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機械仕掛けの荒くる者ども

 Rd正史。FGFのウン十年後。いろいろあって随分間が空いてなんだかアレですがまぁ頑張った方です。内容はいつも通り。

 ノーカット版
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1272055




 機械仕掛けの荒くる者ども -invisible machina's storm-



「デートォ?」事務所の上司の部屋で、アタシはたぶん、この世に生を受けてから一番素っ頓狂な声を出したと思う。半分ぐらい裏返ってたし。「それ、最近流行ってるジョークかなんかっすか?」
「ジョブの話です」馬鹿でかいデスクとチェアにちょこんと座ったメイが、いつも通りの人形めいたすまし顔で言う。「本件はデリケートかつ重大な問題なので、まず、暴力によらない、慎重な情報調査が必要なんです。そのために、いかにもな客層の一般人を装って、売人に接触しなければならないんです」
「あのォ、それって、ボスとアタシが、ですか?」渾身の演技で――もちろん本心から嫌だったが――苦い顔をしてみせる。
「それは質問ですか、マキ? それともストーン・ヴィレッジのコールド・クレイドルでの非常休暇を申請した方がいいですか?」メイの明るいブルーの瞳がかすかに細められる。
 おぞましい書類が収まったデスクの引き出しにメイの小さな手が伸びかけるのを目にして、アタシは慌てて取り繕う。「いやいやいやいや滅相もないですって! そういうわけじゃなくってですね、あー……」
 無意識に、部屋の窓からのぞく建設途中のぶっとい低軌道エレベーターを一瞥してしまう。日中のどんな時間帯もあれの影となり暗闇に閉ざされた湖底の刑務所、ストーン・ヴィレッジで機械の一部分となって夢を見続けるのは、二度とごめんだった。そりゃァ、アタシは生身の身体を取り戻すために、こうしていけすかない上司の部屋に出頭してヘコヘコしてるわけだが、ちゃんと解凍された身体じゃなけりゃお断りだ。
「あー、ほらほら、アタシはボスと違って威力捜査向きって言うか」喉に嵌められた首輪型デバイスをこつこつと叩く。「こいつがある限り、社会福祉従事者だってバレバレじゃないっすか?」
「マフラーか何かで隠せばいいじゃないですか」メイはコートスタンドにかけられた、妙に光沢のある黒い布地を指差す。「持ってないなら、わたしのを貸してあげてもいいですけど」
「……カーテンかなんか巻いていきますよ」メイの私物たる、いわくマフラーらしいそれが、なんらかの誤作動を起こしてチョキン、また胴体とバイバイってのは勘弁だし。
「くれぐれも、怪しまれないような調度品でお願いしますね」メイはくすりともせず言う。
 怪しまれないような調度品だって? そりゃァ、サムライソードよりも、水玉柄のカーテンの方が、マフラー代わりにするならよっぽど自然で可愛らしいだろうよ。アタシも、くすりともしなかった。




「客層に適するよう設定上は恋人を装ってもらいますが、売人の警戒を解くためだけであって、無理にわたしとバイやレズを演じろとは言いませんし、今回の仕事の決定はあなたのセクシャリティとは何ら関係ありません」
 メイはブリーフィングの最期をそう締めくくったものの、いやいやどう考えたって、課内どころか局中にカワイイ女の子を食いまくってる噂が流れてるせいで、アタシが抜擢されたとしか思えなかった。任務のゴーサインを出したハンナ局長だって承知の上に違いない。
 そりゃァ、女の子に手を出してたのは紛れもない事実であるし、潜入捜査も警備活動課の領分だが、今まではそういう慎重な仕事はメイひとりでやってきたはずだ。アタシはメイの直属の部下だから、アタシが手伝うのはおかしくはないのかもしれない。でもなんで今さら? アタシに与えられたWHOSE駆体も生まれもった性格も、到底潜入捜査向きじゃないのに? 鉄火場に突撃してテロリストやマフィアの下っ端をぶっ飛ばしたことしかないアタシに? メイは最後まで、この仕事をアタシにまわしてきたワケを明かさなかった。
 アタシには拒否権がなかった。厳密にはこの国の方針上、あるにはあったが、社会福祉を拒むことは世界中で最も重力の弱い地点、ポイント・エアの奥底で、スーパーコンピュータに取り込まれ、アタシの場合、五十年間はちっぽけな脳みそを働かせ続けることを意味する。脳みそを結晶漬けにされるのは最悪だ。頭ん中をギチギチに埋め尽くした詰め物がゾワゾワ動きやがるあの感覚をきもちいいと言うアホもいるらしいが、冗談、気が狂ってるとしか思えない。でなけりゃ、ホントに頭が壊れてやがるんだ。それに眠ってる間、ひっきりなしに、アニキたちに犯された夜や親父の頭をぶっ飛ばした場面、裁判所で死刑を言い渡され、断頭台に立たされた時の情景を走馬灯みたいに夢に見やがる。アタシは一週間で音を上げた。
 ストーン・ヴィレッジで半世紀眠る代わりに、アタシはH&Cインダストリグループの非政府社会福祉サービス機構、地域保安局警備活動課事務所に配属され、機械の身体、WHOSEと、社会福祉従事者管理用の首輪型デバイスを与えられた。低軌道エレベーター建設をも支える大企業、H&Cは数あるWHOSE駆体メーカーの中で少ない人員ながらも最大手で、福祉従事者を人道的扱いをしてくれるとして人気もある。そのお膝元となれば、福祉従事者としてはかなりアタリの部類。これは楽ができるぞ、とアタシは皮算用をしたものだが、同期に転勤してきた鼻もちならない監理官メイ・ガスパール・エアライデンによって、すべてぶち壊された。
 プラチナに近いつややかなブロンド、アタシを仰ぐぱっちりしたブルーの瞳、小顔に乗ったすっと通った鼻筋、桜色の薄い唇、オバケみたいななまっちろい肌、アタシの胸元までしかないちっこいタッパ。顔が小さく頭身がかなりあるせいでやたらとパリっとしているというか、フォーマルな服が似合う雰囲気をしているが、顔つきはよく見りゃ十か十一がいいとこ。事務所で初めて顔を合わせたとき、どこのお嬢さんが依頼に来たんだよベビーシッターも業務に含まれるのかと内心げんなりさせられ、まァ最初は要人警護とか簡単な仕事からだよなと思ったもんだが、ハンナ局長にお前のボスだと紹介されてアタシが目を丸くしていると、次の瞬間には自己紹介などではなく、「子守りもできなさそうです」と冷たく言い放たれ、マジでカチンと来た。そして二言目には、「とりあえず首輪を見上げるのも癪なので座りませんか?」だ。おいおいおいおい、人道的な企業はどこに行ったんだ? 差別発言にもほどがあるだろ、それは。だいたいアンタも元はわっか付きなんだろ? そのちんちくりんな寸胴もWHOSEで、中身は赤い血肉じゃなく、白く濁った人工血液と銀色の人工筋肉アクチュエータに高機能性樹脂の骨格が詰まってるんだろ? 最早怒りを通り越して呆れていたが、手を出さなかったのは正解だった。
 すぐに同僚たちから影でメイガス、あるいはメイデンと揶揄されるようになったメイは、はなっからずっと、そんな気に食わないやつだった。アタシは何度もこの鉄製の拳でぶん殴りそうになったし、たぶんメイも幾度となくアタシの首輪に仕込まれた指向性高性能炸薬をボンってやるスイッチを押そうか思い悩んだことだろう。半年同じ職場にいて最近ようやく丸くなってきたような気がしなくもないが、それでも基本的なスタンスはずっと一緒だ。メイは、ことあるごとに脅しや威圧まがいのパワハラで首輪付きたちに言うことを聞かせる、典型的な監理官の鑑だったのだ。アタシとメイはいつも衝突したが、アタシには刃向う度胸も権利もなかったから、アタシが折れて終わる、そんな毎日だった。そりゃァ、アタシはうっかり家族を皆殺しにしちゃったせいで生身の胴体から頭をバッサリと切り離され、人権停止状態の社会福祉従事者にあるわけだが、別に殺したのはアンタのパパやママじゃないじゃん? アタシ、アンタになんか悪いことした? 一言でもそんなことを口走れば、アタシは反省の色なしとみなされて大幅減点、楽しい地上とはハイサヨナラ! ってわけだ。笑える。




 高級磁動車が行き交うメインストリートに面したカフェ・ポールサイドで軽くお昼を摂り、愛らしい顔をしたブロンドのウェイトレスが運んできたエスプレッソを口に含んでも、アタシはまだピリピリしていたというか、ソワソワしていたというか、とにかく、リラックスできなかった。それは昼食が少なかったからでも、食事している時でも首輪の上に巻いたストールを外せなかったからでもない。
「マキ、わたし、前々から新しいパンプスが欲しいと思ってるの」ほとんど水色に近いブルーの瞳が、上目づかいでアタシを見上げ、「この後付き合ってくれる?」メイの華奢な指が、触覚繊維が誤認しにくいアタシの指先に触れた。
「え、あ、はい、べつにかまわないっす――じゃなかった、かまわないけど……」しどろもどろになりながら応える。
「どうしたの、マキ? もしかして疲れちゃった?」首をかしげて、見てくれ相応の、ローティーンの少女の猫なで声。
「そんなことない、けど……ちょっと考え事してただけだよ、……メイ」オエッ。アタシは心の中で、もうじゅっぺんぐらいえずいていた。研究データを取るという建前で、福祉従事者を監理するための記憶媒体にこの会話を記録されてることも踏まえて虫唾が走って仕方がない。
 事務所ではいつも地味な白いブラウスに黒いスカートという出で立ちのメイは、どんな恰好をしてくるのかと思いきや、きちんとアタシの私服にあわせたちょっとばかしカジュアルなシャツとハーフパンツ、ストッキングにデニムのジャケット――ご丁寧にも本当に例のマフラーを巻いていた――で、薄く化粧もしていて、アタシとメイは三つほど年の離れた背伸びしがちで冒険したそうな女の子二人に見えたことだろう。待ち合わせのメトロで見かけたときは冗談抜きでアタシはドギマギしてしまった。有体にいえば、今日のメイはとびきり可愛かったのだ。女でもむらっときて押し倒したくなる部類のアレだ。男嫌いのアタシならなおのこと。抱き締めれば霞になって消えそうな線の細さも、モロにあたし好みだった。ただし外見だけなら、だが。さすが熟練の潜入捜査官、事前調査済みってわけだった。アタシが単純なのかメイの観察眼が並々ならぬものなのかは知らないが、見透かされてるようで本当に嫌になる。
 そして今日のアタシはメイにとって、監理すべき断頭刑囚ではなく、年上の、同性の恋人だった。目を合わせて手をつなぐのが、今日の唯一の合図。今話しているのは、そういう設定。そういう茶番。頭ではわかってても、アタシはメイと芝居を打つのに未だ抵抗があった。だってそうだろ? 日ごろ、口を開けばやれマフィアのアジトに突っ込めだのテロリストの暴走車両を素手で止めろだの従わなければ凍結処分だの十期増やすだのと威張りまくってる相手なんだぞ? 何が嬉しくてそんなやつとイチャイチャしなきゃいけないんだ?
