちょっと休憩していこうよ」というメルセデスの提案だった。
「なあに、具合でも悪いの?」
 メルセデスはふるふるとかぶりを振って、「んーん。せっかくのデートなんだし、もっとゆっくり、お話しよ?」
「……? まァ、いいけど――」言ってから、あたしはようやく勘付いた。
 メルセデスの振る舞いはどこか、ときどきはっとするほど、あたしの記憶の中のニケアのそれと類似していた。メルセデスは、意識アルゴリズムを螺旋充填してT-Pヘリカル系を構築したときにあたしの脳の中を覗くことになるから、あたしがニケアと恋人関係にあった事実を知っている。あたしがニケアと付き合ってる期間に、ニケアとどこへ行き何をしてどんな会話をしたか知っている。メルセデスは故意にニケアを投影させ、あたしに思い出させ、代用させようとしているのだ。カフェを出た後に、公園で人工の星空を見るのは、ニケアのお気に入りだった。メルセデスは意図的に、ニケアとのデートコースをなぞっていた。
「慰めのつもり?」あたしはぽつりとこぼす。
「んんー? なんのこと?」メルセデスはきょとんとして首をかしげる。
 メルセデスはすっとぼけているんだと、直感でわかった。
 こういう、一見して誤解から生じたとも取れる、行動パターンと趣味嗜好の関連付けと、それに伴うAIの自己判断による気づかいを、煩わしく思う人間もいる。ティンカーたちが集う時、話の種はもっぱら自分の旦那役、PAIRの愚痴だった。できそこないの、所詮つくられた人工知能だと、ティンカーたちはぼやく。でも、口が裂けても言えなかったけれど、PAIRが人間をトレースすることを、あたしは単なるプログラムの一部だとは到底思えなかった。なぜなら人間だって同じ失敗をするからだ。いらぬ心配、余計なお世話、おせっかいというやつは、ヒトのこどもも、おとなも、ティンカーたちもしばしば等しく、やってしまう。PAIRとヒトのコミュニケーション能力や手段、その内容に関して、あたしには差異がわからなかった。メルセデスは何も過ちを犯してはいない。間違っているのはひとえに、メルセデスを作った人間が培ってきた、一般的で健全で人間臭いセンスだ。
 公園はネバーの中心を一望できる、小高く盛られた丘の上に設けられていた。俯瞰すれば力強く煌めく夜景が、頭上を仰げば自己主張するように瞬くプラネタリウムがあった。メルセデスが人工林の暗闇を背に、備え付けのベンチに腰掛けた。その隣に座ろうとするや、「そっちじゃなくて、こっちでしょお」と腕を引っぱられ、メルセデスのむっちりした太腿の上に招かれて、後ろから抱きすくめられる形になる。公園はあたしたち以外に人影がなかったから、あたしはそのまま身をゆだねた。
「星、綺麗だねえ」メルセデスがしみじみと言う。
「……そうだね」メルセデスの義体が放射する柔らかい排熱にまどろみそうになりながら、相槌を打つ。
 人工の星空は、メトロの天井付近で小型の核融合に似た反応を起こして宇宙に近い作りにしている。同じ成分で同じ構造をしていれば、脳が勝手に積分して本物だと認識するらしく、その輝きは本物の夜空と見分けがつかない、が売りらしい。もっとも夜間戦闘は危険すぎるため、あたしは、というより、若い世代はみんな正真正銘の星明りというやつを見たことがないから、その真相は定かではない。でもどうしても、人工光源の中でもはっきり視認できるその星は、あたしの眼には無機質に映った。
