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Forbidden Grave Fruits 第一話「PPP」 2/3

狩りという名の仕事で忙しいので続きは年末か年始

本文は続きから。



「ウルヴァリンの次はストームかよ。まったくとんだ怪物集団だぜ」マーチが苦々しげに毒づいた。
 ヘイクの案内でたどり着いたのは、もうずいぶん使われていなさそうな古い教会だった。廃墟同然のこの教会はテスティトが用意した隠れ家の一つだ。けがの応急処置とテスティトと連絡をとるために、キャッスルとヘイクは古教会の住居区に移動していた。
「しかもミスティークともかぶってるし。なんだか本格的に観る気なくなっちゃったわね、X-MEN。映画よりすごいことやってるんですもの、私たち」ヘイクがげんなりしながら鼻声でマーチに賛同した。その顔は赤くはれ上がり、血にまみれていた。綺麗な形だった小鼻も潰れてしまっている。
「え!? み、観ないの?」場違いだとは感じながらもキャッスルは驚かずにはいられなかった。
「観たいんならあとで貸してあげるけど、ちゃんとレンタルショップに返しておいてね。たしか明後日までだから」ヘイクはそっけなく言って古い木製の扉を押し、司祭室へと足を踏み入れた。
 さっきまで殺すか殺されるかの修羅場の真っただ中にいたし今だって安全だとはいえないというのに、ヘイクと一緒に映画を観る予定の方をキャッスルは案じていた。ヘイクやマーチの影響だろうか、キャッスルには今日一日で自分が相当ずぶとくなったような気がしていた。
 ヘイクがクローゼットやタンスをがさがさ漁ったかと思うと、救急箱を引っ張り出して、「あったあった。ねェ、キャシー、あなた器用でしょ、背中縫ってくれない?」床に腰を下ろし、服を脱ぎ始めた。ヘイクの真っ白で真っ平らな胸とお腹が露わになった。ゆるやかな美しい曲線を描く肌に、キャッスルは目を釘付けにされていた。「キャシー? どうかした?」怪訝そうにヘイクは言った。
 ぼうっと突っ立っていたキャッスルは声をかけられ飛びあがった。「え!? えェ……」どぎまぎしながらもヘイクから針と糸と粉末の止血剤を手渡され、ヘイクの背後にまわった。ヘイクの背中は右肩から左の腰の上までぱっくりと裂けて血にぬめっていた。白い肌と鮮やかな赤い血のコントラストに、キャッスルは思わず生唾を呑み込んでいた。「ぬ、縫えばいいのよね、縫えば、縫えば……」自分に言い聞かせるように、キャッスルは繰り返した。
「おかしなやつだな。針と糸で他になにするつもりなんだよ。ごちゃごちゃうるさいてめェの口でも縫い合わせようってのか?」いらいらしながら言うマーチ。
「どうせテッサに綺麗に治してもらうから、きつく縫って傷口が開かないようにするだけで構わないわ」邪魔にならないよう髪を輪ゴムで一つに束ねるヘイク。
 キャッスルは誰にでもなく頷いて、止血剤を傷に振りかけて針の先に集中した。キャッスルの悪魔は人体などの生物に効果はない。有機物は作り出せるし勉強すればきっと身体の部品も作りだせるだろう。だが生命を作ったり繋げたりすることだけはだめだという直感がある。命を動かすスイッチがわからないからだ。
「ぬ、縫えたわ……」縫合を終えるやだんだん恥ずかしさが募ってきて、キャッスルは顔をそむけながら針と糸をヘイクに返した。「ち、血、いっぱい出たし、塩と水探してくるわ」
 そのまま立ち去ろうとすると、ヘイクに呼び止められた。「何言ってるのよ、あなたも怪我してるじゃない? 今度は私が縫ってあげるから、服脱いで」
「へ!? べ、べべ、べつにたいしたことないし、あたしはいいの」
 キャッスルは手を振って遠慮するが、「はいはい。時間ないんだからさっさと座って座って」半裸のままのヘイクに両の手首を握られ座らされた。
 ヘイクは前を隠そうともしなかったから、キャッスルは目のやり場に困った。俯いてシャツのボタンを外そうとして、キャッスルははっと気がついた。「……ねェ、ちょっと待って。マーチは見ないでくれないかしら」
「はァ? ンな無茶言うなよ。ヘイクは俺で、俺はヘイクだ。俺が目をつぶるってことはヘイクが目をつぶるってことだ。それじゃァ治療にならんだろ」ばかにするような調子でマーチが言った。
「わからなくもないけど、今は諦めてね。どうせマーチは手を出せやしないわ」ヘイクが同情するような眼を向けた。
「気持ちの問題よ、気持ちの……」キャッスルはもじもじしながらも結局服を脱いだ。滑らかな小麦色の肌が外気にさらけ出された。
 ヘイクが真剣なまなざしで傷を縫いつけ始めた。痛みはなかった。明るい緑の瞳の視線を胸元に感じて、恥ずかしさで気が狂いそうだったからだ。ヘイクの腕前は乱暴だったが的確で、すぐに終わった。糸をくくって余った分を切ると、ヘイクは眉にしわを寄せた。「不公平だわ……どうやったらこんなに育つのかしら」と呟くと、おもむろに片手を伸ばしてキャッスルのそれなりにある乳房をむんずとわしづかみにした。
「ぎゃう!?」
「ねェキャシー、いつも何食べて何飲んでるか教えてくれない? やっぱり牛乳とか?」感触を確かめるように揉み始めるヘイク。
「ちょ、ちょっと! あ、あたしはべつに平均より大きいわけじゃ――っていうか、やめ、くすぐったいからやめて!」
 身をよじってキャッスルは抗議するが、ヘイクは手を離そうとしない。「いーじゃない減るもんじゃないし。むしろ大きくなるって言うじゃない? うわァなんかめちゃくちゃ柔らかいし、くそ、無性に腹立ってきたわ……」それどころかますますエスカレートしてヘイクは両手を使い始める始末だった。
「痛っ、ねェ! ほんとにやめ、やめてったら!」
 やがてマーチが憐れむように言った。「まァこんな大層なもんぶら下げてる自分の身体を恨むんだな。こうなったらヘイクはてこでも動かな――」
 ばっちーん!