 ニコニコしながらミドルスクールでの出来事を話す――もちろん全部作り話だ――メイに適当に相槌を打ちつつ、しかしよくまァここまで嘘八百を並べ立てるもんだと感心しながらアタシは遠い目でエスプレッソをすする。メイは潜入捜査のプロだ。どんな人間になりきるのもお手の物だろう。WHOSEもスパイ活動や工作に適した、液晶フラクタル機能性細胞パッケージを前面に押し出したモデルだ。人工臓器をうっちゃっておいた代わりに充填された半透明の液晶細胞一個一個すべてが感覚器官であり臓器の役割を果たすために、全身のいたるところが各種高感度センサーでありながら過酷な環境にも強く、単身でジャングルの奥地やエベレストの山頂、海の底にだって潜り込める。経口摂取したものは臓器細胞によって熱エネルギーに変換されるため、賞味期限を一週間過ぎた牛乳を飲んでも腹を下したりしないし、固体排泄もないので便秘に悩まされることもない、まさに密偵向けの駆体だ。ただ少しだけ、体内の濃度調節のために汗っかきにはなるが。すべてのWHOSE駆体がそこまで丈夫なわけじゃないが、だいたいのWHOSEは言ってしまえば機械なわけだから、生身と比べてかなり頑丈で便利だ。その着心地の良さから、社会福祉によって刑期を終え首輪が外れても、そのまま生身を捨てて福祉勤めになるやつもいる。そうしてブーメランしたやつはたいてい監理官となる。メイもそのひとりだろう。
 WHOSE駆体は高い。ロボット工学の最先端技術の結晶だからだ。一体一体がオーダーメイドでなければいけないし、顔以外に限ってはまじまじと見つめたり触ったりしなければ、本物の肉体と区別が出来ないほど精妙な作りで、かつ精密に、文字通り自分の手足のように動作させることができた。中流階級ではとてもじゃないが手が出ない。だからと言って、上流階級に強い需要があるわけではない。身体を切除して首から下を全部機械にするというのは、並みの神経ではまず無理。人間は通常、自分の身体を切ったり張ったりすることに恐れを抱くのだ。使用目的にしたってたいていが不純な動機ゆえに、貧困層や社会的に下位な人間にほど求められていた。皮肉なことだ。
 それに、義体と違って己の意思で故意に肉体を捨てた扱いになるから、保険の種別も違う。義体は肉体だが、WHOSEは結局のところ道具なのだ。そこでWHOSE駆体メーカーが着目したのが、切ったり張ったりしてもよさそうな、もうすぐ人間でなくなる、つまり死が予定された人間たち、ってわけだ。
 どんな人間もてっぺんに脳を乗っけている以上はリソース、資源だ。いよいよ深刻になってきた少子化問題もあり、リソースをみすみす捨てる、死刑の非建設的さに気付いたウォルト共和国は、国唯一の刑務所たるストーン・ヴィレッジ内の電気椅子や絞首台を破壊し死刑を撤廃。断頭刑を復活させて、刑の執行後も人間をおいしく有効活用できるようにした。悪魔の名を冠する――自分で作っておいて悪魔ってのも間抜けな話だ――ウィルスの蔓延やらテロやら州軍のクーデターによる解体やら連邦から除外されるやらで一度崩壊していたウォルト共和国だが、断頭刑被執行者を社会福祉に従事させたり、コールド・クレイドルと呼ばれる生体脳並列演算結晶の一部にすることによって抜本的に福祉制度を見直し超低ランニングコストでハイリターンな社会保障と研究開発を実現し、ひいては民間軍事企業や警備保障サービスと言った火力、武力、大量の弾薬と鉄量が市場に台頭、乱立、異色の軍需産業と代理戦争でなんとか盛り返してきていた。ただし、犯罪シンジケートやテロリストが力をつけてきたのも、当然の帰結だったが。
 各WHOSEインダストリはおおっぴらに製品データを逐一取れる上に国家と言う馬鹿でかいスポンサーを得られ、政府としても凶悪な犯罪者をたやすく遠隔操作で社会に従事させられ、一部の即応性を求められる福祉――つまり強力な機械の肉体をもってして他のお尋ね者どもをこてんぱんにできる火の政治を執り行うチャンスだと皮算用したようだが、実際はまぁ大方予想通り、本人のジーンマップを元に縮図と呼ばれる変換方法でコード化しているため絶対に解明されないと謳われていたはずの駆体ソースコードを、どこぞのハッカーにいとも簡単にぶっこ抜かれて駆体――とその福祉従事者――を悪用され、政府が最強の身体を与えた犯罪者どもは野に放たれたことになり、ウォルトの夜はモルドールか、それでなきゃゴッサムシティもかくやという悪と暴力が渦巻く死の闇と化した。「確かな知性によってのみ知力は制御さるる」とWHOSE駆体の原型と縮図を作ったH&Cインダストリのチャーチ社長は言ったものだが、今はどんな気分なのやら。おかげで横倒したハートの形をしているウォルトの国土にちなみ、炎の心臓曲線などとよく揶揄されている。
 うちの課は主に、そんなおこぼれに預かろうとする暗い炎を撒き散らす連中を商売相手にしていた。ブルーカラーにしてホワイトカラー、あるいはそのどちらでもないのが、アタシたち。軍政州時代の癒着と汚職の反動で形ばかりの街のお巡りさんと化した警察代わりの、治安維持――軍事を守るための軍事というやつだ。と言っても、メイや他のベテラン従事者は防諜、情報工作、海外出張もやったが、新入りで末端のアタシはマフィアや不良どもをシメる仕事が関の山だった。
 今日にしたって、いつもと少し毛色が違う内容だったしメイは大仰に話を盛ってみせたが、大それたことをやるわけじゃない。最近とある区画で出回ってるケチな違法ドラッグの密売ルートをあぶり出すために、客層を演じて取り決められたマニュアルに沿って行動するだけ――そのはずだった。




 そんなこんなでいかにも仲睦まじい女の子二人らしく午後も街をぶらつくアタシとメイだったが、アタシは一分一秒が永遠のように感じられていた。なんせメイは店を見て回ってる間中ずっと、アタシの小指を握って離さなかったからだ。まるで、年上の優しい恋人を頼って甘える美少女でございってな風に。その恋人がアタシでなけりゃ噴飯ものに違いなかったが、アタシはひっきりなしに肝を冷やしっぱなしだった。人をあどけない姿で騙すメイガスであり、福祉従事者を権力と力で縛りつけるメイデン。アタシはメイの両方の顔をいっぺんに堪能させられていた。
 おもむろにメイがPDAを取り出し耳に当て、いもしない通話相手に世間話をふっかけながら、
『笑えとまではいいませんけれど、せめて顔だけでも、もっと緩めたほうがいいですよ』前を見たまま、体内通信で話しかけてきた。
 器用だなァとちょっと感心しながら、アタシは事前に教えられた手順通り、ストールを直すしぐさで首輪の無線通信を起動させ、WHOSE駆体の機能を発揮。微弱な電磁波を周囲に撒いて、聞き耳を立てていそうなやつらの耳をごまかしておく。
「すみませんね、生まれつきブサイクで。顔だけはとっ変えてもらえなかったんすよ」
 頭部骨格を駆体と同じ素材で設計はできたが、どこか人形的な顔つきと言うか、雰囲気を醸し出してしまうことがどうしても避けられなかった。顔を変えたければ普通の整形手術を受けたほうが手っ取り早かったから、こちらは兵隊ぐらいにしかニーズがなかった。
『何を勘違いしているのか知りませんが、あなたの容姿について難癖をつけたわけじゃないです。むしろその中性的で凛々しいお顔を使って色々恨みを買ったたちでしょう?』
「そういうわけじゃ……てかそんなプライベートな事柄をボスにとやかく口出しされる筋合いはないと思うんすけど」
『そういった事情があるからこそあなたを選んだのですけれど、とんだ期待外れです』
「え、ちょっと、アタシのセクシャリティとは関係ないって言ってたじゃないっすか」
『あなたを選んだのはセクシャリティによるものですけれど、最終的な決断を下したのは、あなたにこの任務を遂行するだけの性能があると見込んでのことです』
 ためらいもなくメイは言ってのけたが、おいおいちょっと待てよそれは弁論として無理がありすぎるだろ、とアタシは突っ込みかける。だがそれを口にしたが最後、質問ではなく背信と取られて減点され、たっぷり二期分は福祉従事期間を増やされるので、すんでのところで飲み込んだ。
 代わりに半ばふてくされながら、監理官への反逆行為にギリギリ抵触しなさそうな問いをぶつける。「実際のとこ、やつらにとっても、必要なんすかね、このおデートとやらは。何を買うでもなし、ただ繁華街を練り歩いて暇をつぶしてるようにしか思えないんすけど」
『そうですね、客観的に分析してみればあながち的外れでもないと思います』予想に反して、メイは同意するように言った。『結局は暇つぶしの一種なんでしょうね、この暗号や示し合わせを考えた人にとって。秘密結社と若い人たちはみんな、えてして意味のないことをさも世界の真理のようにはやし立てるのが好きですから』メイは、アタシを見ない。
「今のアタシたちのように、っすか」
『……そういえば、そうですね。ある意味では、そうかもしれません。まったく心外ですけれど』
「スパイとかやってたらお約束みたいなもんじゃないっすか、暗号ってのは」
『……あまり好きじゃありませんけどね。読み違えたり書き間違えれば大変ですし』
「ボスにもそんな経験が?」
『――ちょっぴり、昔の話です』メイが一瞬だけ、アタシを見上げた。儚げな、今にも泣き出しそうな、青い瞳で。
 アタシはひどく悪いことをしたような気になってどきりとするが、すぐに、アタシと目を合わせたなら、そういう設定なんだと思いなおす――無線なのに? ――。でも、なんで今さら? アタシ、実は結構ヤバいこと聞いた?