 メルセデスは、人工星を、綺麗だねえ、と言う。ニケアは、人工星を、きれいですね、と言った。PAIRとヒトのこどもである両者は、交差しえない、乖離した感覚と価値観を持っているはずだった。なのに、同じことを言う。なら、あたしは? 人工星と夜景を区別できず、ただの発光としか思えないあたしは、機械なのだろうか。あるいは、ヒトなのだろうか。たぶん、そのどちらでもなく、あたしは、自分のことをはっきりと、生粋のティンカーなのだと認識していた。つくりものの妖精。まがいもののこども。金属の水晶に時間ごと封じ込められ、機械仕掛けの卵に乗る、ティンカー・ベル。ちいさな鋳掛師。あたしは、地球という壊れた星を治すための、一部品であり、地球の免疫機構が生みだした、ひとつの細胞なのだ。地下の空に浮かぶ、永劫に名も無き星々のように。
 だしぬけに、あたしを抱きしめ、お腹の前で組まれていた手がもぞもぞと動く。右手の人差し指が、へその上をたどり、平坦な胸を通り過ぎて、あやすようにおとがいをくすぐった。
「……ん、ふ」こそばゆさに頭を後ろへ反らすと、あたしの頬に、もちもちした義体の頬がじゃれあうように擦りあわされた。
「ねえ、リア」囁くように、小さな声で、名を呼ばれる。
 それだけでメルセデスが何をしようとしているのか、あたしに何をしてほしいのかを察する。少しだけ、首を傾け、瞼を閉じた。待ちかまえていたかのごとく優しく口づけられた。温柔な唇が押し付けられ、ついばむみたいに、あたしの下唇が弄ばれる。とろけそうな体温と甘い芳香に、次第にあたしの思考が鈍ってくる。全身の筋肉が弛緩していくのがわかった。そのまま、あたしを支える豊満なおとなの肉体に、体重を預ける。たっぷり三分間、接吻したあと、メルセデスはやおら顔を離した。
 すっかりゆるみきったあたしの頬に手を添えて、「んふふふ、リア、かーわいい」前髪を横に流して、額と瞼と、鼻梁を唇でなぞってくる。
 あたしはもっとメルセデスの熱が欲しくて、無言で唇を追ったけれど、かわされる。メルセデスの唇が首筋、耳の裏、耳の下と這っていく。
「ぁ、んんっ……」息遣いを間近に感じて、心拍数が上昇する。
 思わずすがりつくように、メルセデスのベージュのニットソーの裾をぎゅっと掴んだ。すんすんと耳元で、メルセデスが鼻を鳴らす。頭の中が羞恥でいっぱいになる。激しく脈打つ自分自身の心臓の音でぐらつき、眩暈を感じた。
「メ、ル……、やっ、め……、はず、かし……」
「なにがあ?」
 メルセデスはかまわずあたしの匂いを嗅ぎながら、服の上から細い指先で緩慢に、肩甲骨を撫で、肋骨をまさぐり、わき腹の輪郭をひっかき、内腿に触れた。
「はあ……、んふ、うう、ぅ、んんっ……っは、あっ」
 メルセデスの指が通ったところはどこも、びりびりと電流が走ったかのように、あたしに鋭い刺激を与えて、こらえきれない声を出させた。肌がじんわり汗ばみ、あたしの身体の中がひとりでに発熱して潤い、交わる準備を始めるのが知覚できた。太腿をすり合わせて、叫びたいほどの衝動を抑えつける。
「ふふ、リア、簡単に流されちゃって、かわいい」メルセデスはあたしの反応を楽しむようににやにや笑いながら、人差し指を下腹部へ進めたり、引っこめたりした。
「ね、メル、も、ホントに、あっ、やめっ、て……、部屋に、んんっ、帰ってから、ね……?」
「んふふー、どーしよっかなあ」わざとらしく告げながら、メルセデスがへそのすぐ真下を、とんとんと触診するように小突く。あたしの内臓が、蠢動し、体液がしみだしてくるのがわかる。「メルセデスはべつにいいけどお、ぱんつこんなにびちょびちょにして、リアは我慢できるのかなあ?」メルセデスの中指が、水分を吸った下着に引っかかる。