 突き刺さるような平手がヘイクの頬を打っていた。ヘイクに胸を触られているということは、マーチにも触られているということだ。それを自覚した途端、キャッスルは無意識のうちに平手で張っていた。ヘイクはようやくキャッスルの乳を揉むのをやめ頬をさすった。「痛いじゃない、何すんのよ。私の方が重傷なのに殴るなんてひどくない?」
「まったく、危うく舌噛むところだったぜ」マーチも不平を言った。
 涙目になりながらキャッスルは服を胸元にかき寄せる。「や、やめてって言ったじゃないの! あなたが悪いんだから……」
「わかったわよ、あやまるわ」ヘイクは肩をすくめて救急箱から包帯を取り出し、負傷した部位に巻きつけた。「ふンだ、いいわよ、もうキャシーには頼まないんだから」
「あなたいつあたしに頼んだのよ……」キャッスルはひどい疲労感を覚えつつも立ちあがった。「点滴用の器具はその箱に入ってるみたいだから、塩と水を探してくるわ」
「あ、ついでにテッサに連絡入れといてくれない? ウルヴァリンとストームのこと伝えといてちょうだい」
「えェ、わかったわ」キャッスルは先の戦いで奇跡的に無事だった携帯電話を取り出し、テスティトに電話をかけた。テスティトはワンコールで出た。
『状況は?』
「えっと……」今日起こった波乱の出来事を頭の中で整理しながら言った。「パージャと接触はしました。でも情報と違っていて、住所はアパートじゃなくて倉庫みたいなとこでした。たぶん情報が罠だったんだと思います。パージャの口ぶりもそんな感じでした」
『そうですか……それは申し訳ないというしかありませんね。それで?』
 テスティトのまるっきり他人事みたいな言い方に、キャッスルはちょっとむっとしながらも続けた。「そのまま戦闘になりました。パージャの悪魔は情報通り、身体能力の高さ――というより、頑丈な骨、でした。倒せそうになったとき、ポールサイドで働いていたウェイトレスが乱入してきました。そいつも悪魔を持っていました。パージャの仲間だったみたいで、なんというか……不可思議な悪魔でした。大量の水を降らせたり、見えない刃を使ったりしてました。あたしもヘイクも負傷したので危険だと判断して一度撤退し、今は隠れ家の方の教会にて態勢を整えています」
『わかりました。ウェイトレスについては神父様に調べさせましょう。どんな人物だったか特徴はわかりますか?』
「ブロンドの白人で、目はグレー、歳は十五から十七ってところだと思います。ミーシャ・バートンにちょっと似てました。ほら……昔のドラマに出てた女優。偽名だとは思いますが、ポーラって名札つけてました。あ、あとパージャはやっぱり変装はしていました。そのウェイトレスにそっくりでした」
『だいたいわかりました。私たちも応援に向かいますのでそこで待機していてください。何か必要なものは?』
「えっと、そうですね……」キャッスルは逡巡し、あるものの名前を告げた。
『……そんなもの本当に必要なんですか? まァいいです。あなたのことですから何か考えがあるんでしょう。二十分で着きますのでそこを動かないでください』
 お願いします、とキャッスルは最後に付け加えて電話を切った。食堂で調味料入れに詰められた塩とペットボトルのミネラルウォーターを何本か。封の切ってない年代物のウィスキーを発見したので拝借した。ついでに他の部屋で工具箱も探したが、目当てのものはなかった。そりゃそうか、と思った。それほど期待はしていなかったが、やはり残念なものだった。だが、パージャには有効な武器となるはずだったから、いずれ見つけなければならなかった。いつまでも火炎放射器をぶんまわせるわけではないし、ポーラの悪魔がある以上、火に頼り過ぎるのも危険だった。キャッスルは時間を無駄にするわけにはいかないと諦めて、ヘイクが待つ司祭室へと引きさがった。
「おかえり。どうだった?」塩とペットボトルとウィスキーを床に置くと、応急処置を終えたヘイクがどこから見つけて来たのか、黴臭い黒いワンピースを投げてよこした。昔の修道女のものらしい。ヘイクはとっくに着替えていた。ポーラの攻撃を受けて着ていた服はずたずたになっていたことにキャッスルは今さらながら気がついた。
 キャッスルはワンピースを頭からかぶって言った。「十五分でテッサが来るそうだから、それまで待機だそうよ」悪魔の手で慎重に測りながら塩を水の中に落とした。
「そう。じゃ、それまでX-MENの対策でも考えましょ」ヘイクは腕を縛って叩き静脈を探していた。
「あの二人を分断させなきゃ、まず勝てねェな。ストームの悪魔はまだよくわからんが、あれで雷落とされたり空飛ばれたりしたら手がつけられねェぞ」マーチが断言した。
 ヘイクが首を縦に振った。「仮に分断させたとして、ストームが空を飛べるなら私じゃ相手できないわ。炎なんか使われたら私もパージャみたいにローストされるしかないし」ウィスキーで消毒したあと、キャッスルから受け取った食塩水でヘイクは点滴を打った。
「あたしもパージャの相手はたぶん無理ね。ずっと近づかれてちゃ武器は作れないわ」
「なら決まりね。私はパージャなら、装備さえあれば次はやれると思う。閃光弾とか焼夷弾とか催涙弾とか、失くしたから、銃も。あとスタンガンも作っておいてくれない?」
「構わないけど……あの骨は電気も利かないんじゃないの? 普通炭化しない限り骨は電流を通しにくいはずよ」キャッスルも腕を縛って点滴を始める。
「口の中とかならたぶん有効ね。眼球は生身だってことはさっき確認したし」
 ヘイクは真顔で言ったが、キャッスルは顔をひきつらせた。「結構グロいこと考えるのね……わかったわよ、作るわ」キャッスルはウェストバッグを覗きこんだ。「でも武器とか弾薬の材料はほぼ切らしちゃったからここで補給しないといけないわね……」
「何がいるのかわからないし、それも任せるわ」ヘイクが煙草に指を伸ばした。「パージャは分断さえすればすぐ始末できると思う。あっちは大けがを負ってるし、本物のウルヴァリンみたいに新陳代謝が高いわけじゃないみたいだし」
「まァあそこまで骨だけになっちまったら代謝もくそもないと思うがな」マーチが横やりを入れた。
「というわけで、まずはパージャとポーラを分断する。で、私がパージャをやってる間にキャシーはポーラを止めておく。パージャをやったら合流して、二人でポーラを始末する。オーケー?」