 手を繋ぎながら、目を見た、たったそれだけで、なんだかよくわからない罪悪感じみたものを胸に植えつけられていた。同時に、いわゆる猫を殺す類の好奇心も、芽生えていた。メイが身の上話――っぽいもの――をしたのは、これが初めてだったからだ。無機質で無色な根っからの仕事人間だと決めつけていた相手が見せた、極小の、人生の切れはし。これはヤバい橋だ、そう自覚しながらも、アタシは勢いに身を任せて踏み込んでいた。さっきメイが見せたほんの刹那のもろさが、アタシを強く惹き付けていた。
「ボスはいつから監理官に?」
 メイが、ブティックのデカいウィンドウの前で立ち止まり、パンプスを物色する様子で、ウィンドウ越しにあたしをまっすぐに見据えた。『……前期から、です』メイはどこかばつの悪そうな面持ちだったが、ブルーの瞳はアタシを射抜いたまま、手もつないだままだ。
「福祉期間は、長かったんすか?」
『その……わたしには、従事経験はないので』メイは、アタシを見つめたまま、ぽつり。つまり、そういう設定。そういう作り話。だが、誰に対して? PDAの向こう側にはもう、生返事を返すだけだった。
 ショウウィンドウに映るメイの姿が、すぐ真横に立っているはずのメイの存在が、突然、薄っぺらで遠いものに感じられた。指先からは依然としてメイの生温かい体温をきちんと感じるし、ウィンドウの中の、ラテン系が少しまじったブルネットのハイティーンの女――つまりアタシは確かに、傍らの可憐な少女の手を引いているというのに。メイは本当に、この世に存在しているのか? そう疑ってしまうぐらい。
「ブーメランじゃないってことっすか? ストーン・ヴィレッジで眠ったことも?」
 メイは視線を外さずに、『この首にわっかとギロチンがかけられたことは、一度もないんです』肩をすくめて、開き直ったみたいに言う。
 まさか見た目通り本当にどこぞのお嬢様で、愛国心か何かに突き動かされ、悪者をやっつけるために生身をうっちゃっておいて、自らWHOSEを着ることを、機械仕掛けの身体を選んだと……? いや、問題はそんなことよりも、だ。
「え、待って、そのナリで前期から、ってことは、ボス、アンタまだ成人すら――」
「ヘイ、お嬢ちゃんたち」若い女の声。「もしかして暇してるんじゃないの?」くわえ煙草でニヤニヤ笑いを浮かべながら、赤毛をアップにした二十代の女が近付いてきた。革手袋を嵌めて、サングラスをかけた、パンキッシュな服装。上着のふくらみは安価な改造モーターガンのせいだろう。まさに古典的な、歴史の教科書に載せたくなるようなステレオタイプのチンピラ。マフィアの末端の末端。クスリの売人。ようやく釣れたってわけだ。
 メイはPDAをしまい、晴れやかな笑顔で振り返って肉声で、「そうね、ちょうど退屈してたの。おねえさん、何かわくわくするようなこと、知らない?」台本通りの台詞を、つまり取り決められた秘密の合言葉を言った。




「今はこのザマだけど、昔はミートローフとスコッチが美味しいお高いお店だったのよ」赤毛の女は極めてフランクに上機嫌に、聞いてもないことをぺらぺら喋りながら、とあるさびれたレストランを兼ねたバーにアタシとメイを招き入れた。
 店内は広いわりに客も店員もシケた顔のムサい男ばかりで、全体的に暗い雰囲気を醸し出していた。仕事柄、アタシは勘ぐられることなく一瞬で室内にいる顔を数えていた。風貌からしてどいつもこいつもカタギじゃない。福祉従事者としての経験がそう語っていた。このレストランはこいつらの根城でもあるのだ。この界隈をシメてるファミリーはもうひとり残らず摘発されたはずだが、余所者がその後釜として勢力を拡大してきたのだろうか。たぶん、アメリカンマフィアだろう。ビジネスと陣取り合戦と会議が好きな合理主義者ども。少なくともイタリアの者ではない。もしかしてメイはこの現状を既に知っていた? そりゃ、薬が絡んでるならそのバックはマフィアしかいないとしても、こいつらは明らかに、軍政州時代を経験したことのない小便臭い新顔って感じじゃない。ヤバい感じの手練れだ。
「とある事件――事故で、店ごとレンジでチンされる前は、家族連れで賑わったもんなんだがね。かくいうあたしも父親ごとボンってやられたクチでね」女が革手袋を外す。キザな手袋から現れたのは、鈍い銀の機械化義手。義手の指先は精妙に動作してサングラスをずらし、螺旋を描いてその直径を収縮する瞳孔――高性能義眼をちらりとアタシに見せた。
 アタシはもごもごしながら答えた。「それは……ご愁傷さま」アタシに振るな。
 メイとのデートのオチのせいで、ブリーフィングで取り決めたいくつかの約束事が綺麗さっぱり頭から抜け落ちたアタシは、自分がいつボロを出さないかずっと冷や冷やしていた。
「ヘイ、リッチー、いつもの部屋、使わせてもらうよ」女は我が物顔でどんどん店の奥に進み、奥まった通路の扉の前で暇そうにしていた、若いウェイターに親しげに声をかける。
 制服がちっともサマになっちゃいないそのウェイターは、アタシたちを一瞥し、女に耳を寄せ、「モリィ、今日は納税の日だ、さっさと済ませろよ」ぼそりと囁くが、駆体性能を駆使したアタシには丸聞こえだった。
 ウェイターは胡散臭い笑顔を作って「ごゆっくりどうぞ」とあっさりとアタシたちを無人のカビ臭い倉庫に通した。小さな窓がひとつ。非常口がひとつ。
「どうしてこんなところで――」メイがいかにも不安げな面持ちで――当然演技だが――モリィと呼ばれた女に問うてみせた。
「ブツがここにしかないからさ、お嬢ちゃん。さ、座った座った」モリィはニヤリと笑んで、メイを椅子に腰かけさせ、背を向けてロッカーを開け、そそくさと手際よく準備を始めた。
「あの、買わせてもらうのかと思ったのだけれど」メイがおずおずと切り出す。
「やり方がわかんないだろうからさ、初回はここで打ってもらうんだよ。もちろん、一本目はサービスさ。欲しけりゃまたおいで」
 たぶん、共犯者になってもらおうという意図が強いのだろう。アタシたちが追っているクスリはいわゆるところのダウン系、弛緩薬の一種だ。強力な自白剤としても用いられ、人体に、特に内臓と神経系に重篤な影響を及ぼし、政府によって二年前から生産、所持、取引、服用のすべてが重く禁じられている。ここまではブリーフィングの通りだったなと、アタシはだんだん思い出していた。
「まァ、最初は怖いかもしれないけど、そんなのはすぐ忘れるから安心しな」モリィが取りだしてきたのは、ペンより少し太いぐらいの、銀色の筒。見慣れたイオン注射器だ。「こいつは特別製でね、生身の身体と同じ手法で打っても電子コードに変換されてWHOSE駆体の伝達神経にも同じように効くって代物だ」
 これも情報通り。「それは期待できそうね」メイは腕をまくりあげながら相槌を打つ。アタシの汎用WHOSE駆体には効果があっても、メイの持つ液晶フラクタル機能性細胞パッケージを持ってすれば、投与された薬液が化学反応を起こし電子信号のコードとなる前に結晶化させて、体内に毒をぶち撒けることなくしまっておける。そうやって証拠品を押収するのが今回の潜入任務――だが。
「さ、お嬢ちゃん、そのマフラー外してもらおうか」
「――は?」アタシは、顎が外れるんじゃないかと思うほど、あんぐりと口を開けた。
 モリィは続ける。「首筋に打つんだよ、これは。頸動脈にチクってね。注射は初めてってわけじゃないだろ? 大丈夫、痛みも血も注射痕なしさ」
 当然、イオン注射に痛みがないのは医者に世話になった人間なら誰でも知っている。その即効性も。なんせしょっちゅうお目にかかってるんだから。だが、WHOSE駆体は原則、首から下の部分にしか存在しない。メイも例外ではないはずだ。つまりまったくの、想定外であり、薬がまわるのを防ぐ手立ては、ない。
 地下に眠っている切り離された胴体みたいにかちかちに固まったアタシの目の前で、メイはしゅるりと黒いマフラーをほどいた。わずかに首をかしげて背に掛っていたプラチナブロンドを胸の前に垂らし、まばゆいばかりのうなじを晒す。「……どうぞ」
「実は首を隠してたからもしかしたら、ってちょっと警戒してたけど、継ぎ目はないみたいだね。最近どうも、政府の犬どもやヤバい死人どもが嗅ぎまわってるらしいからね」モリィは満足げに言って、メイに後ろから近づいた。
 アタシはただ、馬鹿みたいに突っ立ったまま、その光景を見届けていた。おいおい打ち合わせになかったはずだけどどうしようどうするんだどうすりゃいいんだアタシは。メイは細い首を差し出したまま、逃げようともモリィを組伏せようとするような動きも見せない。なら、このままでいいのか? アタシはステイってこと? イオン注射が、メイの青い血管との距離を詰めていく。アタシの目は両方とも、メイのうなじに釘づけになったまま。メイの一点のくすみもない滑らかなはだえに浸食されたみたいに、アタシの頭の中は真っ白になっていた。だが――アタシは、メイの肌にじんわりと汗が浮かび始めたのを、目聡く見つけてしまった。それどころか、メイの小さな肩は、かすかに震えてさえいることも。
 あれ、もしかしてこいつビビってる? やっぱり筋書きにはなかった展開ってこと? じゃァマジでヤバい状況なんじゃ? それにこいつ未成年だしホントにミドルスクールに通うような歳だしハイスクールの歳ですらないんだぞ? そんなチビが打たれていいのか? ヤバいヤクを? 悪い大人にいいようにされて? アタシはそれを指をくわえてアホ面をして眺めてるだけか? 悪趣味で胸糞悪い、アタシが最も毛嫌いするタイプのポルノを、特等席で?
 色んなものが脳の中をかけめぐった結果、アタシは、「や、やっぱりアタシが打つ!」と口走っていた。
 モリィは怪訝な顔をして、「あたしは別にどっちが先だって構いやしないけど、なら、早く首出しな?」
 ――何言ってんだ、アタシ。そりゃ、そうなるだろ。アタシはノーベル賞もんの大バカだった。わっか付きのアタシは、無論、首など出せるわけがない。今まさに、福祉従事者を警戒していると教えてくれたばかりじゃないか、モリィはアタシの首輪を見てオシャレなチョーカーだとは思わないだろう。何にも進展しちゃいないならまだいいが、作戦がすべて水の泡に還るほどの失言だった。
 のろのろと機械の手を持ち上げて、アタシは自分のストールに手をかける。どうする? いや、もう、ここまで来たらどうしようもなかった。モリィをぶちのめして、表にいるマフィアどももなんとかしてひとり残らず殴り倒すしかない――。
 不意に、こんこん、と軽く倉庫の戸が叩かれて、「おい、モリィ、ボスたちがおいでなすった。裏口からガキどもを追い出せ」リッチーの警告。
「おやおや、今日はタイミングが悪かったみたいだね」モリィが顔をしかめて、注射器をひっこめ、「今日は店じまいだ、またおいで」と非常口を指すのを見て、アタシは心底ほっとした。




「どうしてあんな真似をしたんですか」メイは手もとのPDAに視線を落したまま、アタシに見向きもせず、冷たい声音で淡々と訊ねてきた。
 ブリーフィングにて非常時には隠れるよう、あらかじめ打ち合わせられていた、H&Cインダストリ傘下の工具店のスタッフルームだった。うちの課がいくつも抱えているパニックルームのうちのひとつだ。ロッカーの壁に挟まれ、とてつもなく胃が痛くなるような雰囲気の中、アタシはメイのまぶしくて細いうなじを見ていることしかできなかった。メイの首にはもう、汗一つなければ震えもない。あれは演技だったのか? アタシはやらかしたのか? マフィアのアホどもを一網打尽にできるチャンスをフイにしちゃったのか? これ何期増やされるんだ? 最悪、結晶漬け? 言い訳すんのもやばい?