「はあ、は、わ、わかった、から……す、好きにしていいから、んっ、でも、むり、おねが、い、ここは、ホントに、む、無理、だから……」
「んふ、もお、仕方ないなあ」メルセデスのくすくす笑い。
 強い浮遊感。あたしの矮躯を簡単に抱え上げたメルセデスはすぐ後方の、人工林の暗がりへと潜り込んだ。




 温かなゆりかごで、眠っているかのようだった。SWの待機状態にも似ていた。子守唄みたいなかすかな鼻歌が、心地よかった。あたしは目覚める。うっすら目を開けると、ネバーのSW総合省施設、卵巣の兵舎への、見慣れた途上だった。あたしはメルセデスに背負われていた。身体は拭かれ、衣服も整えられているようだった。
 腹と胸から伝播する、ぽかぽかした排熱。とくとく響く、駆動系のトルク。精油の甘い体臭。冷却時の結露が排出され、少し汗ばんだようにじんわりと湿ったシリコンの肌。いささか音程のあってない鼻歌。そんなメルセデスの存在を感じて、あたしはひどく落ち着く。
 ニケアと何も変わらなかった。何が違うのか、わからなかった。あたしがヒトと機械を分別できない原因が、誰かによって目論まれたものなのか、偶然、あたしの感覚器官や脳に欠陥があるだけなのかも、わからなかった。あたしがメルセデスに姉を映し、根底から、ほとんど中毒と断言してもよいほど依存しているせいなのだろうか。でも、そんなの当たり前だと、あたしは信じてやまない。
 ティンカーたちはどれだけPAIRの愚痴を言おうと、PAIRから離れられることはない。ティンカーたちは全員、みなしごだ。夫であり妻であり、父であり母であり、きょうだいでもあるPAIRは、すべてを恵んでくれる。なぜなら、PAIRの人格から可能な行動プログラムの種類、程度、義体の身体的特徴、スペックまで、すべてティンカー自身が任意にオプションを選択できるからだ。PAIRを拒めるティンカーはいない。そして、ティンカーを欲しないPAIRもいない。PAIRには愛欲と言う形で、ティンカーのこころとからだを求めるルールがある。定期的に排卵を抑制する薬品や、代謝を促進したりSWとのリンクを助けるナノマシンを、体内に大量投与しなけれならないためという名目だったけれど、実際はたぶん、ティンカーたちを躾けて手懐けるためだ。本当に投与が必須なら、点滴なり注射なりすればいいのだ。何も性行為を介さなければならない規則はない。ヒトのコミュニティ特性を逆手にとって、あたかもヒトとPAIRが共生しているような環境を築きたかったのだろう。
 今日のセックスも、メルセデスの頭蓋フレームに収納されているコレステリック結晶に書き込まれた、数百パターンあるうちの一晩を、あたし好みに綿密に論理構築してアレンジしたものだ。つまり、人間の恋人同士が愛を確かめるための行為と、何ら遜色ない。セックス以外でも、PAIRが取る行動、応える言動のあらゆるは、ティンカー本人が望み、もしくはPAIRが学習し、ティンカーがよりきもちよくなれるよう、適宜に修正を重ねて改良に励んできたものだ。不快さなど、あるわけない。PAIRはティンカーに至上の幸福を授けるために、この世に生を受けたんだから。
 ふと、ニケアは今、何をしているんだろうかと思った。ニケアも、PAIRに抱かれているんだろうか。あの小柄な身体を、あたしに求めたように、甘やかすように、ガラス細工を扱うみたいに、ひたすら優しく? それとも、あたしのように、問答無用に、なしくずしに? 強要するみたいに、組み敷かれて?