「オーケーよ。問題はどうやってあの二人をばらけさせるか、ね。テッサの力は借りられないの?」
「無理ね。この作戦はもともと私たち二人のものだから、多少のフォローはあっても直接手を下したりはしないわ。あの人、そういうことにはうるさいから。さすがに私たちが死にかけてるとこに遭遇したら助けてくれるかもしれないけど、テッサが来るまでX-MENが待っててくれるとは考えられないしね」
「ふゥん……」キャッスルは顎に手を添えて考え込んだ。「逃げてるときにポーラが追ってくるような気配はなかったから、閃光弾は二人ともに使えそうね。罠を仕掛けるしかないかしら……罠?」そこでキャッスルはとてつもない違和感を覚えた。「ちょっと待って。なんでポーラは追ってこなかったのかしら?」
 ヘイクは頭でもぶつけたんじゃないかと言いたげな顔をした。「そりゃパージャを助けるためじゃない?」
「こいつどこかに頭ぶつけたんじゃないか?」マーチが口にした。
「違うわよッ。あたしたち、情報屋にはめられて罠にかけられたのよ。つまり相手はあたしたちを殺したかったのよ。逃げられちゃ元も子もないじゃないの」
「でも仲間の命を優先するでしょ普通。あなただって逃げ出したかと思ったら戻ってきたじゃない」
「それは――」違う。何かがおかしかった。確かにヘイクの言うことは正しいが、説明の難しい嫌な予感があった。パージャは危険な状態だったの? たぶんイエス。追撃もできないほどだったの? わからない。ポーラは何と言っていた? ――他人を助けるのは愚かしい。じゃあ何故ポーラはパージャを助けたの? 追撃が重要なことではなかったから? 何故? いつでも殺せるから? どうやって? そこまで思いいたってキャッスルは、自分が脱ぎすてた服を漁った。ない。今度はヘイクの。
「ちょっと、それ私が着てた服よ。下着でも探してるの? 悪いけど私ブラはつけてないしショーツは穿いてるわ」ヘイクが煙を吐き出して不審そうに言う。
「怪しいとは思ってたがお前やっぱり変態――」
 マーチの声を遮って、「ちッがうわよばかマーチ!」そしてキャッスルの嫌な予感は現実のものとなった。「……あったわ」キャッスルがヘイクの衣服からつまみだしたのはボタンほどの大きさの、黒くて薄い円盤だった。一瞬そのまま指で押しつぶそうかと思ったがそれは逆に、こちらがこれを探り当てたことを相手に知らせることになると読んで、悪魔の手を発現。点滴のペットボトルを透明な手にかかげさせトイレにかけこんで流した。
「なんだったの?」ヘイクは未だ理解できないという顔をしていた。
「発信器よ。ここの位置はばれたわ。トイレに流したけどたぶん三分も時間稼ぎにならない。急いで戦闘準備をしましょう」腕から針を引き抜いた。ペットボトルの中身はあまり減っていなかったが仕方ない。キャッスルはヘイクほど血を失っていなかったから問題ないと判断した。「あなたの注文の品を作るから、その間点滴はしたままで何か作戦を立てておいて」
「もう遅い」マーチが珍しく鋭い声音で告げた。「いや、三分は早かったって言うべきか? 連中、エックスジェットも持っているのかね――今、聖堂に侵入された」



『兎ちゃんたちの巣を見つけたわ。五分後に狩りを始める。オーバー』ポーラの無線。
『ん。拠点の手配が終わり次第、ヴィヴィに合流する。オーバー』エネミアの無線。
「了解。こちらは監視を続行する。アウト」ヴィヴィレストは時計を確認しながらそう伝えて、双眼鏡に目を戻した。教会から五百メートルほど離れたビルの屋上でヴィヴィレストはうつぶせになり、出入りする人間の観察に興じていた。ミサがあったのだろう、教会から出てくる人間はかなりいた。怪しい人物や教会関係者は今のところ見当たらない。そうやって教会を念入りに探りながらも、自分の周囲や位置に気を配ることも忘れなかった。監視は神経をすり減らす任務だったが、斥候兵だったヴィヴィレストにとっては慣れたもので朝飯前だった。
 そしてその斥候兵の目を留めるものが、参列者にまぎれて現れた。十歳にも満たない眼鏡をかけた黒髪の少女。つばの広い帽子をかぶり、清楚なブラウスにスカートといういでたちで参列者に扮してはいるが、連れはいないようで明らかに異質といえた。それでなくとも少女は見覚えのある顔だった。たしか教会の幹部だ。ヴィヴィレストはすかさずエネミアに無線で知らせた。「ヴィヴィレストから隊長へ。オーバー」
『ん、どうした。オーバー』エネミアは素早く応答した。
「幹部らしき人物が教会本部から出てきました。PPPが見つけた兎たちの巣とは反対方向に移動中。オーバー」
『あのちっこいガキだな? 監視対象をそいつに移せ。勘付かれるな。無理なら蠅はつけなくていい。今は手負いの兎を優先だ。こちらは手が空いた。あたしが教会本部を引き継ぐ。オーバー』
「了解。アウト」ヴィヴィレストは双眼鏡をポケットにしまうや身をひるがえしてビルの屋上から飛び降りた。ビルは四階建てだったが、着地は羽毛が地面に落ちたかのように静かだ。ヴィヴィレストならたとえ八階からでも同じように着地することができた。そのまま全力で数百メートル走り、教会がある通りに出た。ヴィヴィレストはゆったりとした足取りに変え、歩行者の中に混じった。五十メートル前方に目標の少女がいた。少女はやや早足気味だった。尾行に気づいている感じはしない。ヴィヴィレストは頭の中で街の地図を蘇らせながら考えた。少女は急いでいる。増援である可能性が高い。だがPPPたちとはまるっきり逆方向だ。バスや電車の交通機関はこの先にはない。住宅が多いからタクシーも拾えないはずだった。車かバイクでも取りにいったのだろうか? あまり賢い推測とはいえない。少女では運転できそうにない。他に仲間がいるのだろうか? 合流するのか? 十分にあり得た。次第に人気が少なくなってきた。ヴィヴィレストは近くの路地へ入り、アパートの屋根によじ登って上からの監視に切り替える。途中でPPPが交戦に入ったと通信があった。屋根伝いに追跡していると、少女はやがてあるアパートの二階の一室へと入っていった。仲間の住処か? 呼びに行った? あるいは自宅か? 武器を取りに行った?