 スケジュール通りなら今頃オフィスに戻ってデブリーフィングをやってるか、回収したヤクを鑑識に持ってってるか、よくてクソ詰まらない報告書作りにでも勤しみつつ、その後に待ち受けるシャンディガフとお手製ピザに思いを馳せてたこったろう。それがこのザマだ。笑える。反吐が出るほど。
 今度はアタシが顔面に冷や汗を流しながら、さんざ考えたあげく、もうどうでもいいや、アタシはやっぱ救いようのないほどバカだったんだ、とほとんど捨て鉢になって、「この任務、ホントにアタシ、必要だったんすか。もっとマシなやつがいたでしょ」逆に、聞き返していた。
「それは、その……」メイが一瞬、珍しく言葉に詰まり、「理由はもちろん、人手が足りなかったり、いろいろありますけど――」そして、「現場でなければ……、OJTというか、いくら訓練を積んでも感じえない空気だとか――、そういうのを知ってほしかったからで、何より、あなたならできるとわたしが思ったからです」と言い繕うみたいに付け足した。
 はっきりしないあやふやな物言いに、すっかり開き直っていたアタシはムズムズしていた。ホントかよ? そういうおべんちゃらを含ませた失望の表現はよしてくれ。アタシは一度たりとも、ミドルでもハイスクール――二ヶ月しか通わなかったが――でも、Aをお目にはかかったことはないが、その御託は耳にタコができるほど聞いた。お前はやればできるのに、ってな。クソ食らえだ。
 アタシはますます白ける。「その期待の新人の働きはご覧の通りっすよ。どうです? 今日のアタシの働きで、いかに訓練が重要か、OJTできたんじゃないっすか?」喧嘩を売るつもりで吐き捨てる。
 だがメイは挑発には乗らず、疲れ切った表情の中、何か覚悟したかごとく屹然とした眼差しでアタシを振り返って見つめ、「それはこれから証明してもらいます」PDAをアタシに見せた。そこに示されていたのは、スラム街の一画の地図と、赤い点。「蠅をつけておきました。今夜、薬の密造工場に突入します。令状がないため応援は呼べませんが、先ほどの一件で怪しまれたかもしれませんので、早いうちに叩きます。マッキーナ・ストーム。今度こそ、あなたの本領発揮のはずです」
 ほらきた、いつもの仕事。硝煙と血の匂いこそ、アタシが大嫌いなものだったが、一番慣れっこなものだった。




 オリンピックテロ事件、そして州軍のクーデターを境に、ウォルトは二度もその姿を変えた。条例も法律も何度も組み立てられては壊された。監視するためのものから民主主義で保守主義らしい、ちゃんと抜け道を用意された法が立案されて、エネルギー、金融、交通などの企業は甘い蜜をすすってなかよしこよしだ。
 ハンナ局長は、支配する者の肩書が入れ替わっただけで体制は前時代と何も変わっちゃいない、と言う。空気と色は変わったが、顔は依然、ウォルトなのだと。下層の者はマフィアをロビンフッドと崇め、マフィアは警察の怠慢さの庇護にあり、法を守るための存在であるはずの警察は法を盾に隠れているだけ。その構図は、軍政州時代から何も変わらないそうだ。結局、形なき誰かの意思に抑圧され、みなが姿なき敵に憎しみを向けるしかないのが、ウォルトなのだ。
 それでも景気や暮らしはまァ、よくなった方なんだろう。軍政州時代は流通も規制されていたから、そのぶん昔よりヒトとモノが出入りするようにはなったはずだ。でなきゃアタシの親父たちもファミリーごと連邦に移り住んじゃいないだろうし、アニキが頭の悪い不良どもにそそのかされてアタシを集団ファックすることも、アタシがアニキと不良と、アニキを庇った両親を猟銃で撃ち殺すことも、こうしてアタシが機械になることも、なかったのだ。
 若い男の声が、饐えた臭いのする路地に響く。「なんだって? おれの聞き間違いか? もう一度聞くが、ヒットか、スタンドか?」
「何度も言わせるな、ヒット、ヒットだ、リッチー。がたがた抜かしてねェでさっさとカードをよこしやがれ」
「おいおい、いったい何の冗談だ? お前は足し算もできないのかよ、親切に教えてやるが、そいつァ何べん計算したって十九だぞ」
「よせよ、リッチー。こいつはバスト、お前は二十でお前の勝ちだ、いいじゃねェか、渡してやれ」
 鼻が曲がりそうなほどの悪臭を放っているゴミ箱の影から、工場の表口を覗きこむ。搬入口のデカいシャッターの前で、合成金属繊維ベストを羽織った三人の男たちがテーブル代わりのドラム缶を囲んでいた。マフィアの下っ端は所詮チンピラだ。見張りがこうして勤務中に酒をあおりながらトランプ遊びに興じていても何もおかしくはない。が、無造作に投げ捨てられたゴテゴテした重そうな軍用スコープに、電磁式アサルトライフルには違和感をぬぐいきれない。チンピラどもに持たせるおもちゃにしては高価すぎるし、統一感がありすぎる。これじゃァまるで軍隊だ。こいつらのドンはやたら羽振りのいい大物らしい。やはり今このシマを牛耳ってるのはデカいマフィアだ。だけど今は関係ない。夜闇は、WHOSE駆体の味方だ。
「ヘヘッ、ブラックジャック、だ。悪いなリッチー、三百ドルは俺のポケットに入りたいとよ」
「ヘイ! 待てよ、どんなイカサマ使いやがったんだ!? そりゃねェぜ!」
「なに言ってやがる、カードを切って、配ったのはお前だ。俺は一切、山には触っちゃいねェぜ」
「嘘こいてんじゃねェ! どう考えてもおかしいだろ!?」
「……カウンティングだ、どうやらブラックジャックは分が悪かったようだな」
「そういうこった。オツムを使いな、リッチー」
「クソッタレ! もう二度とお前とブラックジャックはやらねェよ」
 アタシのWHOSE駆体が、メイからの信号を受け取る。簡潔で明快な、突入の合図。タコどもをひっくり返してやれといういつもの号令。昏い嵐の予兆、その引き金、破壊をもたらす魔法の呪文。
 工場の表の可動照明に電磁波を飛ばし、ゴミ箱の影から飛び出す。突如として照明の内部回路が焼き切れ、音もなく路地は闇に包まれる。アタシの視界もブラックアウト。だが、返ってきた電磁波でモノの位置はすべて把握可能。男たちはゴーグルを拾おうと足元を慌てて探っていた。アホな連中。三人ともまとめて機械の尋常ならざる脚力で蹴っ飛ばし、地面に転がしておく。
 と、「何事だ!?」ちょうど工場の角から軍用スコープで顔を覆い銃を携えた歩哨がひとり、騒ぎを聞きつけ駆け出てくるところだった。クソッ、真面目なアホもいたのか。だが、その真面目さが命取りだ。男は角を曲がり、赤外線でアタシを見つけるとセーフティを外しながら銃を構えるが、その挙動よりアタシから男に光が届く方が断然速かった。男はぎゃっと叫ぶなり銃を捨て顔面を抑える。アタシは一直線に飛びかかり拳を振りかぶって殴りつけ、壁に叩きつけてやる。男が最後に見たのは、一瞬の人影と、ゴーグルのゲインが引き起こした視神経を焼く強烈な閃光だ。目が覚めてからもアタシの姿をはっきりと思い出すことはかなわず、突風にでも吹き飛ばされたんじゃないかと思うだろう。機械の五感を持つ者にとってアタシは不可視の暴力であり、嵐そのものだ。
 簡易賭場だった路地はあっという間に、竜巻が通り過ぎたみたいな惨状になっていた。一発でのびて倒れ伏した四人の腰抜けたちを一瞥してから周囲に他の見張りがいないのを確認し、たぶん工場のダクトにでも潜んでいるだろうメイにクリアの信号を飛ばす。表口からお邪魔する、その直前に、室内の監視カメラとセンサーの回路を、電磁波でこねくりまわしておく。そのエコーで鉄扉の向こう側が、遮蔽物が多くも天井が高く広い空間であること、いくらか機械化の進んでいる人間が二人いることが窺えた。
 アタシはドアを蹴破ると同時に最大出力で電磁波を放射する。箱型のマシンが立ち並ぶ、薄闇に閉ざされた作業場に侵入。窓がいくつもくっついたマシンの裏側にひとり。手投げ弾らしき物を手にしていたのですかさずマシンを蹴り飛ばし、マシンの下敷きになってもらう。ひしゃげたマシンからヤバそうな液体が溢れてきてなんだか申し訳なくなるが無視。
 火薬式拳銃の発砲音が轟く。胴の中心を穿つ重い一撃。息が詰まる。大口径。アタシは転がるようにしてマシンの間に潜り込む。WHOSE駆体は機械の五体と言えど、ハンドキャノンを真正面から受け続けられるほど頑丈には作られていない。動力炉に風穴をあけられでもすれば、生身の身体と同じように死ぬし、頭部は言わずもがな、だ。
 電磁波で探索。人影はマシンから柱へ、薬品棚へと忙しなく、物音ひとつ立てずに駆け回っていた。立ち振る舞いや先ほどの狙いの正確さから、ちょっとどついただけでノックダウンした雑魚どもとはわけが違う、マフィアの用心棒だと察せられる。
 義眼や軍用スコープ、拡張視覚コンタクトレンズなどの感覚補助機器は日に日にその性能を進歩させている。人間の眼と比べて百倍の機能と能力を備えるほどに。が、百戦錬磨の荒くれ者はOJTによって、最終的に頼りになるのは人間の眼、動物の勘だと理解している。まったくもってその通りであり、そういった手合いはやりづらい。
 軽く走査してみたところ、やっこさんは感覚器官や臓器、関節などに電子的な機械をインプラントしてないようだった。所持している銃も今時珍しい火薬式で、しかもリボルバー。自分の経験と実力しか信用してないような、本職の狩人、正真正銘のガンマンだ。
 アタシは駆体の機動能力と索敵を最大限に利用して一気に距離を詰めていく。詰めながら、辺り構わず電磁波の嵐を引き起こしてマシンをめちゃくちゃに働かせてやる。マシンは唸りを上げて作業用アームを振りまわしながら火花を散らし、刺激臭のする煙やら薬液やらを噴き出すが、そんなブービートラップに集中力を削がれることなくガンマンは極めて平然とアタシのキルゾーンを探っては銃弾をよこしてくる。幾度と機材の隙間から灼熱のドラッグが飛び込んで来ては駆体のあちこちに銃創を刻んでいく。アクチュエータも電子系統も損傷はなんとか軽微だが、時間の問題だ。