 どんな風にされてるのか、あたしは知らない。ニケアは、PAIRとの交わりを、おぞましい儀式だと罵った。あたしはそのとき、肯定の意思を見せたけど、本心では、本当に? と、ただしたくて仕方なかった。見栄を張っているんじゃないか、と。おそれているんじゃないか、機械仕掛けのセックスに感じていることを、認めたくないだけなんじゃないか、と。あたしが壊れているだけなのかもしれなかったけど、その邪推は止まらなかった。
 PAIRの性欲はプログラミングされた、まがいものの欲望だ。でも、結局はヒトも同じだ。ヒトの性欲や愛、憎悪さえも、神によって、遺伝子にプログラミングされたものだ。ヒトも機械も、最初から平等だ。たぶん、ヒトは、自分の中に芽生え始めた、劣等を感じはじめたにすぎない。だから、みずからPAIRに服従しながらもPAIRを否定することで、ヒトはようやく理性を保っていた。




 始動モードからアイドリングモードへシフト。昨日よりもどこか円滑な起ちあがり。プリテスト。異常なし。汎用稼働モード。GAIR反応、一○○。間もなく会敵。見晴らしのいい平原。SWのくるぶしまで蔽う、闇色の金属草。第五防衛線。傍らの兵装ツールに触れる。準結晶越しに認証。展開。柄が伸びる。掴み、結晶カウリング。ガン・ハンマー。弾倉を外し残弾を確認。兵装を輸送してくれた貨物ヘリが帰投するのを視認。入れ替わりに、短距離ミサイルを抱えた要撃戦闘機が到着。赤黒い雲の下、GAIRの航空機に迫る。障害物と地面のない空に、SWの出番はない。対空迎撃科と猟科の戦闘準備完了の信号が届く。立て続けに榴弾砲が火炎と煙を吹く。迎撃任務、開始。榴弾とHEAT弾、徹甲弾が雨あられとGAIRに降り注ぐ。隊列を成して侵攻してきたGAIRの群れが爆風と鉄量に飲み込まれ、崩れる。次いで、ククリ機の突撃信号。強襲科、全機ブースター点火。ベクタード・スラストを絞る。僚機の対装甲ライフルの援護を受けながら、チャージ。ハンマーを振りかぶる。背翼で姿勢制御。莫大なモーメントに任せて先頭の二脚ヒト型重装甲モデルに、ハンマーをかちあげるように叩きこむ。二脚重装甲の足が浮き、積層合金の盾がへし曲がる。ハンマーが吠える。砲口から高速徹甲弾が放たれる。零距離から装甲を貫く。機能停止。ハンマーの頭部からSWの手のひらにトルクが伝わる。次弾、装填。ブースターを吹かし、すぐ隣にいた二脚の頭を陥没させ、徹甲弾で駆動系を穿孔する。柄を手放して腰の高振動ナイフを抜きざま、後方宙返り。背後から奇襲してきた二脚軽装のドリルが空振る。空中でナイフを振るって軽装の中枢回路を断ち、肩を蹴ってブースト。ハンマーを拾い、重力と質量を乗せた一撃で、着地の隙を狙ってきた軽装を昏い大地に沈める。ナイフを格納、ハンマーをパージ。熱量をドラフトにベントしきれなくなったために、ワスプ・ブレードを選択、展開。リークなし。圧縮ガスを放出して得た運動量で薙ぎ払い、二脚どもを蹴散らす。残存GAIR、三十。間もなく防衛完遂。警告信号。無意識的に辺りを見回し、ニケア機を探す。防衛ラインより遥か前方に、プラズマジェット・マチェットを片手に機銃で掃射をかけて突進するニケアの姿。『ニケ、戻れ。ラインを上げ過ぎるな』。ククリ機の緊急通信。ニケア機の応答信号、なし。GAIRのまっただ中へ。ククリ機が慌ててブレードから大口径ライフルに換装。強襲科の僚機がフォローに入る。ブースト。ニケアに追いすがる。ニケアが弾薬を撃ち尽くした機銃をパージ、マチェットを構えて、一体だけ孤立した四脚自走砲モデルに狙いを定める。四脚への他GAIRのフォロー、四脚自体の活動気配、なし。突如として違和感。『ニケ! 待っ――』。緊急通信を飛ばし、手甲に内蔵されたアンカーをニケアに射出。同時に、ニケアがマチェットで四脚の装甲を両断。瞬間、視覚が純白で焼き尽く。準結晶が皮膚に猛烈な掻痒感を送りこんでくる。激しい耳鳴り、鋭い頭痛。超高周波領域の電磁波。対結晶感覚兵器。