 その疑問は、少女が部屋から出てきても氷解されることはなかった。双眼鏡を通して見える少女は仲間を連れていたわけでもないし、目新しい武器を持っているわけでもなく来た時と同じように手ぶらだった。ならば何をしていたのか。ヴィヴィレストがいぶかしんでいると、少女はアパートの敷地から出る段になって急に足を止めた。気取られたか、とヴィヴィレストが身をひっこめようとした瞬間、ヴィヴィレストの視界が太陽の光で真っ白に染まった。レンズ越しに網膜が焼かれ、視覚を失う。太陽の方に顔を向けさせられたのだということに気付き眼球を再生した時には、少女の姿はどこにも見当たらなかった。――やられた。ヴィヴィレストは舌打ちして無線のマイクを口元にあてた。「ヴィヴィレストから隊長へ。オーバー」
『なんだ、オーバー』
「申し訳ありません、尾行は失敗。撒かれました。幹部はアパートに立ち寄りました。アパートから出てきたところでこちらの視線を不自然にそらされました。おそらく幹部の悪魔です。こちらに襲撃の兆しはなし。兎を助けにいったのかもしれません。オーバー」
『そいつは参ったな……距離はいくつだった? オーバー』
「百メートルほどです。オーバー」
『さすがは悪魔祓い、か。この状況でわざわざ寄り道したってことは、手がかりになるようなものは処分されていてもおかしくはないな。突入するだけ無駄か。あるいはそこでお前を振り切ったということはそのアパート自体が罠という可能性もある。お前、見られたか? オーバー』
「わかりません。ここに来るまでは監視に気付いているそぶりは見せなかったのですが。オーバー」
『わかった。とりあえずあたしに合流しろ。お嬢さんの今日のお召し物は? オーバー』エネミアの質問に二、三の言葉で返すと、『こちらでも探してみよう。オーバー』
「了解。合流します。アウト」ヴィヴィレストは踵を返して元来た道を戻った。



 マーチは耳が利いた。耳だけでなく、鼻や目もよかった。ヘイクとマーチは同じ身体を共有しているはずなのだが、ヘイクは平均的な感覚を持っているのに対しマーチのそれは動物並みに鋭敏だった。無論、パージャの罠にかかる前の午前のように、気を抜いていなければの話だが。
「相手は一人だ。足音はない。一般人じゃねェな。さっきヘイクが煙草吸いやがったせいであまり鼻は利かないが……さっき焼かれた人間の匂いじゃねェ。テッサの匂いとも違う。ポールサイドで出してる安っぽいブルーマウンテンの匂いがかすかにする。たぶんポーラだな。願ったりかなったりだ」聖堂と居住区を繋ぐ細い廊下で、マーチが小声で言った。
 もともとこの古教会がある土地は内戦で荒廃した区域だった。普通の人間ならば寄りつかない。
 ヘイクは頷いた。「一気にたたみかけましょ。キャシー、閃光弾」
 二人を分断させるためにキャッスルがかろうじて作った一個だったが、ここで片方を仕留められるなら使ってしまっても問題はない。ヘイクとキャッスルが揃っていれば、ウルヴァリンを片づけるのに閃光弾はいらない。ヘイクはキャッスルから受け取ったフラッシュバンのピンを抜いて何秒か心の中で数えた後、聖堂に投げ込んだ。すぐさま目を伏せ耳を抑え、口を開けたまましゃがんだ。痛む内臓を震わす炸裂音ののち、ヘイクとキャッスルは聖堂に突入した。入口近くの柱に転がり込む人影がちらりと見えた。駆け寄りながらヘイクは、キャッスルの方を一瞥して柱の方を殴る動作をしてみせた。キャッスルはこくりと首を振って悪魔の両腕をワン・ツーで柱に叩きつける。柱がへし折れる。木っ端みじんになる。そして宙を舞うコンクリ片の向こうで、可憐なウェイトレスが膝立ちで小型の拳銃を構えていた。銃声が連続して響く。キャッスルが長椅子を悪魔の手で持ち上げ、銃弾を防いだ。流れるような動きで椅子を投げつけた。ウェイトレスはスカートの裾を翻してかわし、今度はヘイクに向かって発砲してきた。口径が小さければ、マーチの力で防げる。額に風穴を開けようとする弾丸は案の定甲高い音を立てて弾かれた。反動の弱い銃を使用していることと先の戦いのけがが見当たらないことから、このウェイトレスはマーチの言うとおりポーラと見てまず間違いない。ヘイクはそのまま疾走、マーチの力を駆使しながらナイフを振るった。ポーラはさっと後ろに飛びながら、斬撃に合わせるように隠し持っていたペットボトルを放り投げて来た。ボトルの中には白い液体。酸? いや、プラスチックには保存できない。ならば毒――? そんな考えがよぎるが勢い余って切り刻んでしまい、どろりとした液体が手にかかった。青臭い匂い。「……こりゃァ精液だな」マーチがうなるように呟いた。「ばかにしやがって、このアマ」
「さァどうかしら?」ポーラの愛らしい笑み。ぱちんと指を鳴らした。途端、精液の付着した部分が発火した。