 やがてマシン一台を挟んだ距離まで追い詰める。アタシは再び人ならざる脚力を発揮してマシンを敵に向かって蹴り飛ばす。作業場で最初に見せた行動。プロのマンハンターが食う手ではない。たぶんアタシの行動を読んでただろうガンマンは、突っ込んできたマシンを横っ跳びに華麗にかわしながら、銃口をアタシの胸のド真ん中、リアクタにまっすぐに向けてきた。その引き金が絞られるが早いか、適切な強度と周波数で電磁放射。ガンマンのまさに真横を通り過ぎていたマシンが、ガンマンに霧状の薬液を吹きつけた。アタシは今まで何もむやみやたらに電磁波を放出していたのではなく、マシンを制御するのにちょうどいい力加減を試していたのだ。
 ガンマンの姿勢がわずかに崩れる。銃口がぶれる。待ち望んでいたその隙を見逃さず、アタシは突撃。咆哮とともに大口径が発射されるが、駆体表面に対して垂直の角度を維持できなかったために、シリコン皮膚下の装甲を削りながら駆体の外へと流れていく。ガンマンの懐に潜り込む。強く踏み込み、土手っ腹に鋭く重いブロウを打ちこむ。が、異様に硬い――まるで高機能性樹脂骨格をへし折ったみたいな感触。派手にぶっ飛んでいくガンマンの左手はミンチになっていた。樹脂骨格を移植した左手を犠牲にして、内臓を守りやがったのだ。ガンマンの大口径リボルバーが、再度アタシのキルゾーンを覗きこむ。
 撃たれる。やけに引き延ばされた時間間隔の中で、アタシはそう確信し、その瞬間を待ちうけ――ガンマンがいきなり空中でぐるんと縦に回転して宙づりになった。そして空中に固定されたまま、ミキサーにかけられたみたいに全身から血を噴出。聞くに堪えない絶叫を上げたかと思うと、すぐにぴくりともしなくなった。
 エア・メイデン。大気の鉄処女――その真骨頂。
 どさり、とガンマンが作業場の泥にまみれた床に落ちる。
「危ないところでしたね」作業場の高架通路から、可憐な少女の声。「さしものストームブリンガーも、本物のカウボーイには敵わないと言ったところですか」ガンマンを絡めとった、ピアノ線より強靭で鋭利な形状記憶金属繊維が、ひとりでにしゅるしゅると巻きとられて漆黒のマフラーへと姿を変え、メイの手に収まる。
「アタシのことが見えないのは、機械だけっすよ。アタシのは、機械仕掛けの嵐だから。カラミティ・ジェーンじゃない」アタシは肩をすくめて言い訳した。
 うつぶせに倒れ伏したガンマンをつま先でひっくり返す。バーで見た顔だ。局に戻って生体コードで照会すれば、名前と経歴とおびただしい数の前科を拝めるだろう。裁判まで死んでもらっては困るので適度に止血して縛りあげておく。
「幹部も確保できましたし、プラントも無事、機能停止させましたので、とりあえずは任務完了と言ったところですか。ファミリーに繋がる手掛かりがもう少し欲しいので、工場の事務所の方にまわって――」
 にわかに工場の外がぱっと明るくなる。増援か、と振りかえった直後、アタシは床に転がっていた。後になってから全身を激痛の信号が駆け巡り、凄まじい耳鳴りが脳を突き刺してきた。方向感覚を失い、消化溶液が喉を這いあがってくるのを飲み込んで、状況把握に努める。すぐに絶句。つい数秒前までマシンが所狭しと並んでいたはずの作業場に、放射状に広がる馬鹿でかい広場が出現していたのだ。何か爆発した? いや、違う、大砲だ、外から大砲を撃ちこまれたんだ。工場の外からこちらに砲口を向けている、あのやたらド派手な戦車に。
 ぶち破られた工場の壁からうかがえるその姿は、一見して戦車とは思えない。なぜなら砲身から車輪までくまなく赤々と踊る炎に包まれていたのだから。
 ターレットの両脇に取り付けられた二本の巨大な作業用マニュピレータが、工場に開けられた穴を押し広げ、燃える戦車が作業場に侵入してくる。そしてアタシを発見するなり奇妙な振動音を発し始め――。
 上方への強い引力を感じ駆体が吊りあげられると同時に、耳をつんざく戦車の咆哮。上に引っ張られたのとは別の力の、強烈な爆風が下から襲い掛かり、あやうく天井に頭をぶつけそうになる。傾いだ高架通路になんとか着地。柱の影に飛び込んで息を整える。
「AMRFB――対物強振弾ですね。指向性を持った気化爆弾のようなものと考えるといいでしょう。いかなWHOSE駆体でも衝撃波だけでバラバラになりますので、間違っても撃たせないようにしてください」隣で同じように柱に隠れていたメイが、アタシを引っ張り上げた金属繊維を回収しながら抑揚なく言った。
 足の裏に硬いざらつきを感じる。高架の滑り止めの凹凸が、むき出しのシリコン皮膚に触れていた。スニーカーの底が衝撃波とやらでずたずたに引き裂かれていたのだ。
「もう二度も撃たれたっすけどね」でもそれは、不意を打たれたからだ。相手が機械とわかれば何も怖くはない。戦車のコントロールを奪おうと、アタシは対観測器迷彩能力を発揮する。が、電磁波の手は戦車に触れることすらかなわなかった。
「無駄でしょうね」傍らからの冷たい声。「あの戦闘車輌はただ燃焼しているのではなく、完全に制御された火を纏っているのでしょう。履帯ではなく車輪式ですし、初めからあのプラズマ防壁によるスタンドアローンとデコイがコンセプトになった市街戦術車輛のようですね」
 電子の嵐を跳ねのけ、味方の接近さえ拒む、ファイア・ウォール。AMRFBにしたって抵抗の多すぎる水中でも、逆に、抵抗の少なすぎる空中でも効果は発揮しないゆえに、己を含む、人工物すべてに終末をもたらすためだけに設計された、人殺しの兵器。消費されることを前提された、破壊の機械。破滅の戦車。
「屋内では二次被害の危険があるのでいったん外へ離脱しましょう」メイが金属繊維に電気信号を送り、マフラーを、記憶された形状のひとつである長いサムライソードへと変形させる。カミソリよりも鋭利な漆黒の刃は難なく壁を丸く切り取り、アタシたちは工場の表に飛び出る。その背を、三発目のAMRFBの突風が押す。間一髪だった。
 戦車は自分で開けた大穴に半身を突っ込んで、アタシたちを探している様子だった。まるで隙だらけだったが、福祉従事者には対戦車ミサイルもプラスチック爆薬も、火薬式拳銃でさえも使用および所持が許されていなかったため、手の出しようがなかった。
「どうするんすか?」
「どうにかできると思いますか?」
 アタシは冗談のつもりで、「それの中身を頭からぶっかけてやるとか」すぐそばにある円筒型をした給水タンクを顎でしゃくって指す。
「そうですね、仮に水攻めするにしても、そのタンクをあと五台と、タンクを投げつけるクレーンぐらいは見つけてきてほしいものです」メイは冷ややかに流して、「当初の目的は達成しましたので、ここは撤退します。幹部を連れてきますので、姿は見せずにどうにかして車輛の注意を引いておいてください」夜闇に消える。別ルートから工場内に再び侵入するつもりらしかった。
 無茶を言う。つい一分前には撃たせるなと、そして十秒前にどうにもならないと断っておいて、囮になれだって? しかも目視されることなく? アホらしい、本当にタンクを投げつけてやろうか、そう思案したときだった。
 戦車が後退しはじめ、全貌が現れる。遠くからよく観察してみれば、紅い羽毛をもつロップイヤーの兎のように見えなくもない。バーニング・バニーってか。傑作だ。
 燃える兎は後ろ向きのまま工場から離れていく。アタシたちを諦めた? まァ、普通はあんな大砲、三発もぶち込めば十分と判断する。もう工場内はしっちゃかめっちゃかで、元通りにしたければ一度更地にした方がてっとり早いだろう。メイには悪いがあのガンマンはきっと、砲撃に巻き込まれてとっくにお陀仏になって――いや、待て、更地?
 アタシは重大で深刻な疑問に直面する。おいおい、あの戦車……所属はどこだ? マフィアがあんな、いっとうのおもちゃ、持っているはずがない。仮に持っているとしても、何故自分の工場にためらいもなく大砲を撃ちこむ? それは当然――、はなっからここを更地にして、証拠隠滅するつもりだったからに決まってる。あの兎は増援なんかじゃない。――掃除屋だ。
 兎が低く唸る。砲撃の準備。まずい、撃たれる。何が? マフィアのクソッタレ密造工場が? ガンマンが? 違う。メイが。あのクソガキが。アタシより年下の、成人もしてない子供が、あんなろくでもない人殺しのための機械兎に。クソ。ホントに。
 吼えた。大砲ではなく、アタシが、機械仕掛けの肺で声帯と喉が破けそうなほどの大声で、兎に気づいてもらうために。無事な可動照明を点灯、操作して、自分を照らし出させる。ほら、撃てよ、アタシを。クソ野郎。
 ガン・ターレットがまわる。長大な砲身が、アタシを射線にとらえる。轟音。烈風がアスファルトをえぐる。横に飛んで直撃は避けたが、飛び散った破片に全身を引き裂かれ、地面に叩きつけられる。生身なら蜂の巣だった。
 立ちあがろうとして、視界が揺れ、膝をつく。脳をだいぶ、揺さぶられたようだった。手足の制御ができなかった。あ、死ぬな、これ。兎から見れば、アタシは今まさにラリラリして地面に這いつくばってるヤク中同然だ。無様だが避けようのない最後。せめてもと兎に思いっきりガンを飛ばしながら、その時を待つ。
 だが、兎から放たれたのは、「……姉貴?」スピーカー越しの、聞き覚えのある、少年の声。「マチルダ……、マチルダ・エミリ……なのか?」
「マルコー……? なんでアンタが、ここに」アタシは二の句が継げない。
 自分の耳を疑った。マルコーは、アタシの唯一の弟は、アタシが家庭崩壊させたあと、遠い親戚がいるシチリアへ移り住んだはずじゃ――?