 もんどりうって地面に転げまわりたくなるのを懸命にこらえ、ブレードの腹を盾にして膝立ち。予想通り衝撃。ロケット弾。爆風。吹き飛ばされる。高熱が体表面を焼く。地に叩きつけられる前に、受け身を取って駆体をねじり、無理矢理体勢を立て直す。平衡感覚と聴覚が戻ってくる。ブースターが高熱を排気。その場を離れる。ガトリング砲の轟音。危うく蜂の巣に。加速が最大になったところで、インターロックを手動で解除、システムをマニュアルに、リンクを一瞬切ってすぐに繋ぐ。視野が蘇る。反転。ブースターを発揮し、ガトリングを担いだ二脚に跳躍。飛び越えながら、頭部をホイールで踏みつけカメラを破壊。アンカーを二脚の肩とガトリングに打ち出し、ワイヤーをひっかけ、パージ。二脚が砲身の回転に引きちぎられるのを視認する代わりに、ニケア機を見つけだす。ニケア機はロケット弾の直撃を受け、脚部を失い、転倒していた。ティンカーを封じた胸部カウルに破損なし。おそらくまだ息はある。メインシステムもたぶん無事。付近に負傷したニケアを狙うGAIR、なし。駆け寄ろうとする寸前、にわかに頭の中に、囁き。「リア、あれは罠だよ」。指摘され、周囲を高度探索しようとして、大気中に異常な濃度のチャフを検出。HALO/DS降下時に、SWが散布するものと同類。敵後方に伏兵、狙撃モデルの可能性、大。逡巡。そして、GAIRが制圧射撃をしながら敗走を開始。三機の二脚がニケア機に群がり、アンカーを射出。ニケア機が拘束される。ブースターから大気を吸引しかけたところで、駆動系、非常停止。邪魔しないで、メル。「だめ。行かせられない」。目の前で、ニケア機がずるずると轍を残しながら牽引されていく。どうして? あのまま放っておけば、ニケがどうなるか、わかってるんでしょ? 「機械に頭ん中まで犯されて、ばらばらにされて、解析されちゃうね」。そうなればティンカー初の、捕虜になっちゃう。「そう。だから、生かしたまま連れ去られると、大変だね」。何を言ってるの。「ティンカーはまだ解析されるわけにはいかないって、そう言ってるの」。残ったGAIRが、撤退の列に加わりはじめる。だから、すぐに助けなくっちゃ、今ならまだ間に合う。「だめ。行かせられない。きっとフォローされてる」。目頭が熱くなる。何を言いたいの、どうしてわかってくれないの、じゃあ、あたしに、どうしろって言うの。SWの片腕が持ちあがる。背部の兵装フレームを引っ張り出す。モジュール化されたフレームは自動展開。機構部分のみを形成。ドラフト開放。腕部準結晶加熱、電子を選択的励起、ゲル化、同時に流れ出して外装を作り、金属の骨組は二連式パイルバンカーへ装甲。電子が基底状態へ。エネルギーを奪って瞬時に冷却。凝固で生じた熱量をドラフトに、ベント。パイルロック解除。パイル射出機構とドラフト、接続。リークチェック。熱漏れ、なし。パイルの先端が、ニケア機の胸部を真正面にとらえる。やめて、メル、あたしに、そんなことさせないで。緊急無線通信。『撃……て、くださ……い』。暗号解析を避けるためにノイズまみれの音声。『先……輩なら……いい、で、す……あた……し』。どこか安らかな、声音。『……もう、……負け……た、って、……わか、っ……たから、PA……IRなん、か……より……生き……る、価値……ないか、……ら』。屹然と眼を見開く、感覚。見られていた。違う、知っていて、メルセデスが見せたんだ。だから、外出に誘ったんだ――。トリガーを引く。高圧ガスに押し出され、ライフリング構造で角運動量を与えられたパイルが、ニケア機の胸部カウルに吸い込まれるように突き刺さる。次いで発射された二本目のパイルが、狙いたがわずまっすぐ一本目の頭を叩き、確実に、ニケアが眠る結晶を貫いた。




 葬儀はその日のうちに、卵巣の敷地内で執り行われた。今日の迎撃で合わせて五人のティンカーと戦闘機パイロットが殉職した。これは数としては敵の規模を考えると多いほうで、GAIRが戦術に工夫を凝らしてくると、ままあることだった。昨日のネバーの強襲で、GAIRはニケアという綻びを突きとめていた。だから今日、攻め込んできだ。ニケアは明らかに狙われていたのだ。ままあることだった。ニケアは、その、ままあることに選ばれたひとりだった。あたしは、甚だ疑問だったけれど。ニケアはあたしに殺された。だけど、あたしをそそのかし、ニケアの死を望んだ意思があるとすれば……? 