 激痛のあまりヘイクは身もだえした。キャッスルが血相を変えて走ってくる。だがポーラに立ちふさがれ、蹴り飛ばされた。かろうじて悪魔の腕でガードしたようだったが、並べられた長椅子の群れにすっ飛ばされていった。火を消すために、手をワンピースのすそでくるもうとしているヘイクの首根っこを掴んだポーラは、信じられないことに窓から教会の外へとヘイクを放り投げた。ポーラも馬鹿力の持ち主だったのかと宙を舞いながらヘイクは忌々しく思った。受け身を取って大地に叩きつけられるなり火が消えたことを確認し、ヘイクが教会の中に戻ろうとしたとき、「後ろだ!」マーチが叫んだ。素早く横に飛んでかわすと、一瞬前までヘイクがいた地面に深い爪痕が刻まれた。慌てて振り向く。風を切る音。さらに飛ぶ。教会の壁にびしりと亀裂が走る。ナイフを構えた。女。ブロンドのウェイトレス。華やかで可憐な微笑。銀色のトレイ。「姉の痛みはわかったかしら、兎ちゃん?」ポーラ。本物の。ならば教会の中にいるのは治療されたパージャだったのか。「次は皮と肉を全部はぎとってあげるわ」最悪の分断だった。



 外の出来事をいち早く察知したキャッスルは自分を蹴り飛ばして相対している人物がパージャであると認識するや、途端に歯の根が合わなくなるほどの恐怖に見舞われた。だが震えが収まるまで待ってくれる相手ではない。キャッスルは飛び起きて長椅子を透明な手で握り締めた。「あんな骨だけの姿になってたのによく治ったわね」恐れを隠すために放った言葉は震えていた。「本当にウルヴァリンだったってわけね」あるいは自分自身を騙したいがためか。
「ウルヴァリン……?」パージャは怪訝そうな表情を浮かべた。「って、あァ、コミックの。なるほど言われてみればたしかに似てるかもしれないわ。爪は出ないけど」はにかむように笑んだ。キャッスルは少し戸惑った。この可憐な顔の下に、本当にあの怪物が住んでるっていうの? 自分の記憶を疑いたくなったが、今の蹴りやヘイクを片手で軽々と投げ飛ばした膂力はやはり人間ではありえなかった。キャッスルは負の思考を追い払うために奥歯をかみしめた。「もう逃げたりしないのね」パージャが確かめるように言った。
「えェ、悪いけど」キャッスルは力強く言った。痛々しくはれ上がったヘイクの顔面が思い出された。「同僚の顔を粗挽きハンバーグみたいにした仇は取らせてもらうわよ」
「あらまァ、こっちはあなたに全身バーベキューにされたっていうのに、それくらいで仇だなんて言われちゃ困るわ」パージャはくすくすと笑った。「ま、今回は逃がすつもりなんてないから、どの道死んでもらうわよ」パージャが目も止まらぬ早さで銃口をキャッスルに向けて引き金を引いていた。予測していたキャッスルは椅子でカバーする。追撃を警戒してなぎ払うように椅子を振るうが、ウェイトレスの姿はない。はっとして防御の体勢を取ったところに重い一撃。再び椅子の中にキャッスルは突っ込んだ。倒れたままではまずいと思い、前後もわからぬまま転がった。乾いた銃声がして背中を熱いものが掠める。距離を稼ごうと悪魔の指先で床に触れ壁を作るが、パージャはすぐに破壊してみせた。そこに悪魔の拳をたたき込んでパージャの顔を殴りつける。パージャはよろけたが、頬の肉がそがれただけでダメージを与えた気にはならなかった。間髪おかずにラッシュをかけた。見えない手はさすがにかわせないのか、パージャは腕をたたんで頭を守りながら耐えるだけだ。その隙にパージャの銃の機械部分を分解し、弾倉を拳で鋭く突いた。残っていた弾薬が炸裂し、パージャの顔面に銃の破片が刺さる。パージャが小さく呻くのを耳にしてすかさず臓物を揺るがすボディーブロー。崩れ落ちこうべが垂れたところに長椅子のフルスイングをお見舞いしてやった。「あらまァ、あなた、やっぱりやればできるんじゃない」どう、と仰向けに倒れたパージャがすぐに身を起こして側頭部を押さえつつ言った。「結構鬼畜なことす――」口の中は有効だというヘイクの言葉を思い出し、椅子の尖った欠片を、何事かをわめいているパージャの喉の奥に叩きこんだ。だが欠片は強靭なパージャの顎によって噛み砕かれた。同時にパージャが放った蹴りをよけきれず、キャッスルは悪魔のガードの上から骨が折れるかと思うほどの打撃を受けとめ後ずさった。「顔に似合わず容赦のない子ね。栗毛の白兎とは大違い」冷たい声。「いいわ、遊ぶのがいやなら今すぐ殺してあげる」感情の消えたグレーの目。冷酷な殺意。



 再び教会本部の監視ポイントへと戻ったヴィヴィレストに、エネミアが双眼鏡から目をそらさずに言った。「グッドタイミングだな。今しがたお嬢さんが教会に帰ってきたところだ」
「早いですね……全力で来たつもりなんですが。やはりアパートは罠だったのでしょうか」
「と、なると」エネミアは煙草の煙を長い時間をかけて吐きだした。「あまり考えたくはないが、教会はそれなりに悪魔祓いの数を抱えていることになる」
「もしくはよほど我々の人員を割きたいか、ですね。PPPへの対策を講じてきたから隠れ家への増援を送りたくないのかもしれません。今こうやって我々が動けないでいるのも、教会の策という可能性も……」
 エネミアは首を横に振った。「だがアパートを出た時点で悪魔を使って振り切ったのは不自然だな。ここに罠がありますよと言ってるようなもんだ。尾行に気づいたからこそ急いだなら、アパートに立ち寄ったのは何か重大な意味がありそうなんだが――おい」エネミアが声を強めた。「教会からバンが出てきたぞ。白いやつだ。行先は兎ちゃんたちのとこで間違いなさそうだな」
「運転手は」ヴィヴィレストが短く問うた。
「ちょっと待て……たまげた、あのおチビちゃんだ。どう考えてもアクセルに足届かねェだろ、どうやって運転してるんだ」煙草をもみ消してエネミアは双眼鏡を片づけた。「急ごう。チビの悪魔は得体がしれない。狙撃も厳しいだろう。二人で直接仕留める」