「極刑になったんじゃ……なかったのか……? てっきり、死んだものかと……」かすれた声。マルコーの呆然とした童顔が脳裡に浮かぶ。
 マルコーはアタシが首輪付きになったことを教えてはいない。アタシがそれを拒んだからだ。でも嘘はつきたくなかった。「断頭台には立ったし、頭は切り落とされた。でも死んじゃいない。そんなことよりアンタ――」
「ふッざけんなよ!」マルコーの怒声がアタシを遮る。「生きてやがったってのかッ!? おめおめとッ……親父とお袋と兄貴たちを殺しておいて! テメェだけッ! おれがどんな思いをしてきたかわかってンのか!? アアッ!? レイプされたぐらいでみんな殺しやがって!」
「ちがッ、違う! アタシのことは関係ないッ! アタシだけならまだいい、だけどあいつら、年端のいかない子に無理矢理売春させてたんだぞ! いい大人が、子供に身体売らせて、その金でメシ食って服買ってハリウッドを観てたんだぞ! 許せるか、そんなこと!?」
「だからって親を殺すのか!? テメェだってその金で学校に行ってたんだろうが! 今さら何ほざいてやがる!」
「そのことに気づいたから、止めたんだよ!」
「何も殺さなくてもいいじゃねェか! 姉貴が親父と兄貴を殺したせいで、エミリファミリーがめちゃくちゃンなって、いったいどれだけの人間が、人生を狂わされたと思ってンだ! エミリのモンは、クソッたれバニングスファミリーに取り込まれて、みんないいようにこき使われてるんだぞ! おれも! おれたちのファミリーだったモンも! 一時の感情で全部ぶち壊しにしやがって! 何もかもテメェのせいだ!」
 バニングス――よりにもよってあんなゲスどもに働かされてるなんて……。
「保護を――、マルコー、悪いことは言わない、うちの局の保護を受けな……今なら足を洗えるし、アタシがアンタを守ってあげられ――」
「うるせェ! 誰が姉貴の、国の世話になるもんか! おれは決めたんだ、バニングスの中でのし上がって……いずれ親父の遺志を継いでエミリを蘇らせる。クソッたれのバニングスとこの国に詫びさせる――姉貴、テメェもだ、死に損ないの偽善者ッ!」
 兎が威嚇するように唸り声を上げる。マルコーは本気でアタシをバラバラにしてしまうつもりらしかった。人工心臓、リアクタのある辺りが、有刺鉄線に巻き付かれたみたいに、痛かった。マルコーの主張は正しい。弟にあんな兵器に乗らせて、命の駆け引きをさせている原因は、アタシにある。そして、きっとこうなることを恐れて、弟には極刑後、犯罪者がどうなるかを伝えず、弁護士に親族を探すよう頼んだのだ。だから、やっぱり、アタシは責任を取らなくちゃならない。マルコー。今助けてやる。そのバカみたいな兎の皮を、姉ちゃんがはがしてやる。
 可動照明を操作して、最大光量で兎に向ける。大砲が轟く前に、給水タンクの側まで跳ぶ。おしゃべりしてる間に平衡感覚はいくらか回復したようだった。突然の閃光にAMRFBの狙いが逸れて、工場の壁面を吹き飛ばす。給水タンクを固定していた脚を蹴っ飛ばしてへし折り、砲丸投げの要領で投擲。放物線を描いて、人間大のタンクが宙を舞う。砲身目がけて飛んでいったタンクは、作業用マニュピレータ、兎の耳に受け止められる。
 タンクと同時に突撃していたアタシは、兎の後ろに回り込み、空気を裂くようなアッパーカットをお見舞いする。重い。熱い。拳が溶ける。腕が焼ける。肩が燃える。痛覚が飽和しバッファ領域へ流れる。兎の尻が一瞬浮き、リアが歪むが、それまでだ。ターレットが回転し、兎が耳で薙ぎ払ってくるのを後退してかわす。兎もさがって距離を置いてくる。
 耳は厄介だが捕まらなければなんとかなる。だが離れれば撃たれる。強振弾は当たらなくてもヤバいのだ。追撃をかけ、砲身の下に潜り込む。髪の焦げる臭気。今度は砲身をかちあげる。だが砲身を叩く直前で、車体から射出された太く強靭なワイヤーが腕に絡みつき、ウィンチで強く牽引される。そのまま燃え盛る車体に駆体が打ちつけられる。高熱がシリコンの皮膚を貫き、駆動系を焼きつくす。頬がぱちぱち燻ぶる。深刻な損壊を示す警告が脳内に響く。腕をパージ。掴みかかってきた耳を避け、大地を蹴って垂直飛び。
 下が駄目なら上だ。宙で前転して、マニュピレータの関節部にかかと落とし。遠心力と駆体重量にものを言わせた一撃に、こちらの脚部フレームの方が異常を発するも、マニュピレータの片方に亀裂が走る手ごたえ。ファイア・ウォールの超高熱が人工臓器に届く前に兎を踏み台にして跳躍。離れるアタシの焦げたつま先を、無事な方のマニュピレータがかすめる。
 着地。よろける。腕一つ分軽くなったためにバランス感覚が狂ったのだ。ワイヤーが放たれる。無理な体勢で強引に逃れる。ワイヤーは一本ではなかった。後続のワイヤーが右大腿部に巻きつく。今度は炎の防壁に押し付けられる前にパージすればいいだけのこと。ウィンチが作動するのをその場で待つ。
 だがワイヤーが巻きとられることはなく、兎は退く。はっとしてワイヤーに目を落とす。アンカー付き。ワイヤーは兎にはつながっていない。アタシは二本のワイヤーによってアスファルトに縫いとめられていた。右足をパージ。片足だけで路地に飛び込もうとしたところへ、兎が吠えた。足元に着弾。
 爆風で投げ飛ばされてから墜落するまでの間、意識はなかったが、受け身は取っていたし身構えはしていたので地面に激突するやいなや、覚醒する。そして目覚めたアタシの目の前に広がっていたのは――路地に散らばり固体照明を照り返す、チューブや弁、モーター、割れた人工臓器素材、白い人工血液。機械のはらわた、アンデッドのはらわた。アタシの心臓、リアクタより下は、AMRFBの衝撃波によって木端微塵に粉砕されていた。頭の中で救急処置の要請がわんわんがなりたてている。あともう少し、小指の一関節分でも上に食らっていたら、即死だった。もっとも――、
「親父とお袋と兄貴の仇だ、クソアマ」兎が路地に顔を出し、唸り始める。
 ああ。どれだけ息巻いても、最終的に、こうなるのか。なんとなくこの顛末に納得がいって、アタシはじっと砲口に視線を注いでいた。アタシが死に損ないの親殺しだから? 馬鹿で力がないから? 違うだろう。弟の悪意が、アタシの悪意が、親父や兄貴の、この国の悪意が積み重なって、この邪悪が生みだされたのだ。ウォルトでは、日常茶飯事だ。ごめんな、マルコー。手を汚させて、姉ちゃんらしいこと、何も出来なくて。
 ……いや、まだだ。まだ終わっちゃいない。やることがある。弟に自分を殺させるぐらいなら、いっそのこと――。アタシは、引き剥がせば爆発する指向性高性能炸薬が仕込まれた首輪に手をかけようと、かろうじて残っていた腕を持ち上げて――ぐん、と腕ごと上空に吊りあげられた。柔らかく温かい、甘い香りのするなにかに抱きとめられる。
「アンタ……」
 首を動かして仰ぐと、青い瞳にぶつかった。メイだった。工場に隣接したビルの屋上から、金属繊維でアタシを手繰り寄せたのだ。地上で兎が咆哮する。ビルの一角にAMRFBが被弾し、消し飛ぶ。メイは大幅に減量したアタシを胸に抱えたまま屋上づてに移動し、安全を確認すると、大破したアタシの駆体を時間をかけて検分して、心底ほっとした――というよりほとんど泣きそうな――面持ちで、「よかった……」とだけ呟いた。
「ボス、アンタ、幹部を捕まえに行ったんじゃ――」
 メイはほんのわずかに表情を硬くし、「その……瓦礫に埋もれて……、発見できなかったので、戦闘の様子を――それよりも、現状では任務続行を困難と判断し、退却します」
 身動きの取れない今のアタシでは従う他なかったが、退却中、ひっきりなしに背後から響く砲撃音が何を意味しているのか、考えたくなかった。




 一週間にも渡る、まどろっこしいカウンセリング、検査、修理、カウンセリングチューニング、カウンセリング、そしてカウンセリングのあと、始末書を書かされることなく、アタシは休暇を言い渡された。つまり事実上の謹慎だ。メイの判断と命令だったにしても、何の成果もなしに任務外の積極的戦闘行動とWHOSE駆体性能を濫用し、高い駆体を使い物にならなくさせたのだから、きっと今にも福祉従事期間の無期延期か、再凍結の通知をポストマンが運んでくるだろう。
 休暇の間、アタシは何をするでもなく、どこへ行くでもなく――もともと福祉従事者にそれほどの自由はないが――ただアパートの自室に引きこもって寝ては起きを繰り返すだけで時間を浪費していた。誰にも会いたくなかった。ちょっと前までそういう仲だった女の子にも、局長にも、もちろん、特に、メイ。
 結局、弟を助けられなかった。アタシはデクのウスラトンカチでしかなかった。アタシが不甲斐ないばかりに、弟を、アタシと同じにさせた。弟に、肉親を撃たせたのだ。そして――。
「あの……お邪魔します」戸口の方からおずおずとした、か細い声。
 ベッドに寝転がっていたアタシは、ほとんど飛び上がるようにして跳ね起きた。「ボス、どうしてここに――」
 寝室の入り口に居心地が悪そうに突っ立っていたのは、いつも通りの地味な白いブラウスに黒いスカート、プラチナブロンドをきっちりとアップにした、小さな上司。この世で最も顔を合わせたくない人間だった。
「鍵が、かかってなかったから、です……ブザーも何度も鳴らしましたし。……不用心ですよ」散らかりきった部屋を見回して眉をひそめる。
「そういうこと聞いてるんじゃないっす。どうしてボスが、わざわざいらっしゃったんっすか。アタシ、休暇中のはずっすけど」拒絶するつもりで吐き捨てる。
「その……報告したいことが、あったんです」
「聞きたいことなんてないっす」メイを立たせたまま、アタシは座ったままでつっけんどんに、早く帰れと態度で示す。
 メイは一瞬気圧されていた様子だったが、「……ペンデュラムモーターズが訴訟を起こしました。我々保安局にではなく、H&Cインダストリに直接、です。あの工場――というより工場跡はペンデュラムモーターズの所有地だったらしく、H&Cインダストリ製の駆体が施設破壊及び夜間従業員六名を死亡させたとして、七百億ドルを請求しています」
「そいつは大変っすね」ひと事のように返す。実際、どうでもよかった。H&Cインダストリがどれだけ金をむしり取られようと、アタシが凍結されようとも。マルコーがバニングスの六人をあの忌々しい兎で食い殺したのには、心を痛めたが。