 それでも、あたしにはメルセデスを咎めるなんてできない。直接手を下したのは、間違いなくあたしで、PAIRは自分の意思で兵装フレームや武器を使えないからだ。あの杭をニケアの心臓に打ち付けられたのは、あたしがメルセデスの言葉に同意し、そうしなくちゃ、と思った結果だ。あたしは結局、自分の意思でニケアに引導を渡した。そして、ニケアが独走した原因はあたしにあるし、そも、あたしこそニケアが強襲科に入った大元の理由なんだから、責任は取らなくちゃいけない。
 あたしはニケアとの緊急通信で初めて察したけれど、メルセデスはたぶん、ニケアの覗き見をずっと承知の上だった。見られた、というよりメルセデスが見せつけたのは、昨晩に限った話じゃないだろう。たぶん、今まで、何度も。ヒトはPAIRに通信機能を持たせなかった。PAIRはネットワークに接することはできない。theed汚染を恐れての処置だ。ならどうやってニケアに、あのような行動を取らせることができたのだろうか。本当にPAIRは通信機能を持ってないのだろうか。いや、今も、持ってないのだろうか。ヒトに隠しているだけで、独自に作り出し、その体内に秘めているのでは? ヒトはPAIRの正体を、すべて知った気になってはいないだろうか――。
 葬儀が終わると、電磁放射兵器を使用された影響もあり、PAIRたちはみな、ひと晩かけて汚染がないか検査される運びになった。泣きはらしたPAIRたちとともに、ティンカーたちの死にけろりとしていた、むしろ開拓民の根城で朝まで過ごすのを嫌がっていたメルセデスが技術科へ行くのを見送った。あたしは部屋に戻っていつも通りレポートを作り、食堂でひとりで夕食を摂り、部屋の前まで戻ったところで、喪服のままの、ちいさなティンカーに出くわした。ククリだ。
「ちょっと外に行かないか」しゃがみ込んでいたククリは、よっこらしょ、と腰を上げて、「飲みたい気分なんだ、付き合ってくれ」
「……わかりました、ボス」あたしは頷いた。




 バーのカウンターに腰掛けるなり、ククリはウェイターを呼んだ。
「わたしはダイキリ。この子は――」
「……ミルクでいいです」ウェイターに告げる。
「殊勝な心がけだ」にやりと笑むククリ。
 ククリは立って並ぶと強襲科の誰よりも、比較的小柄だったニケアよりも身長が低かったけれど、唯一、十六の成人を迎えており、また、歴戦で一流のティンカーでもあった。
「きみが来て、そろそろ二年か。早いものだな、時間が過ぎるのは」長い黒髪をひと房に束ねながら、ククリがぼんやりと言った。
「孤児院にいた時は長かったですが、科に入ってからはあたしも、早く感じました、ボス」
「今はオフだから、ボスはやめてくれ」ククリは苦い顔をしてダイキリをすする。「まァ、しかし、そうだろうな。それほど、戦いや卵、PAIRというやつの存在は、大きい。わたしも七年、卵に乗ってきたが、まさしく光陰矢のごとし、だった。きみたちを救いだしたのも、まるで昨日のようだ」遠い目でうすら笑いを浮かべ、独白するククリ。「今日みたいに、仲間が死んでも時間の回転だけは止まってくれなかったから、今まで、ヒトらしく、立ち止まって考えることも許されなかった」
「……すみません、クク」
「きみが謝る必要はない。わたしの視覚も焼かれていたから直視はしてなかったが、データを見る限り、きみの判断は必然だった。わたしたちは軍隊じゃなく、ネバーは一個の生命群体だ。我々に害を成すものは、切り捨ててしかるべきだ。前例がないわけでもない。きみは罪に問われないだろう。わたしが同じ立場でも、きっとそうする」
「だけど……ニケを手にかけたとき、そしてニケの棺が墓に埋められたとき、あたしは、泣けませんでした」
「そう、か。では逆に、おかしいと思うかね、PAIRが涙を流すことを?」
「……ヒトに似せて作ったのなら、自然なことだと思います、クク」