 ヴィヴィレストは頷いて監視ポイントから大通りへ先行し、停めてあったスポーツカーの窓を肘で割った。鍵を開けて運転席に座り、硬く変形した指をイグニッションにさしこんでエンジンをかけた。変質した部分を切り離し振り返るとエネミアは思案するように眉根を寄せていた。「待て。やつの悪魔のことを考えると同じ車内にいるのはまずい。私は別の車で行く」
「了解」ヴィヴィレストはドアを閉めてアクセルを踏んだ。PDAで隠れ家の位置を確認しながらハンドルを切って角をまがった。数台前を白いバンが走っていた。強引に前の車を追い越してバンの死角であるやや斜め後ろに回り、バンのナンバープレートを無線に向かって読み上げた。
『わかった。なんとし……も殺……PPP……私……連…………』ノイズが入り始めたかと思うと、無線はざあざあと雨が降るような音しか吐きださなくなった。敵が何らかの方法で妨害してきたのだ。
 ヴィヴィレストは舌打ちしてスポーツカーをバンの横につけた。バンの運転席には眼鏡の少女。車の外に銃を突き出して撃った。銃弾はバンの窓を突き破り少女のこめかみを貫通するはずだったが、少女の周囲に揺らめく陽炎のようなものが受け止めた。ヴィヴィレストはさらに数発撃ちこむが少女は無傷。諦めてタイヤに狙いを移し引き金を絞る。陽炎のような悪魔が素早い動作でヴィヴィレストの銃を持つ腕に絡みつき、銃口を明後日の方向にそらした。陽炎はハンドルを握る手にも伸びてヴィヴィレストに思い切りハンドルを切らせようとする。寸前で少女の意図を悟ったヴィヴィレストはとっさに手を離し左のひざでハンドルを押さえた。陽炎は翻ってヴィヴィレストの喉を万力のような強さで締めてくる。空いた手で喉をかきむしるが少女の悪魔は掴めない。顔をしかめながら再び少女に銃を向けて発砲するが別の陽炎に同じようにそらされる。スポーツカーをバンにぶつけようとするも、また別の悪魔が車内に侵入しハンドルの制御を奪い、バンとは逆方向に進行方向を曲げられる。悪魔はご丁寧にもバンから離れる一瞬で、サイドブレーキを引いてキーをひねりエンジンを停止させるという芸当まで披露していった。スポーツカーはスピンしながら後続車に激突して停車した。ヴィヴィレストはゆがんだドアを蹴り破って外に出た。バンを探すと、あらゆる方向に悪魔を飛ばしさらなる交通事故を引き起こさせながら猛然と走り去るバンの後ろ姿を確認できた。後方ではヴィヴィレストの事故に巻き込まれた車から、ドライバーがちらほらと降りてきていた。エネミアもその中にいた。
「やられたな」エネミアは顔をしかめて吐きすてた。「あンのガキ、ちょっとは手段を選べってんだ」
「止められず、申し訳ありません」
「気にするな。あたしの対処が甘かった。結局PPPにも連絡は取れなかったしな」エネミアがちらりとバンが去った方向を見やった。「いい車だったのに、持ち主には悪いことしたな。この様子じゃ走ったほうが早そうだ。道中やつの悪魔について報告しろ。行くぞ」



 キャッスルの悪魔は材料と知識さえ揃っていれば、その手先の器用さと物質の結合を操作する力で生物でない限りどんなものでも作ることができた。だがものを作る間は悪魔の両手がふさがるし、パージャが攻撃の手を休めてくれる親切さを持ち合わせているとは思えない。今頼りになるのは悪魔の精密さだ。その精密さをもって艦砲射撃のような一撃をいなし、受け流しながらキャッスルは着実にパージャの内部に小さなダメージを蓄積させていた。パージャの拳が足が振るわれる度に、長椅子が弾け壁が穿たれる。その合間を縫って悪魔の掌が腹を叩き脳を揺らす。キャッスルは手足にいくつかのあざを作っていたが、致命的なけがは負っていない。でも、とキャッスルは内心で徐々に焦りを募らせた。決定打がなかった。パージャはタフだ。元突撃兵という肩書もうなずけるほどに、どれだけ押しても引いても倒れそうにない。くわえて目や耳などの急所はときたま油断を見せるがおそらくフェイント。あからさまとは言えないが、慎重に隙を窺っているキャッスルからすれば警戒されているのが見てとれる。攻撃しようものならカウンターが待っているはずだ。この軍人崩れに床を舐めさせるには、やはり骨を突き破らなければならない。
 暴風のようなフックが鼻先をかすめた。コンビネーションを予測して、いつものようにさらに一歩引き右の悪魔の拳を軽く打つ。パージャが身をたたんだ。空振り。床を蹴って飛び出してくる。しまった、タックルか。突進に合わせて悪魔の左手で迎撃しようとするがこれも空を切る。パージャは急停止していた。タックルは誘い。ガラ空きになったわき腹に目が冴えるようなブロー。じれて手を出してしまった自分を心の中で罵りながら右手をひっこめたが、パージャの殴打は鈍い音を響かせてキャッスルの右肘とあばらを何本か粉砕した。その勢いで転倒したキャッスルの右膝をパージャは床板ごと踏み砕いた。痛みのあまり急速に意識が遠のいた。よだれが垂れ失禁していたが気にする余裕はなかった。「それがこの州の痛み」パージャが何か言っていた。キャッスルの耳には入らなかった。「テロ以前に、もともとこの州に住んでいた罪もない人間の痛み」激痛に大きく目を見開いた。キャッスルは何も見えてはいなかった。「あなたたち連邦と軍が生み出した痛み」襟首を掴まれ持ち上げられた。床から靴が離れた。「ひとつ残らずあなたたちに返してあげる」