 H&Cインダストリが訴えられる展開は、十分に予測できた話だ。ペンデュラムモーターズは、さくらんぼみたいな振り子のロゴが象徴的な、H&Cインダストリに次ぐWHOSE駆体及び兵器開発企業だ。そしてペンデュラムとバニングスファミリーがズブズブなのはその筋の人間なら誰でも知っている。バニングスは最新兵器を横流ししてもらう代わりに、兵器開発につきものの濡れ仕事をほとんどを下請けしており、主な活動内容は暗殺にテロに戦争と、恐喝や薬物取引なんてチャチなままごとはしないアメリカンマフィアだ。頭のてっぺんからつま先まで血ぬられている、ウォルトのハイエナ、ハゲタカども。つまりバニングスはペンデュラムモーターズの最も効果的な広告塔かつ恰好の実験場で、その武力はそんじょそこらのマフィアとは比べ物にならず、軍事力と言っても差し支えないものだ。工場を警備していたチンピラにあてがわれていたおもちゃはどいつもこいつも、ペンデュラムモーターズの試供品だったのだろう。
 あの兎は、マルコーは、初めから工場をきれいさっぱり消し飛ばすために、あそこにいたのだ。薬と、ペンデュラムとバニングスの繋がりを灰燼に帰すために。たぶん、あの幹部も下っ端たちも、尻尾切りと人員整理のために配置されていた。警戒されていたわりに少ない人員と、強力な兵器を投入してきたことも説明がつく。
「でも心配には及びません」アタシの心中を知ってか知らずか、メイは続ける。「薬とペンデュラムの関連性を掴めば、裁判を逆手にとってペンデュラムを解体に追い込めるでしょう。現場に証拠はありませんが、こちらにもカードはありますし、これで確実に薬を断てるでしょう」
 アタシは重い口を開く。「なんで――そんなにヤクにこだわるんっすか」
 メイは言葉に詰まり、「それは……ペンデュラムモーターズの悪事を暴きたかっただけで――」
「ペンデュラムモーターズの悪事を暴きたかった? アンタ、確かにそう言ったな? やっぱり、アンタ、初めから全部知ってやがったんだな? 薬の出所も、兎も――マルコーのことも!」
 メイが視線を泳がせる。その反応に本当に腹が立って、アタシはメイに詰め寄る。床に転がったアンプルが足の下で割れ、薬液がカーペットに染みを作った。
「アンタは、クソったれバニングスのケツもちを引っ張り出すためだけに、兎に、マルコーにアタシを撃たせたんだろ!? 弟を利用したんだろ!? なァ、なんとか言えよ!」メイの細い肩を掴んで揺さぶる。「ずっとアタシがネズミだと疑ってたんだろ? バニングスにアタシの弟がいたから。アタシがバニングスに繋がってるんじゃないかって。だからアタシとマルコーをぶつけて確かめたかったんだ。アタシの破損の具合をやたら調べてたのはそういう理由だろ? 確認できたか? 弟の殺意が本物だと! 欲しい答えは得られたか? 家族で殺し合いをさせて! アンタは満足したのかよ! なァ!?」
「わ、わたし、そんなつもりじゃ……マキの嫌疑を晴らしたくて……局に、示しをつけるために……」
「そうだよな、アンタにゃその気はなかっただろうな。アタシがヒス起こしてんのは、アタシが勝手に騙されてただけだ。あの日、アンタを心の底からすっかり信じきってたアタシが馬鹿だったんだ。でもアンタだって信じてた、そうだろ? 家族を皆殺しにした凶悪犯のアタシなら、ちゃんと弟と殺し合いをしてくれる、って。このクソくだらない人殺し用の機械の身体で、血を分けたきょうだいの身体をバラバラにしてくれるって」
 びくりとメイが震える。苦しげに床を見つめたまま、「そんな、そんなつもりじゃ――」
「なァ、やましいことがないならちゃんとアタシの顔を見て言えよ」弱々しげに応えるメイの手を、握りつぶさん勢いで掴む。メイのいとけない手は震えていた。潤んだスカイブルーの瞳が、アタシの部屋に来て初めてアタシを見つめた。「アタシたち、恋人同士なんだろ? なァ? 隠し事はナシだ。ほんとのことを言えよ」くだらない――本当にくだらない、ままごとの続き。嘘の始まり。そういう設定、そういう茶番、そういう作り話。
「ッ――、嘘じゃないん、です……あなたを守りたくて……わたしは、あなたの監理官だから……あなたを生かすか殺すかは、すべて、わたしが決めなくちゃならないから……あなただけは、守りたかったんです」
「そうかい、アンタが、アンタの本性がどれだけまっすぐで義理堅くて真面目なものかは、よォくわかった。アンタは多分、福祉を真っ当しながら、アタシを救いたいんだろ。でもそれは、アタシが憎むべき結果しか引き起こさない。それでもアンタは、アタシを助けざるを得ないんだ。お情けとかじゃないんだろうよ。でもアタシはこの先ずっと、アンタに傷つけられ続けるんだ。アンタの傍で、アンタから一番近いところで。なァ、こんなんでアタシはいつか救われるのか? いつまで耐えればいい? アンタにこころを開かされて、その度にズタズタにされて突き離されて、アタシの脳みそが無事に刑期を終えて胴体を取り返したとき、アタシには何が残るんだ? 教えてくれよ、なァ?」
「……ご、ごめんなさい……わたし、こんなこと、なるなんて……」
 アタシはガキだ。メイは必死になってアタシを救おうと奮闘していたのに、アタシは全部嘘にしようとしている。メイが、悪意と腐敗と傲慢にみちた監理官などではなく、アタシに親身になって、本心をひた隠しにしてメイ自身を憎ませ、アタシを助けようとしていた根っからの善人であることは、もうわかりきっていた。
 メイは今までさんざんあたしを脅してきたが、実際に殴りつけたり福祉期間を増やしたりストーン・ヴィレッジ送りにしたりはしなかった。あたしは今までずっと守られていたんだ。だがそれゆえに、メイを理解し、信用してしまった自分を許せなかった。メイは悪くない。メイはいい子だった。わかってる。わかってるけど、これ以上優しくされたら、メイのことを心の底から憎まざるを得なくなる。それも嫌だった。殺し合いの言い訳にメイの善意を使いたくなかった。まったく、あたしのなんとつまらない人間性か。
 もう、どうでもよかった。この地獄から抜け出してさっさと楽になってしまいたかった。それに――絶対に、マルコーをアタシと同じにはしたくなかった。このままではいずれ、アタシとマルコーは再びぶつかる。マルコーは、アタシと同じように実の姉を殺し、その魂を汚すことだろう。アタシが地上にいる限りは。
 アタシはしゃがんで、メイの腰を抱え上げた。羽毛のような軽さだった。突然の行動にメイが小さく悲鳴を上げる。そのままベッドに放り投げ、上から覆いかぶさり、頭の上で両手を組ませて片手で抑え込む。
「な、なにをするんですか……」怯えた表情。
「恋人とやることはひとつだろ」力任せにブラウスを引っ張る。ボタンが飛んで、メイの真っ白い胸と腹がはだける。下着はつけていなかった。つけるほどの膨らみもなかったのだ。
 メイがぎゅっと目をつむり、顔を反らす。羞恥からか、頬に朱が差す。「やめッ、やめてください……こんなこと、露見すればただじゃ済まされません……ッ」
 もちろん、それが目的だからだ。福祉従事者の監理官への暴行は、無条件凍結と相場が決まっている。
 メイの顎を掴んで、強引にこちらを向かせる。「アタシの顔を見ろって」暴行を事実として記録させ、嘘にするために。「眼ェ開けよ。アタシがこれからアンタを犯すところをちゃんと録るんだよ」
 薄い胸をまさぐる。滑らかな脇腹をえぐるように撫でまわす。薄桃色の乳首を引っ張り、こねくりまわし、弾いて引っかく。皮膚が裂ける限界まで力を込めていた。アタシが触れたところが全部、腫れあがっていく。幼くとも、くびれがあってきちんと女の形をした白い身駆に、赤い痕が残されていく。それはひどく幻想的で暴力的で、官能的だった。
「……んっ、……っく、……んんっ」
 アタシが手を動かすたびに、メイはきつく結んだ唇からうめき声を漏らした。凌辱を刻みつけるようになぶっているのだから痛くて仕方がないのだろう。
 メイの息が荒くなってくる。かと思いきや、ブルーの瞳から、ぼろぼろと涙を零しはじめた。泣くほど辛くて当然だ。嘘のセックスをさせられているんだから。初めての体験で嬉しいからでも、単に痛みがあるからでもなく、悲しいから、助けようとした相手にいいように身体を弄ばれて穢されて、涙を流しているのだ。それでもメイは声もあげずじっと堪えていた。小さな子供が、いい大人に、欲望のはけ口にされているというのに。
 ……何をやってるんだ、アタシは。やつあたりにしてもあんまりだった。アタシはそっとメイから離れ、背を向ける。これじゃァ――、兄貴たちと同じじゃないか。アタシが一番嫌っていたものと。救い難い邪悪と。メイの顔を見られなかった。だがこれだけやれば十分だ。監理官への暴行として認められるだろう。メイもまたアタシを見放して、凍結の申請をする気になったろう。明日にはアタシは、ストーン・ヴィレッジで凍み凍るゆりかごに揺られながら、永遠の眠りにつく。
 長い沈黙があった。アタシに裏切られ、狼藉を働かれたばかりだというのに、メイは帰るそぶりもみせない。感情を爆発させるような子じゃないのは知っていた。落ち着けばそのうち、黙って出ていくだろう。平静を取り戻したかったのと気まずい空気にいたたまれなくなり、外に行こうと腰をあげると、おもむろに、
「マキ」ぽつりとメイがこぼした。「その……、お話しておきたいことがあります」
「……なんだよ」
「今回の任務を立案したのは、――わたしです。あなたがたの関係を理解したうえで悪用したのは、わたしなんです。もちろん、あなたにかかった疑いを晴らしたかったのも嘘じゃありません」
「それで?」
「わたしの父は……製薬会社を経営していました。エアライデン製薬は優秀な従業員を抱えながらも、父はもともと研究者畑の人間でしかなかったため、経営手腕に関して至らないところがありました。手段を選ばないペンデュラムモーターズからすれば、これ以上ない獲物だったのでしょうね」
「じゃァ、まさか――」思わず振り返りそうになる。
「えェ、あの薬は三年前、ペンデュラムに脅されてやむをえず父が開発したものです」
「でも、なんで? ペンデュラムは兵器開発企業だろ? 副業するほど金に困っちゃいないだろうし」
「お金では買えない情報もあるものです。ペンデュラムは以前からずっとバニングスとは蜜月の仲ではありましたが、現在ほど大きな企業ではありませんでした。H&Cインダストリに迫るまで急成長しはじめたのは、ちょうど三年前からなんです」
「技術を盗んだってわけか、H&Cから」