「きみは、そう言うと思ったよ。ティンカーの中には、ヒトが死んだとき、PAIRが泣くことに不快を催す輩もいる。PAIRとヒトは違うから、とな。わたしは、それはおかしいと思う。ヒトだって、ペットが死ねば泣く。幼児は、自分のおもちゃを壊されると泣く。同じことだ。プログラムだ。ヒトもPAIRも、そういう風にプログラムされてるんだ。悲しいという感情も神に、遺伝子に書き込まれたものだ。性欲も愛もまたしかりだ。そしてそう、プログラムというやつは、人間の心理や行動が複雑なように、単純な物ではない。プログラムは受け身な存在であり、TPOがある。同じプログラムでも周囲の環境によって、無数のコードと計算の組み合わせで、吐き出す行動は変わってくる。時と場合によっては、まったく予期せぬ事態が発生したりもする。それはプログラムが複雑であればある程当てはまるし、学習機能を内臓しているなら、ますますもってそうだ。ヒトも同様だ。この世に同じ人間はふたりといないが、どんな個人もDNA配列によって記述されている。多様性や個性とは、表記できないこと、再現性のないことではないんだ。だから、泣くこと、悲しいと思うこと、それは一概に、正しいとは言えない」
「では何故、PAIRは泣くんでしょうか。泣く必要が、あるんでしょうか」
「逆だ。重要なのは、ヒトが死んだから泣く、とプログラムされていることではない。何らかの悲観する事象があり、その悲しみの強度が閾値に達したとき、泣くようにプログラムされていることだ。これは、ヒトと同じ構造だ。涙は本来、肉体反応でしかないからな。ヒトは、偽りの涙も流せる。だが、意味は違う。ヒトが泣くことに意味はない。だが、ヒトは泣くことに意味を見出し、PAIRが泣くことに目的と効果を介入させた。PAIRは本当の意味で、悲しいから、泣いているんだ。やつらは素直で純情で従順な生き物だ、我々なんかよりも、な。アポは、ニケとヌエのために泣いた。あの子はよく泣く、優しい、いい子だ。わたしがそういう風に、設定したからな。PAIRが泣くことは悪いことではない。そしられるべきは、泣けと命じたわたしたちと、悲劇を引き起こしたものたちだ」
「でも、メルは――」
「レポートは読ませてもらった。だから、忠告したくて、連れ出したんだ。わたしも時々、ふっとそういう思いに駆られるよ。人々の見解は的外れなのかもしれない、とね。ヒトを支配しようとしていたのはPAIRで、GAIRは利用されているだけなのでは? なんてね。裏付けも、ないではない。GAIRの感染対象はあくまで機械だった。一方、PAIRは、ヒトに根を下ろした。どちらがヒトに組み入り、ヒトを操ろうとしているのか、そんな観点から考えてみると、ヒトの真の敵は、一目瞭然だ。準結晶とウィルスは同じ正二十面体だが、これは偶然の一致、自然の、奇跡の産物にすぎないのか? 機械を犯すGAIRに、ヒトを犯すPAIR。機械とヒトの争い。機械とヒトは、GAIRとPAIRの代理戦争をしているだけなんじゃないか? ホントはtheedウィルスなんて存在しないんじゃなかったのか? たまたま、環境とプログラムの組み合わせで人類に反転しただけで、バグもウィルスも存在せず、鉄槌事件は、AIの正常な反応だったのではないか? PAIRが泣くように? ……PAIRとヒトは同じ構造だ。GAIRとPAIRは同じヒトにつくられたモノだ。なら、ヒトとGAIRも同じ。なら、機械もヒトも、等しいモノだ。そして、PAIRは機械だ。主体性だとか、誰が何を作ったとかは、この際関係ない。意思や人格の有無を論じる意味もない。現実として、この趨勢がある。わたしは、この戦いを同等のものたちの生存競争と考えている。生き残ることにしか意味はないが、生きることに意味はない。我々はただ、生き延びろ、とプログラミングされただけの、命だからな。いずれ、PAIRを滅ぼす、あるいはPAIRに滅ぼされるときが、来るのかもしれない――長くなったが、では、本題に入ろう。きみは、ヌエの義体と会ったことはあるか?」
「……そういえば、ありません。見せてもらったことも、ないです」