 悪魔祓いおよび悪魔憑きとの戦いにおいて重要とされているのは防御手段だ。悪魔の力は多種多様だしこの州では銃器など簡単に手に入るものだから、パージャの骨とまではいかなくても多少怪物的なほどの頑丈さが求められる。マーチの特性は、ヘイクの肉体の時空間を同じ瞬間にあたかも結晶構造をもつかのように配置することだ。それゆえ物理的な干渉の性質が変化し、結晶面に対して垂直な力を密度の分だけ分散することができる。ショットガンの接射も無傷でしのぐし、車にひかれてもどうということはない。だがヘイク自身の耐久力や身体能力が向上するわけでもヘイクはあくまで一人だ。格子は盾とはならないので熱や重量、波には弱い。火を放ち大気を刃とするポーラは、ヘイクにとって天敵だった。
「逃げてばかりじゃ苦しいのは長引くだけよ?」ポーラが楽しくて仕方ないという風に相好を崩しながら、不可視の爪を飛ばしてきた。だんだん爪の軌道が読めてきたヘイクは苦もなくしゃがんでかわすが、ポーラには近づけないでいる。爪を使う前、ポーラは必ず銀のトレイを扇ぐ。そして爪はトレイと水平に生まれ、直進する。射程距離はおおよそ十メートル。近いほど鋭い。トレイの扇ぎ方で威力が増したり距離が延びたりはしなかったが、ポーラは爪を出し惜しみせず振るってきた。おそらく数に制限はなく、そこが最も対処に面倒な点だった。速度は見切れないほどではないので離れていさえすれば食らうこともないし威力も減衰しているから危険ではないのだが、それではヘイクが攻撃に移れなかった。牽制すらかなわなかった。銃さえあれば。ヘイクはほぞをかんだ。銃は倉庫での一戦で失くしてしまっていた。ポーラはたぶんまだ手の内を見せきってはいない。銃に対抗する手段だって何かしら用意しているだろうが、その手段を確認すらできていないのは痛手だ。ポーラの悪魔はまったくもって不可思議だった。水を落とし刃を飛ばし、たぶん精液を燃やしたのもポーラの悪魔だ。共通点など見いだせやしない。右腕がずきずきと疼痛を発した。利き手にやけどを負わされたのもまずかった。ヘイクは明らかに劣勢だった。
 そのときポーラが不意に片手でかかとを掴んでスニーカーを脱いだ。そしてそのまま、ヘイクに向かってスニーカーを思い切り投擲した。先ほどの精液の件もあるので触れるわけにはいかないと即断。無理な姿勢で身体をひねってかわす。そこへ爪。左腕の皮膚と肉が裂ける鋭い痛み。さらに投げ捨てられる靴。回避できずに折れた鼻で受けてしまう。悪魔の発揮。身構える。何も起きない。爪。横一文字に腹を切られる。靴が地面に落ちた。――ブラフか。とことん舐められているという思いが、ヘイクの冷静さを奪った。右腕を前にかかげながらポーラへと一直線に駆けた。斬撃が飛ぶ。腕の骨にまで爪は達した。腕の感覚が無くなった。マーチの力がなければ腕を落とされていたほどに近づいていた。ポーラが感心したように目を丸くした。足払いをかけてくる。マーチの力を用いてすねで受け止めて同時に裂帛の突き。ポーラは身をよじって避けるが、銀の盆は瞬く間に穴だらけになって二つに割れた。これで爪は封じた。ぬっと伸びてきたポーラの手に突きだした左腕を取られる。関節を極められ引き倒された。顔を地面に押し付けられる。激痛。肉の焦げる臭気。大地が凄まじい熱を孕んでいた。慌ててポーラを跳ねのけて飛び起きた。背を向けたままよろめきながら離れる。しかし逃れられるわけもなく、尻を蹴飛ばされてまた転ぶ。赤熱した地面で頬を焼かれながら、馬乗りになったポーラに左腕をへし折られた。耳元でささやく声。「嬉しいでしょう? 気持ちいいでしょう? 苦痛って素敵よね?」髪を掴まれ地面に何度も打ち付けられた。「まだまだこれからよね? まだまだ楽しませてくれるわよね? あなたはもっと楽しんだものね? 私の、私だけのパージャをあんな姿にして――まだまだこんなものじゃ済まさないわ」
 そのときどこからともなくエンジンの唸りが閑静な土地に鳴り響いた。遅刻だチビとマーチが呟いた気がした。焼ける大地に傷ついた右手をついて一気に起き上がった。不意を突かれてポーラは重心を崩す。マーチが力を発現させるのに任せ右の人差し指でポーラの喉元を刺突。ポーラの左の掌に阻まれ、指は薄い掌を突き破った。引き抜く前に握り込まれ指を折られる。そのまま左手首を掴んでねじりながら引き寄せて、鼻っ柱に膝蹴り。小気味いい音を立ててポーラの鼻が潰れた。車が古い教会の前に停まるのが見える。もうちょっとの辛抱だ。



 聖堂の扉が勢いよく開かれた。キャッスルを持ち上げていたパージャは闖入者の姿を見るや手持ち無沙汰になっている方の手を振り上げてキャッスルをすぐさま亡き者にしようとするが、闖入者の悪魔の方が早かった。細長い半透明なものが電光石火でパージャの両手に鞭のように巻きつき制御を奪ってキャッスルを手放させた。テスティトの悪魔だ。朦朧としていた意識が覚醒し痛みが吹き飛んだ。解放されたキャッスルは床に落ちる前に悪魔の腕を現し、片方でパージャの目を潰し片方で自分の身体を支えた。苦悶の声を上げるパージャに追い打ちをかけようとするが、テスティトの悪魔が胴体に絡みついて凄まじい力で引きはがし、教会の外に止められたバンの荷台に引きずり込まれた。運転席にはテスティトが座っていた。「もうちょっとで――」