「そして当然の帰結というべきか、父は――自ら作り出した薬を大量に打たれ、わたしの目の前で命を奪われました。薬の設計図も、その時に。母も同じ薬で父と同じ時に、命を落としました。わたしも薬を投与されましたが内臓と神経系を全損しただけで、液晶フラクタル機能性細胞パッケージを移植することで生きながらえました」
「……なんで保安局の保護を受けなかったんだ?」
「いえ、受けました。ですが皮肉にも、当時の福祉従事者への条件付け技術は不完全なもので、この薬の構造を応用してようやく信頼できるレベルに到達したのです」
 だから薬の撲滅にこだわり、売人に薬を打たれそうになったとき、震えあがるほど怖がっていたのか。
「で、なんでアタシにこんな身の上話を? 同情でも引きたかったのか?」
 実際、滑稽だが、アタシはほとんど感情移入しはじめていたんだと思う。だってそうだろ? 言ってたじゃないか、首を落とされた経験はないと。さっきの話が真実ならば――その身体は内臓以外、まぎれもなく生身で、メイのたった三年前の姿だ。邪悪な毒によって、時の止まった身体。逆算すれば、メイの実年齢はやはり、ミドルティーンに差し掛かったところだ。
 間違ってる。利益のために子供の未来と家族をめちゃくちゃにする悪い大人も、そんな悪い大人に復讐しようと子供が武器をとることも。決定的に間違ってる。本当にこの国は、どうしようもなく腐ってやがるんだ。
「わたしは、あなたの学歴や経歴、家柄、交友関係など、私生活に関わるすべてをあなたに黙って調べ上げ、任務に悪用しました。その……フェアじゃない、と感じたので」
 その言葉に、偽りはないのだろう。潜入捜査のプロのくせに、こいつは嘘がヘタクソだったな、と思い出す。「……馬鹿正直なやつ」
「その……、寝覚めが悪くなって解析に支障が出れば困るから、です」
 今度こそ、振り返っていた。「おい、ちょっと待てよ、解析? 寝覚めだって?」聞き捨てならなかった。それだけは。
「……? 伝えていませんでしたか? 潜入での視聴記録が、裁判には不可欠だからです。あなたの駆体のブラックボックスに書き込まれていた製薬用マシンの制御データから、あの工場で薬を密造していた証拠は得られましたが、それだけでは不十分です。バニングス側が戦術車両を用いて故意に工場を破壊した事実も必要なんです。そのためにわたしの脳をコールド・クレイドルに接続して戦闘記録を抽出して解析します」シーツで胸の前を隠し、上体を起こしていたメイの水色の眼に、すでに涙はなかった。ただ穏やかでいて揺らぎのない、ある意思が、そこにはあった。もう何も悔いはない、やりきった、そんな諦念が。
「そんな――アンタ、この上まだ裁判なんかに利用されるってのかよ!? クソくだらない大人の言葉遊びに! 脳をいじくりまわされて!」
 メイが結晶漬けにされて、どんな夢を見るのか、アタシにはわかりきっていた。きっと延々、カルテジアン劇場で、両親と自分に薬を打たれるシーンを上映されるこったろう。
「わたしが望んだことです。ペンデュラムの悪行を見過ごすわけにはいきませんし、それがこの任務の目的です」
「でも……」あァ、クソ。こいつはどこまで馬鹿なんだ。
「それで、その」ふいに、メイがシーツに視線を落とす。「解析の際に、必然的に、先ほどの暴行が露わになると思います」
「それこそアタシが望んでやったことだ、今さらどうだって――」
「わたしは、あなたにどれだけそしられても、乱暴されても文句は言えない立場にあると、そう思っています。今回はあなたに大きな精神的負担をかけましたし。だから償いという意味でも、あなたの監理官として、不問にしたいんです。それでですね、その……痴情のもつれということにすれば、たぶん、罪は問われないかと」
「アタシはな、弟にアタシを殺させたくなくて、アンタを襲ったんだ。アンタに特別恨みがあったわけじゃない。こんなことにアンタの立場を使って暴力を振るったのは悪かったと思ってる。だから、いい。そんなの。ほっといてくれれば」
「ペンデュラムがバニングスに癒着している証拠は、あるんです。だから、法的にペンデュラムを追い込めば、バニングスもろとも叩けるでしょう。そうなれば、あなたが戦わずして弟さんの確保も難しくありません」
「……そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうけど。アンタの好きなようにやってくれ」
「いえ、その、あの……、そういうわけではなくてですね……」もじもじしながら、いまいち要領の得ないメイ。
「なに? どういうこと?」
「その……、痴情のもつれで済ますには――ちゃんと、していただければ」耳まで真っ赤にして、消え入るようにメイが囁く。
 アタシはそれで、ようやくメイの言わんとしている意味を察した。「あー、いや。そこまでする必要はないんじゃ」
 ふるふるとゆるくメイはかぶりを振る。「わたしがきちんと合意の上であなたを受け入れるという事実がなければ、解釈は難しい、です。監理官と福祉従事者で男女の、その……関係に及ぶことは、なくもないそうですから」
「――アンタはそれでいいのかよ?」
「あなたにまでひどいことをされる、夢は見たくないから」切実な訴え。拒絶されることを恐れるような、アタシを本当に信じていたからこその申し出。

 すなわち嘘の続きを嘘にするための、続き。それは真実だろうか? 否だろう。これはどう見たって傷の舐めあい、慰めあいでしかない。
「……お情けでするのは、結構こたえるぞ?」
「あなたが本来ならば信頼に値するのは、事前調査で確認済み、です。先ほどの暴行が正常な精神状態になかったことを、――行動で証明してほしいんです。責任を取って、忘れさせて、ほしいんです」
 何を指標にしているのかは知らないが、おおよその見当はつく。何をするにしても互いに利用しながら打算的に生きていくのが、ウォルトの掟、理だ。決まりきった手順、慣用句、通例とさえ言えるだろう。だから、アタシはその掟を手段にして、普通なら奥底にひそませておく理を上っ面にして、メイのこころを、確かめることにした。
 メイの手を取り、顔を寄せ、青い瞳を覗きこむ。「わかった。しよう、最後まで」メイの唇は柔らかく、涙のにおいがした。




「わ、すごくいい匂いです」シャワールームから出てきたメイが、感嘆する。台所に立ったアタシの隣までやってきて、フライパンを覗く。「パスタですか?」
「あァ、あり合わせで悪いけど」
「マキって案外、家庭的なんですね」
「うちは料理だけはうるさかったからね」意を決し、火を止めて、切り出す。「あのさ、アタシ考えたんだけど」
「なんですか?」駄目にされたブラウスの代わりに、アタシが貸したパーカーを頭からかぶるメイ。
「コールド・クレイドルに接続すんの、アタシじゃだめかな。兎との戦闘記録ってんなら、アタシが見聞きした情報の方が、多いだろ」
「でも、もうわたしの名前で申し込んでありますし……」
「アンタの頭は取ったり外したりできないだろ、アタシの方が効率いいと思うんだけど」アタシは食い下がるが、
「並列演算処理に参加するわけではありませんので、頭を取る必要はありません。抽出も三日もあれば終わるそうです」呆気なく切り捨てられる。
 攻め方を間違ったようだった。仕方がないので本音をぶつける。「……正直、そんなこたァ、どうだっていいんだ。アタシ、あのレストランでのこと、まだ引きずってんだよ。なァ、今度こそアタシが、アンタの代わりになれないか?」
「やっぱり、そんなことじゃないかと思いました。あのレストランでは、本当に薬を打つつもりはありませんでしたよ」
「どうやって?」
「モリィさんは局側の潜入捜査官だったんです。彼女が流してくれた情報なしに、今回の任務は実行できなかったでしょう。モリィさんに接触し、レストランに立ち寄ったのは、あなたの出方を確かめるためだったんです」
「じゃァ、なんだ、つまり、アタシは上手いこと手のひらで踊らされてたってわけか。どう転んでも、突入は任務に組み込んでいた、と。でも、あんとき、アンタ――」
「……やっぱり、まだ怖いので。そうやって心配してくれるのは嬉しいですけど、これは、わたしの問題なんです。わたし自身が、ペンデュラムモーターズを、追い詰めたい」
「アタシだって無関係じゃない。弟を、バニングスから取り戻したいんだ」
「それなら、なおのことです」
「どういうことだ?」
「確かに、戦闘記録はあなたの方が多いでしょう。ペンデュラムとバニングスの関連を示唆する記録も、多すぎるほどに。つまり、そういうことです。戦闘行為の前に、弟さんと会話をしていませんでしたか? 裁判で、弟さんが不利になりえそうな内容の」
「……したかも」
「そうなると予想して、わたしは途中から、戦闘が始まるまで耳をふさいたんです。ペンデュラムとバニングスが繋がっている証拠も、モリィさんが押さえているので問題ありません」穏やかに微笑んで、「言ったでしょう? 初めから、あなたを信用していた、と。わたしも、マキを守りたいんです。今回はどうあっても、譲れません」そして、ところでひとつ質問したいことがあるんですけど、と前置きして、「これ、なんですか?」床に転がっていたアンプルと、イオン注射器をつまみあげる。
「あァ、それ。ビタミン剤の一種だよ。血行を良くするやつ。でもアタシが使ってるわけじゃないよ、効果ないし。ほら、冷え性の子ってあんま感度良くなくて、それ使うと身体が温もって、事が早く進むんだよ。それで――あー、あの、もしかしてアタシがネズミと疑われてた大元の原因って、……それ?」
「局のとある女性事務員の報告書には、そうありましたね」メイは大仰にため息を吐き、胡乱な眼つきをしてみせた。「日ごろの行いが悪かった、ということですね」
「そのようっすね……」アタシもなんだか一気に気が抜けていた。
「でも、これからはその恐れはありませんね」メイが身を寄せ、もたれかかってくる。
 その軽い体重を受け止め、メイのしなやかな指にアタシの機械の指を絡ませて、優しく唇を合わせる。虚偽と疑心と感傷と打算から始まった関係。長続きするのかもわからなければ、何が嘘で何が本当かも、もうわからなくなっていた。でも。
「相手の目が見えないから、キスだけは、嘘じゃないですね」くすりとメイが笑う。「三日ほど留守にしますけど、浮気なんかしたら、頭を冷やしてもらいますからね」

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