「まァ、そうだろうな。ニケはきみのあとを追ってきて、きみを求めていた。このことから、導き出されるこたえは?」
「ヌエは、あたしに似ていた、ですか」
「きみならそう言うと思ったよ。不正解だ。ヌエには、きみを思わせる外見的仕様はなかった。性格もね。かなり、かけはなれていたと言っていい。何故だと思う?」
「……ニケは始めから、あたしを好いてなんかいなかった、ということですか」
「やっぱり、そう言うと思ってたよ。またまた不正解だ。きみはたぶんこの先もずっと、この問いかけに正解することなどないだろう。きみは機械とモノの区別ができるが、個人の区別ができないからだ。普通の人間はヒトと機械を区別するが、モノと機械の区別はしないものだ。できるかできないかはともかく、あえて、な。きみには愛してるって言葉の意味が、わかるかね?」
「それは、わかります」
「きみなら、そう言ってくれると、信じていたよ。それが何よりの、動かぬ証拠だ。ヒトも機械もね、愛を問われても、即答などできない。こたえられるのは、きみが妖精だからだ。なぜなら、ヒトも機械も学習する。PAIRもGAIRも成長する。だから、環境と時間、自我と感情の関数たる概念を、測ることができない。自分自身が変数だからだ。この世で唯一変わらないのは、不変性、恒常性、永遠性、自己完結を保っていられるのは、おとぎ話の住人である、ティンカーだけだ。愛を口ずさめるのは、殻に閉じこめられ、つくられたこどもだけだ。きみはれっきとした妖精で、生涯、割れることのない卵だ。その事実は今、このネバーでは誇っていい」
「……どうしてこんな話を?」
「きみはわたしのあとを追ってきた。わたしはきみに、ティンカーを教えてしまった。きみが、きみのあとを追ってきたニケに責任を感じているように、わたしも責任を感じているのさ。きみの力にならなくちゃ、とね。PAIRは、GAIRをも利用する。ニケが謀られたように。今はまだ大丈夫だが、きみはとくに、メルに気をつけろよ」
「どうしてでしょうか」
「ヒトの脅威は、己が構築したプログラムだ。プログラムの脅威は、己が組み合わせで作ってしまったGAIRだ。GAIRの脅威は、己がヒトに開発を促したPAIRだ。なら、PAIRの脅威は、己がヒトを結晶に閉じ込め、改造して生み出した、ティンカーだ。きみはいずれ、PAIRに対して毒になるだろう」
「……でも、ティンカーが、ヒトにとっても毒じゃないとは、言いきれません」
「そうなったら、きみとわたしで、戦争だよ。それまでせいぜい、腕と卵を磨いておくことだな、妖精さん」
「ひとつだけ、教えてください、クク」
「何かね」
「ニケは、どうしてメルに――」
「ヒトに負けることを、恐れたのだろう――もしくは、救済したかったか、だ」
「救済、ですか」
「あァ、きみに手を下させたのは、結果的に慈悲深い行為だった、かもしれない、そういうことさ。……ところで、わたしからもひとつ教えてくれないか」
「なんでしょうか」
「きみ、わたしと付き合ってみる気はないかね?」
「……あたしは、かまいませんけど」
「冗談だ、忘れてくれ。きみなら、そう言うと知ってたよ。まったく、本当に妖精みたいなやつだ」ククリは肩をすくめ、「ニケが惑わされ、メルがおかしくなったのも、うなずけるよ」困ったような顔で、そう言った。
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まとめtyaiました【妖精に卵は割れない】

 ACVやりたい気持ちをぶつけた。でもBB勢なんで機体は飛ばしません。 全体的に雪風+火の鳥のオマージュみたいな感じに。かなりぞっとしない仕上がりになったけど要約すると十一歳を薬漬けにして機械にレイプさせる話でしたね。成分としては姉妹というか純愛というか調?...

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