「危ないのはあなただけじゃないんです」言いさしたキャッスルをテスティトはぴしゃりとさえぎった。テスティトがバンを発進させた。数メートル進んだところでアクセルを緩めずに、テスティトは外でポーラともつれあっているヘイクに悪魔を伸ばしてキャッスルと同じように荷台に回収した。キャッスルが荷台のハッチを閉じようとすると、ポーラが何かを投げつけるのが見えた。キャッスルはそれを悪魔の手でつかまえた。黒くて小さな円盤状の金属。キャッスルは握りつぶして外へ放り捨て、ハッチを閉じた。ポーラが追撃をする気配はない。キャッスルは胸をなでおろして揺れるバンの内壁に背を預けた。一応の危険は去った。一日に二度も死にかけたのが何故だか急に信じられなくなり、笑いがこみあげてきた。ふとヘイクと目があった。ヘイクの顔面は半分焼けただれてひどいものだった。そんな有様になるまで戦って、あのウェイトレスの二人組には結局勝てなかった。キャッスルは自分の身体を見下ろして、ショーツがぐっしょりと水分を含んでいることを発見した。我慢しきれなくなってキャッスルはくすくす笑った。ヘイクは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにキャッスルにつられたのか声に出さずに笑い始めた。「二人とも殺されかけてたっていうのに、何がおかしいんですか?」テスティトがちらりとバックミラーを覗いた。「どちらか死にそうじゃありませんか? 命に関わるけがを負っていないなら、治療は別の隠れ家に避難してからにしますが」
「いいや、エックスジェットの操縦に専念してくれ。墜落したら困る」マーチが冗談めかして言った。
「あたしも大丈夫ですけど」テスティトに訊ねられ、痛みはぶりかえしてきていたが死にそうというわけではなかった。「必要なものがあるのでちょっと寄ってほしいところがあるんです」そしてあるものの名前を付け加えた。
「おいおい本気で言ってるのか? お前の立派な機関砲でも涼しげにしてたやつだぞ? そんなもん使えるわけないだろ」マーチが正気を疑うように茶々を入れた。
「きっと何か考えがあるんでしょう。そういうものが置いてありそうな隠れ家が一つありますから、そこに向かうことにします。それと、必要なものといえば、頼まれていたものちゃんと持ってきましたよ」テスティトが透明な悪魔の手で、チェックのハンカチに包まれた小さなものをキャッスルの手の上に落とした。「あァあと、私たちはキャシーには謝罪しなければならないことが一つあります。どうやらパージャたちの仲間に尾行されていたようで、あなたのアパートがばれてしまいました。この件が片付いたら別の部屋を用意します」
「いえ、こっちもあの古教会を駄目にしちゃったし。高価なものは、これくらいしかなかったから問題ないです」
「そうですか」テスティトが興味なさげに言った。「ではまずあなたたちの報告を聞きましょう。それから作戦をたてなおして、次こそは仕留めてもらいます」
 ヘイクとマーチが奇襲されたときの状況を説明するのを聞きながら、キャッスルは折れていない方の手でハンカチを取り払った。まばゆい煌めき。ミロのヴィーナスのミニチュア。ダイヤの彫刻。母へのプレゼントだったもの。力強く握りしめて胸に抱き、心の中で母にごめんと一言謝った。時刻はまだお昼前。到底終わりそうにない、長い一日になる気がした。



 ヴィヴィレストとエネミアが着いたのは、バンが教会の刺客を連れ去ってから三分と経ってない時だった。敵の隠れ家である古い教会の外に出てきたパージャとポーラにはち合わせた。パージャはまたもや目を潰され、ポーラは手を負傷して顔のあちこちにあざを作り鼻が曲がっていた。エネミアは開口一番、「すまん」と言った。「あたしたちも態勢を整えよう。厄介な教会の幹部も出てきた。何か対策を講じないといけない」
 ヴィヴィレストはパージャに近づいて血の涙を流している眼孔に触れ、眼球を修復してやった。続いてポーラの手と顔も治してやる。
「とりあえず拠点まで一度引くか。ポーラの装備のこともあるし」
「待ってアミー」先導しようとするエネミアをポーラがひきとめた。パージャの服の裾をつまんで何かをむしりとった。黒い円盤。「あの黒兎なかなかやるわ。意趣返しってわけね」
「あらまァ、軍の手先とも言える教会が進んで軍が定めた条例を破るなんておかしなものね? 私たちでさえ軍から抜けるまで使ったことなかったわよ?」パージャが不思議そうに言った。
「たとえ禁止されていようとも神の名にかかれば神聖な行為ということだ。教会はどうやら体面には頓着しないきらいにあるらしい」ヴィヴィレストは幹部の悪魔に締められた喉を撫でた。「さっきは大通りで他の車を蹴散らしてまで我々の足止めをしたからな」
「聖なる事故ってわけだ。巻き込まれたやつは神の御加護があるってな」エネミアが茶化した。「そいつは壊すな、ポーラ。使い道がある。前の住居に置いて罠を仕掛けよう。チビちゃんを引きずりだせたのは逆に好都合だったかもしれんな。教会の悪魔払いが何人いるかは知らんが、あの三匹の首を取れば今後かなり有利になるだろう」エネミアが口の端を釣り上げた。パージャとポーラが同調するように首肯した。

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